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白雲の遺跡
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しおりを挟む「うわあっ!」
「ひいいっ!」
どうやら話し声が聞こえてしまったようだ。
隙間から腕を伸ばしたウッドゴーレムを間一髪ですり抜けて、セイルとハイネルは部屋を転がるように飛び出す。
ウッドゴーレムは隙間に腕をぶつけ、擦りながら方向を変え、セイルたちを追いかけてくる。
「意外と勘が良いゴーレムですね!」
「勘!? ゴーレムにですか!?」
「それにこれ、もしかしてもしかしなくても、遺跡の隅から隅まで知っているんじゃ!?」
「……そう言えば、ずっとここにいるゴーレムでしたね!」
逃げ道を先導するハイネルについて走りながら、セイルは握った杖の底で地面を叩いた。
ポーン、とピアノの鍵盤のような音の波が生まれる。
音に気付いたハイネルが顔だけで振り返った。
「セイル?」
「すみませんハイネル、ちょっと手を引いてもらっていいですか?」
「良く分かりませんが、分かりました!」
セイルの頼みに一瞬怪訝そうな顔をしたハイネルだったが、緊急事態の為か、特に何も考えずに彼女の手を取った。
ハイネルに手を引かれて走る形になったセイルは、そのまま目を閉じ、杖から響いた音の波に意識を合わせて集中し始める。
――――すると、セイルの周りに、金色の砂のような光がさらさらと集まり始めた。
ハイネルは前を向いているため気が付かない。
走っているにも関わらずついてくる金色の砂は、すうとセイルに吸い込まれていく。
そしてセイルの瞼の裏に、ある光景が映し出され始めた。
記録と呼ばれるものだ。
走っている為集中が上手く行かないのか、見えてくる光景はジジッと黒い線が入って、粗い。
粗いが、何とか見えた。
それはセイル達がやってくる少し前の遺跡の様子だった。
目に緑色の光を宿したウッドゴーレムが、一人の若い冒険者に手を伸ばしている。
若い冒険者は落ちていた瓦礫に躓いて転び、どこかの回廊の壁に勢い良くぶつかった。
その衝撃で壁が剥がれ、中からは、真ん中に青い卵型の石が付いたずらっとスイッチの並ぶ板が現れる。
スイッチの一つが逆の方向へ変わったと思うと、ウッドゴーレムの目がすうと赤色に染まり――――、
そこでセイルは目を開いた。
「ハイネル、さっき私達が隠れていた部屋、覚えていますか?」
「覚えていますが、それが何か?」
「その近くに、ゴーレムの動作を制御するスイッチみたいなものがあります!」
「はい!?」
ハイネルが目を剥いてセイルを見た。
「どういう事です、先程は何も――――」
「お願いします、ハイネル。理由は後で説明します!」
セイルは真剣な目でハイネルを見た。
ハイネルはぐっと言葉を詰まらせた後、ウッドゴーレムに視線を送り、悩むように目を閉じ、
「――――――いいでしょう!」
ニッと笑って走り出した。
若干青ざめながらもしっかりとハイネルは頷くと、セイルの手を離し、鞄から地図を取り出す。
地図をざっと確認をすると握りしめ、セイルに向かって頷いた。
「こちらです!」
力強いハイネルの声に「はい!」と大きな声で答え、セイルはその背を追う。
二人はウッドゴーレムから距離を取る為、少し遠回りをしつつ走った。
ぜいぜいと息が切れる。息をするたびのどが痛い。
けれど自分で言い出した事だ。泣き言など飲み込んでセイルは走った。
だって、ハイネルは信じてくれたのだ。
理由も説明もなくただ「そこへ行け」と言った自分の言葉を、会ってまだ数時間しか経っていない自分の言葉をハイネルは信じてくれたのだ。
泣き言なんて言っている暇はない。
「見えた!」
セイルとハイネルは全力で走り続けて十数分。
ぐるりと回廊を周って、二人は目的の場所へと辿り着いた。
ちょうど最初にウッドゴーレムを発見した場所の先。
最初に左折するはずだった回廊を真っ直ぐ進んだ場所である。
「こ、ここがそう、ですが……どのあたりですか?」
肩で息をしながらハイネルが尋ねると、セイルは「こちらです」と歩いた。
部屋から歩いて数歩先の回廊の壁に、それはあった。
黒い板だ。
その真ん中に卵型の、青く光る石がはまっていた。
「これが、ゴーレムの制御盤……」
床にはぱらぱらとした瓦礫が落ちており、形から見て恐らくその制御盤のフタだったものだろう。
制御盤の上下には合わせて十のスイッチがあり、中央の青い石からそれぞれに光の線が伸びている。
十のスイッチの内九つは緑色の光だが、一つだけ赤色の光が伸びているものがあった。
線を辿って行くと、スイッチが他と違って下りている。
「これですね」
ハイネルは制御盤に手を伸ばし、カチリと、向きの違うスイッチを上げる。
すると、すうと赤色の光の線は緑へと色を変えた。
セイルとハイネルは顔を見合わせて、両手をぱしりと合わせて笑う。
そのままウッドゴーレムの方を見た。
二人の視線の先でウッドゴーレムがギギギと動きを緩める。
その目が赤色から緑色へと染まり始めた。
二人が「よしっ」とガッツポーズをした。
その、矢先の事だ。
ウッドゴーレムの前に、先程ウッドゴーレムによって吹き飛ばされた、大きなネズミのような魔獣の仲間が数匹現れた。
どうやら仲間を攻撃されて怒っているようだ。
嫌な、予感がした
「…………まさか」
魔獣は「チュー!」と鳴くと、ウッドゴーレムに飛び掛かって行く。
『あ』
セイルとハイネルの声が重なった。
ウッドゴーレムは自身が攻撃をされると、それに反応するようにその大きな腕を振り回し、勢いよく魔獣を吹き飛す。
魔獣は涙のようなものをキラキラと振りまきながら、高く高く弧を描いて空を飛び、遺跡の向こうへ消えて行った。
そしてウッドゴーレムは、
――――目を赤く爛々と光らせている。
「お馬鹿――――ッ!」
「気持ちは分からないでもないけど、何て事してくれちゃったんですか――――ッ!」
緑色になりかけたウッドゴーレムの目は警戒色の赤色に戻る。
そして、再度ドシーン、ドシーンとセイル達を目がけて向かい始めた。
先程のゴーレムの制御盤のスイッチは恐らく正常であろう状態に元に戻した。
ならばあれは正常な状態での警戒色だ。
正常に攻撃行動に出ているのだ。
こうなってしまえば制御盤のスイッチではどうにもならない。
「他に何か……」
「ゴーレム類は外装に大きなダメージを受けると機能を停止すると言われています。でも、僕のマジックアイテムでも駄目だとすると、他に手は……」
「大きなダメージ?」
ハイネルの言葉に何か思いついたようにセイルは辺りを見回す。
すると、セイル達が今いる場所から少し先に、ハイネルが最初にマジックアイテムを投げた場所があった。
見れば石の床には亀裂が入っている。床だけではなく、土の地面の方にもそれは繋がっており、さらにその少し下には川が流れている。
セイルは大きく頷くとハイネルを見上げた。
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