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白雲の丘

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 白雲の遺跡の奥の丘、そこはまるで空の上にいるかのような錯覚を覚える場所だった。
 丘には見渡す限りの、ふわふわとした白い花――――白雲の花で覆われている。
 名前の通り白い雲のような花だ。白雲の遺跡は、この花の群生地が近いことから、その名前で呼ばれていた。

 さて、そんな白雲の丘では、セイルとハイネルは遅めの昼食を終えたところだった。
 冒険者の町ライゼンデの屋台で買ってきたものを幾つか摘まんだ二人は、食後の休憩を取っている。
 ハイネルは頭の後ろに手を組んで、ごろりと寝転んでいた。そうして食後のまったりした雰囲気で、ハイネルは隣に座るセイルを見上げる。
 セイルはと言うと、水音の杖を抱いて座ったまま、目を閉じていた。
 眠っている――のではなく。これは記録――ログを貯めている最中なのだ。
 セイルの周囲では、先ほどハイネルが見た、金色の砂のような光がキラキラと舞っている。朝日のように輝くそれは、煌めきながらゆっくりとセイルに吸い込まれていた。

「これがログというものですか」

 ハイネルが聞くと、セイルは目を閉じたまま頷いた。

「ええ、そうです。ハイネルは、ログを見るのは初めてですか?」
「そうですねぇ……ログの白い霧や雲は時々見かけますが、その金色の砂のようなものは初めてですね」

 ハイネルがそう言うと、セイルは「なるほど」と呟いた。
 ログとは世界の記録であり、記憶である。
 どういうものかと言えば、セイルが生まれてから今まで生きてきた人生の世界版、と説明すれば分かりやすいだろうか。
 人生、歴史、そう言ったもの世界バージョン。目に見えなくとも存在しているもので、この世界をこの世界たらしめているものである。 
 これがなければ世界というものは形を成していない、大切なものである。

 この世界は時折、その世界のログが霧散し消滅してしまう事があった。
 ログが消滅すれば、例え人が残っていても、建物が残っていても、田畑や食べ物が残っていても、この世界が何で今がいつで今まで何があったのか、その一切を思い出せなくなる。
 つまりは忘却である。
 消滅したログは二度と元には戻らず、忘れた事も忘れて、またゼロから始めるのだ。

 それは世界だけではなくもっと小さなもの――――例えば、人や動物、道具屋建造物、森や泉など土地に至るまで、全てに起こりうる可能性がある。
 愛する人も、愛したものも、例外なく全て忘却する。忘れたという事すら忘れて。
 そうならないためにログティアは存在する。
 ログティアは自分の中にログを貯める事が出来る。その特異な性質から、世界が貯めているログを自分達も同様に貯める事で、万が一ログが霧散しても復元出来るようにしているのだ。
 セイル・ヴェルスはそんなログティアの一人だった。

「ログティアが触れたログは、こんな風に金色の砂になるんですよ。今はログを貯めているのでこんな感じですね。遺跡全体は時間が掛かり過ぎてしまうので、ひとまず白雲の丘の部分だけ」
「なるほど……。しかし、美しいですね」
「でしょう?」

 ハイネルの言葉に、セイルは少し得意げに答えた。
 ログとは色々あるけれど美しいものだ。セイルもそう思っているため、ハイネルの言葉が嬉しかったのである。
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