ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

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新米冒険者とそれなり冒険者

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 男はストレイ・グラスウッドと名乗った。

 歳は三十代前半。短い焦げ茶色の髪に、明るい茶色の目をした男だ。
 大柄な体に纏っているのは、黒いシャツと茶色のコートにズボン。コートの外側には装飾の凝ったカンテラを下げている。
 そしてその背中には、身の丈程もある立派なクレイモアを背負っていた。

「いや、助かりました。クロスボウならば、腕力が無くとも練習さえすれば大丈夫ですね」
「いやいや、役に立てたんなら光栄だ」
「本当にありがとうございます。あのままでは、わたしの相棒の武器がタンバリンになるところでした」

 ストレイに勧められたクロスボウを購入したセイルとハイネルは、そろそろお昼の時間だという事で、ストレイも交えて早めの食事をとる事にした。
 向かった先はライゼンデの大通り近くにある食堂『荒くれ亭』。
 本物の動物の角が飾られた荒々しい看板が特徴だ。店主が元冒険者だという事からその名前をつけたらしい。
 名前に反して店主は穏やかな中年の男性で、値段も安く量も多い事からライゼンデで人気の店だった。

 ライゼンデでは荒くれ亭のように、引退した冒険者がそのまま住み付く事も多い。
 長年活動した町だ、やはり愛着が沸くのだろう。
 ライゼンデがここまで大きな町になった一端は、そういった理由もあるのだ。

「今日の! オススメは! 豚肉の生姜焼き定食~♪」

 ノリノリで鼻歌を歌いながら注文をした食事を待つセイルに、ハイネルとストレイは笑った。
 セイルは小柄な外見に似合わず、意外と良く食べる。
 これはセイル自身の体質というよりログティアに共通する事なのだが、ログを貯め、体の中にログを留めて置くというのは、存外体力を使うものである。
 その体力を補う為にログティアは、基本的に良く食べ、良く眠る。
 体内にログがある以上、痩せはしても太らないのがログティアだった。

「お前さんは嬉しそうだなぁ」
「はい! 美味しい食事は嬉しいですよ!」

 元気よく答えたセイルに、ストレイはからからと笑った。
 どうせやるなら楽しんだ方が良い、それがセイルの信条である。

「それに誰かに作ってもらう料理は、より美味しいです」
「何だ、美味しくない料理でも作って貰ったのですか?」
「………………好意で作ってくれたものを無駄には出来ませんから」

 急にセイルの目が死んだ魚のように濁る。
 何か嫌なことでも思い出したのだろうか、どんよりとしている。
 軽い話題を振ったつもりだったハイネルは、その一瞬の沈みにぎょっとした。

「ま、まぁ嬉しかったのも事実なんですけどね!」

 はっとなってセイルは顔を上げて、焦ったように顔をかいた。

「まぁ、そうだな。誰かに料理作って貰うのって嬉しいよな」
「そうですね。僕もそう思います」

 わいわいと話している間に、どうやら料理が出来上がったようだ。
 店員の女性がにこにこした笑顔で、テーブルに豚肉の生姜焼き定食が三つ届けてくれた。

 豚肉の生姜焼き定食。
 厚切りにされた豚肉の生姜焼きと、刻んだキャベツが皿いっぱいにたっぷりと盛られている。白米はふっくら炊き立てで、付け合せの野菜スープもまるで煮物かと思うくらい具がどっさりと入っていた。
 セイルは目を輝かせると、手を合わせ「いただきまーす!」と、目を輝かせながら箸を取った。
 微笑ましいものを見るような目でそれを見ていたハイネルとストレイも同じように「いただきます」と手を合わせ、箸を取る。
 そうして三人揃って生姜焼きに口をつけると、口元を上げる。美味しい、という感想が自然と顔に現れた。

「しかし、そうか。お前さん達は冒険者になったばかりか。初々しいねぇ」

 食べながら、ストレイは楽しそうな様子でそう言った。

「お前さん達、2人パーティか? どんな職業なんだ?」
「ロ……学者です」

 もぐもぐと飲み込んで後でセイルは言った。
 さすがにログティアとは言えないので普段は学者で通している。
 ちなみに冒険者ギルドに登録する時はには、冒険者ギルドの規約の関係もあって、ログティアと記載はしている。ログティアは誤解されやすい職業でもある為、最初に知らせておく事で、何かあった際にギルドからもフォローして貰えるのだ。

「僕は精霊術師です」
「マジかよ」

 セイルに続いて答えたハイネルの言葉に。ストレイは片方の眉を少し上げた。
 精霊術師とはその名の通り、精霊に力を借りてその力を行使する者の事である。
 精霊魔法と呼ばれるそれは、精霊と言葉を交わし精霊に協力を願うものであり、一般的な魔法と違って精霊がいなければ成り立たない。
 力を貸して貰える事が出来れば強力だが、その信頼関係を作るのは、なかなかどうして大変であった。

「ハイネル、精霊術師だったんですか」

 セイルが目を丸くすると、ハイネルはニコリと笑って頷く。

「ええ。言っていませんでしたっけ」
「初耳ですね。火トカゲとしか聞いていませんでした」
「それは職業ではなく」

 ツッコミを入れるハイネル。二人のやり取りを聞きながら、ストレイは顎に手を当てて「ふむ」と呟いた。

「なるほど、精霊術師なぁ……」

 意外そうな、何とも言えない声色だ。
 それもそうだろう。実の所、この世界には、精霊術師を名乗るものはほとんどいないのだ。 
 精霊術師のなり手がいないとか、精霊と言葉を交わせるものが少なくなったとか、そういう類の話ではなく、単純に、この世界にはすでに精霊がいないからである。

 精霊がいなくなった時の事を覚えているものはいない。消えたあたりのログが消失しているのだ。
 だからそれは、ずっと昔に起こった事なのかもしれない。
 もしかしたらごくごく最近なのかもしれない。
 どうしていなくなったか、姿を消したかはもはや誰にも分からない。だが、精霊が『いた』というログだけは残っているのだ。

 精霊がいなくなると、精霊術師は精霊魔法が使えなくなる。
 だからこの世界に精霊術師はほとんどいない。精霊がいなくなってしまったがために、精霊術師を辞めてしまったのだ。
 もちろんハイネルのように、精霊魔法が使えない今も変わらず、精霊術師を名乗るものも少なからずいるのではあるが。

(そう考えると――精霊がいなくなったのは、割と最近なのかもしれませんね)

 ふと、セイルはそんな事を思った。
 精霊がいないにも関わらず、ハイネルは精霊術師だと名乗ったのだ。もしかしたら、彼には精霊と触れ合った頃のログが残っているのかもしれない。
 そう思いながら、セイルは話題を変えるようにストレイの方を見た。

「そういうストレイは、どんな職業なんですか?」
「俺か? 俺は戦う賢者さんだ」

 首を傾げて聞くセイルに、ストレイはニヤリと笑ってそう答えた。そして親指で背中のクレイモアを指す。
 セイルとハイネルは思わず「おお」と声を揃えて拍手した。

「時にハイネル、賢者とは?」
「学者より凄い人ですよ」
「おおー」

 どうやらセイルはノリで手を叩いていたようで、ハイネルから説明を聞いて頷いていた。
 賢者とは、厳密に言えば学者の先を行く者達が、様々な条件を満たした上で得られる称号のようなものだ。
 だから学者よりも凄い人、とハイネルは言った。

 一説では、この世界に存在する賢者の数は、ログティアの数よりも少ないと言われている。
 ストレイくらいの若さで賢者を名乗ることが出来るのは、相当優秀な証拠なのだろう。
 しかも剣で戦えると来たら、頼もしい事この上ない。
 ストレイのクレイモアを見ていたハイネルは、何度か頷きセイルを見た。

「やはりセイル、学者は前衛を守るものですよ」
「学者とは」

 そのやりとりを聞いて、ストレイは再び噴き出した。
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