ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

文字の大きさ
41 / 44
ログティアの役割

しおりを挟む

「よし!」

 セイルとハイネルはじっとその穴を見つめる。
 亀裂にはまったストーンゴーレムの足が、ガクリとバランスを崩す。
 そうして、大きな音を立てて倒れ込んだ。

「やった!」

 セイルとハイネルがパンとお互いの手を鳴らす。
 今の内だと、セイルとハイネルはじたばたと腕を動かしているストーンゴーレムの上を跳び越えて、二人はリゾットとパニーニの所へと走った。
 リゾットとパニーニは両手を合わせ、拝むようにセイルとハイネルを見上げる。

「ありがとう、ありがとうござ」
「あなた達、一体何をしたんですか!」

 ハイネルが怒鳴りつけると二人はびくっと肩を震わせた。

「せ、制御盤をいじったら、その……」

 パニーニが言い難そうに、そろりと背後に視線を向ける。
 そこにあるのはゴーレムの制御盤だ。制御盤からはすでにストレイがかぶせた布は取り払われている。
 だが以前と違って、制御盤の魔石は紫色の異様な光を放っていた。

「何故そんな事を!」
「バレたら仕方がない! あたし達は今王都で噂の」
「黙れ」
「ハイ」

 余計な事を言おうとしたリゾット達を、ハイネルがジロリと睨む。
 その間に、セイルは制御盤へと近づいて覗き込んだ。

「制御盤と言うか……これ、魔石が以前と違いますね」
「魔石が? あなた達、魔石を入れ替えたのですか?」

 ハイネルは目を瞬くと、リゾット達に聞く。
 リゾット達は当たり前の事を聞かれたように首を傾げた。

「ゴーレムを自分の物にするには、魔石を入れ替えるのが手っ取り早いでしょう?」
「……まさか、適当に用意した魔石を入れたのですか?」
「え?」

 きょとんとした顔のリゾットとパニーニに、ハイネルがこめかみを押さえる。そして苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

「暴走するわけだ……!」

 ストレイが言っていたように、ゴーレムにはゴーレムごとに固有信号がある。
 固有信号とは、魔力のリズムのようなものである。
 魔石から放たれる魔力は制御盤を介してゴーレムへと供給される。
 ゴーレムを動かす為には魔石にゴーレムの動作に関する諸々を制御盤と合わせて古代語で刻む必要があるが、それ以外にもう一つ、魔力を供給するゴーレムを古代語で予め指定しておく必要がある。
 魔石から命令文を伴った魔力を、特定のゴーレムへ送るために、それぞれに対応する一定のリズムをつけて放出する事。
 そのリズムこそが固有信号であり、制御盤はその補助にあたる。
 魔力を受ける側のゴーレムにも魔力を蓄積する為の『核』と呼ばれるものがあり、固有信号にのみ反応するように出来ている。
――本来ならば。

「それで、何と書いたのです?」
「こ、この遺跡のゴーレムを全てって……」

 パニーニの言葉にハイネルはくらりと目眩がした。省略し過ぎではないかと、頭が痛くなった。
 つまりリゾットとパニーニは、元々はめられていた魔石を外し、手順を省略して『全て』と刻んだ魔石を制御盤にはめた。それによって魔石と制御盤の間に動作のズレが生じたのだ。
 だが、それだけならば、本来ならばそこで止まるはずだった。にも関わらず、ゴーレムは動き出してしまっている。
 この制御盤の異様な光の具合を見ると、新しくはめた魔石にはたっぷりと魔力が込められていたのだろう。
 元々遺跡にあるゴーレムの制御盤は古く、はめられていた魔石の魔力も減ってしまっている。
 長期間魔力のない状態だったところへ、一気に魔力が流れた事で負荷が掛かり、本来ならば飛ぶはずのなかった固有信号にゴーサインが出てしまったのだ。
 制御盤はもともと固有信号を送る際の補助の役割も持っている。制御盤を通した事で、中途半端に似通ってしまった固有信号を、ゴーレム側の核が受け入れ誤作動を起こしているのだ。

「……ますいですね、魔石からゴーレムに十分に魔力が飛んでいる。元の魔石と入れ替えて、ゴーレムの核にある魔力と命令文をを上書きしないと、ゴーレムが止まらない!」

 制御盤からは時折ミシ、ミシ、と嫌な音が聞こえてくる。
 急に与えられた魔力に制御盤が耐え切れず、壊れかけているのだ。
 セイルはリゾットとパニーニに詰め寄る。

「元の魔石はどこですか!?」
「そ、その辺りに捨てました……」

 セイルとハイネルは弾かれたように振り返ると、手を地面につけて魔石を探し始める。
 その奥では、倒れたストーンゴーレムも起き上がろうと腕を動かしているのが見えた。
 リゾットとパニーニはそれを見てガチガチと奥歯を鳴らす。

「に、逃げ……」
「お前達も探せ!」
「ひゃい!」

 逃げようとした所をハイネルに怒鳴られ、びくっと飛び上がると、リゾットとパニーニも同じように地面に張り付き魔石を探し始める。
 探しながら、セイルは魔石のログを辿ろうともしたものの、ログの霧に邪魔されて上手く行かない。
 悔しげに目を細めたその先の崖の下では、ストーンゴーレムに一方的に攻撃を受けているウッドゴーレムの姿が見えた。

(ストレイ、ゴーちゃん……!)

 じりじりと焦る気持ちを押さえながら、セイル達は必死に魔石を探す。

「――――あっ!」

 不意にパニーニが声を上げた。
 顔を向けると、パニーニがストーンゴーレムが倒れている場所を指さして、口をパクパクさせている。
 パニーニの指の先にあるのは回廊の縁。川を見下ろす崖の上。
 ストーンゴーレムから逸れたその直ぐ隣の、崖に生えた草と土の間に青色の魔石が引っ掛かっているのが見えた。

「あった!」

 ハイネルはクロスボウを投げ捨てて駆け出す。
 だが同時にストーンゴーレムも、その巨体をゆっくりと起き上がらせている。
 その振動でガタガタと地面が揺れ、引っかかった魔石がカタカタと動く。

(落ちるな、落ちるなよ……!)

 だが、そんなハイネルの願いもむなしく、その振動で引っかかりから魔石は外れ、崖から滑り落ち始める。

「ッ!」

 ハイネルは迷わずに、その魔石に向かって手を伸ばし、回廊を強く蹴った。

「ハイネル!」

 セイルは咄嗟に杖の底で地面を強く叩いた。
 ポーン、と音の波が広がり、セイルの前に金色の光の砂が現れ始まる。

「"ログティア"セイル・ヴェルスより、ハイネル・ギュンターへ。ログの名は"遺跡の蔦"――――繋ぎ、巻き付け、引き上げよ!」

 焦ったように早口でそう言うと、セイルは杖の先をハイネルに向けた。
 するとセイルの杖に触れた光の砂が蔦へと変化する。
 蔦は杖に巻きつくと、ハイネルに向かって勢いよく伸び、ハイネルの足に絡み付いた。
 その瞬間、ハイネルは落ちて行く魔石を掴む。

「手伝って!」

 杖を地面に突き立てて両手で支えると、セイルはリゾットとパニーニに叫ぶ。
 リゾットとパニーニは慌てて駆け寄ると蔦を両手で握り、足に力を入れて踏ん張った。

「セイル!」

 ぐらぐらと逆さ吊の状態でハイネルはセイルの名を呼ぶと、蔦を利用して体を揺らし、力いっぱい空に向かって魔石を放り投げた。
 空高く魔石が飛ぶ。
 セイルは蔦をリゾットとパニーニに任せると、ジャンプしてそれをキャッチする。

「はい!」

 セイルの後ろではストーンゴーレムが起き上がり、その赤い目でセイルとリゾット、パニーニ達を捉え、狙いを定めて動き始める。
 リゾットとパニーニは青ざめながらも必死で蔦を握ってハイネルを引っ張り上げようと奮闘している。
 セイルはそれを横目で見ながら魔石を持って制御盤へと走る。
 制御盤は相変わらず異様な光を放っていた。
 その中央、光の元凶である魔石にセイルが手を伸ばす。
 だが触れた瞬間、バチッとその魔力に弾かれた。

「ッこの!」

 弾かれた皮膚には火傷のような痕が出来ている。
 痛みに顔をしかめながらもセイルは魔石に手を伸ばした。
 バチバチと火花のようなものがセイルの手に走る。
 焼けるような痛みに目を細めながら、セイルは歯を食いしばって魔石に触れると、力づくで引き抜いた。

「お願い……!」

 そして祈るように元の魔石をはめる。その一瞬、魔石が強く光を放った。

「ひいいい!」

 悲鳴が聞こえて振り向くと、ちょうどストーンゴーレムがリゾットとパニーニに手を伸ばしている所だった。
 それでも蔦を投げ出して逃げなかったのは、彼らにも多少なりとも罪悪感や責任感があったからだろうか。
 そのストーンゴーレムの手が彼女達に触れるか、触れないかと言った時、すうと制御盤の光が収まる。
 ストーンゴーレムの目の光も消え、伸ばしていた手も止まると、やがて完全に動かなくなった。

「は……え?」

 リゾットとパニーニは泣きべそをかきながらストーンゴーレムを見上げる。
 セイルがウッドゴーレムの方を見下ろすと、そちらにいた二体のストーンゴーレムも動きを止めていた。
 ほっとしたように息を吐き、セイルはリゾット達の所へ行って、力を合わせてハイネルを引っ張り上げる。

「ナイス」

 引っ張り上げられたハイネルは疲れたように笑うと、拳を作って軽く上げる。
 セイルも同じように拳を作ると、カツンと軽く当てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...