ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

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ログティアの役割

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「ストレイ!」
「大丈夫ですか!?」

 制御盤を落ち着かせた後。
 セイル達は急いで回廊を降りて、ウッドゴーレムの所へと駆けつけた。
 そこではウッドゴーレムに守られるように、ストレイがその巨体に寄りかかっている。ストレイはセイル達に気が付くと、疲れたような顔でこちらを見た。

「ああ、お前さん達か。……助かったよ」

 ストレイは小さく笑ってそう言った。ボロボロで土埃まみれではあったが、目立った外傷は特になさそうだった。

「良かった……」
「良く無事で……」
「ああ」

 二人の言葉に、ストレイはウッドゴーレムを見上げる。

「こいつが庇ってくれてなぁ……」

 そして、その手で触れた。ストレイにつられてウッドゴーレムを見ると、その姿は無残な物であった。
 片腕は取れ、ハイネル達が手当てをした足も砕けている。
 外装も所々剥がれており、胸の部分には白色に弱々しく光る『核』が見えていた。

「二人とも無事で良かったです。それにひとまず、ゴーちゃんも核は無事……でしょうか?」

 ほっとしたように息を吐くハイネル。
 だが彼とは正反対に、それを見たセイルが目を見開いた。

「――――違う」
「セイル?」
「これはログ溜まりです!」

 ハイネルとストレイ、それにリゾット達はぎょっとしてウッドゴーレムの胸の核を見る。
 信じられないものを見るような目の三人と違って、ストレイだけは納得したように静かに目を伏せた。 

「ログ溜まり……ああ、そうか。そういう事か。だから、他のゴーレムがおかしくなっても、こいつだけは影響を受けなかったのか……」
「どういう事です?」

 ハイネルが首を傾げると、ストレイは続ける。

「すでにあの魔石には、ゴーレムを動かすための魔力が足りなかったんだろうよ」
「稼働するための魔力を魔石だけではなく、ログ溜まりからも得ていたんだ。だからこいつだけは他のゴーレムが動かなくなっても、稼働し続ける事が出来たんだ」

 ハイネルはストレイとウッドゴーレムを見比べて、困惑した顔になる。
 信じられない、という気持ちの方が強いのだろう。

「そんな事が可能なのですか?」
「ログティアが使うものがログ魔法というくらいですから、性質としては魔力と似ていますよ。精神的な意味になりますが」

 ストレイの話を引き継いで、セイルは言う。

「……ですが」

 そして、目を潜めてえ、遺跡を見上げた。
 この遺跡を覆っている白い霧。絶対的な忘却の先駆けであるログの霧だ。
 その白さが先程よりも濃くなっている気がする。
 セイルはそのままウッドゴーレムの核を見た。核は今にも消えそうなくらい、弱々しく光っている。

「……恐らく、今までゴーちゃんがログ溜まりから魔力を得ていた事で、ログの霧散が抑えられていたのでしょう。けれど、長い間そうだったからなのか、核がログ溜まりと一体化しかけている。その核が破損した事で、一気にログの霧散が始まったのだと思います」
「……む、霧散すると、どうなるの?」

 リゾットが恐る恐る尋ねるとセイルは目を伏せる。

「この霧の様子を見るからに、ログ溜まりの影響を受ける範囲は白雲の遺跡全体です。わたし達がここへ到着した時よりも、ログの霧の色が濃い。今まで抑えられていた分、一気に活性化し、近いうちにこの遺跡のログは消滅します」

 セイルは断言する。
 その言葉が意味するのは、遺跡の消滅。そしてこの場所の死だ。

「この遺跡はなかった事になります。誰の記憶からも消える。そこに関わったもののログも、そこで積み重ねられたログも、その全てがなかった事になります」

 セイルとハイネルが冒険者になる為に実技テストに訪れた事も。
 遺跡でウッドゴーレムと戦って、仲良くなった事も。
 ストレイと一緒にお昼ご飯を食べた事も。
 ウッドゴーレムがストレイを守り続けた事も。
 こうしてここにいる事も。
 その全てが消え去り、なかった事になるのだ。
 そしてそれこそが、この世界をずっと脅かし続けている、絶対的な忘却だ。 

「ずっと忘れたまま。誰のログからも思い出せない。ただひとつの例外もなく、どこまでも平等に」

 だから、とセイルは続ける。

「そのために、ログティアがいます」

 セイルは一歩踏み出してウッドゴーレムの目の前に立った。
 ログティアとは、世界にある記憶を記録し、ログを整理し、自身の中に貯め、扱う職業だ。それにはこのログ溜まりの対処も入っている。
 ログ溜まりのログを整理し、あるべき形へ戻す事。それをログティアは『解放』と呼んだ。

「…………ゴーちゃんは、どうなりますか?」
「核がなくなれば、動きを止めます」

 感情を抑えたようなハイネルの問いかけに、セイルは静かに答えた。

「ここで何もしなくてもどの道、という事か……」
「そ、そうだ、新しい核があったらどうなの?」

 後ろで聞いていたリゾットがそう尋ねると、ストレイは首を振った。

「俺達の命がひとつなように、ゴーレムの核もゴーレムにひとつさ。新しい核で動けば、そいつはもう別のゴーレムだ」

 もしかしたらウッドゴーレムが、まるで感情を持ったかのように動くのも、ログ溜まりの影響もあったからかもしれない。そう思ったがストレイは何も言わなかった。
 ハイネルはウッドゴーレムを見上げたまま口を真一文字に結んでいる。
 リゾットとパニーニも――元々の原因が彼らではあるにせよ――何とも複雑な顔でウッドゴーレムを見上げていた。

「――――ログはいつだって共にある」

 静かになった場に独り言のようなセイルの声が響く。
 その言葉に全員の視線が集まった。

「ずっと昔からの、遠い明日の約束です」

 ログティア達の間に伝えられている、唯一無二の言葉だ。
 セイルは杖を握りしめると、くっと顔を上げた。
 柔らかな緑色の光を宿したウッドゴーレムと目が合う。
 やってくれ。そう言っているようなウッドゴーレムにセイルは小さく頷くと、杖をぐるっと回転させるように動かして杖の底で地面を叩いた。

――――ポーン。

 澄んだピアノのような音の波が響く。
 ハイネルを、ストレイを、リゾットとパニーニを、そしてウッドゴーレムの体を、それは風のように吹き抜けて行く。
 セイルは杖を両手で握ると、目を閉じて、ログ溜まりに意識を集中する。
 すると、ウッドゴーレムの周りから、淡い金色の砂のような光が浮かび始めた。
 さらさら、さらさらと。現れた光の砂はゆっくりとセイルの方へ集まり、吸い込まれていく。
 瞼の向こうにログが見え始めた。
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