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第一話「王様、王様。変わった人ばっかりでありましたねぇ」
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バーガンディー・アヴニール・ヴュステベルクは、砂の国ヴュステベルクの代替わりしたての王だ。
褐色の肌に銀の髪、炎のような赤い目をした青年である。
歳は十九。前ヴュステベルク王の一人息子だ。
バーガンディーは前王が病により崩御したのをきっかけに、その座についた。
砂の国は世襲君主制であるため、自分が王になるのは決まっていたが、予想していたよりずっと早かった。
「御父上の意志を継いで、必ずや『森』の奴らを倒しましょうぞ!」
「私共にすべてお任せ下されば問題ありません!」
王座についたとたんに、臣下達はバーガンディーにそう言い始めた。
まだ若いこの王ならば傀儡として利用できるとでも考えたのだろう。
元々バーガンディーは子供の頃から、感情の機微をそれほど顔に出す方ではなかった。
考えにふける事が多く、物静かでもあったので、彼らから見れば『ぼんやりしている』ように見えたのだろう。
だが、とんだ勘違いだ。彼は自分の意志をしっかり持っている。
懐柔しようと笑顔で近づく一同に向かって、
「では、人事について話がある」
と言ってのけた。取り出したのは分厚い調査書。
それはバーガンディーの父が死ぬ間際まで、時間をかけて調べ上げた砂の国の臣下達の不正に関する情報だった。
バーガンディーの父は、実のところ、争いを止めたいと考える穏健派だった。
しかし彼の父、バーガンディーの祖父は真逆の考えで、関わる者もまたそういった人間ばかりが揃っていたのだ。
何とか改革しようとしたものの、なかなか上手く進める事が出来ない。言う事を聞かない者が多かった。
だから前王は考えた。自分が生きている間が無理ならば、次の世代を良くしよう、と。その頃ならば、前の代から続く者達も代替わりしているはずだから、と。
そしてそれは成功した。バーガンディーの決定に異を唱えた者も、もちろんいた。
それはそうだ、だって自分達の立場が急に危うくなったのだから。
だがバーガンディーは強かった。前王から計画を聞いた彼は、自分と同じ考えの者達を集め、対抗するための準備を整えていたのだ。
その結果、今回の和平に向けての話し合いが開催できるまでに至ったのである。
幸運だったのは森の国の王も同じ考えだった事だ。
そして派遣されてきたのが今回の一行、というわけである。
「王様、王様。変わった人ばっかりでありましたねぇ」
晩餐会が終わった後。
彼の補佐役の一人であるマルベリーが、そう言った。
まだ十三歳ながらも豊富な魔力と卓越した魔法の腕を持つ少女だ。彼女もまた穏健派の一人で、バーガンディーの良き友人である。
「そうでございますなぁ。ふふ。ですが、なかなか、面白い方々だと私は思いますよ。少し、ボルドー様に似た雰囲気があります」
彼女の隣では、長身痩躯の白髪の老紳士が、上品にそう微笑んだ。
もう一人の補佐役であるオーカーだ。彼はバーガンディーの父ボルドーの補佐役も務めていた。
「私もそう思う。それにしても、彼らの中の……確かシャルトルーズと言ったか?」
「はい。サフラン様の妹さんでしたね」
「ああ。何というか、あの娘……よく食べていたな」
バーガンディーがそう言うと、二人は大きく頷いた。
「確かに。見ていて気持ちの良いくらいの食べっぷりでありました!」
「そうですねぇ。皿に料理の欠片すら残さず、綺麗に食べて下さいました」
「和平の場とは言え、つい昨日まで敵だった国の食べ物に対して、警戒心の無さが心配にはなるが……」
そして、先ほどの晩餐会の事を思い出す。
「合計で六回おかわりしていたな。あの体形で、どうやってあの量を収めたのだろうか」
「マルベリーは、デザートは別腹だと思うであります!」
「いえいえ、マルベリーさん。デザート以外のおかわりが五回でしたよ」
「なんと、別腹が多いのであります! もしや、魔法の類……?」
マルベリーは腕を組み、真剣な顔になった。
だが、まぁ、魔法はないだろう。森の国の出身者は魔力がない。だから魔法は使えないのだ。
理由としては土地に魔力を吸われてしまうかららしい。緑豊かな森の国がそれを保っているのは、そういう仕組みがあると、バーガンディーは本で読んだ事があった。
「まぁ何にせよ、見ていた限りでは、悪意や敵意のようなものは感じませんでしたな」
「オーカーもそう思うか? 私もだ。……不思議なものだな、もう少し警戒されるのを予想していたのだが」
「もしかしたら、我々の警戒心を解くための策なのかもしれませんが――――それでも、普通はあの量は無理でしょうな」
苦笑するオーカーに、バーガンディーは頷いた。
今回は和平のための話し合いだ。そういう態度を見せる必要がある。
出された食事に手をつけなければ、面倒な連中が「どうやら我が国を警戒しているようだ」とでも言って、和平の機会を滅茶苦茶にするきっかけにしかねない。
だからバーガンディーは晩餐会に出す食事には極力気をつけたし、出来る限り食べやすいものを選んだ。
それでも完食はされないだろうな、とは思っていたのだ。それがおかわりである。しかも六回だ。
一皿ぺろりと平らげて「おかわりいただいても良いでしょうか!」なんて満面の笑顔で聞いてきたシャルトルーズを思い出して、バーガンディーはフフ、笑った。
「ただ単に食べるのが好きなのかもしれんな」
「そうであったら良いでありますねぇ」
バーガンディーにつられてマルベリーも笑って頷く。
そうだ、そうであったら良い。
警戒心などなく、策でもなく。ただ和平のためにきて、こちらの国の料理を楽しんでくれたのならば。
そんな未来を望んでいるバーガンディーからすれば、シャルトルーズの食べっぷりは好ましいものだった。
もっとも、あの量を皆が食べたら大変だろうが、なんて考えていると、
「そう言えば、あの後、サックス様から食事代をいただきましたよ」
とオーカーに言われ、バーガンディーは目を丸くする。
サックスとは、あの一行の魔導具技師だ。件のシャルトルーズの師匠にあたる男である。
「食事代?」
「はい。シャルトルーズ様がよく食べるので……との事で、なかなかの金額を」
「よく分からないが、招待した客がそういう場合は、普通の事なのか?」
「さて、私も初めての事なので分かりませんが……」
話を聞くと、さすがにオーカーは一度は断ったらしい。しかし大事な事だから、とサックスは引かなかったそうだ。
困惑したがそこまで言うのならと、オーカーはひとまずは預かる事にしたと話す。
「お返しするかどうかは、滞在期間中にご判断いただけたらと」
「分かった。……とりあえず、明日の料理の手配もよろしく頼むぞ、マルベリー」
「はいです! おまかせくださいであります!」
マルベリーがニカッと笑って胸を叩く。
そんな彼女に、バーガンディーとオーカーは微笑ましそうに目を細める。
「オーカーは引き続き反対派への警戒を頼む」
「心得ました。滞在期間中が、一番危険ですからね」
「ああ。父がずっと望んでいた和平だ。――――必ず成功させよう」
バーガンディーの言葉に、マルベリーとオーカーは「はい!」と力強く頷いたのだった。
褐色の肌に銀の髪、炎のような赤い目をした青年である。
歳は十九。前ヴュステベルク王の一人息子だ。
バーガンディーは前王が病により崩御したのをきっかけに、その座についた。
砂の国は世襲君主制であるため、自分が王になるのは決まっていたが、予想していたよりずっと早かった。
「御父上の意志を継いで、必ずや『森』の奴らを倒しましょうぞ!」
「私共にすべてお任せ下されば問題ありません!」
王座についたとたんに、臣下達はバーガンディーにそう言い始めた。
まだ若いこの王ならば傀儡として利用できるとでも考えたのだろう。
元々バーガンディーは子供の頃から、感情の機微をそれほど顔に出す方ではなかった。
考えにふける事が多く、物静かでもあったので、彼らから見れば『ぼんやりしている』ように見えたのだろう。
だが、とんだ勘違いだ。彼は自分の意志をしっかり持っている。
懐柔しようと笑顔で近づく一同に向かって、
「では、人事について話がある」
と言ってのけた。取り出したのは分厚い調査書。
それはバーガンディーの父が死ぬ間際まで、時間をかけて調べ上げた砂の国の臣下達の不正に関する情報だった。
バーガンディーの父は、実のところ、争いを止めたいと考える穏健派だった。
しかし彼の父、バーガンディーの祖父は真逆の考えで、関わる者もまたそういった人間ばかりが揃っていたのだ。
何とか改革しようとしたものの、なかなか上手く進める事が出来ない。言う事を聞かない者が多かった。
だから前王は考えた。自分が生きている間が無理ならば、次の世代を良くしよう、と。その頃ならば、前の代から続く者達も代替わりしているはずだから、と。
そしてそれは成功した。バーガンディーの決定に異を唱えた者も、もちろんいた。
それはそうだ、だって自分達の立場が急に危うくなったのだから。
だがバーガンディーは強かった。前王から計画を聞いた彼は、自分と同じ考えの者達を集め、対抗するための準備を整えていたのだ。
その結果、今回の和平に向けての話し合いが開催できるまでに至ったのである。
幸運だったのは森の国の王も同じ考えだった事だ。
そして派遣されてきたのが今回の一行、というわけである。
「王様、王様。変わった人ばっかりでありましたねぇ」
晩餐会が終わった後。
彼の補佐役の一人であるマルベリーが、そう言った。
まだ十三歳ながらも豊富な魔力と卓越した魔法の腕を持つ少女だ。彼女もまた穏健派の一人で、バーガンディーの良き友人である。
「そうでございますなぁ。ふふ。ですが、なかなか、面白い方々だと私は思いますよ。少し、ボルドー様に似た雰囲気があります」
彼女の隣では、長身痩躯の白髪の老紳士が、上品にそう微笑んだ。
もう一人の補佐役であるオーカーだ。彼はバーガンディーの父ボルドーの補佐役も務めていた。
「私もそう思う。それにしても、彼らの中の……確かシャルトルーズと言ったか?」
「はい。サフラン様の妹さんでしたね」
「ああ。何というか、あの娘……よく食べていたな」
バーガンディーがそう言うと、二人は大きく頷いた。
「確かに。見ていて気持ちの良いくらいの食べっぷりでありました!」
「そうですねぇ。皿に料理の欠片すら残さず、綺麗に食べて下さいました」
「和平の場とは言え、つい昨日まで敵だった国の食べ物に対して、警戒心の無さが心配にはなるが……」
そして、先ほどの晩餐会の事を思い出す。
「合計で六回おかわりしていたな。あの体形で、どうやってあの量を収めたのだろうか」
「マルベリーは、デザートは別腹だと思うであります!」
「いえいえ、マルベリーさん。デザート以外のおかわりが五回でしたよ」
「なんと、別腹が多いのであります! もしや、魔法の類……?」
マルベリーは腕を組み、真剣な顔になった。
だが、まぁ、魔法はないだろう。森の国の出身者は魔力がない。だから魔法は使えないのだ。
理由としては土地に魔力を吸われてしまうかららしい。緑豊かな森の国がそれを保っているのは、そういう仕組みがあると、バーガンディーは本で読んだ事があった。
「まぁ何にせよ、見ていた限りでは、悪意や敵意のようなものは感じませんでしたな」
「オーカーもそう思うか? 私もだ。……不思議なものだな、もう少し警戒されるのを予想していたのだが」
「もしかしたら、我々の警戒心を解くための策なのかもしれませんが――――それでも、普通はあの量は無理でしょうな」
苦笑するオーカーに、バーガンディーは頷いた。
今回は和平のための話し合いだ。そういう態度を見せる必要がある。
出された食事に手をつけなければ、面倒な連中が「どうやら我が国を警戒しているようだ」とでも言って、和平の機会を滅茶苦茶にするきっかけにしかねない。
だからバーガンディーは晩餐会に出す食事には極力気をつけたし、出来る限り食べやすいものを選んだ。
それでも完食はされないだろうな、とは思っていたのだ。それがおかわりである。しかも六回だ。
一皿ぺろりと平らげて「おかわりいただいても良いでしょうか!」なんて満面の笑顔で聞いてきたシャルトルーズを思い出して、バーガンディーはフフ、笑った。
「ただ単に食べるのが好きなのかもしれんな」
「そうであったら良いでありますねぇ」
バーガンディーにつられてマルベリーも笑って頷く。
そうだ、そうであったら良い。
警戒心などなく、策でもなく。ただ和平のためにきて、こちらの国の料理を楽しんでくれたのならば。
そんな未来を望んでいるバーガンディーからすれば、シャルトルーズの食べっぷりは好ましいものだった。
もっとも、あの量を皆が食べたら大変だろうが、なんて考えていると、
「そう言えば、あの後、サックス様から食事代をいただきましたよ」
とオーカーに言われ、バーガンディーは目を丸くする。
サックスとは、あの一行の魔導具技師だ。件のシャルトルーズの師匠にあたる男である。
「食事代?」
「はい。シャルトルーズ様がよく食べるので……との事で、なかなかの金額を」
「よく分からないが、招待した客がそういう場合は、普通の事なのか?」
「さて、私も初めての事なので分かりませんが……」
話を聞くと、さすがにオーカーは一度は断ったらしい。しかし大事な事だから、とサックスは引かなかったそうだ。
困惑したがそこまで言うのならと、オーカーはひとまずは預かる事にしたと話す。
「お返しするかどうかは、滞在期間中にご判断いただけたらと」
「分かった。……とりあえず、明日の料理の手配もよろしく頼むぞ、マルベリー」
「はいです! おまかせくださいであります!」
マルベリーがニカッと笑って胸を叩く。
そんな彼女に、バーガンディーとオーカーは微笑ましそうに目を細める。
「オーカーは引き続き反対派への警戒を頼む」
「心得ました。滞在期間中が、一番危険ですからね」
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