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閑話 暗闇
しおりを挟む夜、特に具合が悪い時の暗闇が、立待は嫌いだった。
昔の記憶を夢に見るからだ。
立待は蛇の妖だ。その中でも白という色を持って生まれた立待は、同族の中でもとりわけ大事に扱われた。白の身体を持って生まれた妖は強い力を持つとされているからだ。
立待もその例にもれず、強い力と術を操る才能を持っていた。
しかし立待は蛇の妖にしては穏やかで、あまり争いごとは好まない性格だったため、それが玉に瑕と良く言われていた。
ある日の事だ。立待がぶらりと歩いていると、ぴゃあぴゃあと、何かの鳴き声が耳に届いた。何だろうかと見に行くと、人間の子供が座り込んで泣いている。歳は七、八くらいだろうか。女の子で、酷く不安げな声で大粒の涙を零していた。
(人間って、弱いから群れで過ごしているんですよね。確か群れ同士の絆が強いと聞きます)
立待は人間を見た事がなくて興味本位で近付いた。その子供は半身が蛇の姿をした立待を見て、一瞬、泣くのを止めて「綺麗……」と呟いた。
「あなた、ここで何をしているのです?」
「おかーさんに、薬、あげたくて……道に、迷っちゃった、の……」
少女は、ひっく、としゃくりを上げながら答えた。彼女の手には薬にも使われる花が握られていた。この森の奥でしか採れない花だ。恐らく病の母のために花を採りに来て道に迷い、家に帰れなくなってしまったのだろう。ふう、と立待は息を吐いた。
「こんな所で泣いていたら、妖にぺろりと食べられてしまいますよ? ですから泣き止んで……」
「やぁだぁ……!」
「ああ、ちょっと……!」
泣き止ませようとしたら、さらに泣き方が酷くなってしまった。困ったと立待は眉尻を下げる。おろおろしながら立待は、そうだ、と少女の身体に自分の尻尾を巻きつけ、持ち上げた。
「ほら、た、たかいたかーい」
確か、子供に対してこういうあやし方があった気がする。うろ覚えの知識でそうしていると、やがて少女は泣き止んで、楽しそうな笑顔を浮かべてくれた。
それを見て気付いたら立待もつられて笑っていた。
蛇の妖である立待は、いくら本人の気性が穏やかでも、同じ同志であっても『蛇』という事で怖がられる事が多い。だから少女が自分を見ても怯えずに笑いかけてくれた事を嬉しく思ったのだ。
何だか気分が良くなった立待は、少女を村まで送り届けてやる事にした。
その間も少女から「たかいたかい」をねだられて、立待は「仕方ないですね」と笑ってそれに付き合っていた。
――それが、悪かった。
彼女の村へ到着した時、その入り口では大勢の人間が武器や松明を持って集まっていた。
「ああ、本当にどこに……ん?」
「お、おい、見ろ! あれ!」
「ヒッ、ば、化け物……!?」
人間達は立待と少女を見てぎょっと目を剥いた。少女は元気に「あ、おとーさん!」と手を振っている。少女の父もいたようだ。
それではと立待が少女をそっと地面に下ろすと、彼女は「蛇のお兄ちゃん、ありがとー!」と一度ぎゅっと抱き着いてから、そちらへ走っていく。
立待が手を振って見送っていると、人間達は何故か怖い顔で武器を構えながら、立待ににじり寄って来た。
「化け物! うちの村の子に何をしようとした!」
「最近この村の周りで人を襲っている妖もお前だろう!」
「皆、捕まえろ!」
人間達は口々にそう怒鳴って、立待に向かって攻撃をし始めた。
立待は驚いて反撃しようとした。この程度の数の人間なら術で一掃できる。
――しかし目の端に少女が見えた時に手が動かなくなった。
「何するの!? やめて! やめて! お兄ちゃんは、私を助けてくれたの!」
少女は自分の仲間達に向かって必死で叫んでいた。しかし人間達は聞く耳を持たない。
(ここで私が彼らを殺したら、あの子はまた泣いてしまうだろうか)
そう思った立待は、ぐっ、と堪えてその場から逃げ出した。
「逃げたぞ! 追え!」
「矢を射れ!」
走る立待の背中に人間が放った矢が突き刺さる。
痛い、熱い、苦しい。身体から血を流しながら立待は必死で走って、走って、偶然目に入った洞窟の中へ逃げ込んだ。
洞窟内は暗く、深い。夜目が効く立待と違って、灯りがなければ人間はついては来られないだろう。そう思い、奥へと入って息を潜める。
――そうしているとしばらくして、何かが爆発する音と振動が洞窟内に響き渡った。
入り口が爆破されたのだと気付いた立待は、痛む身体を引き摺りながら確認に戻る。
しかしその時にはすでに、入り口はものの見事に岩で塞がれてしまっていた。
(術で何とか……)
そう考えて手を伸ばす。しかしその瞬間、立待の身体がその場に崩れ落ちた。
怪我のせいだ。しかも傷口が焼けるように痛い。もしかしたら矢尻に妖を殺す毒でも塗られていたのかもしれない。
立待は地面にうつ伏せになって、かひゅ、と嫌な息を吐いた。
――それからどれだけの時間が経っただろう。
外からの光が一切入らない暗闇で、立待は動く事も出来ずにいた。
なまじ力が強かっただけに、立待の身体はしぶとく生にしがみついていた。
死ぬことも出来ない地獄のような苦しみの中、立待は何日も何日も苦痛に喘いでいた。
(どうして……)
無限に思える時間の中で何度も立待は自分に問いかける。
一体何が悪かったのだろう。人間を助けたからだろうか?
あの子供を助けず放っておけば良かったのだろうか?
(……違う)
そう考えて、それだけは違うと立待は思った。
興味本位で近づいて、気まぐれに助けたあの子供は自分に「ありがとう」と言ってくれた。
他者から恐れられる蛇の妖の自分を、誰よりも弱い人間の子供は怖がらなかった。
こんな事になってしまっても、それだけは本当に立待は嬉しかったのだ。
(……化け物か)
人間達は立待を見てそう恐れていた。失敗だったのは自分が人間の前であの姿を見せた事だ。
蛇の半身。これが立待の本来の姿だ。そして蛇の姿であればどんな大きさにも変化出来た。ただ逆に人間の姿になる事は出来ない。
その事に対して何とも思っていなかったが、半身が蛇の自分の姿は人間から見ればさぞ恐ろしいだろうとは、立待も何となくは分かっていたのだ。
けれど少女がこの姿を見ても怯えなかったから。
綺麗だと言ってくれたから、立待は他の人間も大丈夫ではないかと思った。
彼らなら自分を見ても怯えずに、普通に接してくれるのではないかと思ってしまったのだ。
(もし人間の姿であったなら、こうして恐れられずに済んだろうか)
化け物だと怖がられる事も、殺されそうになる事もなかっただろうか。
あの少女のように仲良くなれただろうか。
そう考えたら立待の目から涙が溢れ出した。渇いていたはずの身体から、まだ涙が出るんだと不思議な気持ちになる。
「……しに、たく、ない……なぁ……」
こんな形で、こんな場所で、自分はまだ死にたくない。
悲しいままで、苦しいままで、後悔しながら終わりたくない。
「だれ、か……」
――助けてくれる誰かなんて思い浮かべも出来なかったけれど。
それでも“誰か”に縋りたくて、立待が助けを求めた時、
「ああ、そこにいるな」
なんて声がどこからか響いて来た。
その直後、轟音と共に入り口をふさいでいた岩が粉々に砕け散る。
光が差し込んで来る。その中から神々しい空気を纏った白い髪が現れた。
「こいつはだいぶ手酷くやられたな……。生きているか?」
「……だ、れ……?」
「俺は氷月。龍神だ」
「りゅう、じん……」
「……だいぶ朦朧としているな。早く神域に連れ帰って手当てしてやらねぇと」
そう言いながら氷月は立待を抱き上げる。そのまま両腕で抱えると、洞窟の外へと歩き出した。
「どう、して……」
「人間の子供が毎日毎日、俺に祈っていたのが妙に気になってな。それでちょいと探してみたらお前を見つけた」
「…………」
話を聞いている内にだんだん瞼が重くなってくる。久しぶりに身体に温もりを感じたからだろう、立待は酷く眠かった。
『お兄ちゃん、ありがとー!』
あの人間の子供の声が聞こえた気がして、立待は薄く微笑む。
目の端に残った涙の一滴が頬を伝って落ちると同時に、立待の意識もそこで途切れた。
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