若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

文字の大きさ
18 / 115
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

018●フロー編●16.城下町のウェイトレス

しおりを挟む
 イグナーツと約束をしてから一年。
 ツェツィーリアとの婚約からは二年が過ぎた。

 男は十八からしか結婚できないこの国では、もちろん王族もその対象となっている。
 フローリアンは現在十七歳でまだ結婚はできない年齢だが、十八になっても結婚をするつもりは当然なかった。どうにかしてツェツィーリアとの結婚を延ばしていくつもりである。
 イグナーツは音楽家を続けているが、やはりというべきか、貴族だった時と比べて活動は縮小していた。それでも頑張っている方だと言えたが。

 フローリアンは最近、今まで以上に勉強する時間が増えた。王になるための備えだとわかっていても……いや、わかっているからこそ、気が重くなるばかりである。
 しかし国をより良くしたい気持ちは、兄に負けないくらいにはあるのだ。だから文句を言うこともせず、勉学に励んでいる。
 家庭教師が帰ると、フローリアンは手を突き上げるようにして体を伸ばした。

「ふぁあ、疲れた……」
「長時間お疲れ様でした、王子! よく頑張りましたね!」

 ラルスは相変わらずの元気さで、嬉しそうに笑っている。ラルスがそばにいてくれると、安心して集中できるのだ。
 勉強が終わると、これでもかと褒めてくれることもやる気のひとつになっている。

「本当に毎日毎日勉強ばかり、すごいですよ。俺には無理です」
「これが僕の役目だからね。ラルスだって、朝は鍛錬してるだろ? 僕には無理だ」
「無理なことはないですよ。一緒にやりますか、鍛錬」
「遠慮しとく。僕が強くならなくっても、ラルスが護ってくれるしね」
「それはもちろんですよ! 俺の仕事ですから!」

 力いっぱいに肯定されると、なんだか照れる。
 護ると言われただけで、ただの仕事だとわかっていても心は浮き立ってしまう。
 しかしラルスはそんなフローリアン気づくこともなく、腕を組んで唇を突き出した。

「でも最近、王子は部屋で勉強ばかりだから護衛らしいことしてないんですよね。せめて歩きたいですよ」

 確かに、ずっと部屋で監視をしているだけというのは暇だろう。それが仕事とはいえ、逆の立場だったらげっそりしてしまいそうだ。

「王子もずっと勉強ばかりで大変でしょう。明日はお休みをもらって、町へ出かけませんか?」
「え? そりゃ、できるならそうしたいけど」
「じゃあ交渉しましょうよ! 言うだけならただです!」

 ラルスの言い草にフローリアンはぷっと笑いながらも頷いてみせる。

「うん、そうだね。お願いするだけしてみようか」

 毎日言われるがまま、組まれたスケジュール通りに過ごしていたフローリアンは、こんな簡単なことさえも気付かなかった。
 そうして訴えたフローリアンの初めてのわがままはあっさりと通り、翌日はラルスと二人で町に繰り出す。
 からりと晴れた空に白い鳥が舞っていて、その眩しさにフローリアンは目を細めた。

「まさか、こんなに簡単に休みが取れるなんて思わなかったよ」

 フローリアンの呟きに、赤髪に紺色の騎士服を着たラルスは、嬉しそうに笑っている。

「王子が毎日真面目にがんばってるからですよ。不真面目だったらこうはいきませんって」
「あはっ、そうだね。なんにしても、ありがとうラルス」
「どういたしまして!」

 予期せぬ休みが取れたことにわくわくする。しかも、ラルスと一緒にお出かけだ。
 名目上は城下の視察ということにして、フローリアンはあちこちのお店や広場を見て回って楽しんだ。

「少しお腹が空いてきたね。ラルスはいつもどういうお店で食べてるの?」
「俺ですか? 大したところは行ってないですよ。そこの店とか、あと色々適当に」
「ここ? じゃあ、入ってみよう!」
「……まぁ、いいですけど」

 珍しく歯切れの悪いラルスを少し不思議に思ったが、ラルスはすぐに笑顔を取り戻して店へと案内してくれた。
 天気がいいのでテラス席にしましょうと言われて、小さな二人用テーブルの椅子に腰掛ける。

「なにかおすすめはある?」
「そうですね、『ちょっと贅沢なパスタセット』なんかは、王子の好みだと思いますよ」
「じゃあそれにするよ。ラルスもお腹が空いただろう。好きに食べていいよ」
「わかりました」

 ラルスが呼ぶと、すぐさま近くにいたウェイトレスが気づいてやってきてくれる。

「ご注文はお決まりでしょうか」

 二十歳ほどだろうか。笑顔の素敵な女性は、茶色の長い髪を一つにまとめて清潔感を溢れさせていた。

「『ちょっと贅沢なパスタセット』をひとつ。あとは……うーん、俺は『チキンのランチ』にするかな」
「ふふ、いつものね」

 女性はそう微笑んだあと、フローリアンに目を向けた。

「本日は王子殿下にお越しいただけまして、大変光栄に存じます。どうぞ、ごゆっくりなさってくださいね!」
「ああ、ありがとう」

 ウェイトレスはそう言うと、もう一度ラルスに視線と笑みを送った。ラルスの方は視線こそ合わせてはいなかったものの、ほんの少し指を上げて合図のようなものを送っている。

(知り合い……だよね。でも、ただの顔見知りって風じゃなかった)

 客とウェイトレスというだけではない、もっと深い繋がりを持っているように見えたのだ。
 フローリアンの胸は、ドキンドキンと嫌な音を立てる。

「ラルス……今の人って、もしかして……恋人?」
「……どうしてそう思うんですか」

 質問を質問で返されてしまい、確信のようなものが心に生まれる。

『そんなに僕の気持ちが知りたいなら、付き合ってる恋人と別れておいでよ!』

 ツェツィーリアとの婚約が決まった時に、口を滑らせてしまったひどい言葉。
 あの時の言葉では別れていなかったことにほっとして、同時にまだ付き合っていたのだなと胸が苦しくなる。
 ラルスが気まずかったのはこのせいだろう。別れろと言われて、まだ別れていなかったのだから。

「……ごめんね、ラルス」
「なにがですか?」
「その、以前、別れろなんて言っちゃって……そんなこと、思ってないから」
「そんな前のこと、気にしてないですよ」

 柔らかな声で言ってくれたので、フローリアンは胸を撫で下ろした。
 ラルスも二十二歳だ。いつ結婚してもおかしくはない。

「結婚、するの?」

 聞かずにはいられなかった。なにを聞いても、気持ちが落ち着けるわけもないとわかっていながら。

「……決まった時には報告します」
「うん……その時には、お祝いするよ」

 そう言うと、ラルスは少し困ったような笑みを見せた。
 心臓がぎゅっと掴まれたような痛みが走る。心から喜んであげられないことがつらい。本当は結婚なんかするなと叫びたい。

(馬鹿だな……ラルスは僕のものじゃないっていうのに)

 胸の苦しみを抱きながらの食事は、あまり味を感じることはできなかった。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...