若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

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第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

019●フロー編●17.憧れの人

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 食事を終えると、フローリアンたちは再び町を散策した。
 けれど、ラルスの恋人と思われる女性の登場で、気分はすっかり沈んでしまっている。フローリアンの口から溜め息が漏れると同時に、ラルスの眉は少し下がった。

「疲れましたか、王子」
「あ、ごめん。大丈夫だよ」

 デート気分になってしまっていたことに罪悪感を感じているとは言えず、フローリアンは苦笑いで誤魔化す。

(僕は男と思われてるし、二人で出かけても……別に構わないよね……)

 そんな言い訳をして、フローリアンは罪悪感を軽減させた。せっかくの自由時間をラルスと一緒に過ごせるのだ。すぐに帰ってしまうのはもったいない。

「次はどこに行きますか?」
「そうだね、憩いの広場の方に行ってみよう」

 フローリアンは気を取り直して笑顔で答えた。憩いの広場はその昔、一人で来たことのある場所だ。
 広場に面した通りには、いろんなお店が立ち並んでいて、多くの人で溢れていた。
 一角には大きな泉が広がっていて、この国の宗教である神々の彫刻が立ち並んでいる。
 そこかしこにベンチが設置されていて、近くに植樹された木陰で休むことができた。
 ぐるりとフローリアンが広場を見回していると、ベンチに腰も掛けずに遠く一点を見つめたままの騎士が立っている。騎士と言っても、ハウアドル王国が支給している騎士服ではない。どこかの家のお抱えの騎士のようだ。
 フローリアンの視線に気づいたラルスがその騎士を見て、「あ」と声を上げる。

「あいつ、俺の知り合いです」
「そうなんだ。話しかける?」
「いいんですか?」
「別に、かまわないよ」

 ラルスはパッと顔を輝かせたかと思うと、一歩前に出てその横顔に声をかけた。

「ブルーノ!」
「ラルス?」

 名を呼ばれたブルーノという騎士は、フローリアンの存在に気づいた瞬間、肩口に拳を当てる、ハウアドル特有の綺麗な敬礼をした。
 キリッと釣り上がった眉に、意思の強そうな瞳。

(これは堅物系の騎士だなぁ)

 という感想が頭に舞い、心で苦笑いする。

「王弟殿下。お初にお目にかかります。ブルーノと申します」
「そう。ラルスの……友達?」

 フローリアンがラルスを見上げなから聞くと、ラルスは笑った。

「違いますよ、俺の後輩なんです。けどブルーノ、あれからどうしたのかと思ってたけど、騎士でいられたんだな!」
「シンドリュー家に拾っていただいたのだ。ありがたいことに今は私的騎士として働いている。今は休憩中だが」
「そうか、良かったな!」

 シンドリューというと、ドラドという当主のいる子爵家だ。製薬会社を立ち上げて商売が上手く行っているようで、他の貴族と比べても群を抜いて金持ちだということを、フローリアンも知っている。

「王弟殿下の拝顔が叶うとは夢にも思っておりませんでした。では休憩時間が終わりますので、御前を失礼致します」

 最初から最後までピクリとも動かない表情筋のまま、ブルーノは去っていった。
 やっぱり堅物系の騎士だと思いながら、彼を見送る。

「ブルーノ、王子に会えて嬉しそうでしたね!」
「え……あの顔、喜んでたの?」
「緊張してたんですよ。あいつ、いつか紺色の騎士服を着るんだって頑張ってたんで」

 紺色の騎士服は、城内で働く騎士の証でエリートとも言える。多くの騎士が目指し、憧れる騎士服なのだ。

「彼、元は公的騎士だったの?」
「はい。でもブルーノの兄っていうのが、素行が悪くて捕まったんですよ。それであいつは公的騎士を辞めなきゃならなくなって……」

 三親等内に罪を犯したものがいれば、公的騎士になれないし、辞めなければならない。
 厳しいような気もするが、取り締まる側の人間が身内を庇うような工作をしてはならないので、規定は絶対だ。

「そうか……仕方ないね……」
「でも、私的騎士として活躍しているようで良かったです! あいつ、本当に頑張り屋で良い奴なんで!」
「あはは、ラルスは後輩思いだったんだね!」
「そうですね!」

 自分で『そうですね』と言ってしまうラルスがおかしくて、フローリアンはくっくと肩を震わせる。
 やっぱりこの恬淡としたラルスのことが好きなのだと思いながら。

「ラルスも、紺色の騎士服に憧れたりしたの?」
「俺ですか? そりゃもちろん、シャイン殿とルーゼン殿には憧れましたよ! いつかは俺も護衛騎士になりたいと思いましたからね!」
「へぇ、そうだったんだ。じゃあ願いが叶ったんだね」
「はい。まぁ運が良かったんでしょうけど。王子は誰か憧れの人とかいるんですか?」
「僕?」

 憧れと言われて、真っ先に思い出すのはあの・・人だ。
 ラルスは彼を知っているだろうか。言葉に出すのは、少々気恥ずかしい。

「いるっていうか……小さい頃にちょっと会っただけの人なんだ」
「へぇ、どんな人ですか?」
「どんなって……これ、ツェツィーにしか言ったことないんだけど」
「俺には教えてもらえないです?」

 ラルスが寂しそうに眉を下げながら笑うので、フローリアンはついつい言葉を繋ぐ。

「誰にも言わないって約束できる?」
「王子の秘密のひとつですね! もちろん誰にも言ったりしませんよ!」

 今度は嬉しそうに満面の笑みで頷いている。それだけで伝える価値があるというものだ。

「実はさ。子どもの頃、僕一人でここに来たことがあるんだ」
「お一人でですか? 護衛は?」
「こっそり抜け出して振り切っちゃった」
「マジですか! 俺も王子に逃げられないように、気をつけないとなぁ」
「もうそんなことしたりしないよ!」

 口を尖らせて見せるも、ラルスは楽しそうに笑っている。
 空は暖かな光が降り注いでいて、あの時もこんな日和だったなぁと思い返した。

「城から抜け出した僕は、そこの衣料品店で服を買って着替えたんだ。元の服を紙袋に入れて、王族の証であるロイヤルセラフィスで作られたこのピアスも、袋の中に入れてしまっていた」

 なにがあっても外してはいけないと言われていたのに、本当に迂闊だったと思う。
 子どもだったから、なんて言い訳は通用しないのだ。王族に生まれた以上、勝手は許されないのだから。

「でもその袋をね、後ろからぶつかってきた男に盗られたんだよ」
「え! やばいじゃないですか!」
「うん、まずいよね。僕も頭が真っ白になった」

 今思い返してもゾッとする出来事だ。もう二度とあんな思いはしたくない。

「その時に白い騎士服を着た新米の騎士が、助けてくれたんだよ。転びそうになった僕を助けて、袋も取り返してくれた。ラルスと同じような赤い髪に、髪はちょっと長めでね」
「……え?」
「すごく優しくて、すごくかっこ良かったんだ。って言っても、僕はパニックになってたから、顔もよく覚えてないんだけど」
「……王子」
「もしかして、知り合いでいたりしないかな。あのとき僕、お礼を言えてなくて──」
「待ってください、王子!」

 言葉を強引に遮られて、フローリアンはラルスを見上げた。

「なに?」

 首を捻りながら聞くと、なぜかラルスはぐっと唇を引き結ぶ。そして中から破裂するように言葉を発した。

「それ、俺のことです!」

 サァッとあの時のような輝く風が吹き抜けて、ラルスの短い赤毛が揺れていた。

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