8 / 8
08.私、シェスカル様のお役に立てましたか?
しおりを挟む
アレックスとの婚約破棄は、揉めに揉めた。
唐突の一方的な破棄であり、誰もがファナミィを止めたが、ファナミィは頑として首を縦には振らなかった。
アレックスには本当に申し訳ない事をしたと思う。しかし最終的には当事者であるアレックスが納得してくれ、破棄する事が出来た。
その間、シェスカルが何かを言ってくる事はなかった。ファナミィも、シェスカルと結婚したいからと、彼の名前を出す事はしなかった。
破断した翌日、ファナミィはいつもは腰に携えている剣を手に取り、目の前の人物に差し出す。
「今までお世話になりました。キアリカ隊長」
「ファナミィ……本当に辞めるの?」
ファナミィは自分の意思で騎士を脱隊することに決めた。これからはやらなければならない事が山ほどある。
コクリと頷いて意思表示を見せると、キアリカは少し眉を下げた。
「そう……」
「すみません、キアリカ隊長。唐突に」
「それは良いんだけど」
キアリカは周りを気にしながら、そっと問いかけてくる。
「……シェスカル様とは、どうなったの?」
不安そうな彼女に少しの笑みだけを送り、ファナミィはその場を立ち去った。
それからファナミィは、ディノークスの屋敷に上がる事はなかった。
シェスカルに会う事もなくなった。
ファナミィはただ、シェスカルに認められるために。
己に出来る事をこなしていた。
アレックスとの婚約破棄から一年。
ファナミィは護衛騎士を引き連れて、ディノークスの屋敷に訪れる。
顔見知りのメイドが驚いたような顔をしながらも、中へと招き入れてくれた。
一年ぶりのシェスカルとの再会。
彼の顔が、驚きから徐々に柔らかい笑みへと変化する。
「久しぶりだな、ファナミィ。見違えた」
「お久しぶりです、シェスカル様。お元気そうで何よりです」
ファナミィはふわふわとしたドレスで、丁寧にお辞儀をする。
「元気なんかじゃなかったぜ。お前に捨てられたのかと、毎日落ち込んでたんだ」
「ふふっ」
口元を押さえて淑やかに笑うと、護衛の騎士に下がっていろと目で合図を送る。
騎士がいなくなると、ファナミィはシェスカルの部屋の中に誘われ、そっとソファーに身を落とした。
「聞いたぜ。ファナミィ・ベンガスカーだって?」
「はい。ディノークスに楯突いていた、あのベンガスカーです」
一年前、挑発されて手を出してしまいそうになった、あの騎士の主の家である。
ファナミィはこの一年で品格を学び、ダンスを覚えて、貴族として恥ずかしくない振る舞いを手に入れていた。
と同時にベンガスカーに狙いを付けて、養子縁組したのだ。シェスカルとは結婚の約束をしているのだが、恨みがあると言えば簡単だった。ベンガスカーはファナミィを使って内部からディノークスを崩壊させるつもりでいるのだろう。
「で? ファナミィは俺を破滅させるつもりか?」
「私という内通者がいるんですから、シェスカル様がベンガスカーを飲み込むのは、容易ですよ」
「っく、ハハハハハッ」
シェスカルは耐えられないと言った様子で笑い始めた。クッククックとお腹が何度か上下した後、ようやく息を吐き出す。
「反対勢力を一気に丸め込めるのは有難いな。これを狙ってたのか?」
「はい。私、シェスカル様のお役に立てましたか?」
「上等だ。俺の嫁に、申し分ない」
そう言われたかと思うと、いきなり腕をギュッと引かれた。
よろめいたファナミィは、シェスカルの胸の中へと倒れ込む。
「でも無茶すんな。お前の気持ちはよく分かったから」
「シェスカル様……」
包まれた手が温かくて、ファナミィもそっとシェスカルの背中に手を回す。
ドクンドクンと重なる鼓動が共鳴し合い、強く抱きしめ合った体は離れられる気がしない。
「もう俺の傍から離れんなよ」
「分かっています」
彼から離れて行った過去の女性達を、頭の中から切り外した。
シェスカルが今見てくれているのは、ファナミィ以外に誰も居はしないのだから。
「結婚、してくれ」
「……はいっ」
二人は誰もいない部屋で、強く強く抱き締め合った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
お読みくださり、ありがとうございました!
アンゼルード帝国の騎士シリーズ、随時公開していきます。
よろしくお願いします!
『たとえ貴方が地に落ちようと』公開中
『令嬢ルティアは眼鏡騎士に恋をする』公開中
『素朴騎士は騎士隊長に恋をする』公開中
『隻腕騎士は騎士隊長に恋をする』公開中
『隻腕騎士は長髪騎士に惚れられる』公開中
『主役は貴女です!』公開中
『強勇の美麗姫は幸せになれるのか』公開中
『長髪騎士と隻腕騎士の、ほっとミソスープ』
『団長と美麗姫のハッピーバレンマイン』
唐突の一方的な破棄であり、誰もがファナミィを止めたが、ファナミィは頑として首を縦には振らなかった。
アレックスには本当に申し訳ない事をしたと思う。しかし最終的には当事者であるアレックスが納得してくれ、破棄する事が出来た。
その間、シェスカルが何かを言ってくる事はなかった。ファナミィも、シェスカルと結婚したいからと、彼の名前を出す事はしなかった。
破断した翌日、ファナミィはいつもは腰に携えている剣を手に取り、目の前の人物に差し出す。
「今までお世話になりました。キアリカ隊長」
「ファナミィ……本当に辞めるの?」
ファナミィは自分の意思で騎士を脱隊することに決めた。これからはやらなければならない事が山ほどある。
コクリと頷いて意思表示を見せると、キアリカは少し眉を下げた。
「そう……」
「すみません、キアリカ隊長。唐突に」
「それは良いんだけど」
キアリカは周りを気にしながら、そっと問いかけてくる。
「……シェスカル様とは、どうなったの?」
不安そうな彼女に少しの笑みだけを送り、ファナミィはその場を立ち去った。
それからファナミィは、ディノークスの屋敷に上がる事はなかった。
シェスカルに会う事もなくなった。
ファナミィはただ、シェスカルに認められるために。
己に出来る事をこなしていた。
アレックスとの婚約破棄から一年。
ファナミィは護衛騎士を引き連れて、ディノークスの屋敷に訪れる。
顔見知りのメイドが驚いたような顔をしながらも、中へと招き入れてくれた。
一年ぶりのシェスカルとの再会。
彼の顔が、驚きから徐々に柔らかい笑みへと変化する。
「久しぶりだな、ファナミィ。見違えた」
「お久しぶりです、シェスカル様。お元気そうで何よりです」
ファナミィはふわふわとしたドレスで、丁寧にお辞儀をする。
「元気なんかじゃなかったぜ。お前に捨てられたのかと、毎日落ち込んでたんだ」
「ふふっ」
口元を押さえて淑やかに笑うと、護衛の騎士に下がっていろと目で合図を送る。
騎士がいなくなると、ファナミィはシェスカルの部屋の中に誘われ、そっとソファーに身を落とした。
「聞いたぜ。ファナミィ・ベンガスカーだって?」
「はい。ディノークスに楯突いていた、あのベンガスカーです」
一年前、挑発されて手を出してしまいそうになった、あの騎士の主の家である。
ファナミィはこの一年で品格を学び、ダンスを覚えて、貴族として恥ずかしくない振る舞いを手に入れていた。
と同時にベンガスカーに狙いを付けて、養子縁組したのだ。シェスカルとは結婚の約束をしているのだが、恨みがあると言えば簡単だった。ベンガスカーはファナミィを使って内部からディノークスを崩壊させるつもりでいるのだろう。
「で? ファナミィは俺を破滅させるつもりか?」
「私という内通者がいるんですから、シェスカル様がベンガスカーを飲み込むのは、容易ですよ」
「っく、ハハハハハッ」
シェスカルは耐えられないと言った様子で笑い始めた。クッククックとお腹が何度か上下した後、ようやく息を吐き出す。
「反対勢力を一気に丸め込めるのは有難いな。これを狙ってたのか?」
「はい。私、シェスカル様のお役に立てましたか?」
「上等だ。俺の嫁に、申し分ない」
そう言われたかと思うと、いきなり腕をギュッと引かれた。
よろめいたファナミィは、シェスカルの胸の中へと倒れ込む。
「でも無茶すんな。お前の気持ちはよく分かったから」
「シェスカル様……」
包まれた手が温かくて、ファナミィもそっとシェスカルの背中に手を回す。
ドクンドクンと重なる鼓動が共鳴し合い、強く抱きしめ合った体は離れられる気がしない。
「もう俺の傍から離れんなよ」
「分かっています」
彼から離れて行った過去の女性達を、頭の中から切り外した。
シェスカルが今見てくれているのは、ファナミィ以外に誰も居はしないのだから。
「結婚、してくれ」
「……はいっ」
二人は誰もいない部屋で、強く強く抱き締め合った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
お読みくださり、ありがとうございました!
アンゼルード帝国の騎士シリーズ、随時公開していきます。
よろしくお願いします!
『たとえ貴方が地に落ちようと』公開中
『令嬢ルティアは眼鏡騎士に恋をする』公開中
『素朴騎士は騎士隊長に恋をする』公開中
『隻腕騎士は騎士隊長に恋をする』公開中
『隻腕騎士は長髪騎士に惚れられる』公開中
『主役は貴女です!』公開中
『強勇の美麗姫は幸せになれるのか』公開中
『長髪騎士と隻腕騎士の、ほっとミソスープ』
『団長と美麗姫のハッピーバレンマイン』
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる