恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

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24.ストロベリー侯爵が作ったブランコの前で。②

「パパにはパパの生活がある。ママにもママの生活がある。シャロットは二人と血が繋がっているから、どちらにでもいけるのよ。でもそれ以外の人が一緒に暮らすというのは、とても難しいこと。だから……どうしても、無理なの……っ」

 私に残酷な言葉に、シャロットの目が潤んでいく。

「いっしょ、だめだから……シャルが、えらぶの?」

 揺れる言葉に、私はもう一度頷く。

「こればかりは、誰にも答えられないの。シャロットが、自分で考えて、自分で決めるしか……ないの。大人の事情に巻き込んで……そんな年で、こんな大事なことを決めさせてしまって、本当に……本当にごめんなさい……」

 泣いちゃダメ。
 シャロットが泣いてないのに、私が泣くわけにいかないもの。
 ぎゅっと息を止めるように我慢していると、シャロットが震える唇から言葉を繋げる。

「シャル、いっぱいいっぱい、かんがえたの。ママがかえってから、いっぱい……」
「うん……」
「シャルね。やっぱり、ママがだいすきなの……」
「うん……っ」

 ダメ……涙、出てこないで……
 私の涙なんかで、シャロットの決めた選択を揺るがしたくないの……!

「シャルには、おとうとがいるんだって。すごく、かわいいんだって……シャル、会ってみたい……」
「そうだね……血のつながった、弟だもんね」

 なんとか、笑えてるかな。
 シャロットがママのところに行くって言ったら、それでいいよって優しく微笑んで、それから──

「レディアおねえちゃん……どぉして?」
「え?」
「どぉして、わらうの?」

 シャロットの、言葉の意味がわからなかった。
 私はちゃんと笑えてたみたいなのに。
 シャロットの顔は、今にも降り出しそうになってる。

「レディアおねえちゃんと、はなれたくないのに……おねえちゃんはシャルなんか、いらないんだ!!」

 その言葉を言った瞬間、シャロットはざんざんと目から雨を降り注がせた。

「わぁぁああああああん!! うわああああぁぁぁぁぁあああああん!!」

 その土砂降りの雨の中で、私は頭が真っ白になる。
 私がシャロットをいらない? そんなわけないのに。
 そんな風に思わせる態度を……私が、とってしまっていた……?

「違う……違うの、シャロット!」
「う、あああぁぁあああん!! だ、だって……ひっく。パパ、も、おね、ちゃ、も……っ、シャル、いかないでって、言って、くれなかったもん……あぁぁぁぁあああああん!!」
「シャロット!!」

 何やってるの、私のバカ!!
 一番大事なシャロットを、こんなに傷つけて!!

「いてほしいわよ!! 決まってるじゃない!!」

 私はぎゅうっとシャロットを抱きしめる。
 わんわん泣いて、体中熱くなっているシャロットを、力の限り。

「私はここで、イシドール様と一緒に……あなたの成長を見守りたいって、心から思ってる!!」

 そう叫んだ瞬間、私の中で何かがほどけた気がした。
 抱きしめたシャロットの体がびくんと震える。

「……ほんとに? ほんとに……シャルのそばに、いたいの?」

 しゃくりあげながら、シャロットが私の顔を覗き込む。
 私は、こくりと頷いた。

「本当よ。あなたは私にとって、とても大切な存在。血が繋がらなくたって、あなたのことが大好きなの」

 私がそう言うと、シャロットはしばらくじっと、私の目を見つめていた。私の言葉の奥にある本当の気持ちを探ろうとするように。

「……でも」

 ひっくとしゃくりあげながら、シャロットが呟いた。

「でも……なに?」
「だって……おねえちゃん、シャルのママじゃないもん……」

 また、ぽたりと涙が頬をつたう。
 ママじゃない。
 その通りで……埋められない溝が悔しくて、胸が痛い。

「ママじゃないのに、だいすきって言ってくれても……それって、いつかおわっちゃうんじゃないかって……こわいの……」

 私は何も言えず、ただシャロットの手を取る。
 でも、彼女の言葉はまだ続いていた。

「シャルのすきだったメイドさん、どっかいっちゃった人、いるの。やさしくて、シャルのこと、だっこしてくれたりした人……でも、いまはもう、いないの……」

 ぽつぽつと語られる小さな思い出は、まるで雨粒みたいに静かに心に落ちてくる。

「だから……レディアおねえちゃんも、いつかいなくなるんでしょ? けっこんとかして……シャルのこと、わすれちゃうんでしょ……?」

 胸がぎゅっと締めつけられる。
 こんなに小さいのに、シャロットは誰かの愛が終わることを知っている。
 その事実が、苦しい。

「……終わらないよ。私のシャロットが好きな気持ちは終わらない。だから、信じて」

 私の言葉は、ただの願いに過ぎないかもしれない。でも、それでも。

「……じゃあ、じゃあ……」

 シャロットのまなざしが、少しずつ変わっていく。恐れのなかに、微かな光が差し込む。

「……あ。シャル、いいこと思いついちゃった」

 たった今まで降り続いていた雨に、急に一筋の光が差した。

「ねえ、レディアおねえちゃん、パパと結婚して!!」
「──え?」

 いえ、もう結婚はしてるんだけど。
 まさか、シャロットからそんな提案をされるとは思ってなくて、呆気に取られる。

「だって……そうすれば、かいけつするもん! パパとけっこんしたら、レディアおねえちゃんは、およめさんになるんだから……シャルのほんとのおかあさまにも、なれるでしょ?」
「シャロット……でもそうすれば、本当のママとは、別々に暮らすことになるのよ……?」

 私がそっとそう伝えると、シャロットは少し黙り込んだ。視線を下に落として、指をぎゅっと握る。

「……ママはね、『あたらしい“かぞく”ができたの』って言ったの。おうちも、遠くにあるの」

 ぽつりぽつりと、言葉をつむぐ。

「おてがみもあるって、シャルしってる。でも……会ったとき、おもったの。ママはママなんだけど、もうちがうの」
「……ちがう?」
「うん……シャルのママ……だいすき。でも、おとうとがいて。シャル、うれしいのに……うう、うまくいえない……」

 私は何となくわかった。
 シャロットとラヴィーナさんは、この二年間、それぞれの道を歩んで来ている。
 戻ることのできないその二年間が、記憶とのズレを生じさせている。
 それが、シャロットの感じた違和感の正体なんだ。

「でも……レディアおねえちゃんとパパのとなりにいたら、ちゃんと“このまま”なの」

 シャロットは顔をあげ、少し涙のにじむ瞳で、真っ直ぐ私を見た。

「だから……レディアおねえちゃんは、どっかいっちゃ、やだ! パパとけっこんして! シャルの“おかあさま”になってほしいよぉっ!」

 私はそっと、シャロットの頬を両手で包み込む。

「……いいの? 私が……あなたの母親になって」

 私の問いかけに、シャロットは小さく、こくんと頷いた。涙をいっぱいためたまま、それでも真っ直ぐに。

「ずっと、シャルのおかあさまでいてくれる?」

 その声は震えていて。だけど、心の底からの願いだってわかる。
 私はその幼い祈りを、手のひらいっぱいに受け止める。

「……約束する」

 両手で包んだ頬を、そっと撫でながらそう告げると、シャロットの目から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「いきなりいなくなっちゃ、やなの! シャルが泣いたら、そばにいて!」
「絶対に、どこにも行かない。あなたと、イシドール様と……三人で、家族になりたいの」

 言葉にすると、自分の心の中でそれが確かになっていくのを感じた。
 私が望んでいるのは、ただシャロットのそばにいることじゃない。
 彼女を守り、共に過ごし、そして愛していくこと。

「ほんとうに……?」

 不安と希望がないまぜになったようなその声に、私はしっかりと頷いた。

「本当よ、シャロット。あなたが大人になるその日まで、そしてその先も、ずっと──私があなたの母親でいる。何があっても、離れたりしない」

 シャロットは言葉にならない声をもらしながら、私の胸に飛び込んできた。私はその小さな背中を、ぎゅっと抱きしめる。

「レディアおねえちゃん、だいすきぃ……」
「うん、私もよ。シャロット、あなたが大好き」

 暖かなぬくもりが、胸の奥に灯る。
 私の腕の中で泣きながら笑うシャロットはまるで──虹がさす、雨上がりのようだった。

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