69 / 92
69.黄色ブドウ球菌
しおりを挟む
夜の八時の携帯が鳴った。
十二時間ごとに免疫抑制剤を飲まなきゃいけないから、忘れないようにセットしているアラームの音だ。
頭を起こすと、ほんの少しだけ寝る前よりはマシな気がした。電気をつけると食事を置いてくれていたけど、食べる気がしない。薬だけ飲んで、またベッドに潜った。
「颯斗君、八時だけど薬飲んだ?」
看護師の徳澤さんが確認に来てくれた。俺は布団の中から「うん」と力の出ない声で返事をする。
「先生の指示で、点滴から抗生剤を入れさせて貰ったからね。ちょっとは楽になった?」
「うーん……多分……」
「ご飯はどう?」
「いらない……」
「分かった、下げとくね」
徳澤さんはいつものように体温や血圧を測った後、点滴を確認して出て行った。
熱が下がって元気を取り戻したのは、それから二日後だった。もっと長引くかもと思っていたから、この程度で済んでホッとする。
明日は、本来なら退院するはずだった日だ。もう元気だから退院したいなぁ……。
そんな事を考えていたら、小林先生が入ってきた。
「お、顔色は良いですね。どうですか?」
「うん、もう大丈夫そう」
「なら良かった。ああ、発熱の原因が分かりましたよ。黄色ブドウ球菌です」
「黄色……ブドウ球菌?」
何かよく聞く名前だよな。食中毒のやつじゃなかったっけ。
「どこからか入ったのか、それとも元々持っていたものなのかは分かりませんけど、これはカテーテルトラブルになりかねないので、今日はもうカテーテルを抜いてしまおうと思います」
「へ?」
「この菌は、カテーテルにくっつきやすいんですよ。抗菌薬だけではどうしようもないので、カテーテルを抜去します」
「いつ??」
「今からです、行きましょう」
「ええーーっ」
あれよあれよと言う間に病室を出て処置室に連れていかれる。
退院前にカテーテルを抜く処置をするのは分かってたけど、今日するとは思ってもみなかったから、どうしても心がついていかない。入れた時もそうだったけど、抜く時もやっぱ怖いよ!!
「お、颯斗君、ようやくカテーテル取れるなぁ~!」
処置室では大谷先生が待ってましたとばかりに笑っていて、逆に俺の顔は曇っていたと思う。
「今日やるなんて聞いてないよ……」
「まぁまぁ、カテーテルとってスッキリしよな!」
「ううー」
俺は傍にいた看護師の園田さんに促されて、ベッドに横になる。
やだなぁ……まぁ一生カテーテル入れておくわけにもいかないし、仕方ないんだけど。でも、憂鬱になるのは仕方ないと思う。
入れた時と同じように胸に局所麻酔を打たれる。その注射をされてるって思うだけで気分が悪くなる俺はヘタレなんだろうか……。
あとは目を閉じて時間が過ぎるのを待つだけだ。まあ、ドレープを掛けられてるから目を開けてても何も見えないんだけど、気持ちの問題。いくら目を瞑ってても、首の辺りで何かされているのは分かるんだけどな。
俺の体に何かをされてる感覚が嫌過ぎる。医者とか看護師とかが職業の人の神経は、一体どうなってんだ。俺には絶対なれねー。
「大丈夫、颯斗君。気分は悪くない?」
「気分は悪くないけど……っ」
「けど?」
園田さんの問いに、『怖い』とは言えなかった。一応、男のプライド。
「もう後は、こっちを抜いて、縫うだけですからね」
「……縫う!?」
縫うって、針と糸で!? なにそれやだ怖い。でも縫わなきゃ穴が空きっぱなしって事? それもヤダ。
目をぎゅっと瞑って、とにかく早く終われと祈っていると、しばらくして「終わりましたよ」と声を掛けられた。
自分では見られないけど、傷はテープで保護されてるみたいだ。
「お疲れ様、頑張りましたね」
「麻酔切れるまで、病室で静かに寝ててなー」
「じゃ、点滴入れておきますね」
小林先生がそう言って、俺の左腕にプスっと点滴針を刺した。
ようやく点滴生活からおさらばかと思っていたのに……やっぱり退院するまで必要なのか。
「じゃあ、戻ろうか」
園田さんが俺をストレッチャーに乗せて部屋まで送ってくれる。何かあったらすぐ呼んでって、ナースコールを目の前に置いてくれた。
「お風呂や着替えの時には呼んでね。胸に通してる時と違って、点滴を外さないと着替えが出来ないから」
「あ、そっか」
手に点滴をしてるから、袖をくぐらさなきゃいけなくなる。自分で点滴の管を外せないから、いちいち呼ばなくちゃならないんだな。面倒臭い。
「じゃあ、何かあったら呼んでね」
「うん、ありがとう」
園田さんが出て行った後、いつもぶら下がっていたカテーテルのあたりを見た。
何にもない。スッキリしている。
今まであったものがなくなるって、なんか不思議な感じだ。いや、元々は無い方が普通なんだけど。
毎日ネックレスをしている人が急にしなくなったら、こんな感じなのかなって思った。まぁ俺はネックレスなんかしないから、その感覚が合っているかどうかは謎だけどな。
逆に左手が鬱陶しくなったけど、退院までの辛抱だ。もうちょっと、もうちょっと。
カテーテルを抜いたら、一気に退院が近付いた気がして。
俺はほっと息を吐き出した。
十二時間ごとに免疫抑制剤を飲まなきゃいけないから、忘れないようにセットしているアラームの音だ。
頭を起こすと、ほんの少しだけ寝る前よりはマシな気がした。電気をつけると食事を置いてくれていたけど、食べる気がしない。薬だけ飲んで、またベッドに潜った。
「颯斗君、八時だけど薬飲んだ?」
看護師の徳澤さんが確認に来てくれた。俺は布団の中から「うん」と力の出ない声で返事をする。
「先生の指示で、点滴から抗生剤を入れさせて貰ったからね。ちょっとは楽になった?」
「うーん……多分……」
「ご飯はどう?」
「いらない……」
「分かった、下げとくね」
徳澤さんはいつものように体温や血圧を測った後、点滴を確認して出て行った。
熱が下がって元気を取り戻したのは、それから二日後だった。もっと長引くかもと思っていたから、この程度で済んでホッとする。
明日は、本来なら退院するはずだった日だ。もう元気だから退院したいなぁ……。
そんな事を考えていたら、小林先生が入ってきた。
「お、顔色は良いですね。どうですか?」
「うん、もう大丈夫そう」
「なら良かった。ああ、発熱の原因が分かりましたよ。黄色ブドウ球菌です」
「黄色……ブドウ球菌?」
何かよく聞く名前だよな。食中毒のやつじゃなかったっけ。
「どこからか入ったのか、それとも元々持っていたものなのかは分かりませんけど、これはカテーテルトラブルになりかねないので、今日はもうカテーテルを抜いてしまおうと思います」
「へ?」
「この菌は、カテーテルにくっつきやすいんですよ。抗菌薬だけではどうしようもないので、カテーテルを抜去します」
「いつ??」
「今からです、行きましょう」
「ええーーっ」
あれよあれよと言う間に病室を出て処置室に連れていかれる。
退院前にカテーテルを抜く処置をするのは分かってたけど、今日するとは思ってもみなかったから、どうしても心がついていかない。入れた時もそうだったけど、抜く時もやっぱ怖いよ!!
「お、颯斗君、ようやくカテーテル取れるなぁ~!」
処置室では大谷先生が待ってましたとばかりに笑っていて、逆に俺の顔は曇っていたと思う。
「今日やるなんて聞いてないよ……」
「まぁまぁ、カテーテルとってスッキリしよな!」
「ううー」
俺は傍にいた看護師の園田さんに促されて、ベッドに横になる。
やだなぁ……まぁ一生カテーテル入れておくわけにもいかないし、仕方ないんだけど。でも、憂鬱になるのは仕方ないと思う。
入れた時と同じように胸に局所麻酔を打たれる。その注射をされてるって思うだけで気分が悪くなる俺はヘタレなんだろうか……。
あとは目を閉じて時間が過ぎるのを待つだけだ。まあ、ドレープを掛けられてるから目を開けてても何も見えないんだけど、気持ちの問題。いくら目を瞑ってても、首の辺りで何かされているのは分かるんだけどな。
俺の体に何かをされてる感覚が嫌過ぎる。医者とか看護師とかが職業の人の神経は、一体どうなってんだ。俺には絶対なれねー。
「大丈夫、颯斗君。気分は悪くない?」
「気分は悪くないけど……っ」
「けど?」
園田さんの問いに、『怖い』とは言えなかった。一応、男のプライド。
「もう後は、こっちを抜いて、縫うだけですからね」
「……縫う!?」
縫うって、針と糸で!? なにそれやだ怖い。でも縫わなきゃ穴が空きっぱなしって事? それもヤダ。
目をぎゅっと瞑って、とにかく早く終われと祈っていると、しばらくして「終わりましたよ」と声を掛けられた。
自分では見られないけど、傷はテープで保護されてるみたいだ。
「お疲れ様、頑張りましたね」
「麻酔切れるまで、病室で静かに寝ててなー」
「じゃ、点滴入れておきますね」
小林先生がそう言って、俺の左腕にプスっと点滴針を刺した。
ようやく点滴生活からおさらばかと思っていたのに……やっぱり退院するまで必要なのか。
「じゃあ、戻ろうか」
園田さんが俺をストレッチャーに乗せて部屋まで送ってくれる。何かあったらすぐ呼んでって、ナースコールを目の前に置いてくれた。
「お風呂や着替えの時には呼んでね。胸に通してる時と違って、点滴を外さないと着替えが出来ないから」
「あ、そっか」
手に点滴をしてるから、袖をくぐらさなきゃいけなくなる。自分で点滴の管を外せないから、いちいち呼ばなくちゃならないんだな。面倒臭い。
「じゃあ、何かあったら呼んでね」
「うん、ありがとう」
園田さんが出て行った後、いつもぶら下がっていたカテーテルのあたりを見た。
何にもない。スッキリしている。
今まであったものがなくなるって、なんか不思議な感じだ。いや、元々は無い方が普通なんだけど。
毎日ネックレスをしている人が急にしなくなったら、こんな感じなのかなって思った。まぁ俺はネックレスなんかしないから、その感覚が合っているかどうかは謎だけどな。
逆に左手が鬱陶しくなったけど、退院までの辛抱だ。もうちょっと、もうちょっと。
カテーテルを抜いたら、一気に退院が近付いた気がして。
俺はほっと息を吐き出した。
0
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
医者兄と病院脱出の妹(フリー台本)
在
ライト文芸
生まれて初めて大病を患い入院中の妹
退院が決まり、試しの外出と称して病院を抜け出し友達と脱走
行きたかったカフェへ
それが、主治医の兄に見つかり、その後体調急変
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる