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16.真奈美の部屋で
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外泊二日目。俺は真奈美と会う約束をしていた。
この日は土曜で、土曜授業のある日だ。昼からは部活が三時半くらいまであるって事で、四時から少しの時間だけ会う事になった。
真奈美はうちに来てくれるって言ってくれたけど、俺が嫌だったので断った。家族が皆いるしな……香苗も煩いし。
時間になり待ち合わせ場所に行くと、制服姿のままの真奈美がすでに立っていた。
「あ、颯斗!」
「っよ」
「わぁ、久しぶりっ! 良かったぁ、来てくれて……」
「そりゃ来るよ、約束したんだから」
真奈美は少し目を潤ませながらニッコリと笑った。
うん……俺の彼女、可愛い。
「ごめんね、もっと長く颯斗と一緒にいたかったんだけど、支部大会が近いから部活休めなくて」
「ああ、合唱コンクールの? いつ?」
「来週の土曜日」
「そっか……聞きに行けなくてごめんな」
「いいよいいよ! 元気だったとしても、サッカーの練習で来られなかったでしょ、きっと」
まぁ、多分そうだけど。
でも何でだろう。部活をサボってでも真奈美が懸命に歌っている姿を見に行きたい。今はそう思えた。
「颯斗、どこか行く? 何か飲みにお店にでも入ろうか」
「あ、ごめん。人混み禁止されてて」
「そっか。じゃあ……うちに来る?」
「えっ!」
俺は少なからず驚いた。そして喜んでしまった。女の子の家に行くなんて、小学生以来だ。しかも相手は他ならぬ真奈美。行かないという選択肢はない!
「行ってもいいのか?」
「私の部屋狭いけど、それでも良いなら」
「そんなの気にしないし!」
俺の鼻息の荒さに気付いているのかいないのか、真奈美は嬉しそうに笑って家まで連れて行ってくれる。
思わず来ちゃったけど、緊張するな。あ、こういう時って手土産みたいなの持って行った方がいいのか? 俺はまだ中学生だし、そんな事気にしなくても良いのかな。
「ここがうちなの。今誰もいないから、緊張しなくて大丈夫だよ?」
真奈美の家はマンションだった。鍵を取り出して扉を開けている。
誰もいないって言われると、逆になんかドキドキしてきてしまった。中に入ると、うちとは違う空気に包まれる。人ん家に来たって感じがするよな。
真奈美の部屋に入ると、今度は少し甘い香りに変わった。確かに狭い部屋だったけど、整理整頓されているからか窮屈な感じは受けない。
真奈美はジュースとお菓子を出してくれて、俺はマスクをずらしながらそれをつまんで食べた。
「智樹くんもクラスの皆も、颯斗に会いたがってたよ」
「そっかぁ。皆に会いたいけど、大勢の人のいる所はダメって言われてるし、会う時間もないしなぁ。ま、ちゃんと退院したらいくらでも会えるんだし、いいよ。今は電話もあるしな」
そう言うと、真奈美は俺を目だけで見上げるようにしてクスクス笑っていた。俺、何か可笑しいこと言ったっけ?
「何だよ、真奈美」
「ううん、なんか颯斗の顔見たら嬉しくなっちゃって。だって、思ったより元気なんだもん」
「おー治療も予想よりか大した事ないし、大丈夫! 病気になんか負けないからな!!」
「颯斗はサッカー選手になるんだもんね!」
「もっちろん! 早く治して思いっきりサッカーやりたいなー」
病院にサッカーボールを持ち込んじゃ駄目だよな、多分……。リフティングくらいはやっておきたいけど、点滴したままだと危ないよなぁ。そんな事してたら看護師の園田さんが青い顔してすっ飛んで来そうだ。
「颯斗、何笑ってるの?」
「え? いや、園田さんって看護師が俺の担当なんだけど、その人が面白くってさぁ」
「へぇ……」
「いっつもニコニコしてて可愛らしいし、俺の話も嫌がらずに聞いてくれるし」
「ふぅん」
「でも看護師長が苦手みたいでさ、いっつもビクビクしてんの。あんなの見てたらしゃーねーなと思って、俺もちゃんと言う事を聞、こう……と……」
俺の言葉は尻切れとんぼで終わってしまった。
何でだ、真奈美にめっちゃ睨まれてる。俺、なんかしたっけ?
「続きは?」
「いや……何で真奈美怒ってんの?」
「別に怒ってないし」
「怒ってるだろ、明らかに……」
「怒ってないし!!」
怒ってる怒ってる! なんか知らないけど滅茶苦茶怒ってる!
「病院の話なんて面白くなかったか?」
「そういうんじゃないけど……」
「じゃ何だよ」
訳も分からず機嫌が悪くなられると、俺だってムッとする。少ししかない外泊の時間を真奈美に割いてるっていうのに、ちょっとは気を遣ってくれてもいいんじゃないの?
そう口を尖らせている俺の顔を真奈美は確認している。真奈美は変わらず怒ったままだ。何なんだろう、まったく。
「前に電話を邪魔して来た人って、その人?」
「うん? 電話?」
「ほらっ、初めて携帯で電話くれた時、颯斗途中で切っちゃったでしょ!?」
「え? ああ、そう言えば……」
朧げながら記憶が戻って来た。
そうだ、あの時真奈美と話してて……看護師さんが来て慌てて切ったんだっけ。園田さんじゃなかった気がするけど。
っていうか、今更そんな事で怒ってるのか? あれ、一ヶ月くらい前の話だぞ!
「そう言えばって……っ! あれから颯斗、何にも言ってくれないし……」
「何にもって?」
「だから、私の事を好ーー」
真奈美はそこまで言って言葉を止めた。フッと当時の会話が頭内で再生される。
そうだ、思い出した。俺あの時、真奈美に気持ちを伝えようとしてたんだった。
ちょうど良いところで看護師さんに邪魔されて、その後の電話ではもう言えなくなったんだ。そして忘れてしまっていた。
目の前の真奈美は少し頬を染めて、でもどこか悔しそうに口をへの字に曲げている。とりあえず謝っておいた方が良さそうだ。
「ええと……ごめん」
「……それから?」
それから!? え、何を求められてんだ? あの告白の……続き!? 今!!??
俺がどうすべきかと固まっていると、グッと詰め寄って来た。桃の花のように色付いた真奈美の顔が、俺の目の前に迫っている。
心臓が、ちょっとヤバイ。別に俺、心臓の病気じゃないんだけど。
「また私から言わせるの?」
うん、真奈美さんやっぱり怒ってますね。言わせられるのってちょっと嫌なんだけどなぁ。でもこんな風に詰め寄られないと、俺っていつまでたっても気持ちを伝えられないかもしれない。
俺も男だ、決める時は決める!
「真奈美」
「な、何」
真奈美体がビクリと震えて俺を猫のように警戒している。言って欲しいのか言って欲しくないのか、どっちなんだよ。
「告白してくれて、ありがとな」
「……うん」
想像してた言葉と違ったのか、真奈美は不満そうな顔をしている。けど、もちろんこれを伝えて終わるつもりはない。
俺は真奈美に真っ直ぐ顔を向けると、瞳を覗いて言った。
「俺も真奈美が好きだ。中一の時から、ずっと」
不思議と恥ずかしいって気持ちはなかった。もっと照れるものかと思ってたけど、それよりも気持ちを伝えられて清々しい気持ち方が勝る。
俺の言葉を聞いた真奈美は、耐えきれないと言った感じで両口角が上がっていく。そして嬉しそうにもじもじとしている姿が、すごく愛らしい。
俺は思わず真奈美の頭を撫でるように抱き寄せる。こっちに少し近付いた真奈美の目が、ゆっくりと閉じられた。
……キスは、性行為じゃない……よな?
俺は真奈美顔を寄せて行った。スゲェ緊張する。ゴクッて生唾の飲み込む音を聞かれてしまったかもしれない。荒くなった息は確実に悟られているだろう。
「真奈美……っ」
俺は一気に唇を寄せた。真奈美の柔らかい唇が、一枚の膜を隔てて伝わってくる。
そしてゆっくりと味わう事は出来ず、すぐに顔を離した。
「颯斗……」
真奈美の顔は赤いながらも、どこか不満気だった。それもそのはず。俺たちのキスは、マスクという壁を一枚隔ててのものだったから。
「マスク越しだった、よ?」
「うん……ごめん」
一瞬の触れ合いくらいなら、大丈夫かもしれない。でも本当にキスしちゃったら、止まりそうにない気がした。
「あ、ううん! 私の方こそ、なんかごめ……」
「……るから」
「え?」
俺の決死の言葉は声が掠れたためか、聞こえなかったらしい。俺は再度、今度は大きな声で真奈美に伝える。
「退院した時には、ちゃんとキスするから!」
真奈美は驚いて目を丸め、次に目が無くなる程の笑顔に変わった。クスクスと真奈美から笑い声が漏れる。
「颯斗、顔真っ赤だよ!」
そう言われて初めて、俺は自分の頰が熱くなっていた事を知る。
それがなんだか悔しくて、俺は真奈美を抱きくるめると。
もう一度だけ、マスク越しのキスをしてやった。
この日は土曜で、土曜授業のある日だ。昼からは部活が三時半くらいまであるって事で、四時から少しの時間だけ会う事になった。
真奈美はうちに来てくれるって言ってくれたけど、俺が嫌だったので断った。家族が皆いるしな……香苗も煩いし。
時間になり待ち合わせ場所に行くと、制服姿のままの真奈美がすでに立っていた。
「あ、颯斗!」
「っよ」
「わぁ、久しぶりっ! 良かったぁ、来てくれて……」
「そりゃ来るよ、約束したんだから」
真奈美は少し目を潤ませながらニッコリと笑った。
うん……俺の彼女、可愛い。
「ごめんね、もっと長く颯斗と一緒にいたかったんだけど、支部大会が近いから部活休めなくて」
「ああ、合唱コンクールの? いつ?」
「来週の土曜日」
「そっか……聞きに行けなくてごめんな」
「いいよいいよ! 元気だったとしても、サッカーの練習で来られなかったでしょ、きっと」
まぁ、多分そうだけど。
でも何でだろう。部活をサボってでも真奈美が懸命に歌っている姿を見に行きたい。今はそう思えた。
「颯斗、どこか行く? 何か飲みにお店にでも入ろうか」
「あ、ごめん。人混み禁止されてて」
「そっか。じゃあ……うちに来る?」
「えっ!」
俺は少なからず驚いた。そして喜んでしまった。女の子の家に行くなんて、小学生以来だ。しかも相手は他ならぬ真奈美。行かないという選択肢はない!
「行ってもいいのか?」
「私の部屋狭いけど、それでも良いなら」
「そんなの気にしないし!」
俺の鼻息の荒さに気付いているのかいないのか、真奈美は嬉しそうに笑って家まで連れて行ってくれる。
思わず来ちゃったけど、緊張するな。あ、こういう時って手土産みたいなの持って行った方がいいのか? 俺はまだ中学生だし、そんな事気にしなくても良いのかな。
「ここがうちなの。今誰もいないから、緊張しなくて大丈夫だよ?」
真奈美の家はマンションだった。鍵を取り出して扉を開けている。
誰もいないって言われると、逆になんかドキドキしてきてしまった。中に入ると、うちとは違う空気に包まれる。人ん家に来たって感じがするよな。
真奈美の部屋に入ると、今度は少し甘い香りに変わった。確かに狭い部屋だったけど、整理整頓されているからか窮屈な感じは受けない。
真奈美はジュースとお菓子を出してくれて、俺はマスクをずらしながらそれをつまんで食べた。
「智樹くんもクラスの皆も、颯斗に会いたがってたよ」
「そっかぁ。皆に会いたいけど、大勢の人のいる所はダメって言われてるし、会う時間もないしなぁ。ま、ちゃんと退院したらいくらでも会えるんだし、いいよ。今は電話もあるしな」
そう言うと、真奈美は俺を目だけで見上げるようにしてクスクス笑っていた。俺、何か可笑しいこと言ったっけ?
「何だよ、真奈美」
「ううん、なんか颯斗の顔見たら嬉しくなっちゃって。だって、思ったより元気なんだもん」
「おー治療も予想よりか大した事ないし、大丈夫! 病気になんか負けないからな!!」
「颯斗はサッカー選手になるんだもんね!」
「もっちろん! 早く治して思いっきりサッカーやりたいなー」
病院にサッカーボールを持ち込んじゃ駄目だよな、多分……。リフティングくらいはやっておきたいけど、点滴したままだと危ないよなぁ。そんな事してたら看護師の園田さんが青い顔してすっ飛んで来そうだ。
「颯斗、何笑ってるの?」
「え? いや、園田さんって看護師が俺の担当なんだけど、その人が面白くってさぁ」
「へぇ……」
「いっつもニコニコしてて可愛らしいし、俺の話も嫌がらずに聞いてくれるし」
「ふぅん」
「でも看護師長が苦手みたいでさ、いっつもビクビクしてんの。あんなの見てたらしゃーねーなと思って、俺もちゃんと言う事を聞、こう……と……」
俺の言葉は尻切れとんぼで終わってしまった。
何でだ、真奈美にめっちゃ睨まれてる。俺、なんかしたっけ?
「続きは?」
「いや……何で真奈美怒ってんの?」
「別に怒ってないし」
「怒ってるだろ、明らかに……」
「怒ってないし!!」
怒ってる怒ってる! なんか知らないけど滅茶苦茶怒ってる!
「病院の話なんて面白くなかったか?」
「そういうんじゃないけど……」
「じゃ何だよ」
訳も分からず機嫌が悪くなられると、俺だってムッとする。少ししかない外泊の時間を真奈美に割いてるっていうのに、ちょっとは気を遣ってくれてもいいんじゃないの?
そう口を尖らせている俺の顔を真奈美は確認している。真奈美は変わらず怒ったままだ。何なんだろう、まったく。
「前に電話を邪魔して来た人って、その人?」
「うん? 電話?」
「ほらっ、初めて携帯で電話くれた時、颯斗途中で切っちゃったでしょ!?」
「え? ああ、そう言えば……」
朧げながら記憶が戻って来た。
そうだ、あの時真奈美と話してて……看護師さんが来て慌てて切ったんだっけ。園田さんじゃなかった気がするけど。
っていうか、今更そんな事で怒ってるのか? あれ、一ヶ月くらい前の話だぞ!
「そう言えばって……っ! あれから颯斗、何にも言ってくれないし……」
「何にもって?」
「だから、私の事を好ーー」
真奈美はそこまで言って言葉を止めた。フッと当時の会話が頭内で再生される。
そうだ、思い出した。俺あの時、真奈美に気持ちを伝えようとしてたんだった。
ちょうど良いところで看護師さんに邪魔されて、その後の電話ではもう言えなくなったんだ。そして忘れてしまっていた。
目の前の真奈美は少し頬を染めて、でもどこか悔しそうに口をへの字に曲げている。とりあえず謝っておいた方が良さそうだ。
「ええと……ごめん」
「……それから?」
それから!? え、何を求められてんだ? あの告白の……続き!? 今!!??
俺がどうすべきかと固まっていると、グッと詰め寄って来た。桃の花のように色付いた真奈美の顔が、俺の目の前に迫っている。
心臓が、ちょっとヤバイ。別に俺、心臓の病気じゃないんだけど。
「また私から言わせるの?」
うん、真奈美さんやっぱり怒ってますね。言わせられるのってちょっと嫌なんだけどなぁ。でもこんな風に詰め寄られないと、俺っていつまでたっても気持ちを伝えられないかもしれない。
俺も男だ、決める時は決める!
「真奈美」
「な、何」
真奈美体がビクリと震えて俺を猫のように警戒している。言って欲しいのか言って欲しくないのか、どっちなんだよ。
「告白してくれて、ありがとな」
「……うん」
想像してた言葉と違ったのか、真奈美は不満そうな顔をしている。けど、もちろんこれを伝えて終わるつもりはない。
俺は真奈美に真っ直ぐ顔を向けると、瞳を覗いて言った。
「俺も真奈美が好きだ。中一の時から、ずっと」
不思議と恥ずかしいって気持ちはなかった。もっと照れるものかと思ってたけど、それよりも気持ちを伝えられて清々しい気持ち方が勝る。
俺の言葉を聞いた真奈美は、耐えきれないと言った感じで両口角が上がっていく。そして嬉しそうにもじもじとしている姿が、すごく愛らしい。
俺は思わず真奈美の頭を撫でるように抱き寄せる。こっちに少し近付いた真奈美の目が、ゆっくりと閉じられた。
……キスは、性行為じゃない……よな?
俺は真奈美顔を寄せて行った。スゲェ緊張する。ゴクッて生唾の飲み込む音を聞かれてしまったかもしれない。荒くなった息は確実に悟られているだろう。
「真奈美……っ」
俺は一気に唇を寄せた。真奈美の柔らかい唇が、一枚の膜を隔てて伝わってくる。
そしてゆっくりと味わう事は出来ず、すぐに顔を離した。
「颯斗……」
真奈美の顔は赤いながらも、どこか不満気だった。それもそのはず。俺たちのキスは、マスクという壁を一枚隔ててのものだったから。
「マスク越しだった、よ?」
「うん……ごめん」
一瞬の触れ合いくらいなら、大丈夫かもしれない。でも本当にキスしちゃったら、止まりそうにない気がした。
「あ、ううん! 私の方こそ、なんかごめ……」
「……るから」
「え?」
俺の決死の言葉は声が掠れたためか、聞こえなかったらしい。俺は再度、今度は大きな声で真奈美に伝える。
「退院した時には、ちゃんとキスするから!」
真奈美は驚いて目を丸め、次に目が無くなる程の笑顔に変わった。クスクスと真奈美から笑い声が漏れる。
「颯斗、顔真っ赤だよ!」
そう言われて初めて、俺は自分の頰が熱くなっていた事を知る。
それがなんだか悔しくて、俺は真奈美を抱きくるめると。
もう一度だけ、マスク越しのキスをしてやった。
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