再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

文字の大きさ
21 / 92

21.リハビリ開始

しおりを挟む
 外泊中、智樹の他には誰も訪ねて来なかった。
 というより、来たいという真奈美には遠慮してもらった。前回の外泊とはあまりに違う俺の姿を見せたくなかったんだ。
 好きな子の前では、やっぱりかっこいい姿のままでいたかったってのが大きいかもしれない。
 せめて普通に立って歩ける姿で会いたいからな。布団に寝たままで会いたくなかった。真奈美は気にしないって言ってくれてたけど。

 結局俺は二日間寝たきりで過ごした外泊を終えて、また病院に戻って来た。今日から三クール目だ。二ヶ月が終わって残り六ヶ月。
 ……うーん、長いなぁ。
 目の前のドS先生は相変わらず嫌らしい顔で笑っている。

「じゃあまた今日から抗がん剤使っていきますね」
「まさか、またオンコビン……?」
「ああ、あれは今クールはないから大丈夫」

 今回はないと聞いてホッと息を吐く。あんなのがずっと続いたら本当にヤバかった。きっと途中で根を上げてたと思う。

「足の様子はどう?」
「うん、相変わらず……右足が特に、上手く地に足が着けないっていうか」
「じゃあ今日からリハビリテーション科の先生に来て貰うようにしましょうか」
「リハビリ?」
「ええ。体を動かした方が戻りが早いですからね、頑張って」
「うん!! ありがとう、小林先生!!」

 リハビリって聞いた時はちょっとびっくりした。だって、動けなくなった爺さん婆さんが付き添われて歩いてるイメージがあったし、事故かなんかで動けなくなった人のためのものだと思ってたから。
 でも思えば病気だって同じだよな。よし、リハビリ頑張ろう。
 しばらくすると小林先生の言った通り、初めて見る先生が入って来た。

「こんにちはー! 颯斗くんかな?」
「はい!」
「リハビリテーション科の塚狭つかさ俊明としあきです。よろしくね」
「ツカサ? なんかカッコイイ名前だな。よろしくお願いします、塚狭先生!」
「はは、さすが体育会系! いい挨拶するね!」

 塚狭先生は嫌味のない顔で朗らかに笑った。三十歳は越えてないだろうな。きっちり一本芯が通った感じの、男らしい感じがありつつも爽やかな先生だ。

「じゃあ早速リハビリしようか。小林先生に聞いたけど、足が動かないって?」
「動かないってわけじゃないんだけど、上手く歩けないっていうか」
「ふんふん。ちょっと布団めくらせてね。ああ、寝たままでいいよ」

 上布団を塚狭先生にめくられ、外気に触れた足を掴まれた。そして足首を回すようにクルクルとしている。

「動きは悪くないね。痛くはない?」
「うん、大丈夫」
「よし、じゃあ先生に向かって左足蹴ってみて」

 そう言うと俺の左の足首と足の裏を手で固定される。俺は言われた通りに左の足を蹴り出した。俺の足が先生の手を押し返す。

「おっけ、もう一回。もっと強く。もっと! よし、オッケー。今度は右足ね」

 何度か蹴ると左足から右足に持ち替えられた。塚狭先生はさっきと同じように俺の足をギュッと掴む。

「はい、こっちも蹴って」

 言われるがまま、俺は足を蹴った。
 蹴った、つもりだった。先生の手は押し出される事はなく、少しだけ揺らぐ程度だ。

「よし、もっかい行こう! 蹴って!」
「っく!」

 膝は動くから押し出せはするものの、足首や爪先に力が入らない。さっきよりは先生の手は動いたけど、ただそれだけだ。

「押してっ! もっかい! そう! もいっちょ!」
「っく! っふ! このっ!」
「よし、オッケー。うーん、右足の方が大分弱くなってるね」

 ちょっと足を押し出すだけで、なんか疲れてしまった。たった二ヶ月でどれだけ体力落ちてるんだ、俺……。

「気分は大丈夫? まだ続けられそう?」
「うん、昨日と比べて吐き気もかなりなくなってるから大丈夫」
「まぁ最初だから無理しない程度にね。じゃあ今度は寝転んだままお尻を浮かしてみようか」
「え? ブリッジする感じ?」
「そこまでしなくていいよ。ちょっとお尻を浮かせるだけ」

 そんな事、簡単だ。赤ちゃんだって出来るよ。こんなのが本当にリハビリ? と思ってお尻を上げようとしたんだけど、ビックリだ。思ったほど腰が上がらない。

「っう」
「ああ、無理しないでいいよ。すぐ戻して」

 言われて俺はすぐにお尻をベッドに着けた。足の踏ん張りがきかないって、こう言う事なのか。
 こんな、赤ちゃんでも出来そうな事が出来なくて……俺は何だか涙が出て来た。
 こんなの俺じゃない。俺、頭はそんなに良くないけど、スポーツに関しては自信があったんだ。運動会も体育祭も必ずリレーの選手に選ばれてたし、マラソン大会だって毎年上位に入ってる。基本はサッカーばっかやってるけど、球技系はどれも好きだ。
 なのに……今の俺の脚力はゼロ。鍛えてたはずの足の筋肉がいつの間にかごっそりとなくなってる。あるのは骨と皮。それだけだ。
 俺は直視しまいとしていた現実を突き付けられた気がして、耐えられなくなる。

「……う……っ」
「ん!? 颯斗くん、どした!?」

 俺の目から、透明なものが溢れ落ちてしまった。泣いちゃダメだって思ったのに、この足を見てると急に不安になって。塚狭先生もいきなり俺が泣き出したもんだから、めちゃくちゃ驚いてる。

「ごめ、塚狭先生……俺……」
「うん」

 塚狭先生を見ると、まっすぐ真剣な表情で頷いてくれた。こういうのって真摯な態度っていうのかな。あぁ、言っても良いんだ……俺はそう思った。涙を飲み込むようにごくんと音を鳴らし、ようやく思いを言葉にする。

「俺の足、治る……? 俺、サッカーしてるんだ……」
「ああ、それでこれか」

 視線が病室の端に置いていた白と黒のビーチボールに向けられた。俺は寝転んだまま、止まらない涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらコクンと頷いてみせる。

「サッカー、したいんだ……プロのサッカー選手になりたいんだ……」

 俺は号泣したまま塚狭先生に訴えた。初対面でいきなり泣きながらこんな事を言われて、きっと困ったはずだ。でも、止まらなかった。松葉杖を使うようになってから徐々に積もっていた不安。それが今、一気に吹き出してしまった。

「大丈夫」

 そんな俺の不安の闇を掻き消すかのように、病室に力強い声が灯る。俺の心にも、暖かな光が差す。

「ちゃんとリハビリを続けて行けば、元に戻る」
「……本当?」
「もちろん! 若いんだから戻るのも早いよ。大丈夫、僕も出来る限りの事はするから頑張ろう!」

 元に戻る。
 塚狭先生の保障を得た俺は、不安から一気に安心へと転じた。ホッとしたせいか、今度は別の涙が溢れてくる。

「あり、がと、先生……っ」

 涙で途絶え途絶えに伝えると、そこには優しい笑顔があった。
 俺、多分、病気になってからこんなに泣いたの初めてだ。
 本当はすごい怖かった。病気が治っても、今までみたいに暮らせないんじゃないかって思う事が。
 その恐怖を、塚狭先生は蹴り飛ばしてくれた。

「颯斗くんがサッカー選手になったら、僕がリハビリして治してやったんだって威張るんだから、頼むよ!」

 塚狭先生はそう言って笑い、涙が止まるまで付き合ってくれた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

医者兄と病院脱出の妹(フリー台本)

ライト文芸
生まれて初めて大病を患い入院中の妹 退院が決まり、試しの外出と称して病院を抜け出し友達と脱走 行きたかったカフェへ それが、主治医の兄に見つかり、その後体調急変

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...