3歳で捨てられた件

玲羅

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捨てられて救われて

記憶持ちの運命

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 私は生まれた時から変な子だったらしい。宙を見つめたり、人をじっと見ていたり、ふつうのあかんぼうよりも泣かなかったり。乳母が一生懸命お世話をしてくれなければ、この年まで生きていなかったと思う。

 雪の降る教会を見上げながらそう考えていた。

 先日、乳母が亡くなった事は知っている。私の食事に毒が入っていたらしくて、毒見をしてくれた乳母が目の前で倒れた。私の悲鳴と物音で使用人が駆け込んできて、乳母が亡くなっている事が確認された。

 毒物によるものという結果に何故か私が疑われ、人殺しは出ていけとばかりに家を追い出された。門扉を閉められては3歳の私に開ける術はない。結果、私はとぼとぼと歩き出した。目指したのは教会。

 私は連れていってもらった事はないけれど、乳母が色々教えてくれた中に教会の話が出てきた。

 教会の扉は施錠される事が無いと聞いていたので、大きな扉を押し開けて中に入る。風や雪が無いだけで少しは暖かいと思った。

 椅子によじ登って膝を抱える。これからどうしよう。孤児院とかあるのかな?この世界。

 ん?この世界って何?疑問に思った私の頭に浮かんだのは、四角い板や馬が牽いていない馬車。鮮明ではなくおぼろげだけど少しずつイメージが浮かぶ。

 それと同時に寒気が襲ってきた。雪に濡れたし熱が上がったんだ。冷静に判断して少しでも暖かくなれるように身体を擦った。誰か来てくれないかな?ぼんやりとする意識の中でそんな事を考えていた。

「神父様!!」

 バンッと開けられた扉と大声にびくっとなったけど、身体が動かせなかった。外気が入ってきて聖堂内の寒さが増す。

「これはウィンスタミア公。お戻りになられたのですね」

 違う方向からも声が聞こえた。『うぃんすたみあこう』って何だろう?

 話し声と足音が遠ざかっていく。


 目が覚めると、フカフカのお布団に寝かされていた。天井には花模様の綺麗な布が掛けられていて、支柱から四方に垂らされている。これって天蓋って物じゃなかったっけ?

 パタンという音がして誰かが入ってきた。

 そっと布が開けられる。女の人が息を飲んだ。

「お目が覚められましたか?」

 囁くような声に安心する。小さく頷いたけど、それだけでも大変だった。身体が重くて関節が動かしにくい。

「失礼いたします」

 女の人が支柱に取り付けられた紐を引いた。少しすると初老の男の人が入ってきた。

「お嬢さん、今から診察しますでの」

「しん……さ……つ」

「無理にしゃべらなくても」

 そう言って脈を計って服の上からラエンネック型聴診器を当てた。

「せんせ、わたし、病気?」

「そうですなぁ。肺に雑音が……っと、えぇっと……」

「肺雑音?肺炎?」

「お嬢さん?」

「身体が、重いから、発熱、してただろうし、それに、肺雑音、なら、肺炎じゃ、ないかな?って」

 どう考えても3歳児の言うことじゃない。でもこの時は起き抜けでボーッとしてて、そこまで頭が回らなかった。

「お嬢さん、教えてくれるかい?おかしな記憶はある?」

「おかしな記憶……。仕事は、看護師。馬が牽いて、いない馬車。光る四角い板」

「お嬢さんの名前は?」

来栖 恵里菜くるす えりな。あれ?あ、違う?キャプシーヌ・セジャン?」

「うーん……。しばらくはゆっくりした方がいいね。お薬を出しておくからね」

「はい」

 お医者さんは出ていった。後に残されたのは、私とずっと付いていてくれた女の人。

「お嬢様、何か召し上がられますか?」

「お腹すいてない」

「お薬もございますからね。少しでもお召し上がりください」

 ホカホカと温かいミルクパン粥が差し出された。良い匂いがして口を開けるとそっとスプーンが差し込まれる。10口で眠くなってきた。

「お眠りください。大丈夫ですよ」

 優しい声に眠りに落ちていった。


 次に目覚めると女の人は居なかった。しばらくすると戻ってきてくれたけど、ミルクパン粥を食べさせてもらって、お薬を飲んでいたら、誰かが入ってきた。

「へぇぇ。この子が父上に拾われた子?」

 赤みが強い金髪に明るい空色の瞳。

「坊ちゃま、礼儀がなってませんよ?」

 女の人の言葉を無視して、男の子が私を覗き込んだ。

「ふぅん。肖像画のお祖母様にそっくりな髪色だね。瞳は……。不思議な感じだね。決めた。この子、僕の妹にする」

「それを決めるのは、旦那様です。坊ちゃま、お離れになってください」

「母上の許可は取ったよ」

「お嬢様はお疲れです。休ませてあげてください」

 女の人と男の子が何かを言っている。私の処遇についてなのは何となく分かったけど、はっきりとは聞こえなくなった。


 その後、10日程で完全に復活した私は、私を保護してくれたディアーク・フェルナー侯爵様と向かい合っていた。

「体調は?」

「完全に復活したようです」

 侯爵様と奥様のコルネリエ様、ご令息のローレンス様とランベルト様には、私が前世の記憶持ちだとバレていて、今さら口調を取り繕う必要もない。

「キャプシーヌ嬢、セジャン家が探していた」

 しばらくの沈黙の後、侯爵様が言った。セジャン家はフェルナー領に店を構えるなかなかの大店なのだそうだ。

「私を毒殺犯にしたてあげて追い出しておいて、今さらですか?乳母は毒味で死んだのだから、狙われたのは私で、屋敷内の事なのだから入れたのは私に居なくなってほしい私以外の誰かだって分かるはずです。毒は食事に入っていたんだから」

「そうだな。キャプシーヌ嬢でなくとも、子供でも分かる事だ」

「探しだして改めて殺すつもりでしょうか?」

「その辺りは分からない」

「ですよね」

 突き放したように言うと、低く笑われた。

「ずいぶんと冷静だな」

「精神年齢は20歳を越えているでしょうから。あいにく何歳でどのように死んだのかは、覚えてませんが」

 記憶はあるけれど、薄れていっている物もある。死因や年齢がそのひとつで、反対に看護師の仕事内容は鮮明になってきている。

「知らせる必要は?」

「ありません。真冬の寒空にあのような薄着で放り出したんですから、死んでほしかったんでしょうし、戻っても何をされるか分かりませんから」

「それならどうする?」

「そうですね。いつまでもここでお世話になるわけにもいきませんし、救児院とか孤児院とかに入れてくれても良いですよ」

「ランベルトがキャプシーヌ嬢を気に入って、妹にすると騒いでいるんだが」

「そうですか」

「キャプシーヌ嬢が望むなら手続きを取れるように、全ての準備は済んでいるんだが」

「何を言いたいのですか?」

分かっているけど、貴族特有の言い方なのか、回りくどくて好きじゃない。

「養女にならないか?」

ため息をひとつ吐いて、侯爵様が言った。

「養女。元は平民ですけど?私」

「妻も賛成してくれている。娘が欲しかったようなんだが、あいにく妻はもう子供を産めなくてね」

「養女になってしまうと、侯爵家の娘ってことになって、貴族様にガッツリ関わらなきゃいけないんじゃ?」

「そのつもりだが」

「淑女教育とか?まぁ、そちらはむしろ教えていただきたいですけど」

「何が嫌なんだ?」

「婚約者とか決められちゃうんですよね?」

「まぁ、そうだな」

侯爵様、口がニヨニヨしてますよ。

「政略結婚が主ですよね?」

「たいていはそうだな。今は王家に年回りの良い男児はおらぬが」

「それは良かったです」

「ん?」

「王家なんて嫁ぎたくないので」

「なぜだ?」

「権謀術数の総本山じゃないですか」

「たしかに。だが、侯爵家でも同じだぞ?」

「ですよね。結論は早い方が良いんですよね?」

「そうだな。まぁ、1ヶ月位なら悩んでも良いが」

「長くないですか?」

結論は早い方が良いなんて言うから、明日、明後日にはって言われると思ったのに。



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