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四章
3、手を離さないで
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夕食を取りながら、ソフィは向かいの席に座るアランをちらっと見た。
視線を感じたのか、アランが顔を向けたのですぐに目を逸らしたけれど。
でも魚のスープを食べていると、ソフィもまっすぐに見つめてくる視線に気づいた。
スプーンを置いて顔を上げると、今度はアランが目を逸らしている。
普段と違い会話が少ない。どうしたんだろう。
アランが作ったスープは、いつもよりもハーブのディルがたっぷりで。というか大量にディルが入りすぎて、味が変わってしまっている。
「わ、わたし。パンを切るね」
全粒粉の入ったざっくりとした酸味のある丸いパンを抱え、ナイフを入れる。
力が入ってしまったせいか、なぜか薄く切ったパンが、ぴょーんと飛んでアランの頭に落ちた。
「ご、ごめん」
「いや、構わないが。上の空だな」
ソフィは「うん」と短く答えた。
伯父と姪は恋人にもなれないし、結婚もできないという事実が心に深く突き刺さっている。
アランはウェドの法律くらい知っているだろう。だからずっと好きだと言い続けても、本気にしてもらえなかったんだ。
(わたしが姪じゃなかったら、ちゃんと応えてくれたのかな)
そう考えて、ソフィは首を振った。
姪じゃなかったら一緒に暮らしてもいないし、そもそも年の差がありすぎるからアランの視界にも入らないだろう。
けれど誰よりも近くにいられるのに、彼の一番になることはできない。
その現実に心がじくじくと痛む。
「ごちそうさま……」
「おい、ソフィ。スープしか食べてないじゃないか」
「いらない。お風呂に入る」
「じゃあ、髪を……」
背中にかかるアランの声を振り切るように、ソフィは皿を手早く洗って、部屋の端に衝立を立てた。
適温まで沸かした湯を楕円形の風呂桶に入れると、もうもうと湯気が立った。
食堂にカニを売りに行った時の、肉を焼いたにおいや野菜を炒めたにおいが、今も髪に残っている気がする。
それが鼻をかすめるたびに「伯父と姪とは結婚できないんだよ」というハンナの言葉が甦る。
ばさばさと乱暴に服を脱ぎ、石鹸を手にして風呂に入る。
さらりとした髪に湯をかけ、石鹸を泡立てて洗う……のだが、なぜか指に髪が絡まってしまった。
「いたたっ。なんで?」
「どうしてちゃんとブラッシングしてから洗わないんだ? ソフィの髪は細いんだ。乱暴に扱ったら絡んだり、切れたりするぞ」
いつの間にか衝立のこちら側にアランが立っていた。
ソフィは短い悲鳴を上げて、アランに背中を向けた。両肩を腕で抱いて、体を隠しながら。
「な、なんで入ってくるのよ」
「なんでって。普段から髪を洗ってやってるだろ。せっかくのきれいな髪なのに、お前に任せていたら傷むぞ」
「わたしだってもう大人だし、一人でできるもん」
「ふーん」
アランは冷めた目つきで、ぼさぼさになった銀髪を見据えた。
うう、視線が痛い。
「自分で扱えない髪なんて、もう切っちゃおうかな」
「ダメだ」
「だって人に髪を洗ってもらうのなんて、貴族の令嬢だけでしょ。わたしは庶民だもん、おかしいよ」
「令嬢扱いされていなさい」
アランはソフィの背後にひざまずくと、指で絡まった髪をほどいていった。濡れた髪をブラッシングするのも、よくないらしい。
「変なの。アランは自分の髪には無頓着じゃない」
「俺のは、ソフィみたいに綺麗じゃないからな」
「どうせ綺麗なのは、髪だけですよ」
「そんなことないぞ。ソフィは美しい」
ぱしゃん、と水音が立った。
ソフィは知らぬ間に体を隠す両腕を外していた。両ひざを抱えてうつむく。
「褒めてもらっても、意味ないもん」
アランに美しいなんて言われたら、昨日までの自分なら舞いあがっていただろう。
でも、今は違う。美しいと褒めながら、アランはその手を離すに違いない。他の男子にソフィを託すために。
ひんやりとした泡を地肌に感じたと思うと、大きな手がソフィの頭の上で動いた。
頭を洗っているのに、まるで撫でられているような心地になる。
ソフィの髪は長いから、洗ってもらう間にもアランの手が荒れるんじゃないかと心配になる。
何度も自分で洗髪するといっても、アランは絶対に聞き入れてくれない。
これから冬に向かうのに。
「……本格的に寒くなる前に、プレゼントを買いに行かなくちゃ」
ぽつりと呟いた時、アランの手の動きが止まった。
視線を感じたのか、アランが顔を向けたのですぐに目を逸らしたけれど。
でも魚のスープを食べていると、ソフィもまっすぐに見つめてくる視線に気づいた。
スプーンを置いて顔を上げると、今度はアランが目を逸らしている。
普段と違い会話が少ない。どうしたんだろう。
アランが作ったスープは、いつもよりもハーブのディルがたっぷりで。というか大量にディルが入りすぎて、味が変わってしまっている。
「わ、わたし。パンを切るね」
全粒粉の入ったざっくりとした酸味のある丸いパンを抱え、ナイフを入れる。
力が入ってしまったせいか、なぜか薄く切ったパンが、ぴょーんと飛んでアランの頭に落ちた。
「ご、ごめん」
「いや、構わないが。上の空だな」
ソフィは「うん」と短く答えた。
伯父と姪は恋人にもなれないし、結婚もできないという事実が心に深く突き刺さっている。
アランはウェドの法律くらい知っているだろう。だからずっと好きだと言い続けても、本気にしてもらえなかったんだ。
(わたしが姪じゃなかったら、ちゃんと応えてくれたのかな)
そう考えて、ソフィは首を振った。
姪じゃなかったら一緒に暮らしてもいないし、そもそも年の差がありすぎるからアランの視界にも入らないだろう。
けれど誰よりも近くにいられるのに、彼の一番になることはできない。
その現実に心がじくじくと痛む。
「ごちそうさま……」
「おい、ソフィ。スープしか食べてないじゃないか」
「いらない。お風呂に入る」
「じゃあ、髪を……」
背中にかかるアランの声を振り切るように、ソフィは皿を手早く洗って、部屋の端に衝立を立てた。
適温まで沸かした湯を楕円形の風呂桶に入れると、もうもうと湯気が立った。
食堂にカニを売りに行った時の、肉を焼いたにおいや野菜を炒めたにおいが、今も髪に残っている気がする。
それが鼻をかすめるたびに「伯父と姪とは結婚できないんだよ」というハンナの言葉が甦る。
ばさばさと乱暴に服を脱ぎ、石鹸を手にして風呂に入る。
さらりとした髪に湯をかけ、石鹸を泡立てて洗う……のだが、なぜか指に髪が絡まってしまった。
「いたたっ。なんで?」
「どうしてちゃんとブラッシングしてから洗わないんだ? ソフィの髪は細いんだ。乱暴に扱ったら絡んだり、切れたりするぞ」
いつの間にか衝立のこちら側にアランが立っていた。
ソフィは短い悲鳴を上げて、アランに背中を向けた。両肩を腕で抱いて、体を隠しながら。
「な、なんで入ってくるのよ」
「なんでって。普段から髪を洗ってやってるだろ。せっかくのきれいな髪なのに、お前に任せていたら傷むぞ」
「わたしだってもう大人だし、一人でできるもん」
「ふーん」
アランは冷めた目つきで、ぼさぼさになった銀髪を見据えた。
うう、視線が痛い。
「自分で扱えない髪なんて、もう切っちゃおうかな」
「ダメだ」
「だって人に髪を洗ってもらうのなんて、貴族の令嬢だけでしょ。わたしは庶民だもん、おかしいよ」
「令嬢扱いされていなさい」
アランはソフィの背後にひざまずくと、指で絡まった髪をほどいていった。濡れた髪をブラッシングするのも、よくないらしい。
「変なの。アランは自分の髪には無頓着じゃない」
「俺のは、ソフィみたいに綺麗じゃないからな」
「どうせ綺麗なのは、髪だけですよ」
「そんなことないぞ。ソフィは美しい」
ぱしゃん、と水音が立った。
ソフィは知らぬ間に体を隠す両腕を外していた。両ひざを抱えてうつむく。
「褒めてもらっても、意味ないもん」
アランに美しいなんて言われたら、昨日までの自分なら舞いあがっていただろう。
でも、今は違う。美しいと褒めながら、アランはその手を離すに違いない。他の男子にソフィを託すために。
ひんやりとした泡を地肌に感じたと思うと、大きな手がソフィの頭の上で動いた。
頭を洗っているのに、まるで撫でられているような心地になる。
ソフィの髪は長いから、洗ってもらう間にもアランの手が荒れるんじゃないかと心配になる。
何度も自分で洗髪するといっても、アランは絶対に聞き入れてくれない。
これから冬に向かうのに。
「……本格的に寒くなる前に、プレゼントを買いに行かなくちゃ」
ぽつりと呟いた時、アランの手の動きが止まった。
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