元軍人、愛しい令嬢を育てます

絹乃

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十三章

6、待ち遠しい春

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 手紙の差出人はグンネルだった。
 宛名にはアランとソフィが併記してあるけど、先に開封するのも気が引けて、結局アランが仕事を終えて家に戻ってくるまで待つことにした。

「わざわざ学校に持っていった意味がないじゃないか」
「ごめんね」

 夕食の片づけが終わったテーブルで、ソフィとアランは向かい合って座っていた。

「まぁ、ソフィの顔を見ることができただけでも、良しとするか。今朝は寝顔しか見れなかったからな。寂しかったんだ」
「……っ!」

 ソフィは言葉を詰まらせた。
 どうしてそんなに素直になっちゃったの? むしろ素直すぎて恥ずかしいんですけど。

「俺の手袋を縫おうとして、ここしばらく夜更かしをしていただろ」
「アランのだって知ってたの?」

「手首や指の周りに紐を巻かれてサイズを計られたら、そりゃ目も覚めるさ。でも、寝たふりしていた方がよさそうだったからな。これからは隠れて作るんじゃなくて、俺の前で縫っても問題ないぞ。プレゼントしてくれる気持ちは嬉しいが、俺にとってはソフィが一番大事だからな」

 まっすぐな言葉に、また頬が熱くなる。
 ランタンの明かりのせいじゃないことは明白だ。

「革や糸ばかりじゃなくて、俺のことも見つめてほしいんだ」
「そ、そんなこと言ってなかった」
「学校で言えるはずないだろ。そうでなくても若旦那に、いつもからかわれてるのに」
「なんて?」

 尋ねられたアランは、口を閉ざした。だから気になって、テーブルの反対側にまわりこんでさらに訊いてみる。彼の顔を覗きこみながら。

「ねぇ、教えてってば」
「ソフィ。俺はお前を大人扱いするって言ったばかりだろ。なんでそんな子どもっぽいことをするんだ」
「だって、知りたいもの。知的好奇心とか探求心ってやつ?」
「ただの好奇心だろ」

 まったくもう、と頭を掻きながらアランは椅子を引いた。
 座ったままでソフィの手を取り、てのひらにくちづける。

「え、えっと。その……」
「こういうことをするのかって、訊かれるわけだ。若旦那に。いくら雇い主とはいえ、答えられるわけないだろ。ソフィが持っていた革に関しても『よかったすねー。出来上がりが待ち遠しいっすねー』って言われるんだぞ」

 それは大変そう。
 でも、アランが全然手を離してくれないんだけど……。

 ソフィは握られたままの手を動かすこともできずに、立っていた。
 その時、ぐいっと腕を引かれて、アランの膝に座る格好になってしまった。

「まぁ、若旦那の指摘は正しいんだけどな。手袋は急がなくていいが、出来上がったら大切にする」
「使ってくれる? この手袋がアランの手を守ってくれたら、すごく嬉しいの」
「ああ。俺もソフィに守られるなら、とても嬉しい」

 うわわわっ。どうしよう。心臓がバクバクいってる。

 ソフィは耳まで熱くなるのを感じて、慌ててアランの膝から降りようとした。
 けれど彼はそれを認めずに、ソフィを膝に乗せたままの態勢で封筒を手に取った。

 手紙に嬉しいことでも書いてあったのか、ランタンの明かりに照らされた横顔が、柔らかく微笑んでいる。
 睫毛が作る影、冬でも日焼けの残る肌。間近で見つめていると、不思議と心が落ち着いてきた。

 ソフィは手を伸ばして、アランの頬を撫でた。伸びかけのひげが指先をかすめる。
 少し硬い感触を「痛い」とよく文句を言ってきたけど。アランに触れているって気がして、本当は大好き。

「くすぐったいぞ」
「だって、アランが離してくれないから」
「離してほしいのか?」
「やだ」

 口の端を上げながら、アランは便箋をソフィに手渡した。読んでみろ、という風に。

「グンネルさん、何の用なの?」
「用なんてないさ」

 変なのと思いながら、ソフィは手紙に目を通した。
 便箋には、整った文字で「プーマラに行く」との旨が書かれていた。

――別にプーマラに用事があるわけじゃないの。私があんた達に会いたいから行くのよ。
 春になったら会いましょう。
 ソフィがアランとの日々を夢見たように、私はあんた達に会うことを夢見てるわ。

 グンネルの手紙に、ソフィも口元をほころばせた。

 床に、窓の形を切り取ったかのような四角い明りが差しこんでいる。
 雲間から見える月は、淡い光のかさに包まれている。この遠い空の向こう、同じ月を見ている人のことを思った。

「春、待ち遠しいね」
「ああ」

 アランの長い指が、銀色の髪を優しく撫でた。
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