17 / 32
二章
2、星宇との関係
しおりを挟む
翌日の昼前に、瑞雪は白苑後宮の奥の宮へ向かった。
葉青の暮らす南邸と奥の宮を一日ごとに訪れて、それぞれに薬膳料理を食べてもらう。それが瑞雪の目下の仕事となった。
「まぁ、南家の令嬢に薬膳料理を作っているの? わざわざ?」
奥の宮に夕食の薬膳料理を届けた瑞雪に、元紅梅が尋ねた。葉青が皇后候補であることは明かせない。勿論、貴族たちの間では噂されているだろうが、まだ幼い葉青が権力争いに巻き込まれてはいけないからだ。
失言してはいけないと、瑞雪は運んできた料理を卓子に並べながら口をつぐんだ。
紅梅は体を冷やさない方がいいので、韮をたっぷり入れた炒麺を用意した。冬場の牡蠣を塩ゆでし、それを干して作った調味料を使っているのでうまみも深い。
「瑞雪さん。今日はおとなしいのね」
「元々うるさくないですよ」
「あら、いつもは薬膳料理の効能をつらつらと話してますよ。自覚していないのかしら」
皿や器を覗き込んだ後で、紅梅が瑞雪の顔を凝視する。いや、近いんですけど。
「あれはおしゃべりじゃなくて説明です。そういえば紅梅さまには毒見がいらっしゃらないですね」
瑞雪の問いかけに、紅梅は肩をすくめて苦笑した。
「こんな辺鄙な宮に暮らすおばさんに、毒見なんて不要でしょ? 身分も高くないし。でもそのおかげで、誰も箸をつけていない料理をいただくことができるわ」
紅梅は箸を手に取った。
「瑞雪さん、この間の武官とはどうなっているの?」
話題が飛んだ。現役の嬪であった頃の話は、あまりしたくないのだろうか。
武官って厳星宇のことか、と瑞雪は急須である茶壺にお湯を注ぎながら考えた。
身分は聞いていないが、嬪であった頃の紅梅はもっと高価なお茶も飲んでいただろうが。今、部屋に用意されている茶葉は黄金桂だ。天にも届く香りで、透天香とも呼ばれている。
茶葉の価格は天井知らずなので、それを考慮すると安い方かもしれない。
茶壺に満たされた黄金桂からふわぁっと湯気が立つ。桂花のような華やいだ香りだ。
「どうもなっていませんよ。あの人は陛下の護衛ですから、わたしとは何の関係もありません」
「あらぁ、そうかしら。わたくしはそうは思わないわ。ちゃんと星宇さんと話をしてみなさいな、きっといい方向に進むわよ」
「いい方向って」と、瑞雪は苦笑いを浮かべる。紅梅は会うたびに、星宇との関係が進んだかを訊いてくる。
星宇はただ皇帝からの指示を瑞雪に伝えに来るだけだ。
(まぁ、雨が降れば傘を差してくれたりもしたけど)
きっと冴え冴えとした見た目によらず、親切なのだろう。
「あの子は、あなたのことを好きなのよ」
「は?」
思いがけない紅梅の言葉に、碗に注いでいたお茶が溢れてしまった。「あつっ」と瑞雪は慌てて布巾で手や卓子を拭く。
「まぁ大変。早く水で冷やしていらして」
「あの、どうして星宇さんがわたしのことを好きってお考えになるんですか? 他の人にも傘を差しかけているかもしれませんよ?」
「……そんなことはしないわ」
紅梅は意味深なことをこぼしながら、瑞雪の背中を押して水場へと連れて行った。
(いや、奥の宮での暮らしが暇だからって、無理に星宇さんとくっつけられても困るんだけど。星宇さんだって迷惑だわ)
そう反論したいのに瑞雪の背中を押す紅梅の力は強い。お茶が掛かった左の指が、ひりひりと痛んできた。
そう、星宇とは何の関係もない。今の自分は葉青を健康にしてあげたいし、かわいい天雷も帰ってきてくれたし。それに薬命司の名誉も——
(あれ? 今までなら薬命司の件が一番だったのに。ううん、それ以外のことは興味がなかったのに)
すべきことが増えてしまったからだろうか。優先順位が変わってしまっている気がする。
ふと見れば、紅梅が小さな壺の蓋を開いていた。その眼差しは真剣だ。
何だろう? と瑞雪は思い紅梅の元へ近寄った。
「瑞雪さん。これは梔子よね」
橙色の実を一つつまみ、瑞雪に確認をとる。
「はい。生薬で言うなら山梔子ですね」
その山梔子はかなり古いのだろう。乾燥しているというよりも硬く干からびてしまっている。しかも鮮やかな橙色ではなく、時を経てくすんでいた。
「これは毒かしら」
「『本草経』では中品に分類されています。効き目の多い薬ですが、長期に服用すると健康を害します」
「害するって……具体的には?」
生薬にかなり興味があるのか、紅梅は重ねて尋ねてくる。まるで急いているように。
「五年以上の服用で腸に影響が出ることがあります。腸閉塞や腹膜炎を引き起こせば、死に至ることも」
「……そう。そうなの」
紅梅の声は沈鬱だ。先ほどまでの瑞雪をからかうような明るさは、もうどこにもなかった。この寂しく夏でも寒い奥の宮のように。
◇◇◇
瑞雪が南邸に通う内に、葉青の体調も改善してきた。用意した薬膳料理を残すこともなく、青ざめた雪のような顔色に血色が戻っている。
今日の葉青の昼食は包子と四臣湯だ。
包子は発酵させた生地を練って、中に野菜と肉の餡を包む。
「葉青さまも少量なら豚肉を召し上がってくださるようになって、よかったわ」
薬命司の部屋で瑞雪は生地で餡を包んでいた。中に入れる具は包丁で細かく刻んだ豚肉だ。そこに季節の青菜を加えている。
一つ一つの包子は小ぶりに、皮の上部をひねって閉じる。生の状態で南邸に運ぶわけにいかないので、一度蒸してから持参することにした。
南家の離れにある炊事場で、再び蒸しなおせばふっくらするだろう。
すでに四臣湯は熾火でとろとろと煮込んである。脾、つまり胃腸の働きを健やかにする効果がある湯だ。
この湯には豚のモツを使うが、下処理や茹でて臭みを抜いた上で煮込んでいるのでクセもなく食べやすくなっている。
「うわぁ、ほかほか。おいしいです、ルイシュエさん」
ふっくらと蒸しなおした包子を、葉青は頰ばった。宋舞はいつものごとく毒見をするが、大丈夫。蒸籠に入れた包子はすぐには冷めない。
「豚肉よりも青菜を多く入れていますから。くどくないと思いますよ」
「はい、いくらでも食べられそう」
次の包子に手を伸ばした葉青を見て、宋舞は目を丸くした。皇后となるべき令嬢が行儀悪く包子に齧りついているのに、たしなめることすら忘れている。
「パオズの皮にお汁がしみているぶぶんが、すっごくおいしいんです」
「包子の上と下では、食感も味も異なりますよね。葉青さま、よければこちらの四臣湯もお召し上がりください」
碗に注いだ湯を瑞雪は卓子に置いた。
「これもぶたにくが入ってるんですか?」
「はい、内臓になるのですが。柔らかく煮込んであるので食べやすいと思います」
四臣湯には芡実、蓮子、淮山、茯苓といった生薬を使っている。
芡実はオニバスの実で、滋養強壮の効果があり体に無害な上品だ。蓮子はハスの実、胃腸の働きを整える。そして茯苓は松の切り株の根に付着する茸だ。
「中に入っている淮山は山芋ですから、普段から召し上がってらっしゃいますね」
「そうなんですね」と、葉青は匙で湯をすくった。
やはり豚の内臓を口に入れることに葉青は躊躇している。
けれど湯気の立つとろりとした湯≪スープ≫と体にいい生薬の匂いに引き寄せられて、葉青は匙を口に運んだ。
「ふしぎ。まろやかです」
勇気を出した一口目の後は、食が進むようで葉青は碗をすぐに空にした。
「ルイシュエさんのおりょうりって、やくぜんなのにすごくおいしいです」
湯のおかわりを所望しながら、葉青は次の包子に手を伸ばす。言葉で褒められ、その態度からも本当においしいと思ってもらえていることが嬉しい。
瑞雪は微笑みながら食事をとる葉青を見守っていた。
「なるほど。やはり生薬を多く使うと体にいいんですね」と、宋舞は感心したように言葉をこぼす。
「用量と服用の期間に注意すれば、体にいいですよ。効果がきつい生薬もありますから、摂りすぎは禁物ですね」
瑞雪の話を聞いているのかいないのか。宋舞は「お嬢さまがおかわりをなさるなんて」と目に涙まで浮かべている。
食事だけではない。午後は葉青は体を動かす習慣もついた。
池の周囲にある水廊を歩き、さらに元気がある時は庭にも降りる。そして——
「ねぇねぇ、ルイシュエさん。ちゃんとティエンレイはついてきている?」
「はい、葉青さまが進めば進むほど、天雷もご一緒しますよ」
なぜか葉青の散歩に、天雷まで同行しているのだ。
最近、ようやく夏めいてきた。心地よいが吹き、池の水面にさざ波が立つ。木の枝から垂れた橙色の凌霄花が蔓ごと風に遊ばれた。
霄を凌ぐ花との名の通り、木の幹に絡んだ蔓が天に向かって伸びている。
栄養や薬効のあるものを摂っているからだろう。葉青の長い髪には絹糸のような艶が戻っているし、頰もふっくらとしてきた。
天雷は尻尾をぴんと立てて、凌霄花に跳びつきたそうにしている。
「だめよ、天雷。いい子にしていてね」
瑞雪が注意すると天雷は「にゃあ」と返事をした。聞き分けはいい。そしてどこまでも猫の真似がしみついている。
「そういえばこのあいだ、ウェンフーにあったのよ」
「陛下にですか?」
「ええ。ウェンフーったら、わたくしを見てびっくりしていたわ」
立ち止まった葉青が風を感じて、手を上げる。細い指の間から群青色の空が見えた。
「わたくしがすごく元気になって、おどろいたんですって。さいしょうをなさっているおじさまも『これならいつ皇后におむかえしてもいいですね』ですって。気が早いのね」
ふふ、と楽しそうに葉青が笑う。まるで凌霄花がほころんだような、朗らかな笑みだ。
「ウェンフーが、ルイシュエさんのおかげだって言ってたわ」
「そんな恐れ多いです。葉青さまが薬膳料理を残さずお召し上がりになっていますし。こうして運動もなさっているからですよ」
「でもルイシュエさんがいないと、どっちもできなかったわ」
皇帝に褒められるだけでも勿体ないことなのに。叔母の欣然が聞いていたら、きっと喜んでくれただろう。
「ティエンレイのおかげもあるのよ。いつもルイシュエさんを守ってるものね。こうしていっしょにうちに来てくれて、とてもうれしいの」
葉青はしゃがんで、天雷の頭を撫でた。後ろ足で立ち上がり、葉青が撫でやすいようにしている。
問答無用で抱き上げられなければ、天雷は足を突っ張ったりしないようだ。
こんな風にゆっくりとではあるが、葉青は健康になっていくはずだった。
葉青の暮らす南邸と奥の宮を一日ごとに訪れて、それぞれに薬膳料理を食べてもらう。それが瑞雪の目下の仕事となった。
「まぁ、南家の令嬢に薬膳料理を作っているの? わざわざ?」
奥の宮に夕食の薬膳料理を届けた瑞雪に、元紅梅が尋ねた。葉青が皇后候補であることは明かせない。勿論、貴族たちの間では噂されているだろうが、まだ幼い葉青が権力争いに巻き込まれてはいけないからだ。
失言してはいけないと、瑞雪は運んできた料理を卓子に並べながら口をつぐんだ。
紅梅は体を冷やさない方がいいので、韮をたっぷり入れた炒麺を用意した。冬場の牡蠣を塩ゆでし、それを干して作った調味料を使っているのでうまみも深い。
「瑞雪さん。今日はおとなしいのね」
「元々うるさくないですよ」
「あら、いつもは薬膳料理の効能をつらつらと話してますよ。自覚していないのかしら」
皿や器を覗き込んだ後で、紅梅が瑞雪の顔を凝視する。いや、近いんですけど。
「あれはおしゃべりじゃなくて説明です。そういえば紅梅さまには毒見がいらっしゃらないですね」
瑞雪の問いかけに、紅梅は肩をすくめて苦笑した。
「こんな辺鄙な宮に暮らすおばさんに、毒見なんて不要でしょ? 身分も高くないし。でもそのおかげで、誰も箸をつけていない料理をいただくことができるわ」
紅梅は箸を手に取った。
「瑞雪さん、この間の武官とはどうなっているの?」
話題が飛んだ。現役の嬪であった頃の話は、あまりしたくないのだろうか。
武官って厳星宇のことか、と瑞雪は急須である茶壺にお湯を注ぎながら考えた。
身分は聞いていないが、嬪であった頃の紅梅はもっと高価なお茶も飲んでいただろうが。今、部屋に用意されている茶葉は黄金桂だ。天にも届く香りで、透天香とも呼ばれている。
茶葉の価格は天井知らずなので、それを考慮すると安い方かもしれない。
茶壺に満たされた黄金桂からふわぁっと湯気が立つ。桂花のような華やいだ香りだ。
「どうもなっていませんよ。あの人は陛下の護衛ですから、わたしとは何の関係もありません」
「あらぁ、そうかしら。わたくしはそうは思わないわ。ちゃんと星宇さんと話をしてみなさいな、きっといい方向に進むわよ」
「いい方向って」と、瑞雪は苦笑いを浮かべる。紅梅は会うたびに、星宇との関係が進んだかを訊いてくる。
星宇はただ皇帝からの指示を瑞雪に伝えに来るだけだ。
(まぁ、雨が降れば傘を差してくれたりもしたけど)
きっと冴え冴えとした見た目によらず、親切なのだろう。
「あの子は、あなたのことを好きなのよ」
「は?」
思いがけない紅梅の言葉に、碗に注いでいたお茶が溢れてしまった。「あつっ」と瑞雪は慌てて布巾で手や卓子を拭く。
「まぁ大変。早く水で冷やしていらして」
「あの、どうして星宇さんがわたしのことを好きってお考えになるんですか? 他の人にも傘を差しかけているかもしれませんよ?」
「……そんなことはしないわ」
紅梅は意味深なことをこぼしながら、瑞雪の背中を押して水場へと連れて行った。
(いや、奥の宮での暮らしが暇だからって、無理に星宇さんとくっつけられても困るんだけど。星宇さんだって迷惑だわ)
そう反論したいのに瑞雪の背中を押す紅梅の力は強い。お茶が掛かった左の指が、ひりひりと痛んできた。
そう、星宇とは何の関係もない。今の自分は葉青を健康にしてあげたいし、かわいい天雷も帰ってきてくれたし。それに薬命司の名誉も——
(あれ? 今までなら薬命司の件が一番だったのに。ううん、それ以外のことは興味がなかったのに)
すべきことが増えてしまったからだろうか。優先順位が変わってしまっている気がする。
ふと見れば、紅梅が小さな壺の蓋を開いていた。その眼差しは真剣だ。
何だろう? と瑞雪は思い紅梅の元へ近寄った。
「瑞雪さん。これは梔子よね」
橙色の実を一つつまみ、瑞雪に確認をとる。
「はい。生薬で言うなら山梔子ですね」
その山梔子はかなり古いのだろう。乾燥しているというよりも硬く干からびてしまっている。しかも鮮やかな橙色ではなく、時を経てくすんでいた。
「これは毒かしら」
「『本草経』では中品に分類されています。効き目の多い薬ですが、長期に服用すると健康を害します」
「害するって……具体的には?」
生薬にかなり興味があるのか、紅梅は重ねて尋ねてくる。まるで急いているように。
「五年以上の服用で腸に影響が出ることがあります。腸閉塞や腹膜炎を引き起こせば、死に至ることも」
「……そう。そうなの」
紅梅の声は沈鬱だ。先ほどまでの瑞雪をからかうような明るさは、もうどこにもなかった。この寂しく夏でも寒い奥の宮のように。
◇◇◇
瑞雪が南邸に通う内に、葉青の体調も改善してきた。用意した薬膳料理を残すこともなく、青ざめた雪のような顔色に血色が戻っている。
今日の葉青の昼食は包子と四臣湯だ。
包子は発酵させた生地を練って、中に野菜と肉の餡を包む。
「葉青さまも少量なら豚肉を召し上がってくださるようになって、よかったわ」
薬命司の部屋で瑞雪は生地で餡を包んでいた。中に入れる具は包丁で細かく刻んだ豚肉だ。そこに季節の青菜を加えている。
一つ一つの包子は小ぶりに、皮の上部をひねって閉じる。生の状態で南邸に運ぶわけにいかないので、一度蒸してから持参することにした。
南家の離れにある炊事場で、再び蒸しなおせばふっくらするだろう。
すでに四臣湯は熾火でとろとろと煮込んである。脾、つまり胃腸の働きを健やかにする効果がある湯だ。
この湯には豚のモツを使うが、下処理や茹でて臭みを抜いた上で煮込んでいるのでクセもなく食べやすくなっている。
「うわぁ、ほかほか。おいしいです、ルイシュエさん」
ふっくらと蒸しなおした包子を、葉青は頰ばった。宋舞はいつものごとく毒見をするが、大丈夫。蒸籠に入れた包子はすぐには冷めない。
「豚肉よりも青菜を多く入れていますから。くどくないと思いますよ」
「はい、いくらでも食べられそう」
次の包子に手を伸ばした葉青を見て、宋舞は目を丸くした。皇后となるべき令嬢が行儀悪く包子に齧りついているのに、たしなめることすら忘れている。
「パオズの皮にお汁がしみているぶぶんが、すっごくおいしいんです」
「包子の上と下では、食感も味も異なりますよね。葉青さま、よければこちらの四臣湯もお召し上がりください」
碗に注いだ湯を瑞雪は卓子に置いた。
「これもぶたにくが入ってるんですか?」
「はい、内臓になるのですが。柔らかく煮込んであるので食べやすいと思います」
四臣湯には芡実、蓮子、淮山、茯苓といった生薬を使っている。
芡実はオニバスの実で、滋養強壮の効果があり体に無害な上品だ。蓮子はハスの実、胃腸の働きを整える。そして茯苓は松の切り株の根に付着する茸だ。
「中に入っている淮山は山芋ですから、普段から召し上がってらっしゃいますね」
「そうなんですね」と、葉青は匙で湯をすくった。
やはり豚の内臓を口に入れることに葉青は躊躇している。
けれど湯気の立つとろりとした湯≪スープ≫と体にいい生薬の匂いに引き寄せられて、葉青は匙を口に運んだ。
「ふしぎ。まろやかです」
勇気を出した一口目の後は、食が進むようで葉青は碗をすぐに空にした。
「ルイシュエさんのおりょうりって、やくぜんなのにすごくおいしいです」
湯のおかわりを所望しながら、葉青は次の包子に手を伸ばす。言葉で褒められ、その態度からも本当においしいと思ってもらえていることが嬉しい。
瑞雪は微笑みながら食事をとる葉青を見守っていた。
「なるほど。やはり生薬を多く使うと体にいいんですね」と、宋舞は感心したように言葉をこぼす。
「用量と服用の期間に注意すれば、体にいいですよ。効果がきつい生薬もありますから、摂りすぎは禁物ですね」
瑞雪の話を聞いているのかいないのか。宋舞は「お嬢さまがおかわりをなさるなんて」と目に涙まで浮かべている。
食事だけではない。午後は葉青は体を動かす習慣もついた。
池の周囲にある水廊を歩き、さらに元気がある時は庭にも降りる。そして——
「ねぇねぇ、ルイシュエさん。ちゃんとティエンレイはついてきている?」
「はい、葉青さまが進めば進むほど、天雷もご一緒しますよ」
なぜか葉青の散歩に、天雷まで同行しているのだ。
最近、ようやく夏めいてきた。心地よいが吹き、池の水面にさざ波が立つ。木の枝から垂れた橙色の凌霄花が蔓ごと風に遊ばれた。
霄を凌ぐ花との名の通り、木の幹に絡んだ蔓が天に向かって伸びている。
栄養や薬効のあるものを摂っているからだろう。葉青の長い髪には絹糸のような艶が戻っているし、頰もふっくらとしてきた。
天雷は尻尾をぴんと立てて、凌霄花に跳びつきたそうにしている。
「だめよ、天雷。いい子にしていてね」
瑞雪が注意すると天雷は「にゃあ」と返事をした。聞き分けはいい。そしてどこまでも猫の真似がしみついている。
「そういえばこのあいだ、ウェンフーにあったのよ」
「陛下にですか?」
「ええ。ウェンフーったら、わたくしを見てびっくりしていたわ」
立ち止まった葉青が風を感じて、手を上げる。細い指の間から群青色の空が見えた。
「わたくしがすごく元気になって、おどろいたんですって。さいしょうをなさっているおじさまも『これならいつ皇后におむかえしてもいいですね』ですって。気が早いのね」
ふふ、と楽しそうに葉青が笑う。まるで凌霄花がほころんだような、朗らかな笑みだ。
「ウェンフーが、ルイシュエさんのおかげだって言ってたわ」
「そんな恐れ多いです。葉青さまが薬膳料理を残さずお召し上がりになっていますし。こうして運動もなさっているからですよ」
「でもルイシュエさんがいないと、どっちもできなかったわ」
皇帝に褒められるだけでも勿体ないことなのに。叔母の欣然が聞いていたら、きっと喜んでくれただろう。
「ティエンレイのおかげもあるのよ。いつもルイシュエさんを守ってるものね。こうしていっしょにうちに来てくれて、とてもうれしいの」
葉青はしゃがんで、天雷の頭を撫でた。後ろ足で立ち上がり、葉青が撫でやすいようにしている。
問答無用で抱き上げられなければ、天雷は足を突っ張ったりしないようだ。
こんな風にゆっくりとではあるが、葉青は健康になっていくはずだった。
29
あなたにおすすめの小説
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす
絹乃
キャラ文芸
12月26日よりコミカライズ開始。
旧題:後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる