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恨力

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「へぇ、面白い戦法を使うねぇ」

 男性は余裕な笑みを浮かべ、美輝さんを睨んでいる。

 幡羅さんには鳥籠のように周りを縦横無尽に駆け回られ、そちらに気を取られてしまえば美輝さんの重い一撃が待っている。そんな状況のはずなのに。何でそんな余裕な顔を浮かべることができるの?

「でも、少々、小賢しいねぇ」

 ん? 何? なんで、口から煙草を離して煙を吐き出しっ――――

 ────バコン!!!

「なっ?!」
「っ、美輝さん!!!」

 なんで?! 煙が両手剣を構えていた美輝さんの両腕に当たった瞬間、爆発した?!
 咄嗟に後ろへと下がったおかげで被害は腕だけで留まったらしいけど、それにしてもだよ。
 威力が凄まじかったらしいな、腕には酷いやけどを負ってしまってる。

 肉が切れてしまい、血が結構な量ポタポタと地面に落ちている。それが片腕ならまだしも両腕が同じ状態。武器だけは手放さないように震える手でしっかりと握ってるけど……。

「次っと──」

 痛みで膝をついてしまった美輝さんなど気にせず、男性はなんの前触れもなく大鎌を空を切るように横一線に振りはらっ──……

 ――――ドゴン!!

「っ!! 幡羅さん!!?」

 さっきまで残像ぐらいしか見えなかった幡羅さんが、いきなり吹っ飛ばされた。なんで!? 飛ばされた勢いを殺すことが出来ず、地面に叩きつけられてる。ただでさえ怪我してんのに!!
 すぐに起き上がることが出来ていない。地面に倒れ、震える体を無理やり起こそうとしている。左手で右腕を抑えているけど、指の隙間から赤黒い血が滴り落ちている。今の攻撃で斬ったんだ、早く止血しないと。


 まさか、幡羅さんのスピードについてきていたの? それで先を読み、大鎌を振るった。私なんて目ですら追えなかったのに。

「まぁ、楽しくはあるかなぁ。でも、この程度じゃ、おじさんは倒せないよ」

 傷を負った二人を楽しげに見下ろす男性。その目が不気味に光り、足が竦む。少しでも動けば、今度はあの刃が自分に振り下ろされる。そうなれば、私は避けられないだろう。

 最初も、二回目も。どちらも美輝さんが助けてくれたから助かっただけだ。私一人なら、確実に殺されている。

 ――――だめだ、妖裁級が二人いたとしても勝てるわけない。

 地面に倒れている二人の傷、見ただけでわかる。無理すれば死んでしまうかもしれない。

 私が、やらないと。戦わないと。そう思うのに、体が震えて、力が入らない。

 ダメ、ここで動かなければ必ず後悔する。私はもうただの一般隊員じゃない。異能を持ち、妖殺隊の最後の砦、妖裁級だ。

 狼狽えるな、刀を握れ。幡羅さんや美輝さんばかり頼るな。自分も、戦え!!!

 震えなんて関係ない、怖いなんて思うな。走れ、戦え。もう、これ以上足を引っ張るな。走れ!!

「ほう、面白い。敵うわけもない、そうわかっているはずなのに、向かってくるなんてねぇ」
「その余裕の顔、私が塗り替えてあげるよ!!!

 ――――え。目が、合った……?

 
 ジジジッ


 な、何? 一瞬ノイズが走ったような感覚。一瞬、視界が砂嵐で覆われた。でも、今はもう見えている。あの、男性の憎たらしい余裕な笑み。

 いや、今は考えるな。関係ない、足を止めるな。今とまrばもう前には進めなくなる。

 私は、妖裁級。最後の砦と呼ばれるくらい強くならないといけないんだ!!

「しねぇぇぇええ!!!」

 大きく振り上げた刀を男性に思いっきり斬りつけた──────ザシュッ。




「────えっ」




 確かに、感触はあった、男性を斬った。男性を、斬った、そのはずなのに。なんで……? なんで私は――……




 美輝さんの片腕を斬ってる……の?    





 ボトッと美輝さんの右腕が地面に落ちる。切り口からは血が溢れ、地面が赤く染っていく。

「えっ。な、んで……」

 ハンカチで止血してるけど、腕を切り落としてしまっているから意味なんてない。すぐに赤くなっていく。
 脂汗を流し、痛みに耐えるように歯を食いしばっている美輝さん。

「み、美輝……さん。あの、私……」
『あいつの煙を吸ってはダメだ。幻覚を見せる作用があるらしい』

 幻覚作用……。まさか、私が男性だと思っていたのはずっと美輝さんだった──の?

「それじゃ、男性はどこに──」

 美輝さんから目を離し、周りを見回しているとどこからか微かに声が聞こえ始めた。
 何か、焦ってる声? 何度も何度も誰かを呼んでいるような声だ。

「あの、美輝さん。どこからか声が聞こえ──」

 ――――え。

 美輝さんがいきなり、私を切りつけようと両手剣を振りかざしてる?

 っ。な、んで。なに? 何、その顔。なんでそんなに、酷く歪んでいるの。まるで、人を殺すことで喜びを得ているような。狂人的な、笑み。


「────君のを貰おうか」


 美輝さんとは到底思えない声。低く、重圧のある声。脳に直接響いているような、そんな気がする。

 恨み……。いきなり、美輝さんの顔が砂嵐みたいに歪んだ──そう思うと、なぜか急に男性の顔に変わり、右手を私の右胸に突き刺そうと迫って――……

 あ、殺られる

 なんで、こんな時なのに。体が動かない。頭はクリアになってるのに。なにも、考えられない。


 ジジジ――――ジジ――



 ────貴方さえ居なければ



 ジジ――――ジ―――




「っ?! ぅぁぁぁあああああ!!!!」

 右手に握っていた刀の刃を上に向け、適当に振り回してしまた。でも、すべてすり抜ける。

 どうして、なんで。いや、それより、さっきのはなに。今のは、女性の声? 雑音と一緒に聞こえた。どこから。いや、そんなのもういい。今の声、もう聞きたくない。いやだ、やめて。もう、やめて。やだ、いやだ。


 いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!



 ――――っ!? え、何が。今、私は何をしているの?

「っ、まさかねぇ。おじさんの技が破られるなんて──」
「はぁ、はぁ……」

 胸が痛い、汗が酷い。息が苦しい、でも、現状を確認しないと。何が起きたのかマジで理解が出来ない。

 落ち着け。落ち着け。

「……はぁ、ふぅ…………」

 まだ胸は痛いけど、息は落ち着いて来た。
 周りを改めて見ると、幡羅さんが美輝さんのの傷を確認している姿。美輝さんは男性から目を逸らさず、いつでも動けるようにしていた。

 もしかして、私。ノイズが頭の中に走った時には、すでに幻覚を見せられていたの?  目を合わせられた時に、幻覚を見せるナニカをされたのかもしれない。

 ――――煙? そういえば、男性はいつでも煙草をふかし煙を漂わせている。今も、口に煙草を咥え、隙間から白い煙を出している。あの煙で美輝さんの腕に傷をつけた。

 あの煙は、私達で言う”恨力”なのではないだろうか。そうだとしたら、煙に気を付けなければ、また幻覚を見せられる。次にまた幻覚を見せられたら、私は誰を斬ってしまうのだろう。

「…………っ! 怖気づくな」

 私の手には、まだ刀が握られている。私の身体はどこも傷ついていない。まだ動く、まだ走れる。

 私はまだ、戦える!!

「ほぅ、まだそんな強気な目を向ける事が出来るのかい。今時の若いもんは活気があっていいねぇ、おじさんはついていけないよ」
「うるさい、黙って」
「つれないねぇ」

 この人に近付いては駄目、また煙によって幻覚を見せられる。でも、私は刀しか扱えない。もう一人の私なら、凍冷で相手の動きを封じるくらいは出来ると思うんだけど、何故か出てきてくれない。

 まるで、あの男に怯えているように、奥の方で震えてしまっている。

 一体、どうしてしまったというのか――………

「考え事かい? おじさんより余裕だねぇ」
「っ!?」

 しまった、また煙!! 幻覚を見せられる!!!
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