ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第一話

かぼちゃ頭の辺境伯

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 奇妙な森。
 そこでは異形が出現し、数々の異変が起こるらしい。
 安易に足を踏み入れてはいけない、曰く付きの場所。
 そこで一人、森の中の管理や案内をしているのが、ヨクル・フロスティ辺境伯だ。
 俺は彼に会いに来た。

 雪がしんしんと積もっている。
 静雪村を発って、どれくらい経っただろう。
 何処もかしこも真っ白な雪が積もっていて、景色が全く変わらない。
 こんな何もないところに住んでいるなんて、彼はとんだ変わり者だろう。
 だんだんと、同じ場所をぐるぐる回っているような感覚がしてきた。
 ふと、風に頬を叩かれた。
 顔を上げると、木の上に鐘が見えた。
 静雪の村にあったものとは違う……何故だかそう思えた。
「ベルには異形除けの効果がある」──村長の言葉を思い出した。
 おそらく、あの近くにフロスティ邸があるのだろう。
 俺は歩を進めた。先程より、足取りは軽かった。

 □

 奇妙な森に大きな屋敷が静かに佇んでいた。
 外壁に霜が降りかかり、氷の城のように見えた。
 屋敷の上には鐘塔があり、大きな銀色の鐘が見えた。

「まさか、本当にこんなところに貴族の屋敷があるとは……」

 俺は意を決して、中に入った。
 ぎしり、とドアの軋む音がした。霜が頭に降りかかる。
 屋敷の中はとても冷え切っていた。
 人がいるどころか、人が住んでいる気配すら感じない。
 俺は大きく息を吸った。

「失礼します! 俺は銀竜騎士団から派遣された、ティルヴィング・イアリです! ヨクル・フロスティ辺境伯はいらっしゃいますか!?」

 静かな屋敷に俺の大声が反響する。返事はない。
 出直すべきだろうか?
 そう思った時、ひやり、と冷たい空気が頬を撫でた。
 驚いて振り返ったが、誰もいない。
 確かに、何かが通ったような風を感じたのだが……。
 屋敷の中に視線を戻すと、先程まで誰もいなかった場所に人が立っていた。

 俺はその人の顔を見てぎょっとした。
 その人の頭はかぼちゃだった。──正しく言えば、かぼちゃの被り物をしていた。目の位置であろう部分が小さく丸くくり抜かれている。
 首から下は、外套、コート、手袋、マフラー……全てが白かった。腰には剣と、銀色に輝くシップスベルが提げられていた。
 背中には、銀とも、白とも、青とも、紫とも取れる、艶やかな長髪が飛び出している。
 彼の纏う雰囲気はとても冷たく、氷の塊を前にしているようで、俺は思わず身震いした。
 彼は……生きているのだろうか。

「……ああ、無事に到着されたようで何よりです、ティルヴィングさん。僕がヨクル・フロスティです。以後お見知りおきを」

 かぼちゃ頭の男──ヨクル・フロスティは何処か気怠げで、落ち着いた声を発した。

「異形の森を歩くのはさぞ大変だったことでしょう。僕が出迎えに行ければ良かったのですが、運が悪いことに異形の群れが発生してしまいまして。そちらの対処に当たっていました」
「い、いえ。俺は客ではなく、貴方の補佐をするために派遣されたので」

 物腰の柔らかな口調に俺は面食らった。
 こんな辺鄙なところに住んでいて、変な被り物もしているから、偏屈な性格なのだろうと勝手に想像していた。
 かぼちゃの頭は少し不気味だが、仲良くやっていけるだろう、そう思った時、ヨクルは言った。

「大変な思いをされたところ申し訳ないのですが、早くこの森から立ち去って下さい」
「……は?」
「次の働き先は探してあります。その方も領地に蔓延る異形に長年悩まされているとのことで……。騎士としての経験を存分に発揮出来ることでしょう。グラムさん──騎士団長さんへの報告はこちらでしておきます。この森での任務は、今まで誰も受けなかったものです。拒否したことで、貴方の今後に影響はないと約束しましょう。ですから、今直ぐ、来た道を引き返して下さい」

 ヨクルは流れるように言った。
 予め、言うことを決めていたようだ。
 今までもそうやって、ここに派遣された騎士を追い返してきたのだろう。
 グラム騎士団長はそれを見越して……俺に挫折を教えようとした。
 全く、腹立たしい。

「それは出来ません。俺は未熟者だが、銀竜騎士団の騎士だ。任務を受けて派遣された──」
「問題を起こして、でしょう?」

 俺は何も言い返せずに黙り込んだ。

「ああ、失礼しました。これでは嫌味に聞こえてしまいますね」
「……それとこれとは関係ない。俺は与えられた任務を途中で投げ出したりはしません。この銀竜のエンブレムに誓って」
「それは殊勝な心がけです。しかし、この森は本当に危険なのです。早く立ち去るよう──」

──ゴーン、ゴーン。
 そのとき、鐘の重苦しい音が屋敷中に響いた。

「鐘の音……?」

 屋根の上にあった鐘の音だろうか、と俺は天井を見上げた。

「なんと間の悪い……」

 ヨクルは下を向き、低い声で呟くと、俺に向き直った。

「異形の群れが出現したようです。ティルヴィングさんは屋敷の中にいて下さい」
「え。貴方はどうするんです?」
「僕は異形の群れの対処に行かねばなりません」
「なら、俺も共に行きます」
「その申し出はありがたいのですが、悪路でお疲れでしょう。僕一人で対処出来ますので、どうぞ、お休みになって下さい。屋敷の中は幾分か安全ですので」
「俺は貴方の騎士です。貴方一人だけを異形の元へ向かわせられません!」
「ふう……では、ティルヴィングさん──貴方に命じます。ここで待機して下さい」

 なんて強情な人だ。
 俺は何か言いたいが、直ぐに言葉が出て来なかった。

「ご心配には及びません。普段から僕一人で対処していますから」
「待っ──」

 ヨクルはドアの横に立てかけてあった大きな木の枝を手に取った。杖の先には小さなランプが吊るされていた。
 ヨクルは屋敷の外に出た。
 命令に従って待機する──そうするのは簡単だ。
 だが、異形に立ち向かう人を黙って見送るなんて出来なかった。
 俺はヨクルの後を追った。

 外に出ると、異様な光景が広がっていた。
 紫色の霧が白い森を覆っていた。

「これは霧……?」
「〝妖霧〟と言って、異変の発生を知らせるものです」

 俺が周囲を見渡している間、ヨクルはいつのまにかランプに火をつけていた。
 その炎はまるで暖かさを感じない、青白い色をしていた。これでは、炎とも呼べないかもしれない。
 だが、霧の中を照らすには十分なようだ。視界が広がって見えた。

「この霧は人の感覚を狂わせ……幾度となく、人間を遭難させてきました。土地勘のない貴方では迷ってしまいますよ」
「つまり、フロスティ辺境伯のあとをついていけば、迷わないということですね!」

 俺は笑顔でそう言った。

「……困りましたね。貴方の説得に割く時間はないというのに」
「連れて行くしかないですね? フロスティ辺境伯」

 俺がニヤリと笑うと、ヨクルはやれやれ、と首を横に振った。

「これほど強情な方、久々に会いましたよ。大抵の方は妖霧を見た瞬間、屋敷で待つと決めました」
「そいつらは騎士の風上にも置けないな!」

 俺は大口を開けて笑った。

「いいえ、彼らは賢い選択をしました」
「俺を馬鹿だと言いたいんですか?」
「そんな。勇気のある方だな、と」

 ヨクルは笑っている様子だった。
 かぼちゃの被り物の上からだとわからないが。

「ティルヴィングさん、もし森で僕を見失ったら、来た道を引き返して下さい。僕の足跡を辿れば、屋敷に戻れるはずですから」
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