ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第三話

森での生活はいかがですか

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 奇妙な森に来て、一週間経った。
 フロスティ邸では相変わらず奇妙な出来事が起こる。鏡が突然目の前に現れたり、少し目を離した隙にペンの位置が変わっていたり。
 ヨクル曰く、「悪戯好きの小人の仕業でしょう。害はないので、気にすることはありません」とのことだ。幽霊でないのなら怖くない。
 悪戯には毎回驚かされつつも、笑って許すようになった。近頃は、キャンディや雪の結晶といった贈り物をくれるようになった。なかなか、可愛い奴らだ。

 ヨクルの一日はほぼ森の巡回が占めている。
 日が登り始めると森の巡回に行き、帰ってきたあとは屋敷内の巡回をする。日が落ちる前に、二回目の森の巡回。真夜中、二回目の屋敷内の巡回。
 異形発生の鐘が鳴ったら即討伐に向かう。
 それを毎日繰り返す。
 何故、頻繁に巡回する必要があるのか尋ねてみた。

「群れからはぐれる異形がたまにいるんですよ。鐘は異形の群れしか感知しませんから、見逃してしまうんです。放置することで悪影響を及ぼす異変もありまして……。早期に発見出来るよう、巡回を続けています」

 俺はヨクルの説明に納得を示した。
 一度の巡回で森の全てを見て回ることは出来ないから、何度かに分けて森を巡回するのだと言う。森は意外と広いようだ。
 森の地図を作ろうとしたが、インクが滲んですぐに紙が真っ黒になってしまった。これも異変の一つなのだという。なんて不便な。

 暇なときは屋敷の中で過ごす。
 火のついた暖炉のそばか、窓のそばのロッキングチェアに座っていることが多い。ゆらゆらと揺れる椅子に身を預け、ぼんやりと風景を眺めている。
 寝ているのかと思い、邪魔そうなかぼちゃの被り物を外そうとしたら、「どうしました?」と声をかけられて驚いた。そういえば、彼は眠らないのだった。
 睡眠を必要としない分、体を休める時間は必要なのだろう。
 それにしても、微動だにしないのは如何なものか。何時間も動かないから、凍死しているのかと思った。
 それでも、異形発生の鐘が鳴ると機敏に動き始めるのだから不思議だ。
 いつでも出動出来るように、防寒具は基本脱がない。屋敷内が常に寒いのもその一因だろう。俺も脱ぐことはない。

 あとは、地下の部屋にいることがある。
 地下にはガラクタのようなものが保管されている。それらは森の中で拾ったらしい。ヨクルが言うには、遭難者の遺品だろう、とのことだ。
 雪を払い落として、持ち主やその遺族が現れるまで、大事に保管しているのだという。

 俺は夜の異形発生に対応出来ないので、せめて昼間だけでも一人で倒しに行こうと思ったが、異形の発生地点がわからないのでどうしようもなかった。
 どうやらヨクルは、鐘のわずかな音の違いで異形の発生地点を把握しているようだった。
 俺には全部同じ音に聞こえるが……。

 聞けば聞くほど、この森の平穏はヨクルありきで成り立っているように思える。
 ヨクルの心労はいかばかりか。
 そう思ったが、目の前でロッキングチェアと一体化しているヨクルを見て、案外大丈夫なのかもと思ってしまった。
 ……今こそ、こう言わなければならない。

「ヨクル、静雪の村へ行こう」

 俺は先延ばしにしていた村への訪問を提案した。

「お誘いはありがたいのですが、森を離れる訳にはいきません。ティリルさんだけで行ってきて下さい。一人で行き交い出来るのでしょう?」

 ヨクルは暖炉のそばのロッキングチェアに体を預けたまま言った。
 てこでも動く気はなさそうだ。

「少しくらい離れても大丈夫なんだろう? 静雪の村には何度も顔を見せてるようだし」
「おや、ご存知でしたか」
「こんな生活続けてたら、あっと言う間に爺さんになっちまうぞ」
「ティリルさんから見れば、僕はもうすっかり爺さんですが……」
「異形を前にしてあんなに機敏に立ち回れる奴が爺さんな訳ないだろ」

 俺はため息をついた。
 まさか、ヨクルがこんなに出不精だったとは思わなかった。
 危険な森へは意気揚々と出向く癖に、村には行きたくないとはどういうことだ。

「村長に元気な顔を見せるって約束だったじゃないか」

 ヨクルはぴくりと反応する。

「物資のお礼を言わないといけないだろ、ヨクル」
「お礼の品が用意出来ていません……」
「なくても喜ぶって」

 俺はヨクルの腕を掴んだ。

「心身の健康のためにも、あんたは人と会った方が良い」

 俺はじっとかぼちゃの二つ穴の部分を見つめた。

「……まあ、良いでしょう」

 ヨクルはため息混じりにそう言い、ようやく重い腰を上げた。

「そろそろ、郵便箱の様子を見にいかねばなりませんからね」
「郵便箱……? そんなもの、屋敷の近くにあったか?」
「森と村の境にあるんです。手紙など滅多に来ないので、十日に一度は見に行くようにしています」
「十日って……頻度が低過ぎやしないか」
「文通する相手もいませんし、このくらいの頻度で良いのです」
「良くないだろ。緊急の手紙が来たらどうするんだ。騎士団からとか」
「急ぎの手紙は〝勇気ある郵便屋さん〟が届けて下さるんですよ。ティリルさんの件もその方のおかげで早く知ることが出来ました」

 静雪の村の人は森を怖がっている様子だった。
 わざわざ『勇気ある』と修飾されているから、本当にそうなのだろう。

「出かける準備をしてきます。少々お待ち下さい」
「準備がいるのか?」
「森を出歩くのと訳が違うんですよ。人に見られるんですから、体裁は整えなければ」

 そう言いながら、ヨクルは髪を櫛で梳かし始めた。
 女性か、と言いかけて、ふと思った。ヨクルのことをずっと男性だと思っていたが、本当にそうだろうか、と。
 骨格は厚手のコートで隠されているし、顔は被り物で見えない。声は低いが、女性が低い声を出していたと言われても納得がいく。
 だが、今更、性別を聞くのは憚られる。男性であれ、女性であれ、失礼に当たる。
 それにもしヨクルが女性だったら、ここ数日間、未婚の男女が同じ屋根の下で暮らしていたことになる。騎士としてあるまじき行為だ。
 ……男性だろう、流石に。俺はそう結論を出した。グラム騎士団長も確かに『彼』と言っていたはずだ。

「……何か?」

 ヨクルのことを見ていたことがバレた。
 俺はバツが悪く、視線をうろうろとさせた。

「ええと……その。髪、俺が梳かそうか?」

 女性ならば、一介の騎士に髪を触れられたくないだろう。
 これで、女性か否かわかるはずだ。

「自分で出来ますよ。そこまで老いぼれてはいません」
「そ、そうか……」

 結局、どっちなんだ?
 俺の頭の中で疑問がぐるぐると回った。

 ヨクルの準備が整うと、俺達は静雪の村に向かった。
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