ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第三話

氷のアンティークベル

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 村長の家のドアベルを鳴らすと、間もなくして、村長が笑顔で出迎えた。

「ヨクル様! 村にいらしてたんですな!」
「こんにちは、ホヴズさん。お元気そう何よりです」
「ええ。お陰さんで。ヨクル様もお元気そうで。ティルヴィングさんもようこそいらっしゃいました」

「ささ、中へどうぞ」と村長は俺達を家の中へ招いた。村長はソファに腰掛けるように言い、温かいココアを用意してくれた。

「今回もたくさんの品をありがとうございました。貴方がたの生活に支障がないと良いのですが」
「気にせんで下さい。わしらが好きでやっとることですんで」
「お礼といってなんですが、これを」

 ヨクルはコートのポケットから巾着袋を取り出した。紐を緩め、中身をテーブルの上に出した。
 手のひらに乗る大きさのベルだ。そのベルは周囲の光を透過し、キラキラと輝いている。氷で出来ているようだ。
 俺と村長は美しさに、ほう、とため息を漏らした。

「凄く綺麗なアンティークベルだな……! 氷で出来てる! これ、ヨクルが作ったのか!?」
「ええ。ちょっとした趣味です。昔はもっと精巧に作れたのですが……衰えを感じますね」
「十分精巧だぞ!?」

 謙遜するヨクルに俺は思わず大声を出した。
 芸術品に詳しくない俺でも、これが綺麗なことだけははっきりとわかる。

「粗雑な作りを誤魔化すため……このアンティークベルにはちょっとした〝まじない〟をかけてあります」

 健康でいられるよう。幸運に恵まれるよう。道に迷わぬよう……。

「ホヴズさんは腰痛に悩まされていますから、痛みが緩和されるようなまじないを。効果は微々たるものですが……」

 俺はヨクルが魔術師であることを知っている。まじないにも効果がちゃんとあるのだろう。
 目で楽しめるだけでなく、効果のあるお守りなんて……俺も欲しい。

「でも、氷だからすぐに溶けちゃうな。勿体ない。こんなに綺麗なのに」
「氷が溶けるときは役目を終えた時──効果がなくなる時です。氷細工もまじないも永遠ではありません」
「そうだよな……」

 雪もまじないも、いつかは溶ける──解けるもの。それが自然の摂理だ。
 だが、俺は少し寂しく思った。

「ですから、物資のお礼として何度もお渡ししているんです。これくらいしか、僕が差し上げられるものがありませんから」
「そんなこと言わんで下さい。ヨクル様にはいつも助けられとるんです」

 村長は慌てて言った。

「それにですな、ヨクル様がお作りになった氷のアンティークベルは、なかなか溶けんですよ。家の中に置いていても、一つ歳を取るくらいまではそのままです」
「じゅ、十分持つじゃないか。また謙遜して……」

 溶けにくくなるまじないもかけてあるのなら、尚更価値のあるものだ。こんなに凄いものを用意していたなんて……。

「お礼の品は準備出来てないはずじゃ?」

 俺はじとりとした目でヨクルを見る。それを理由にして、村へ行くのを渋ったのは一体何だったのか。

「本当は別の形のものを準備したかったんです。毎度同じような形を贈っていますから」
「形?」
「雪だるまや雪国犬、かぼちゃのついたベルをお送りしたこともあるんですが、毎回子供達には不評なんですよね……」

 ヨクルは残念そうに方を落とした。

「まあ、かぼちゃのおばけは、子供達の恐怖の対象みたいだからな」

「仕方ない」と俺はヨクルを慰めた。

「子供達は天使の形のベルが好きですからな」

 村長が笑って言った。

「天使?」

 俺は聞き返した。なんでまた天使なんだ。

「その昔、奇妙な森には白い天使がおりましてな、人々を森の異変から守っていたそうな」
「白い天使、ねえ……」

 森の異変から守る白い人物といえば……。俺はちらりと横にいる白尽くめの人物を見る。
 ヨクルは肩をすくめた。

「ご冗談を。僕に天使のような両翼があるように見えますか?」
「森では幻覚を見るからな。ヨクルの背中に羽が見えたって不思議じゃない」
「はは、ヨクル様は神秘的ですからな」

 村長は頷いた。

「村には白い天使を描いた数々の絵画が残されとります。描かれた当時からフロスティ家があったそうですから、きっとヨクル様のご先祖様でしょうな」
「ヨクルのご先祖様、か……」

 フロスティ邸には人が住んでいた痕跡がほぼない。両親の遺品、廃棄物が一つも残っていない。まるで、屋敷にはヨクル以外の誰も住んでいたことがないようだった。
 しかし、ヨクルにも当然、両親がいたはずだ。……何処かから湧いてきた訳でもない限りは。

「村長、ヨクル様のご両親はどんな方だったんだ?」
「わしが村に来たのはごく最近なんです。そのときにはもうヨクル様お一人で森を守っとりました。ヨクル様に直接お聞きする方が……」

 俺と村長はヨクルに目を向けた。
 ヨクルは首を横に振った。

「申し訳ありませんが、何も話せることがありません。僕は昔の記憶が曖昧なのです」

 俺は眉をしかめた。

「それって……瘴気のせい、か?」

 俺もそのせいで記憶を失った。まさか、ヨクルもそうだったのか?

「言ったでしょう? 僕は瘴気の影響をあまり受けないと。毎日忙しく過ごしていると、昔の記憶が薄れていってしまうんですよ。長く生きているとよくあることです」
「あんた、一体いくつなんだ……?」
「魔術師は長生きなんですよ。ご存知ありませんでした?」

 俺が尚もヨクルに視線を送ると、ヨクルは渋々口を開いた。

「……僕の父は、僕に何の挨拶もなく、天へと昇りました。その際、多くのものを巻き込み、犠牲にした。僕は深い悲しみと共に、強い憤りを感じました」

 ヨクルは握った拳を震わせ、不意に力を抜いた。

「……また、余計なことを思い出してしまった。すみません。今の話は忘れて下さい」
「忘れないでくれ。その怒りだって、父親とヨクルとの大事な思い出なんだ」
「忘れていたい記憶もあるんですよ。そういう出来事ほど、忘れられないものです」

 ヨクルは村長と俺を交互に見た。

「親のことを忘れたとしても、寂しくはありませんよ。今の僕には良き隣人と友人がいますから」

 村長は嬉しそうに頷いた。
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