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第四話
迷い込んだネズミ
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「ティリルさん」
数分と経たず、ヨクルが戻ってきた。やはり、部屋に入ってきた気配はしなかった。扉を開閉する音くらい立てて欲しいものだと思った。
俺がヨクルの方に顔を向けると、彼は亡霊のように扉の前に立っていた。
「早かったな、ヨクル。地下の物音の正体はわかったのか?」
「ネズミが侵入しただけでした。全く、人騒がせなネズミです」
「はは。ネズミも生きるのに必死なんだろう」
俺は何事もなくて良かったと笑った。ヨクルが脅かすようなことを言うから、少し心配してたのだ。
「ところで、今、よろしいでしょうか?」
「ああ、なんだ?」
「森の方が騒がしいので一緒に来て欲しいのです」
「え……」
俺は少々面食らった。ヨクルが森に誘うなんて珍しい。異形が発生した時も、巡回の時も、ヨクルから誘うことはなく、俺が無理矢理ついて行っていた。
少しは信頼されてきたのだろうか、と嬉しかった。
「ああ、勿論!」
俺は素早く立ち上がった。
ヨクルはランプの杖に見向きもせず、屋敷を出た。「ランプの杖は?」と聞くと、「今は要りません」と答えた。いつもならランプの杖を忘れずに持っていくのだが、何か意味があるのだろうか。
俺はヨクルと共に森を歩く。異形も妖霧も発生していないみたいだ。ヨクルは何の目的で森へ出たのだろう。
ヨクルは何も言わず、どんどん森の奥へと進んでいく。いつものように、歩みに迷いはない。だが、俺は確かに違和感を覚えた。
「ヨクル、一体、何処まで行くつもりなんだ?」
俺は尋ねた。いつもなら、ヨクルの感覚を信じてこんなこと聞かない。しかし、今のヨクルの様子がおかしいと感じていた。
そこで、ヨクルは足を止めた。
「……ええ。そろそろ頃合いですよ」
「頃合い……?」
疑問に思っていると、突然、ヨクルが振り返り、剣を抜いて俺に斬りかかってきた。
「なっ……!」
俺は間一髪でそれを避けた。危なかった。警戒していなければ、首を刎ねられてた。
ヨクルの舌打ちが聞こえた。ヨクルは本気で俺に斬りかかったのだとわかり、背筋が凍った。
俺は後退りして、ヨクルと距離を取った。
「ヨクル……! 一体、何を!?」
「はあ……。相変わらず、やかましい人間だ。忠告通り、さっさと森から出て行けば良かったものを」
徐々に語気を強めていき、恐怖を煽るような声に変わる。いつものような穏やかな口調ではない。
ヨクルは天を仰いだ。
「この森では多くの人間が迷い、命を落としました。では何故、僕は無事なのでしょう?」
俺は嫌な想像をした。
「……まさか」
「僕が人間を襲っているからですよ」
ヨクルは俺の方を見た。かぼちゃの両目が怪しく輝いている気がした。
「景色の変わらぬ森の中、右も左もわからず、寒さに震え、恐怖に泣き喚き、逃げ惑う人間の姿は実に滑稽です。全て、無駄なことなのに」
ヨクルはくすくすと笑った。
「ふふっ。ここは森の奥深く……僕の案内がなければ、貴方は森から出られず、寒さで死んでしまうでしょうね。ああ、それか、異形に縊り殺されるか、異変の食い物にされるか……いずれにせよ、悲惨な末路を辿ることでしょう」
俺は黙って、ヨクルを見つめた。
ヨクルは俺より遥かに強い。剣術に長けていて、魔術も使える。どう考えても、ただの騎士である俺が勝てる見込みはない。
ヨクルと戦うか、逃げるか、選択を迫られる。
「貴方はもう、僕を楽しませるだけのおもちゃに過ぎません。これから、十を数えます。その間にお逃げなさい……。無意味な鬼ごっこをしましょう。もし捕まったら……ふふ、氷像にでもして、屋敷の前に飾ってあげましょう」
……否、迷う必要はない。俺は剣を抜いて構えた。
「……おや? 逃げないのですか?」
「俺は騎士だ。敵に背を向けるなどあり得ない」
もし、本当にヨクルが人を襲っているのなら、ここで止めなくてはならない。
俺の答えに、ヨクルは一瞬静止した。そして、声を上げて笑った。
「ははははは! 全く、愚かな選択をするものだ……。騎士という生き物は皆そうなのですか?」
ヨクルは一頻り笑った後、息をついた。
「まあ、早死にしたいというのなら構いません。……ああ、簡単に壊れないで下さいね。久々の獲物ですから……」
ヨクルは剣を持ち直した。
「じっくり、堪能しませんと」
ギラリ、とかぼちゃの両目が光った気がした。
「さあ、僕を存分に楽しませなさい……!」
「くっ……!」
ヨクルが俺に斬りかかった。俺は剣を掴む手に力を入れ、攻撃に備えた。
そのとき、俺の頬を冷気が撫でた。
「え……?」
何かが通ったような感覚がして、俺は一瞬横を見てしまった。ヨクルの剣が迫っていることを思い出し、すぐに視線を前に戻す。
目を疑うような光景が広がっていた。
剣同士がぶつかる音がした。だが、俺の手に衝撃はない。
──〝もう一人のヨクル〟が、ヨクルの剣を受け止め、押し返していたからだ。
「チッ……」
ヨクルが舌打ちをして、後ろに飛び退いた。
「──ご無事ですか、ティリルさん」
突如現れたもう一人のヨクルがそう言った。彼こそ、俺がよく知る『ヨクル』に違いなかった。
数分と経たず、ヨクルが戻ってきた。やはり、部屋に入ってきた気配はしなかった。扉を開閉する音くらい立てて欲しいものだと思った。
俺がヨクルの方に顔を向けると、彼は亡霊のように扉の前に立っていた。
「早かったな、ヨクル。地下の物音の正体はわかったのか?」
「ネズミが侵入しただけでした。全く、人騒がせなネズミです」
「はは。ネズミも生きるのに必死なんだろう」
俺は何事もなくて良かったと笑った。ヨクルが脅かすようなことを言うから、少し心配してたのだ。
「ところで、今、よろしいでしょうか?」
「ああ、なんだ?」
「森の方が騒がしいので一緒に来て欲しいのです」
「え……」
俺は少々面食らった。ヨクルが森に誘うなんて珍しい。異形が発生した時も、巡回の時も、ヨクルから誘うことはなく、俺が無理矢理ついて行っていた。
少しは信頼されてきたのだろうか、と嬉しかった。
「ああ、勿論!」
俺は素早く立ち上がった。
ヨクルはランプの杖に見向きもせず、屋敷を出た。「ランプの杖は?」と聞くと、「今は要りません」と答えた。いつもならランプの杖を忘れずに持っていくのだが、何か意味があるのだろうか。
俺はヨクルと共に森を歩く。異形も妖霧も発生していないみたいだ。ヨクルは何の目的で森へ出たのだろう。
ヨクルは何も言わず、どんどん森の奥へと進んでいく。いつものように、歩みに迷いはない。だが、俺は確かに違和感を覚えた。
「ヨクル、一体、何処まで行くつもりなんだ?」
俺は尋ねた。いつもなら、ヨクルの感覚を信じてこんなこと聞かない。しかし、今のヨクルの様子がおかしいと感じていた。
そこで、ヨクルは足を止めた。
「……ええ。そろそろ頃合いですよ」
「頃合い……?」
疑問に思っていると、突然、ヨクルが振り返り、剣を抜いて俺に斬りかかってきた。
「なっ……!」
俺は間一髪でそれを避けた。危なかった。警戒していなければ、首を刎ねられてた。
ヨクルの舌打ちが聞こえた。ヨクルは本気で俺に斬りかかったのだとわかり、背筋が凍った。
俺は後退りして、ヨクルと距離を取った。
「ヨクル……! 一体、何を!?」
「はあ……。相変わらず、やかましい人間だ。忠告通り、さっさと森から出て行けば良かったものを」
徐々に語気を強めていき、恐怖を煽るような声に変わる。いつものような穏やかな口調ではない。
ヨクルは天を仰いだ。
「この森では多くの人間が迷い、命を落としました。では何故、僕は無事なのでしょう?」
俺は嫌な想像をした。
「……まさか」
「僕が人間を襲っているからですよ」
ヨクルは俺の方を見た。かぼちゃの両目が怪しく輝いている気がした。
「景色の変わらぬ森の中、右も左もわからず、寒さに震え、恐怖に泣き喚き、逃げ惑う人間の姿は実に滑稽です。全て、無駄なことなのに」
ヨクルはくすくすと笑った。
「ふふっ。ここは森の奥深く……僕の案内がなければ、貴方は森から出られず、寒さで死んでしまうでしょうね。ああ、それか、異形に縊り殺されるか、異変の食い物にされるか……いずれにせよ、悲惨な末路を辿ることでしょう」
俺は黙って、ヨクルを見つめた。
ヨクルは俺より遥かに強い。剣術に長けていて、魔術も使える。どう考えても、ただの騎士である俺が勝てる見込みはない。
ヨクルと戦うか、逃げるか、選択を迫られる。
「貴方はもう、僕を楽しませるだけのおもちゃに過ぎません。これから、十を数えます。その間にお逃げなさい……。無意味な鬼ごっこをしましょう。もし捕まったら……ふふ、氷像にでもして、屋敷の前に飾ってあげましょう」
……否、迷う必要はない。俺は剣を抜いて構えた。
「……おや? 逃げないのですか?」
「俺は騎士だ。敵に背を向けるなどあり得ない」
もし、本当にヨクルが人を襲っているのなら、ここで止めなくてはならない。
俺の答えに、ヨクルは一瞬静止した。そして、声を上げて笑った。
「ははははは! 全く、愚かな選択をするものだ……。騎士という生き物は皆そうなのですか?」
ヨクルは一頻り笑った後、息をついた。
「まあ、早死にしたいというのなら構いません。……ああ、簡単に壊れないで下さいね。久々の獲物ですから……」
ヨクルは剣を持ち直した。
「じっくり、堪能しませんと」
ギラリ、とかぼちゃの両目が光った気がした。
「さあ、僕を存分に楽しませなさい……!」
「くっ……!」
ヨクルが俺に斬りかかった。俺は剣を掴む手に力を入れ、攻撃に備えた。
そのとき、俺の頬を冷気が撫でた。
「え……?」
何かが通ったような感覚がして、俺は一瞬横を見てしまった。ヨクルの剣が迫っていることを思い出し、すぐに視線を前に戻す。
目を疑うような光景が広がっていた。
剣同士がぶつかる音がした。だが、俺の手に衝撃はない。
──〝もう一人のヨクル〟が、ヨクルの剣を受け止め、押し返していたからだ。
「チッ……」
ヨクルが舌打ちをして、後ろに飛び退いた。
「──ご無事ですか、ティリルさん」
突如現れたもう一人のヨクルがそう言った。彼こそ、俺がよく知る『ヨクル』に違いなかった。
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