ヨクルと奇妙な森

フオツグ

文字の大きさ
21 / 31
第四話

迷い込んだネズミ

しおりを挟む
「ティリルさん」

 数分と経たず、ヨクルが戻ってきた。やはり、部屋に入ってきた気配はしなかった。扉を開閉する音くらい立てて欲しいものだと思った。
 俺がヨクルの方に顔を向けると、彼は亡霊のように扉の前に立っていた。

「早かったな、ヨクル。地下の物音の正体はわかったのか?」
「ネズミが侵入しただけでした。全く、人騒がせなネズミです」
「はは。ネズミも生きるのに必死なんだろう」

 俺は何事もなくて良かったと笑った。ヨクルが脅かすようなことを言うから、少し心配してたのだ。

「ところで、今、よろしいでしょうか?」
「ああ、なんだ?」
「森の方が騒がしいので一緒に来て欲しいのです」
「え……」

 俺は少々面食らった。ヨクルが森に誘うなんて珍しい。異形が発生した時も、巡回の時も、ヨクルから誘うことはなく、俺が無理矢理ついて行っていた。
 少しは信頼されてきたのだろうか、と嬉しかった。

「ああ、勿論!」

 俺は素早く立ち上がった。

 ヨクルはランプの杖に見向きもせず、屋敷を出た。「ランプの杖は?」と聞くと、「今は要りません」と答えた。いつもならランプの杖を忘れずに持っていくのだが、何か意味があるのだろうか。
 俺はヨクルと共に森を歩く。異形も妖霧も発生していないみたいだ。ヨクルは何の目的で森へ出たのだろう。
 ヨクルは何も言わず、どんどん森の奥へと進んでいく。いつものように、歩みに迷いはない。だが、俺は確かに違和感を覚えた。

「ヨクル、一体、何処まで行くつもりなんだ?」

 俺は尋ねた。いつもなら、ヨクルの感覚を信じてこんなこと聞かない。しかし、今のヨクルの様子がおかしいと感じていた。
 そこで、ヨクルは足を止めた。

「……ええ。そろそろ頃合いですよ」
「頃合い……?」

 疑問に思っていると、突然、ヨクルが振り返り、剣を抜いて俺に斬りかかってきた。

「なっ……!」

 俺は間一髪でそれを避けた。危なかった。警戒していなければ、首を刎ねられてた。
 ヨクルの舌打ちが聞こえた。ヨクルは本気で俺に斬りかかったのだとわかり、背筋が凍った。
 俺は後退りして、ヨクルと距離を取った。

「ヨクル……! 一体、何を!?」
「はあ……。相変わらず、やかましい人間ネズミだ。忠告通り、さっさと森から出て行けば良かったものを」

 徐々に語気を強めていき、恐怖を煽るような声に変わる。いつものような穏やかな口調ではない。
 ヨクルは天を仰いだ。

「この森では多くの人間が迷い、命を落としました。では何故、僕は無事なのでしょう?」

 俺は嫌な想像をした。

「……まさか」
「僕が人間を襲っているからですよ」

 ヨクルは俺の方を見た。かぼちゃの両目が怪しく輝いている気がした。

「景色の変わらぬ森の中、右も左もわからず、寒さに震え、恐怖に泣き喚き、逃げ惑う人間の姿は実に滑稽です。全て、無駄なことなのに」

 ヨクルはくすくすと笑った。 

「ふふっ。ここは森の奥深く……僕の案内がなければ、貴方は森から出られず、寒さで死んでしまうでしょうね。ああ、それか、異形に縊り殺されるか、異変の食い物にされるか……いずれにせよ、悲惨な末路を辿ることでしょう」

 俺は黙って、ヨクルを見つめた。
 ヨクルは俺より遥かに強い。剣術に長けていて、魔術も使える。どう考えても、ただの騎士である俺が勝てる見込みはない。
 ヨクルと戦うか、逃げるか、選択を迫られる。

「貴方はもう、僕を楽しませるだけのおもちゃに過ぎません。これから、十を数えます。その間にお逃げなさい……。無意味な鬼ごっこをしましょう。もし捕まったら……ふふ、氷像にでもして、屋敷の前に飾ってあげましょう」

 ……否、迷う必要はない。俺は剣を抜いて構えた。

「……おや? 逃げないのですか?」
「俺は騎士だ。敵に背を向けるなどあり得ない」

 もし、本当にヨクルが人を襲っているのなら、ここで止めなくてはならない。
 俺の答えに、ヨクルは一瞬静止した。そして、声を上げて笑った。

「ははははは! 全く、愚かな選択をするものだ……。騎士という生き物は皆そうなのですか?」

 ヨクルは一頻り笑った後、息をついた。

「まあ、早死にしたいというのなら構いません。……ああ、簡単に壊れないで下さいね。久々の獲物ですから……」

 ヨクルは剣を持ち直した。

「じっくり、堪能しませんと」

 ギラリ、とかぼちゃの両目が光った気がした。

「さあ、僕を存分に楽しませなさい……!」
「くっ……!」

 ヨクルが俺に斬りかかった。俺は剣を掴む手に力を入れ、攻撃に備えた。
 そのとき、俺の頬を冷気が撫でた。

「え……?」

 何かが通ったような感覚がして、俺は一瞬横を見てしまった。ヨクルの剣が迫っていることを思い出し、すぐに視線を前に戻す。
 目を疑うような光景が広がっていた。
 剣同士がぶつかる音がした。だが、俺の手に衝撃はない。
──〝もう一人のヨクル〟が、ヨクルの剣を受け止め、押し返していたからだ。

「チッ……」

 ヨクルが舌打ちをして、後ろに飛び退いた。

「──ご無事ですか、ティリルさん」

 突如現れたもう一人のヨクルがそう言った。彼こそ、俺がよく知る『ヨクル』に違いなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

処理中です...