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第四話
異変対処マニュアル
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銀竜騎士団所属ティルヴィング・イアリが奇妙な森で遭遇した異変をここに記す。
以下は比較的無害な異変である。
【妖霧】。異形や異変の発生を知らせる紫色の霧。
【幻聴】。助けを呼ぶ声や家族の声などが聞こえるが、それは全て幻聴である。人によって聞こえるものが違う。主に妖霧の中で発生する。
【幻のオアシス】または【逃げ水】。遠くに見える幻影。近づこうとしても、その場所には決して辿り着けない。主に妖霧の中で発生する。
【青白い炎】。森での炎は全て青白くなる。妖霧の中で視界を広くしたり、人間の体を温めることに長けている。
【悪戯好きの小人】。フロスティ邸に住まう姿の見えない小人。鏡が突然目の前に現れたり、少し目を離した隙にペンの位置が変わっていたりするのはこの小人の仕業。
以下は有害な異変である。
【甘い罠のバーバ・ヤーガ】。お菓子の家で子供を誘い出し、捕らえて食らう魔女。不気味な呪文で魔術を使う。異形を召喚することもある。
注意として、異変は異形と違い、異形除けのベルが効かないことを覚えておくように。
そこまで書き終えて、俺は手を止めた。
「あと出会った異変は……」
俺はふと思い立ち、紙の一番下にある名前を書いた。
──【ヨクル・フロスティ】。
彼もまた、奇妙だ。
食事や睡眠を必要とせず、普通の人間より長生きで、凄腕の剣士であり、魔術師でもある。頑なに素顔を見せず、彼の目的や過去、何もかも不明。腹の中に何か抱えているようだが、明かすつもりはなさそうだ。人間には友好的で、異形を毛嫌いしている。
そして何より不思議なのは、彼から生きている気配を全く感じないことだ。俺は人の気配に敏感なのだが、度々、彼を見失う。理由はわからない。
彼は一体何者なのだろう……。かぼちゃのおばけ? 白い天使? 神様? それとも──。
「──存外、まめですね」
「うおっ!?」
突然背後から聞こえた声に、俺は体を飛び上がらせた。慌てて振り返ると、かぼちゃの頭が眼前にあって、もう一度、肩を飛び上がった。
「よ、ヨクル……」
部屋に入ってきた気配が全くしなかった。
ひやりとした空気が俺の頬を撫でた。やはり、彼からは生きている気配──体温を感じない。
「お疲れ様です、ティリルさん。森の異変を記録しているのですか?」
「あ、ああ、記録するのは趣味みたいなもんでな。日記とか、日誌とか、暇さえあればつけてるんだ。またいつ、全てを忘れて良いようにな」
「羨ましい趣味です。僕は何かを書き残す作業が苦手でして」
ヨクルはかぼちゃの額の部分に手を当てた。
「異変対処マニュアルを作らないか、とホヴズさんに再三言われていますが、どうも筆が進まず……」
「確かに、異変の対処法が予めわかっていれば、ヨクルの案内なしで森を歩けるかもしれないな」
「それは難しいと思いますが……僕の負担が減るだろうと、提案してくれたようです。しかし、異変を説明するのは難しいのです。似たような異変で対処法がまるっきり違うものや、異変というべきかわからない異変、どう書くべきか迷う異変もありますし……」
この感じ、ヨクルが村に行くのを渋った時と同じだ。あれこれ理由をつけて、嫌なことから逃げようとしているのがわかる。
「……俺が作ろうか?」
「それは……とても嬉しい提案なのですが、ティリルさんの食事や睡眠の時間を削ってしまうのでは」
「言っただろ? 記録は趣味みたいなものだって。異形の発生や巡回がない時は暇だし。それに、森に来て、何の役にも立ててなかったから、俺の仕事が貰えて嬉しいよ」
「そんな。ティリルさんが来てから、僕は楽をさせて貰ってますよ。……ですが、是非、お願いしたいですね。僕には少々……難しいので」
ヨクルは俺の手元を覗き込んだ。
「……おや、一番下に僕の名前が……」
俺はハッとした。ヨクルを異変として記録しようか迷って、名前を書いたのを忘れてた。
「ああ、悪い! ヨクルのことも書いておこうかと思って……」
「僕のことも?」
「えーと。ヨクルは森の異変について、一番詳しいだろ? だから、ヨクルの名前を書いておこうかと……」
我ながら、苦しい言い訳だと思った。
「僕は何も協力していませんよ」
「マニュアルが出来たら、間違いがないか内容を精査してくれないか? それで、俺とヨクルの共同執筆になるだろ?」
「内容を精査するのは構いませんが……。ティリルさんが作ったマニュアルなんですから、僕の名前は別に要らないでしょう」
「そう言うなよ。異変の専門家だろ? お前の名前があった方が良い」
「しかし、書いてもないのに共同執筆とは……」
「じゃあ、一つ一つの異変に対して、ヨクルから一言くれ」
「一言だけなら、僕にも出来そうです。また楽をさせて貰いますね」
俺はノートを閉じた。
「それで? 俺に何か用だったんじゃないか?」
「……ああ、そうでした。地下室の方から物音がしたので、様子を見てきます」
「物音?」
「何かが屋敷内に侵入しているかもしれません。異変か、野生動物か……異形ではないでしょうから、安心して下さい」
「一人で大丈夫か?」
「ティリルさんはここで待機していて下さい。僕が夜になっても戻って来なかったら、村に向かって下さい」
「助けを呼べば良いんだな」
「いえ、避難をお願いします。拡大する異変だとしたら、屋敷の中にいるティリルさんも危険なので……」
「俺だけで避難出来るか」
俺がむっとして言うと、ヨクルはフッと笑い声を漏らした。
「大丈夫ですよ。そこまで大事にはならないはずですから。では、行ってきます」
ヨクルは部屋を出た。
「何かあったら呼んでくれよ」
そうは言ったものの、ヨクルのことだ。一人だけで対処してしまうだろう。
「もっと頼ってくれても良いのにな……」
俺はため息をついた。
以下は比較的無害な異変である。
【妖霧】。異形や異変の発生を知らせる紫色の霧。
【幻聴】。助けを呼ぶ声や家族の声などが聞こえるが、それは全て幻聴である。人によって聞こえるものが違う。主に妖霧の中で発生する。
【幻のオアシス】または【逃げ水】。遠くに見える幻影。近づこうとしても、その場所には決して辿り着けない。主に妖霧の中で発生する。
【青白い炎】。森での炎は全て青白くなる。妖霧の中で視界を広くしたり、人間の体を温めることに長けている。
【悪戯好きの小人】。フロスティ邸に住まう姿の見えない小人。鏡が突然目の前に現れたり、少し目を離した隙にペンの位置が変わっていたりするのはこの小人の仕業。
以下は有害な異変である。
【甘い罠のバーバ・ヤーガ】。お菓子の家で子供を誘い出し、捕らえて食らう魔女。不気味な呪文で魔術を使う。異形を召喚することもある。
注意として、異変は異形と違い、異形除けのベルが効かないことを覚えておくように。
そこまで書き終えて、俺は手を止めた。
「あと出会った異変は……」
俺はふと思い立ち、紙の一番下にある名前を書いた。
──【ヨクル・フロスティ】。
彼もまた、奇妙だ。
食事や睡眠を必要とせず、普通の人間より長生きで、凄腕の剣士であり、魔術師でもある。頑なに素顔を見せず、彼の目的や過去、何もかも不明。腹の中に何か抱えているようだが、明かすつもりはなさそうだ。人間には友好的で、異形を毛嫌いしている。
そして何より不思議なのは、彼から生きている気配を全く感じないことだ。俺は人の気配に敏感なのだが、度々、彼を見失う。理由はわからない。
彼は一体何者なのだろう……。かぼちゃのおばけ? 白い天使? 神様? それとも──。
「──存外、まめですね」
「うおっ!?」
突然背後から聞こえた声に、俺は体を飛び上がらせた。慌てて振り返ると、かぼちゃの頭が眼前にあって、もう一度、肩を飛び上がった。
「よ、ヨクル……」
部屋に入ってきた気配が全くしなかった。
ひやりとした空気が俺の頬を撫でた。やはり、彼からは生きている気配──体温を感じない。
「お疲れ様です、ティリルさん。森の異変を記録しているのですか?」
「あ、ああ、記録するのは趣味みたいなもんでな。日記とか、日誌とか、暇さえあればつけてるんだ。またいつ、全てを忘れて良いようにな」
「羨ましい趣味です。僕は何かを書き残す作業が苦手でして」
ヨクルはかぼちゃの額の部分に手を当てた。
「異変対処マニュアルを作らないか、とホヴズさんに再三言われていますが、どうも筆が進まず……」
「確かに、異変の対処法が予めわかっていれば、ヨクルの案内なしで森を歩けるかもしれないな」
「それは難しいと思いますが……僕の負担が減るだろうと、提案してくれたようです。しかし、異変を説明するのは難しいのです。似たような異変で対処法がまるっきり違うものや、異変というべきかわからない異変、どう書くべきか迷う異変もありますし……」
この感じ、ヨクルが村に行くのを渋った時と同じだ。あれこれ理由をつけて、嫌なことから逃げようとしているのがわかる。
「……俺が作ろうか?」
「それは……とても嬉しい提案なのですが、ティリルさんの食事や睡眠の時間を削ってしまうのでは」
「言っただろ? 記録は趣味みたいなものだって。異形の発生や巡回がない時は暇だし。それに、森に来て、何の役にも立ててなかったから、俺の仕事が貰えて嬉しいよ」
「そんな。ティリルさんが来てから、僕は楽をさせて貰ってますよ。……ですが、是非、お願いしたいですね。僕には少々……難しいので」
ヨクルは俺の手元を覗き込んだ。
「……おや、一番下に僕の名前が……」
俺はハッとした。ヨクルを異変として記録しようか迷って、名前を書いたのを忘れてた。
「ああ、悪い! ヨクルのことも書いておこうかと思って……」
「僕のことも?」
「えーと。ヨクルは森の異変について、一番詳しいだろ? だから、ヨクルの名前を書いておこうかと……」
我ながら、苦しい言い訳だと思った。
「僕は何も協力していませんよ」
「マニュアルが出来たら、間違いがないか内容を精査してくれないか? それで、俺とヨクルの共同執筆になるだろ?」
「内容を精査するのは構いませんが……。ティリルさんが作ったマニュアルなんですから、僕の名前は別に要らないでしょう」
「そう言うなよ。異変の専門家だろ? お前の名前があった方が良い」
「しかし、書いてもないのに共同執筆とは……」
「じゃあ、一つ一つの異変に対して、ヨクルから一言くれ」
「一言だけなら、僕にも出来そうです。また楽をさせて貰いますね」
俺はノートを閉じた。
「それで? 俺に何か用だったんじゃないか?」
「……ああ、そうでした。地下室の方から物音がしたので、様子を見てきます」
「物音?」
「何かが屋敷内に侵入しているかもしれません。異変か、野生動物か……異形ではないでしょうから、安心して下さい」
「一人で大丈夫か?」
「ティリルさんはここで待機していて下さい。僕が夜になっても戻って来なかったら、村に向かって下さい」
「助けを呼べば良いんだな」
「いえ、避難をお願いします。拡大する異変だとしたら、屋敷の中にいるティリルさんも危険なので……」
「俺だけで避難出来るか」
俺がむっとして言うと、ヨクルはフッと笑い声を漏らした。
「大丈夫ですよ。そこまで大事にはならないはずですから。では、行ってきます」
ヨクルは部屋を出た。
「何かあったら呼んでくれよ」
そうは言ったものの、ヨクルのことだ。一人だけで対処してしまうだろう。
「もっと頼ってくれても良いのにな……」
俺はため息をついた。
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