ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第三話

雪の上でお休み

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「ヨクル様、ティルヴィングさん、フレイを助けて頂き、ありがとうございました」

 村長が深々と頭を下げた。

「ご馳走をご用意しましょう。どうぞ、食べていって下さい」
「申し訳ありません。僕はそろそろ森に戻らなければなりません」

 ヨクルはその申し出をきっぱりと断った。

「ご馳走は皆さんで召し上がって下さい」
「しかしですな……」

 尚も食い下がろうとする村長に俺は言った。

「すまない、村長。ヨクル様は魔女と戦って疲れてるようなんだ。だから、今日は屋敷に戻らせて貰いたい」

 ヨクルは何か文句がありそうに俺の顔を見た。「森に戻りたいんだろう?」と言えば、渋々と視線を村長に戻した。

「それなら無理にとは言えませんな。お礼は後日にしましょう」
「礼など必要ありません。僕は僕のすべきことしたまでですから」
「わしらの感謝の気持ちです。受け取って下さい。お二方、本当にありがとうございました。今日はゆっくりとお休み下さい」
「ええ。では、また」

 俺達は村人達に感謝されながら村を後にした。
 ニョルズは深々と頭を下げ、フレイとフレイヤは大きく手を振り、「ありがとう!」と何度も叫んでいた。
 本当に、彼らが無事で良かった。

 村から離れ、村人達の声が聞こえなくなった頃、ヨクルが口を開いた。

「……僕は疲れているように見えますか」

 不貞腐れているような声だった。

「違ったか?」
「そう言われたのは初めてです」
「疲れてる素振りすら見せられないとは、ヨクル様も大変だな」

 俺は皮肉っぽく笑った。

「今日は色々あったから、疲れて当然だ。村人達だって、それをわかってるさ。かっこつけなくて良い。お前は神様じゃあないんだろう?」
「……そうですね」

 ヨクルは納得していないようだった。

「はあ……。この程度のことで疲弊するなど情けない。全盛期であればどうということはなかったのに……」
「十分凄いと思うけどな……。苦手な環境でも、俺達を助けてくれたじゃないか。俺は手も足も出なかったのに」
「ティリルさんは森に慣れていないので当然です。僕は森の監視者。迷い人の道標とならねばなりません」

 ヨクルは俺の前を歩いている。この森では、ヨクルが誰かの後ろを歩くことはない。

「なんというか……意外だった。フレイを助けたこと」
「僕はそんなに冷酷に見えますか」
「そういう意味じゃなくて……。ヨクルはぼんやりしてるっていうか、感情の起伏が少ない奴だと思ってた。食事も睡眠もいらない……人間性が希薄だ」

「魔術師だからかもしれないが」と俺は付け足した。

「だが、フレイヤが助けを求めた時、ヨクルは確かに焦ってただろう?」

 いつも冷静なヨクルが、仕事道具であるランプの杖を置き忘れるほどだ。
 平静を装っていただけで、心の中ではかなり慌てていたに違いない。

「否定しません。あの時は時間に追われていましたから」
「大切にしてるんだな、彼らのこと」

 俺の言葉に、ヨクルはゆっくりと頷いた。

「ええ。僕の隣人になってくれた方達ですから、僕に出来ることはしたいと思っています」

 ヨクルは前を向いて、天を仰いだ。

「それに……森で死人を出す訳にはいきませんからね」
「それは……何か良くないことが起こるのか?」
「ええ。森の雪達が亡骸をさらって、遊びを始めるんですよ」
「この、真っ白な雪がか……?」

 異形の穴を覆った雪が、そんな邪悪なことをするだなんて、俺は信じられなかった。

「彼らに善悪はありません。そして、僕はそれらを止める術を持ちません。ですから、森で死人を出さないよう努めています」

「勿論、第一は隣人のため、ですよ」とヨクルは笑い交じりに言った。

「ティリルさんとも良き友人であると思ってますよ」
「追い出したいのに?」
「森は危険ですから」
「森を離れたいと思ったことはないのか?」
「僕はこの森で生涯を終えると決めています」
「森が好きなんだな」
「好き……」

 ヨクルは言い淀んだ。
 そして、はっきりと言った。

「いいえ、これは贖罪の気持ちです。僕は彼らを裏切った。ですから、彼らの行く末を見届けなければなりません」
「〝彼ら〟……?」
「森の雪達ですよ」

 それ以上、ヨクルは何も話さなかった。
 ヨクルが自身のことを『裏切り者』と呼ぶのは、森の雪達を裏切ったから?
 一体、ヨクルは何をしたんだ……?

 少しして、フロスティ邸の前に到着した。
 屋敷に入ろうと俺が玄関ドアに近づいた時、ふと振り返ると、ヨクルが立ち止まっていることに気づいた。

「ヨクル?」
「ティリルさんは先に入っていて下さい」
「先にって……。ヨクルはどうするんだ?」
「少し体を冷やしてから入ります」
「へ?」

 俺が疑問を口にする前に、バタン、とヨクルが後ろ向きに倒れた。

「よ、ヨクル!?」

 俺は慌てて駆け寄った。
 ヨクルは積もった雪をベッドにして、仰向けに寝ていた。

「はあ……冷たくて気持ちいい……。ずっとこうしたかった……」
「そ、そんなところで寝たら風邪引くぞ!?」
「大丈夫です。僕は風邪をひきませんから。みっともない姿をお見せしてすみません。我慢出来なかったもので……。暫くここで休みます……」

 何を言っても、起き上がるつもりはないらしい。
 そうしているのが楽なら、ヨクルの自由にしてやりたいが……風邪をひかれては困る。

「……わかった。二十分しても起き上がってこなかったら、無理矢理屋敷に入れるからな」
「ええ……」

 俺はヨクルを一人置いて屋敷に入る気になれず、ヨクルを見守っていた。
 ヨクルの上にしんしんと白い雪が降り積もる。
 白い服装のヨクルが雪に埋まると、雪と一体化しているみたいだ。かぼちゃの頭が目立つが……。
 無理させてしまったか、と俺は後悔した。

「すまない、ヨクル……。ヨクルは嫌がってたのに俺が無理矢理連れ出したせいで……」
「気にしないで下さい。僕があまりにも動かないから、連れ出してくれたんでしょう? 巡回して、異形を倒して、屋敷でぼんやりとして……まるで老人のようだと」

 俺は否定出来なかった。

「それに……遅かれ早かれ、こうなっていたでしょうから」
「え?」
「鐘撞のお子さんは……好奇心が旺盛なようで、一度は森に入って大騒ぎになるんですよ。ですから僕は、畏敬の念を込めて〝ズヴォナリの坊ちゃま〟と呼ぶようにしています」

 確か、ズヴォナリの坊ちゃま──ニョルズも一人で森に入ったことがあると語っていた。
 まさか、そういう家系だったとは……。
 ふとヨクルを見ると、彼はぶつぶつと独り言を呟いていた。

「大丈夫……。まだ溶けない……。僕は貴方がたとは違う……」

 幻聴と会話しているのだろうか。

 ゴーン、ゴーンと異形を知らせる鐘が鳴る。
 ヨクルはがばり、と起き上がった。ヨクルの上に積もった雪がはらはらと落ちた。
 異形達には俺達が疲弊しているかなんて関係ない。今日は俺が積極的に前に出ることを決意し、異形討伐に向かった。
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