上 下
15 / 59
新任教師のご挨拶

「あんなんを先生と呼べやと」

しおりを挟む
 扉を足で開けて、シャルルルカが教室に入ってきた。
 それを見た生徒達はそそくさと席に着く。
 レイもそれに倣った。
 シャルルルカが教壇に立ち、口を開く。

「やあ、無能諸君。担任教師のシャルルルカだ」
「おい」

 レイは短い言葉でシャルルルカを咎める。
 シャルルルカは気にせず続けた。

「職員室で話は聞いたよ。どうやら君達は落ちこぼれだとか? 魔法を使ったことのない社会不適合者もいるそうじゃないか」

 マジョアンヌは気まずそうに下を向く。

「先生、言い過ぎですよ」

 それを見たレイがシャルルルカを咎める。
 シャルルルカは頭を振った。

「事実を言ったまでだ。学園内の君達のぞんざいな扱いも理解出来る。この世界で魔法を使えないなんて、役立たずと言うより他はない」
「おいコラ!」

 レイはシャルルルカの鼻に膝蹴りを喰らわす。
 シャルルルカは鼻頭を抑えてその場にうずくまった。

「言い過ぎだっつってんだろ!」
「お前、魔法使いより格闘家向いてるよ……」

 シャルルルカは魔法の杖をついて、立ち上がる。

「さて。サボり癖のある落ちこぼれ共、記念すべき最初の授業を始めよう……」
「待てや、シャルルルカ先生」

 エイダンが立ち上がる。

「私の名前はシャルルルカだ。二度と間違えるな」
「すんまへん。“ル”が多かったもんやから」

 エイダンは謝る気もなさそうにそう言い、話を続けた。

「あんたは凄い魔法使いなんやろうけど、あんたを先生と呼びとうないです」
「じゃあ、呼ばなくて良い。私もお前達を生徒だと思っていない」
「なんやて?」
「私はやる気のない奴に教えるほど暇じゃない。腕立て伏せ千回。放課後までに終わらせたら、授業をしてやっても良い」

 エイダンは鼻で笑った。

「魔法を使わない授業やなんてする必要ないやろ」
「始めてる奴もいるぞ」
「え?」

 シャルルルカが指差す方をエイダンが見る。
 そこでは、レイが床に手をついて腕立てをしていた。

「レイはん!? 何しとんねん!?」
「へ? す、すみません。つい癖で……」
「どんな癖!?」

 エイダンとレイが会話している隙に、シャルルルカは教室の扉を開けていた。

「私は職員室にいるから全員終わったら呼べ」
「あ、ちょ、待てや!」

 エイダンの呼び止める声を無視して、シャルルルカは教室を去った。
 生徒達は呆然とそれを見送った。

「何なんや、あん男は! あんなんを先生と呼べやと!?」

 エイダンが叫ぶ。

「想像以上にヤバいじゃん」

 キャスケットの少女ジャーナが呆れたように言う。

「始業式のあれ、演技じゃなかったんダネー」

 仮面の少年ロッキーが困ったように言った。

「レイはんはなんであんなクソを師と仰いでいるんや!?」
「あれでクソなだけじゃないのが、本当にいやらしいんですよ……」
「ぐあー! なんやの、あいつー!」

 エイダンは顔を真っ赤にしながら、綺麗に整えられていた頭をかきむしる。

「もぉ、エイダンくん。あんまり怒るとまたプッツンしちゃいますわよぉ」
「プッツンって、もう怒ってるんじゃ……」

 レイが言うや否や、バタン、と急にエイダンが机に突っ伏した。

「え、エイダンくん!? 大丈夫ですか!?」
「あらぁ。言わんこっちゃないですわねぇ」

 マジョアンヌは至って冷静に言う。

「エイダンくんは怒りが最高潮になると、糸が切れたように眠ってしまうんですわぁ」
「怒ってなくても眠るのじゃっ!」
「居眠り王子と呼ばれる所以ダヨ!」

 ジャーナとロッキーがすかさず言う。

「ほらぁ、起きて下さいましぃ。授業中ですわよぉ」

 マジョアンヌがエイダンを揺り起こす。

「……ふあっ!? また眠ってしもたか!」

 エイダンは飛び起き、慌てて垂れた涎を手で拭う。

「仕切り直して……」

 エイダンは上着を脱ぎ捨て、襟元を緩めて床に手をついた。

「やってやろうやないか! 腕立て伏せ千回でも一億回でも! あの野郎に一泡吹かせてやるで!」
「えー。嫌じゃ」
「面倒臭いヨ~」

 他の生徒も「そうだ、そうだ」とジャーナとロッキーの二人に同意した。

「良いからやるんや!」
「怒るとまたプッツンしちゃうヨ~」
「やかましいわ! いくで……。い~……ち!」

 半分まで腕を曲げると、エイダンはべちゃっと床に倒れる。
 マジョアンヌがそれを見て笑った。

「エイダンくん、下手くそですわねぇ」
「やかましいで、マジョ子はん!」

 エイダンはひいひい言いながら、腕立て伏せを再開する。
 見兼ねたレイが言った。

「エイダンくん、腕に《身体強化エグゼルシス》かけてやると楽に出来ますよ」

「へっ? 《身体強化エグゼルシス》?」

 レイはその反応に首を傾げた。
──あれ? 先生に最初に習った魔法なんだけど。学校では習わないのかな。

「《身体強化エグゼルシス》を使うと、筋力や持久力などが一時的に上がるんですよ」
「それは知っとるで。教科書に載っとるからな」
「あ、知ってるんですね。じゃあ、なんで使わないんです?」
「筋力トレーニングやのに魔法を使うたら本末転倒やんか?」
「腕立て伏せ千回も、《身体強化エグゼルシス》を使うこと前提の課題だと思いますよ」

 元々、人間の体には全ての属性が備わっている。
 得意不得意はあれど、全ての人間は全ての魔法を使えるポテンシャルがあるのだ。
 その人間の体を活性化させる《身体強化エグゼルシス》は、全ての属性魔法の基礎と言える。
 これを使った腕立て伏せは魔力と筋力の両方をトレーニング出来る。

「って、シャルル先生が言ってましたから」

──先生に弟子入りした当初は腕立てしかさせて貰えなかったな。懐かしい。
 レイはシャルルルカの教えを信じて、毎日筋トレをしている。
 それ故、魔力よりも筋力の方が伸びていることに、彼女はまだ気づいていない。

「そうなん? わしが習ったときはそないに重要やなさそうやったけど」

 エイダンはレイの説明にあまり納得していないようだった。

「まあ、ええか。早速使うていくで!」

 エイダンは魔法の杖を取り出す。

「《身体強化エグゼルシス》!」

 エイダンがそう言い終えると、再び両手を床につく。
 が、エイダンはべちゃっと床に倒れた。

「全然楽にならんやん!?」
「魔法は使うことで洗練されていきますから。ドンドン使って腕立て伏せ千回、頑張りましょう!」

 レイは笑顔でそう言い、腕立て伏せを再開した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

追放されましたがマイペースなハーフエルフは今日も美味しい物を作る。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:575

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:83,454pt お気に入り:3,332

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:26,107pt お気に入り:7,098

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:41,295pt お気に入り:29,893

処理中です...