こんな悪女はお嫌いですか?

フオツグ

文字の大きさ
1 / 16

「私は貴方様の悪女です」

 この国には悪女がいる。
 ヴァイス伯爵家の長女、ローゼ・ヴァイス。社交界は今、彼女の噂で持ちきりだ。
 散財を繰り返し、数多の男と関係を持ち、腹違いの妹をいびり倒した挙句、階段から突き落として殺そうとした。
 当然、ローゼの婚約者は彼女に婚約破棄を言い渡した。ローゼ、義妹、婚約者の三者が通う学園の卒業記念パーティーの真っ最中に。散財、男女関係の噂、義妹いびり、そして、義妹殺人未遂について追求した。
 更に、ローゼの婚約者は彼女の義妹を新たな婚約者として皆に紹介した。
 ローゼは耐え難い屈辱を味わったことだろう。

 この出来事は【ローゼ・ヴァイス断罪劇】と呼ばれ、瞬く間に広まった。
 ローゼを知る者は嬉々としてこう語る。
「ローゼ様がそんなことする人には見えませんでした」
「大人しい人でしたのに」
「私達は彼女の表の顔に騙されていたんです。とてもショックですわ」
 被害者のふりをして、まるで自分が当事者であるかのように吹聴した。
 いつの間にかローゼは、裏表のある悪どい女──【腹黒悪女】と呼ばれるようになった。
 義妹に婚約者を奪われた可哀想な令嬢のはずだが、誰もローゼに同情する者はおらず、自業自得だと嘲笑するだけだった。


 そんな彼女が、俺──アプフェル・ツィノーバーロートの妻となった。
 ローゼと婚約を交わし、ツィノーバーロート家に招いてから数日の間、俺は職務で家を空けていた。そのことについて怒り、出迎えはないだろう。そう思っていたのだが──。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 ローゼは美しいお辞儀カーテシーで出迎えた。

「お会い出来て光栄です、ツィノーバーロート公爵。貴方の妻となりました、ローゼと申します」

──これが、悪女だと?
 俺は少々面食らった。
 長く艶やかな黒髪。前髪は長く、片目だけ見える瞳は白百合色だった。華奢な体型で、メイクは薄め、身につけたアクセサリー類は少ない。噂の悪女にしては、かなり控えめな印象を受ける。
 だが、メイクもアクセサリーも彼女には必要ないのだ。髪の先から指先まで、見え方が計算され尽くしているかのような、洗練された所作。それが彼女を飾り立てている。
 ローゼをまじまじと観察していると、彼女と目が合った。ローゼは視線に気づくと目を細め、頬を少しだけ赤らめて、柔らかく微笑んだ。
 その顔は悪女というより、まるで恋する乙女のような──。

──バゴッ!

 俺は正気に戻るべく、自分の頬を拳で殴った。

「だ、旦那様!?」

 ローゼは目を丸くした。
 俺は痛む拳を振って、呼吸を整えた。
──落ち着け。この女は悪女だ! 数多の男と関係を持ったのだ。この表情で!

「どうされたのですか? いきなり、ご自身の頬を殴打するだなんて、余程嫌なことが……?」

 ローゼは俺の顔に手を伸ばした。俺は反射的に一歩後ずさった。
 そのとき、ローゼが一瞬、傷ついたような顔をした気がした。

「ふふ。そのお顔、どうやら私の噂は耳に入っているようですね」

 ローゼはくすくすと小馬鹿にしたように笑った。その表情は噂の悪女に違いなかった。

「旦那様ご自身が私との結婚を決めたのですよ。私が家にいることに早く慣れて頂きませんと」

 ローゼは俺に背を向けた。

「早く頬を冷やされては? 自身でつけた傷なんて、貴方には似合いませんもの」
「……フン。悪女だが何だか知らないが、俺の屋敷で好き勝手出来ると思わないことだ。俺の機嫌を損ねてみろ。そのとき、命はないと思え」

 俺は冷たく言い捨て、ローゼの横を通り過ぎた。
──こいつも、俺を見て目を逸らすのだな。
 俺は少し落胆していた。社交界を騒がせた悪女ならば、俺から目を逸らさないと期待していたのだ。

 この結婚は顔を合わせる間もなく決まった。
 ヴァイス伯爵も【腹黒悪女】の娘をさっさと手放したかったのだろう。
 俺は妻になる人の顔を知らない。妻は俺の顔を知らない。それで構わなかった。
 俺の姿は──あまりにも醜い。

 ある時、邪竜が国を襲った。俺の所属する王宮騎士団は陛下からの命を受け、邪竜討伐に向かった。
 討伐は難航した。しかし、ほんの一瞬の好機を何とかものにし、邪竜の首を打ち取ることが出来たのだ。その際、俺は邪竜の放った炎の息吹を真正面から受けてしまった。
 俺は邪竜を討伐し、平和を取り戻した。その代わり、全身が焼け爛れ、化け物のような姿になってしまった。
 皆、俺の姿を見て恐れ慄いた。優しくしてくれた使用人達も、仲が良かった友人達も、俺の姿を見て顔を引き攣らせた。
 俺は火傷の跡を包帯で覆い隠した。その姿でパーティーに出ると、ひそひそと噂をされた。
「醜い姿」
「まるで怪物のようだ」

──「【ミイラ公爵】」

 皆、俺をそう呼んで笑いものにした。その日から俺は社交界から姿を消した。
 俺は荒れた。国のために、人々のために、邪竜を倒した。なのにどうして、ミイラと言われ、馬鹿にされなければならないのかと。
 怒りのやり場がわからず、人や物に当たり散らした。そうすればするほど、人は離れていった。
「ミイラ公爵は粗暴者だ」
「気が触れたのね」
「あんな姿になってしまったのだから仕方ない」
 どれだけ噂されようと、もうどうだって良かった。どうせ、何を言っても無駄だ。俺がミイラ男のような姿なのは事実なのだ。

 結婚も本当はするつもりなどなかった。だが、俺はツィノーバーロート家の当主だ。跡継ぎを残さない訳にもいかない。周りにも結婚を急かされ、金を積んで嫁を娶ることにした。
 そうして、結婚したのがローゼだった。悪女の噂が社交界に広がっているローゼに、結婚相手を選べる訳もない。
 ミイラ公爵の生贄──それでも、周りはローゼの自業自得だと笑うのだろうか。

「この姿を見た後だ。どうせ、あの女もすぐに離れていく」

 俺はそう呟き、自虐的に笑った。結婚は愛がなくても成立する。
 ローゼは俺を愛さない。
 俺もローゼを愛するつもりはない。
 ミイラ公爵と腹黒悪女の結婚など、それで構わないだろう。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は断罪後、物語の外で微笑む

あめとおと
恋愛
断罪され、国外追放となった悪役令嬢エレノア。 けれど彼女は、泣かなかった。 すべてを失ったはずのその瞬間、彼女を迎えに来たのは、 隣国最大商会の会頭であり、“共犯者”の青年だった。 これは、物語の舞台を降りた悪役令嬢が、 自由と恋、そして本当の幸せを手に入れるまでの、 ざまぁと甘さを少しだけ含んだショートショート。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

愛してる、だから、さようなら~竜の愛し子の願い~

硝子細工の森
恋愛
愛してる、あなたは生きて。 運命に引き裂かれる哀しい恋人たちの物語。 …  壇上に立つ王太子アルフレートの声は震えていた。怒りゆえか、あるいは断腸の思いゆえか。  彼に寄り添うのは、平民出身の聖女。可憐に肩を震わせる彼女とは対照的に、セレスティーヌは扇を閉じ、冷ややかな微笑を湛えて見せた。 「……左様でございますか。婚約破棄、謹んでお請けいたしますわ」  その言葉が、アルフレートの瞳に絶望の色を落とす。 4/28 スマホ投稿からPCに変え、こっそりかなり編集し直しました。

変態王子の趣味に合わせてツンデレツインテールになってあげたのに、婚約破棄ってどういうことですの?

如月ニヒト
恋愛
公爵令嬢ロクサーヌは、婚約者のフェリクス王子から突然「私は変態だ」と告白される。彼が望んでいたのは、完璧な淑女として振る舞う彼女ではなく、遠慮なくツンケンしてくる本来のロクサーヌだった。 戸惑いつつも少しずつ距離を縮めた二人。けれど十八歳の誕生日、フェリクスは皆の前でロクサーヌに婚約破棄を告げる。 変態王子の悪趣味すぎる愛情表現に振り回される、ツンデレ令嬢とドM王子の婚約破棄風ラブコメ。 ※後半部分は自作プロットをもとにAIで生成した本文を作者が加筆・修正して仕上げています。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

悪役令嬢は自由に生きたい

なべぞう
恋愛
公爵家の一人娘エレノアは、王城の舞踏会で突然、身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王子とその側近たちの前で断罪される。誰一人として彼女の無実を信じる者はいないまま、国外追放という事実上の死刑宣告を受けた彼女は、処刑の瞬間、女神に祈った。 ――もし次の人生があるなら、誰にも愛されなくていい。ただ自由に生きたい。 そして目を覚ますと、彼女は十歳の頃へと時を遡っていた。さらに、自分のいる世界が前世で遊んでいた乙女ゲームの舞台であり、自分はヒロインをいじめて破滅する“悪役令嬢”であることを思い出す。

薔薇は棘ごと咲きほこる ~悪役令嬢は今日、微笑んで終幕する~

白瀬しおん
恋愛
婚約破棄、国外追放——それが“悪役令嬢ヴィオレット”の運命だった。 恋愛小説の世界に転生した詩織は、その結末を知っている。 だから彼女は選んだ。破滅を待つのではなく、自分の手で物語を終わらせることを。 婚約者を奪われる前に、美しく関係を解消し、家業と事業に生きる道へ。 やがて彼女は、貴族社会の中で確かな地位と信頼を築いていく。 ——これは、誰かの物語の外側で、自分の人生を選び取った“悪役令嬢”の物語。

何でもするって言うと思いました?

糸雨つむぎ
恋愛
ここ(牢屋)を出たければ、何でもするって言うと思いました? 王立学園の卒業式で、第1王子クリストフに婚約破棄を告げられた、'完璧な淑女’と謳われる公爵令嬢レティシア。王子の愛する男爵令嬢ミシェルを虐げたという身に覚えのない罪を突き付けられ、当然否定するも平民用の牢屋に押し込められる。突然起きた断罪の夜から3日後、随分ぼろぼろになった様子の殿下がやってきて…? ※他サイトにも掲載しています。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。