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「私は貴方様の悪女です」
この国には悪女がいる。
ヴァイス伯爵家の長女、ローゼ・ヴァイス。社交界は今、彼女の噂で持ちきりだ。
散財を繰り返し、数多の男と関係を持ち、腹違いの妹をいびり倒した挙句、階段から突き落として殺そうとした。
当然、ローゼの婚約者は彼女に婚約破棄を言い渡した。ローゼ、義妹、婚約者の三者が通う学園の卒業記念パーティーの真っ最中に。散財、男女関係の噂、義妹いびり、そして、義妹殺人未遂について追求した。
更に、ローゼの婚約者は彼女の義妹を新たな婚約者として皆に紹介した。
ローゼは耐え難い屈辱を味わったことだろう。
この出来事は【ローゼ・ヴァイス断罪劇】と呼ばれ、瞬く間に広まった。
ローゼを知る者は嬉々としてこう語る。
「ローゼ様がそんなことする人には見えませんでした」
「大人しい人でしたのに」
「私達は彼女の表の顔に騙されていたんです。とてもショックですわ」
被害者のふりをして、まるで自分が当事者であるかのように吹聴した。
いつの間にかローゼは、裏表のある悪どい女──【腹黒悪女】と呼ばれるようになった。
義妹に婚約者を奪われた可哀想な令嬢のはずだが、誰もローゼに同情する者はおらず、自業自得だと嘲笑するだけだった。
そんな彼女が、俺──アプフェル・ツィノーバーロートの妻となった。
ローゼと婚約を交わし、ツィノーバーロート家に招いてから数日の間、俺は職務で家を空けていた。そのことについて怒り、出迎えはないだろう。そう思っていたのだが──。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ローゼは美しいお辞儀で出迎えた。
「お会い出来て光栄です、ツィノーバーロート公爵。貴方の妻となりました、ローゼと申します」
──これが、悪女だと?
俺は少々面食らった。
長く艶やかな黒髪。前髪は長く、片目だけ見える瞳は白百合色だった。華奢な体型で、メイクは薄め、身につけたアクセサリー類は少ない。噂の悪女にしては、かなり控えめな印象を受ける。
だが、メイクもアクセサリーも彼女には必要ないのだ。髪の先から指先まで、見え方が計算され尽くしているかのような、洗練された所作。それが彼女を飾り立てている。
ローゼをまじまじと観察していると、彼女と目が合った。ローゼは視線に気づくと目を細め、頬を少しだけ赤らめて、柔らかく微笑んだ。
その顔は悪女というより、まるで恋する乙女のような──。
──バゴッ!
俺は正気に戻るべく、自分の頬を拳で殴った。
「だ、旦那様!?」
ローゼは目を丸くした。
俺は痛む拳を振って、呼吸を整えた。
──落ち着け。この女は悪女だ! 数多の男と関係を持ったのだ。この表情で!
「どうされたのですか? いきなり、ご自身の頬を殴打するだなんて、余程嫌なことが……?」
ローゼは俺の顔に手を伸ばした。俺は反射的に一歩後ずさった。
そのとき、ローゼが一瞬、傷ついたような顔をした気がした。
「ふふ。そのお顔、どうやら私の噂は耳に入っているようですね」
ローゼはくすくすと小馬鹿にしたように笑った。その表情は噂の悪女に違いなかった。
「旦那様ご自身が私との結婚を決めたのですよ。私が家にいることに早く慣れて頂きませんと」
ローゼは俺に背を向けた。
「早く頬を冷やされては? 自身でつけた傷なんて、貴方には似合いませんもの」
「……フン。悪女だが何だか知らないが、俺の屋敷で好き勝手出来ると思わないことだ。俺の機嫌を損ねてみろ。そのとき、命はないと思え」
俺は冷たく言い捨て、ローゼの横を通り過ぎた。
──こいつも、俺を見て目を逸らすのだな。
俺は少し落胆していた。社交界を騒がせた悪女ならば、俺から目を逸らさないと期待していたのだ。
この結婚は顔を合わせる間もなく決まった。
ヴァイス伯爵も【腹黒悪女】の娘をさっさと手放したかったのだろう。
俺は妻になる人の顔を知らない。妻は俺の顔を知らない。それで構わなかった。
俺の姿は──あまりにも醜い。
ある時、邪竜が国を襲った。俺の所属する王宮騎士団は陛下からの命を受け、邪竜討伐に向かった。
討伐は難航した。しかし、ほんの一瞬の好機を何とかものにし、邪竜の首を打ち取ることが出来たのだ。その際、俺は邪竜の放った炎の息吹を真正面から受けてしまった。
俺は邪竜を討伐し、平和を取り戻した。その代わり、全身が焼け爛れ、化け物のような姿になってしまった。
皆、俺の姿を見て恐れ慄いた。優しくしてくれた使用人達も、仲が良かった友人達も、俺の姿を見て顔を引き攣らせた。
俺は火傷の跡を包帯で覆い隠した。その姿でパーティーに出ると、ひそひそと噂をされた。
「醜い姿」
「まるで怪物のようだ」
──「【ミイラ公爵】」
皆、俺をそう呼んで笑いものにした。その日から俺は社交界から姿を消した。
俺は荒れた。国のために、人々のために、邪竜を倒した。なのにどうして、ミイラと言われ、馬鹿にされなければならないのかと。
怒りのやり場がわからず、人や物に当たり散らした。そうすればするほど、人は離れていった。
「ミイラ公爵は粗暴者だ」
「気が触れたのね」
「あんな姿になってしまったのだから仕方ない」
どれだけ噂されようと、もうどうだって良かった。どうせ、何を言っても無駄だ。俺がミイラ男のような姿なのは事実なのだ。
結婚も本当はするつもりなどなかった。だが、俺はツィノーバーロート家の当主だ。跡継ぎを残さない訳にもいかない。周りにも結婚を急かされ、金を積んで嫁を娶ることにした。
そうして、結婚したのがローゼだった。悪女の噂が社交界に広がっているローゼに、結婚相手を選べる訳もない。
ミイラ公爵の生贄──それでも、周りはローゼの自業自得だと笑うのだろうか。
「この姿を見た後だ。どうせ、あの女もすぐに離れていく」
俺はそう呟き、自虐的に笑った。結婚は愛がなくても成立する。
ローゼは俺を愛さない。
俺もローゼを愛するつもりはない。
ミイラ公爵と腹黒悪女の結婚など、それで構わないだろう。
ヴァイス伯爵家の長女、ローゼ・ヴァイス。社交界は今、彼女の噂で持ちきりだ。
散財を繰り返し、数多の男と関係を持ち、腹違いの妹をいびり倒した挙句、階段から突き落として殺そうとした。
当然、ローゼの婚約者は彼女に婚約破棄を言い渡した。ローゼ、義妹、婚約者の三者が通う学園の卒業記念パーティーの真っ最中に。散財、男女関係の噂、義妹いびり、そして、義妹殺人未遂について追求した。
更に、ローゼの婚約者は彼女の義妹を新たな婚約者として皆に紹介した。
ローゼは耐え難い屈辱を味わったことだろう。
この出来事は【ローゼ・ヴァイス断罪劇】と呼ばれ、瞬く間に広まった。
ローゼを知る者は嬉々としてこう語る。
「ローゼ様がそんなことする人には見えませんでした」
「大人しい人でしたのに」
「私達は彼女の表の顔に騙されていたんです。とてもショックですわ」
被害者のふりをして、まるで自分が当事者であるかのように吹聴した。
いつの間にかローゼは、裏表のある悪どい女──【腹黒悪女】と呼ばれるようになった。
義妹に婚約者を奪われた可哀想な令嬢のはずだが、誰もローゼに同情する者はおらず、自業自得だと嘲笑するだけだった。
そんな彼女が、俺──アプフェル・ツィノーバーロートの妻となった。
ローゼと婚約を交わし、ツィノーバーロート家に招いてから数日の間、俺は職務で家を空けていた。そのことについて怒り、出迎えはないだろう。そう思っていたのだが──。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ローゼは美しいお辞儀で出迎えた。
「お会い出来て光栄です、ツィノーバーロート公爵。貴方の妻となりました、ローゼと申します」
──これが、悪女だと?
俺は少々面食らった。
長く艶やかな黒髪。前髪は長く、片目だけ見える瞳は白百合色だった。華奢な体型で、メイクは薄め、身につけたアクセサリー類は少ない。噂の悪女にしては、かなり控えめな印象を受ける。
だが、メイクもアクセサリーも彼女には必要ないのだ。髪の先から指先まで、見え方が計算され尽くしているかのような、洗練された所作。それが彼女を飾り立てている。
ローゼをまじまじと観察していると、彼女と目が合った。ローゼは視線に気づくと目を細め、頬を少しだけ赤らめて、柔らかく微笑んだ。
その顔は悪女というより、まるで恋する乙女のような──。
──バゴッ!
俺は正気に戻るべく、自分の頬を拳で殴った。
「だ、旦那様!?」
ローゼは目を丸くした。
俺は痛む拳を振って、呼吸を整えた。
──落ち着け。この女は悪女だ! 数多の男と関係を持ったのだ。この表情で!
「どうされたのですか? いきなり、ご自身の頬を殴打するだなんて、余程嫌なことが……?」
ローゼは俺の顔に手を伸ばした。俺は反射的に一歩後ずさった。
そのとき、ローゼが一瞬、傷ついたような顔をした気がした。
「ふふ。そのお顔、どうやら私の噂は耳に入っているようですね」
ローゼはくすくすと小馬鹿にしたように笑った。その表情は噂の悪女に違いなかった。
「旦那様ご自身が私との結婚を決めたのですよ。私が家にいることに早く慣れて頂きませんと」
ローゼは俺に背を向けた。
「早く頬を冷やされては? 自身でつけた傷なんて、貴方には似合いませんもの」
「……フン。悪女だが何だか知らないが、俺の屋敷で好き勝手出来ると思わないことだ。俺の機嫌を損ねてみろ。そのとき、命はないと思え」
俺は冷たく言い捨て、ローゼの横を通り過ぎた。
──こいつも、俺を見て目を逸らすのだな。
俺は少し落胆していた。社交界を騒がせた悪女ならば、俺から目を逸らさないと期待していたのだ。
この結婚は顔を合わせる間もなく決まった。
ヴァイス伯爵も【腹黒悪女】の娘をさっさと手放したかったのだろう。
俺は妻になる人の顔を知らない。妻は俺の顔を知らない。それで構わなかった。
俺の姿は──あまりにも醜い。
ある時、邪竜が国を襲った。俺の所属する王宮騎士団は陛下からの命を受け、邪竜討伐に向かった。
討伐は難航した。しかし、ほんの一瞬の好機を何とかものにし、邪竜の首を打ち取ることが出来たのだ。その際、俺は邪竜の放った炎の息吹を真正面から受けてしまった。
俺は邪竜を討伐し、平和を取り戻した。その代わり、全身が焼け爛れ、化け物のような姿になってしまった。
皆、俺の姿を見て恐れ慄いた。優しくしてくれた使用人達も、仲が良かった友人達も、俺の姿を見て顔を引き攣らせた。
俺は火傷の跡を包帯で覆い隠した。その姿でパーティーに出ると、ひそひそと噂をされた。
「醜い姿」
「まるで怪物のようだ」
──「【ミイラ公爵】」
皆、俺をそう呼んで笑いものにした。その日から俺は社交界から姿を消した。
俺は荒れた。国のために、人々のために、邪竜を倒した。なのにどうして、ミイラと言われ、馬鹿にされなければならないのかと。
怒りのやり場がわからず、人や物に当たり散らした。そうすればするほど、人は離れていった。
「ミイラ公爵は粗暴者だ」
「気が触れたのね」
「あんな姿になってしまったのだから仕方ない」
どれだけ噂されようと、もうどうだって良かった。どうせ、何を言っても無駄だ。俺がミイラ男のような姿なのは事実なのだ。
結婚も本当はするつもりなどなかった。だが、俺はツィノーバーロート家の当主だ。跡継ぎを残さない訳にもいかない。周りにも結婚を急かされ、金を積んで嫁を娶ることにした。
そうして、結婚したのがローゼだった。悪女の噂が社交界に広がっているローゼに、結婚相手を選べる訳もない。
ミイラ公爵の生贄──それでも、周りはローゼの自業自得だと笑うのだろうか。
「この姿を見た後だ。どうせ、あの女もすぐに離れていく」
俺はそう呟き、自虐的に笑った。結婚は愛がなくても成立する。
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