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 美作は木坂建設の社長派から依頼された仕事で、この山に来ていた。専務派にとって何か不都合な事実が出ないか、という調査である。
 その『不都合』とは、この山を開発し大きな街にするという事業に対しての不都合。
 すでに山の売買は済んでいるので、冨岡には関係のない話だ。
 
「大きな会社の大きな仕事なのに、一体感みたいなものがないんですね」

 冨岡がそう返すと、美作は首を横に振る。

「大きな会社だからこそ、一本になれないもんだ。人間が三人集まれば、派閥ってものが出来上がる。同じ目的を持って集まったとしても、能力で分けたり好き嫌いで分けたりな」
「三人で派閥ってエグい話だなぁ。二人と一人に分かれるってことですよね」
「分かれるというよりも、たまたま一致出来た二人が結託して一人に不利益を与える形だな。面倒ごとを押し付ける、立場を弱くする、意見を殺す。多数決なんて言えば聞こえはいいが、ありゃとんでもないシステムだぜ」

 何人か集まって何かを決める時、多数決を用いることは多いだろう。冨岡自身、多数決は公平な決定方法だと思っていた。

「とんでもないですか? 多数決」
「ああ、大多数の意見が採用されるって意味では、効率的なんだろうがな。少数派の意見は必ず殺されるってことになる。人数が多い方が必ず勝つんだ」
「まぁ、それが多数決ですもんね」
「じゃあ聞くが、人数が多ければ必ず正しいのか? そうじゃないだろ。少数派が正しいこともある。多数決で勝つために必要なのは正しさじゃない、政治力だ。人を先導する能力が高ければ、正しい必要もない。民主的に物事を決めるってのは、そういう懸念もある。派閥ってのはそんな多数決の果てだよ」

 美作は言い終わってから煙草を吸い、口角を上げてから言葉を続ける。

「まぁ、だから一人で何でも屋なんかやってるんだけどな」
「大企業にも色々あるんですね。本当にドラマの世界みたいだ。ありますよね、大企業の派閥がどうとか、裏金がどうとか」
「ははっ、多分逆だぜ。実際に大企業であるようなことだからドラマになってるんだろ。創作にはリアリティが大切だからな。あまりに突飛な話じゃあ、視聴者はついていけない」

 ドラマの話をする美作に対して、冨岡はどこか美作らしくないと感じた。冨岡と美作は出会った日以降、ほとんど仕事の話しかしていない。個人的な意見を聞くタイミングなどなかったのだから、そう感じても不思議ではないだろう。
 せっかくの機会だから、と冨岡は話を続けた。自分が抱いていた疑念に少しずつ近づきながら。

「突飛な話ですか。例えば『異世界』とかは、ついていけないんじゃないですか?」
「流行り物だな」
「あれは突飛ですよね?」
「そうでもないんじゃないか? 誰だって『違う世界』で生きてみたい、なんてこと思うだろ。現状に不満があったり、より良いものを求めたり。そんな理想を形にしたのが『異世界』なんだろうな。多くの人が思い描く理想があるなら、そこにはある種リアリティに近いものが生まれる。創作側と視聴者や読者との間に、共通のイメージがあるんだろう。ほら、金だって言ってしまえば『紙』や『コイン』だ。けど、互いに『価値』を認識しているからこそ金として遣える。共通認識みたいなものが金をリアルなものにしてんだよ。それに近いんじゃないか?」
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