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本編

第7話_膨らむ慕情

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いつもなら通学には一時間ほどかかるのだが、影斗のバイクは30分足らずで蒼矢自宅脇へ着いた。
ややふらつきながら下車する蒼矢を支えつつ、影斗はその邸宅を見上げた。
「…お前んち、でけぇなぁ」
宮島家も社屋兼自宅のためかなりの敷地面積を持っているが、居住スペースだけで見れば髙城家の方が大きい気がする。
鹿野からは、蒼矢の父親が某省の官僚だと聞いていた。そういう家の子息は校内にゴロゴロいてそれほど珍しいものではないが、鹿野が言うには蒼矢父はその中でも別格のキャリアらしい。
蒼矢を見ていれば父親の人物像もなんとなく想像つくが、影斗には特に興味が無い部分だったので、話を振るのはやめておく。
「疲れたか?」
「…ちょっと。今鍵開けます」
下ろされたその場で少し動けなくなっていた蒼矢は、影斗からバッグを受け取ると、家へ案内し始めた。
暗く冷えた玄関を通されると、蒼矢は階段を上がり、リビングをスルーして三階へと向かう。
やや戸惑いつつ蒼矢に付いていく影斗は、三階へ上がっていく彼に気付かれないよう、そろっとリビングを覗き見する。
「――…」
リビングも電気がついておらず、家具はひと揃えあるものの異様に殺風景な景色が広がっていた。なんとなく、生活感が感じられないような…空気が冷たいような。
三階の蒼矢自室へ入ると、影斗はまたしても密かに驚く。物はベッドとデスク一式にPCのみという、非常にシンプルというか全く"遊び"の無い部屋で、そこそこ広い空間のはずなのに壁一面にそびえたつ大きな本棚が圧迫感をかもし出し、窮屈ささえ感じさせていた。
雪崩れ落ちてきそうな分厚いハード本の壁を見上げながら、通学バッグをラグに放る蒼矢に声をかける。
「…お前んち、日中誰もいねぇの?」
「はい。父は大体帰りが遅くて…外泊も多いので」
「母ちゃんも仕事?」
「はい」
「やっぱ遅いの?」
「……あ、あの…国内にはいないんです」
「えっ」
さすがに驚きの声が出てしまった影斗に、蒼矢はやや焦った風に続ける。
「海外で仕事をしていて…たまに帰ってくるんですけど…」
「…はぁー」
影斗は先ほどチラ見したリビングの光景を思い出し、なんとなく合点がいったように息を吐き出した。
「…すみません、買い物行ってなかったので…何もお構いできませんが」
「あぁ、いいって。元々長居しに来てねぇし」
「そうですか。じゃ、俺ちょっと…」
そう言うと、蒼矢はブレザーを脱ぎ捨て、ベッドにうつ伏せにダイブした。
「あっ、待てって…薬飲んでからにしろっ」
そのまま目を閉じかける蒼矢を止め、影斗は帰りがけに調達した解熱剤を取り出す。
起こして支えてやると、割と素直に従って薬を飲み下す。飲み終えると、蒼矢は影斗をじっと見上げた。
「? 何だ?」
「…影斗先輩、送って下さってありがとうございました」
「! おう。余計弱らせちまったかもしれねぇけどな。悪かったな」
「はい、疲れました。バイクはこりごりです。…もうこんなことはこれきりですからね…?」
「――」
そう言いながら、限界が来て目が閉じてしまった彼をゆっくり下ろすと、影斗は即ベッドから離れ、デスクチェアに腰を下ろした。
至近距離で見つめたまま、うっすらと笑う蒼矢の顔に、目を奪われてしまった。
熱であまり正気じゃなかったとはいえ、多分出会ってから初めてであっただろう笑顔を見せられ、完全に不意打ちを喰らっていた。
「…やばい」
思わず独り言が漏れ、影斗は赤面した顔を両手で押さえた。
影斗の中に占め始めた蒼矢への思慕が、どんどん膨らんでいっていた。
――それってさ、ただの興味なんだよね? …恋愛対象とかじゃないよね?――
ふと、鹿野から投げかけられた言葉を思い出す。
あの時は冗談ぽく流したものの、今はもう、それじゃ済まされないレベルになっていた。
今まで数多くの女性と付き合ってきて、どの相手ともそれなりに楽しく恋愛してきたが、これほど急激に感情が噴きあがるような経験をしたことは無かった。
最近だけで言えば、半分金策目当てで年上の高収入ばかりを選び、更にその裏でレンタル彼氏に手を伸ばすというようなことが続いていた。今乗っているバイクも、そんな行為を重ねて手に入れたものだ。
自分の趣味に投資する目的込みで付き合っていたことになり、あからさまに傷つけてはいないが、誠実ではなかったと自覚している。
だから影斗は、今回は"純粋"だと思ったのだ。
…俺、マジでこいつのこと好きになっちまったんだな…
静かな寝息をたてる蒼矢の横顔を眺め、影斗は長く息を吐き出した。



「…さて」
住人を寝かせたまま鍵をかけずに家を出ていく訳にはいかず、とはいえせっかく眠り始めたところを即起こすのもはばかられたので、しばらくしてから声をかけることにし、影斗は階下へと降りていく。
「…なるほどねぇ」
そして改めてリビングを見渡し、息をつきながら腕を組んだ。
引っ越ししたてなのかと思ったが、軽く話を聞いてみれば、このモデルルームのようなリビングの様相にも納得がいく。普段から両親共にまともに家におらず、当の蒼矢は玄関と自室を往復するだけの生活で、おそらく使用目的をほとんど果たせていないのだ。
…そして、もう一つ気付いたことがあった。
入学式当日の蒼矢を思い出してみる。内部・外部を問わずほとんどの新入生が親同伴で式に参列していたが、彼は一人だった。
学校側としては例外の待遇で、髙城家としても息子が代表して式の挨拶に臨むとなれば、両親とは言わなくとも最低限片方の親だけでも参列して見守るものではないだろうか。
影斗は自分の時も一人で、そもそも入学時点で既に学校に興味が無かったため、あの時の蒼矢の違和感に気付かなかったのだ。
この大きな家を見れば、おそらく経済的には恵まれているんだろう。でも、それ以外のところでは…満たされていない、足りない部分があるのかもしれない。
…ウチと似たとこあるかもな…
「なんか作ってやるか…」
気を取り直してとりあえず冷蔵庫を開けてみる。しかしあるのは調味料と飲料ばかりで、冷凍庫にもロックアイスくらいしか入っていない。
「…本当になんもねぇんだな…!」
蒼矢の言葉が誇張でなかったことに、影斗は呆れたトーンでつぶやく。
振り返って視線をレンジボードへ移すと、パック飯がひとつ寂しく転がっているのに気がついた。
「…かろうじて米はあったが…」
パック飯をお手玉しつつ、影斗は思案する。米だけで、どう飯を作ってやるか…
と、階下でインターホンが鳴る。この家の住人ではないため居留守一択と思ったが、続いて届いてきた声に、影斗は目を丸くする。
「おーい、蒼矢ー! まだ帰ってねぇかー?」
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