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本編

第10話_見定まった心-2

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きちんとベッドに寝かされ、ひとしきり涙を流した蒼矢ソウヤは、昂っていた感情が少しずつおさまっていったが、代わりに忘れかけていた痛みと疲労がずしりと身体中を巡り、仰向けにぐったりと身を預けていた。
下半身は、興奮するうちにレツの手により整えられていた。
烈は、蒸しタオルで汗をかいた上半身を拭いてやる。怪我を負った箇所は、慎重に表面を滑らせるだけに留めておいた。
「――ごめん…」
「? なんだよ、これくらいどうってことねぇよ。そのままじゃ気持ち悪いだろ?」
お湯に浸したタオルを絞りながら烈は返すが、蒼矢は首を振る。
「…ごめん…何も言えなくて」
そう重ねて小さく漏らしながら、蒼矢は泣き腫らした目で烈を見上げた。
「…そうだな。一昨日、お前が何か言いかけてた時…もっとちゃんと聞いとけば良かった。そしたら、こんなことになってなかったかもしれねぇな」
そう答えると、蒼矢は頬を染め、眉根を寄せながら視線を外す。隠せない痩躯を晒しながら、両手でシーツを握り締める。
その仕草を見、烈は手を止めて視線を落とす。
「お前が打ち明けられない気持ちはなんとなく解る。解ってたから…今までずっと、遠くから眺めるしかできなかった…影斗みたいに、お前に踏み込んで関わったりできなかった。…同じ苦しさを味わったことが無い俺が何言ったって、慰めにならねぇと思ってたから」
烈はタオルを持った手を握り締め、横たわる身体へ再び伸ばす。
「…けど…、さっきお前に触れて、そんなのただの言い訳だったってことにやっと気付けた。俺は、苦しんでるお前に否定されて、嫌われたくなかっただけだった。…自分が傷つきたくないだけだったんだ」

…俺の目に映る蒼矢は、いつからか変わってしまった。
でも、蒼矢は昔から、何ひとつ変わってない。
変わってたのは、蒼矢を映す俺の目と、思う俺の感情の方だった。

「これからは、お前のこと全部をきちんと見る。この先もう、怖気付いたりはしねぇ。俺が何も出来ないせいで、お前ひとりが自分の中に溜め込んで苦しむのはもう嫌なんだ。…同じ傷つくなら、お前が負う傷を真正面から受け止めたい」

…蒼矢はもう、俺にとってただの"幼馴染"じゃない。
なににも代えられない、大事な想い人ひとだ。

「お前が俺のことを一番近くでずっと見守ってくれてたように、俺もお前が一番に心を許せる存在でいたい」

…蒼矢が好きだ。

「…今まで態度がおかしくて悪かった。俺は、覚悟が決まった。自分の想いに、もう迷わない」
そう言い、身体を拭き終わった烈は、肌掛けで首元から覆ってやった。
「……」
外されていた視線はいつの間にか再び見上げていて、その戸惑いの混ざる眼差しに、烈は微笑ってみせた。
「――今日はすげぇ疲れたろ、ゆっくり休めよ。…安心して寝てていいぞ、俺ずっとここに居るから」
「…うん」
彼の言葉に、蒼矢はこくりと頷くと、言われた通り目を閉じる。烈はタオルと洗面器を拾い、部屋を出ていった。
ドアの開閉音がし、部屋から生活音が消える。もう夕方なのか、少しだけ開く窓から日暮れの涼しい風が届き、秋の虫の鳴く声が聴こえてくる。
「…」
蒼矢は一度大きく深呼吸をし、眠りに入っていく。
意識が薄れていく少し手前で、再びドアが静かに開かれる音がした。烈が部屋に戻ったとすぐに察せた。
沈黙が流れ、ふと瞼を閉じる視界が暗くなる。
その変化に意識が呼び戻される中、自分の唇に何かが重なった感触が伝わった。
数秒ほどでそれは陰と共に離れていき、再び瞼越しの視界は明るくなる。
「……」
自分の今までの経験の中で感じたもの、それら全てのどれとも違う、不慣れで控えめで、優しい感触。
はっとするようなその心地良さが肌と記憶に残り、頬が染まる。
その余韻に浸りながら、蒼矢は深い眠りへ落ちていった。
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