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第一章 誰が駒鳥を隠したか
【005】御使いと監視兵
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「カサンドラさんは、ここに来る前は他国にいたっていうのは一応聞いたけど……」
「ええ。あたしにはあれが何処かはよくわからないんだけど……まぁまぁひどい目にあっていてね、見かねた御使いに助けてもらって師匠に預けられたの」
「それは、よくご無事で…………えっ、御使い様って実在するんだ」
「あら、そこにひっかかるの? もしかして、御使いって一般的には未確認生物なの……?」
カサンドラが御使いを連れている時に村人と出会ったら、確かに毎回しっかりと拝まれていたものだったな……と思い返す。この村は二代も続けて魔女が住まう地。他の場所よりも御使いの存在に慣れているのだ。つまり、慣れていてあれだったのだ。
御使いとは、神と魔女を繋ぐ連絡役――のようなものである。
神託の魔女以外は神の声を聞くことができないため、御使いを通じて神側からの助言や指令を受けとることができる。しかし、神託の魔女であっても、神託は一方通行なので御使いの存在は必須らしい。
食事も終えたので、カサンドラはバスケットに忍ばせておいたラードのクッキーを取り出した。ゆっくりと齧れば、ぎゅっと詰まったしっとり生地がほろりと崩れて溶ける。
カサンドラが参考にしたレシピはスペイン菓子のマンテカドスなのだが、日本人的な感覚だと味や食感をちんすこうに例えたほうがわかりやすい。油脂と砂糖をたっぷり使うこの贅沢な焼き菓子に、あっさりとした風味のお茶を合わせるのが、カサンドラの至福の時間。
そしてそのお茶は、実は自家製である。
ツバキとチャノキの特徴が混ざったような樹木は、冷涼なこの地に適応したようで、庭や周囲の森に何本も自生している。それを見つけたカサンドラが、なんとなく試しに若芽を緑茶や紅茶にしてみたところ――渋みやコク、香りは少々物足りないが甘みのあるものになったのだ。
そうして完成した自家製緑茶とローズマリーをブレンドし、茶の後味に爽やかさを加えたものが彼女の最近のお気に入りである。今この場に提供されている冷たいお茶も、緑茶とローズマリーのブレンドティーである。
なお、この国において現在の「茶」の立ち位置は、輸入紅茶が王侯貴族に広がっている段階である。
そこの社会では既に珈琲が楽しまれていたので、珈琲に比べればあっさりとしつつも華やかな風味の紅茶は、健康的でより上品なものだと女性たちに受け入れられているのだとか。カサンドラはそんなことをいつかの貴族夫人との雑談で聞いた覚えがある。
茶文化がもう少し広まれば、あのツバキとチャノキの特徴が混ざったような樹木もそのうち世間に見つかるのだろうかと思いつつ、カサンドラはそれについて何を公表する気もない。
「……、…………!」
カサンドラに手つきで促され、一般的なクッキーやビスケットに比べると脆いマンテカドスをおそるおそる齧ったアーサーは、ほろほろとした食感を楽しんでいるのか無言で目を輝かせていた。
目の前で菓子を頬張るこの素直な男に、餌付けのし甲斐があるな……などとカサンドラはじわじわと思い始めたところである。
こうしたなんともいえない感覚が、アーサーとカサンドラを引き合わせる青写真を描いた誰かの思惑通りかもしれないと思うと、どうも釈然としない気持ちが湧いてくるが――まぁ、考えすぎても仕方がないと思い直す。
「……パーモントさん、いつもここでこんなに美味しいものを食べてたのかぁ」
「おもてなしは魔女の本懐だから。これ、師匠の教えのひとつなの……あれ、そういえば、今後は師匠の担当もアーサーさんに?」
「いいや、お師匠様は引き続きパーモントさんが担当するって聞いてる」
「そうね、まぁ……あのふたり、普通に友達だしね……」
同じ町に住んでいるのだから、腰痛が治りさえすれば訪問も容易だということだ。
カサンドラがはっきりと聞いたことはないのだが、パム爺は、師匠の夫とも仲が良かったらしい。既に亡くなっていたため、カサンドラは師の夫に会ったことはないが、師匠とパム爺の会話には、その名が度々出ていたのを覚えている。
会話が一瞬途切れ、少しだけ強い風が流れたその時、頭上からガサリと不自然に枝葉の揺れる音が落ちてきた。
視線を向ければ、一本の枝に黄金の瞳を持つ真っ黒なカラスが留まっている。
一度だけバサっと翼を広げてカラスが舞い降りてきたのかと思いきや、軽い音を立ててテーブルに降り立ったのは、一匹の黒猫。
「――おはよーうカサンドラ、仕事だよ……ってあれ、村の新顔……じゃぁないね、オム爺若返った?」
「おはようエフィスト、そのネタはもうやったわ」
「えぇっ、それはしくじったな。なんか悔しいからそこの君、今のは忘れてね」
「は、はあ…………?」
和やかな空気から一変、喋る黒猫が唐突に現れたことを受け止めきれず混乱するアーサーに対し、エフィストと呼ばれた黒猫は何となしに言い放つ。
黄金の瞳を煌めかせたこの奇妙な黒猫が、魔女カサンドラを担当している御使いであった。
御使いとは、神と魔女を繋ぐ連絡役であり……神がより近い目線で世界を視るために遣わしている監視兵である。
何人か居るセンチネルたちは、世界を数多の角度で見て把握するために、こことは違う世界から連れられてきた魂で構成されている。今は黒猫の姿をしているエフィストも、センチネルへの適性を買われて異世界からやってきた人間なのだという。
なので、ただの喋る黒猫ではない証拠のひとつとして挙げるとすれば、マンテカドスのレシピはエフィストがカサンドラに教えたものであるということか。
そして、そんな黒猫と魔女には、あまりにも大きな共通点がある。
神から直接話を聞いたエフィスト曰く、エフィストこそが恵麻がこの世界へ来ることになったきっかけの人物――恵麻の轢死仲間であるらしい。
「ええ。あたしにはあれが何処かはよくわからないんだけど……まぁまぁひどい目にあっていてね、見かねた御使いに助けてもらって師匠に預けられたの」
「それは、よくご無事で…………えっ、御使い様って実在するんだ」
「あら、そこにひっかかるの? もしかして、御使いって一般的には未確認生物なの……?」
カサンドラが御使いを連れている時に村人と出会ったら、確かに毎回しっかりと拝まれていたものだったな……と思い返す。この村は二代も続けて魔女が住まう地。他の場所よりも御使いの存在に慣れているのだ。つまり、慣れていてあれだったのだ。
御使いとは、神と魔女を繋ぐ連絡役――のようなものである。
神託の魔女以外は神の声を聞くことができないため、御使いを通じて神側からの助言や指令を受けとることができる。しかし、神託の魔女であっても、神託は一方通行なので御使いの存在は必須らしい。
食事も終えたので、カサンドラはバスケットに忍ばせておいたラードのクッキーを取り出した。ゆっくりと齧れば、ぎゅっと詰まったしっとり生地がほろりと崩れて溶ける。
カサンドラが参考にしたレシピはスペイン菓子のマンテカドスなのだが、日本人的な感覚だと味や食感をちんすこうに例えたほうがわかりやすい。油脂と砂糖をたっぷり使うこの贅沢な焼き菓子に、あっさりとした風味のお茶を合わせるのが、カサンドラの至福の時間。
そしてそのお茶は、実は自家製である。
ツバキとチャノキの特徴が混ざったような樹木は、冷涼なこの地に適応したようで、庭や周囲の森に何本も自生している。それを見つけたカサンドラが、なんとなく試しに若芽を緑茶や紅茶にしてみたところ――渋みやコク、香りは少々物足りないが甘みのあるものになったのだ。
そうして完成した自家製緑茶とローズマリーをブレンドし、茶の後味に爽やかさを加えたものが彼女の最近のお気に入りである。今この場に提供されている冷たいお茶も、緑茶とローズマリーのブレンドティーである。
なお、この国において現在の「茶」の立ち位置は、輸入紅茶が王侯貴族に広がっている段階である。
そこの社会では既に珈琲が楽しまれていたので、珈琲に比べればあっさりとしつつも華やかな風味の紅茶は、健康的でより上品なものだと女性たちに受け入れられているのだとか。カサンドラはそんなことをいつかの貴族夫人との雑談で聞いた覚えがある。
茶文化がもう少し広まれば、あのツバキとチャノキの特徴が混ざったような樹木もそのうち世間に見つかるのだろうかと思いつつ、カサンドラはそれについて何を公表する気もない。
「……、…………!」
カサンドラに手つきで促され、一般的なクッキーやビスケットに比べると脆いマンテカドスをおそるおそる齧ったアーサーは、ほろほろとした食感を楽しんでいるのか無言で目を輝かせていた。
目の前で菓子を頬張るこの素直な男に、餌付けのし甲斐があるな……などとカサンドラはじわじわと思い始めたところである。
こうしたなんともいえない感覚が、アーサーとカサンドラを引き合わせる青写真を描いた誰かの思惑通りかもしれないと思うと、どうも釈然としない気持ちが湧いてくるが――まぁ、考えすぎても仕方がないと思い直す。
「……パーモントさん、いつもここでこんなに美味しいものを食べてたのかぁ」
「おもてなしは魔女の本懐だから。これ、師匠の教えのひとつなの……あれ、そういえば、今後は師匠の担当もアーサーさんに?」
「いいや、お師匠様は引き続きパーモントさんが担当するって聞いてる」
「そうね、まぁ……あのふたり、普通に友達だしね……」
同じ町に住んでいるのだから、腰痛が治りさえすれば訪問も容易だということだ。
カサンドラがはっきりと聞いたことはないのだが、パム爺は、師匠の夫とも仲が良かったらしい。既に亡くなっていたため、カサンドラは師の夫に会ったことはないが、師匠とパム爺の会話には、その名が度々出ていたのを覚えている。
会話が一瞬途切れ、少しだけ強い風が流れたその時、頭上からガサリと不自然に枝葉の揺れる音が落ちてきた。
視線を向ければ、一本の枝に黄金の瞳を持つ真っ黒なカラスが留まっている。
一度だけバサっと翼を広げてカラスが舞い降りてきたのかと思いきや、軽い音を立ててテーブルに降り立ったのは、一匹の黒猫。
「――おはよーうカサンドラ、仕事だよ……ってあれ、村の新顔……じゃぁないね、オム爺若返った?」
「おはようエフィスト、そのネタはもうやったわ」
「えぇっ、それはしくじったな。なんか悔しいからそこの君、今のは忘れてね」
「は、はあ…………?」
和やかな空気から一変、喋る黒猫が唐突に現れたことを受け止めきれず混乱するアーサーに対し、エフィストと呼ばれた黒猫は何となしに言い放つ。
黄金の瞳を煌めかせたこの奇妙な黒猫が、魔女カサンドラを担当している御使いであった。
御使いとは、神と魔女を繋ぐ連絡役であり……神がより近い目線で世界を視るために遣わしている監視兵である。
何人か居るセンチネルたちは、世界を数多の角度で見て把握するために、こことは違う世界から連れられてきた魂で構成されている。今は黒猫の姿をしているエフィストも、センチネルへの適性を買われて異世界からやってきた人間なのだという。
なので、ただの喋る黒猫ではない証拠のひとつとして挙げるとすれば、マンテカドスのレシピはエフィストがカサンドラに教えたものであるということか。
そして、そんな黒猫と魔女には、あまりにも大きな共通点がある。
神から直接話を聞いたエフィスト曰く、エフィストこそが恵麻がこの世界へ来ることになったきっかけの人物――恵麻の轢死仲間であるらしい。
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