自分を「悪役令嬢」だと言い出して特待生をいじめ始めた婚約者を持つ王太子のぼやき

雀40

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 エリは、普通の市井の少女だった。

 私がそう思い至ったと同時に、シャルベリーンも同じことを実感したのだろう。シャルベリーンから離れないエリをどう慰めるべきか、シャルベリーンと視線を交わしながら考えあぐねていると、カイヤが静かに前へ出てきた。
 カイヤはシャルベリーンといくつか言葉を交わしたあと、全力疾走と興奮による疲労でうつらうつらとし始めたエリを促し、急ぎ整えた部屋へと誘導していった。

「…………対応を任せてしまってすまない、シャルベリーン。……すべて私の油断だ」
「いえ、いいえ……わたくしも賛同したことですもの。わたくしたちの油断です」
 
 学院では、王族にのみ専属の護衛が認められている。王族と同等に扱われることになるエリにも、当初から護衛がつく予定だったが……慣れない環境で奮闘するエリの負荷を考えて見送っていた。他者の視線に慣れていないエリは、王城で勉強を始めた頃から部屋付きのメイドにすら気を使い続けていたからである。
 これは、学院が生徒の安全に力を入れているため問題がないだろうという私の判断だったのだが、完全な油断だった。

「エリ様のことでしたら、きっと大丈夫です。カイヤならわたくしたちよりもずっと彼女の心に寄り添ってくれるはずですから……」
「……いや、カイヤが付いているからエリのことは心配していない。シャルベリーンは……大丈夫か?」
「わたくし? え、ええ……わたくしは問題ありませ……あっ……」

 穏やかな美しい笑顔を保ち続けていたシャルベリーンの瞳から、はらりと雫がこぼれ落ちる。
 世話を焼いている友人が危険な目にあったのだ。シャルベリーンの感情もそろそろ限界だっただろう。

 シャルベリーンの聡明な瞳を涙の膜が覆う。しかし、彼女は一度だけぎゅっとまぶたを下ろし、滲んだ涙をそっとハンカチで拭い去った。
 
「…………いくらエリ様が戸惑われたとしても、護衛の手配をしておくべきだったと……今は思います。彼女にとって、自らを支える者たちの気配に慣れることは急務だったはずなのです……なのに、あたかも『彼女のため』だと問題を先送りしてしまって……」
「そうだな、私もそう思う。私がしっかりと現実的な判断をすべきだった……市井で育ったエリの価値観を軽視していたのは私だ」

 ただ知識や経験が不足しているだけで、エリは聡い娘だ。護衛を傍らに置く生活を続ければ、いずれその意味を心から理解したことだろう。もちろん、あの優しい心を失わない限り、決して傷つかぬわけではなかろうが……。
 私がエリの価値観を軽視し、シャルベリーンがエリの心を過剰に慮ったことにより、結果的に彼女を深く傷つけてしまった。

 エリの身体をいじめぬくと始めに宣言したシャルベリーンは、エリの心をずっと守ろうとしていたというのに。

「人に教えるって……難しいですわね……」
「ああ。子供が生まれたら教育方針は慎重にならねばと実感したよ」
「………………………………こどっ…………!?」
 
 顔中を真っ赤に染めたシャルベリーンが、まだ潤んでいる目を慌ただしく瞬かせる。私の顔を数秒だけ注視したあと、すいっと視線を逸らして部屋中を観察しはじめる。
 これで少しは気が紛れただろうかと、決してこちらを見ようとしないシャルベリーンを眺めて私は安堵した。

 そんな感情の中でも、護衛の選定を急がねばならないなと、自分の冷静な部分が条件をまとめていく。
 上位の実力者であることは大前提だが、それをどこまで求めるべきか――。

 ……ちなみに、普段は女子寮で暮らすエリが王族寮に宿泊するということで、誤解を防ぐ目的でシャルベリーンも急遽こちらに部屋を整えた。
 初めて彼女と共に摂った夕食は、なんだか妙な気分になるものだったが……夜は別に、特に何もなかった。

 何も、なかった。
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