自分を「悪役令嬢」だと言い出して特待生をいじめ始めた婚約者を持つ王太子のぼやき

雀40

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 エリの専属護衛は、若いが実力のある男女の正騎士を選んだ。若い外見は学院に溶け込みやすく、エリができる限り護衛の存在を気にしなくて済むような人選である。
 同時に、騎士科に弟妹が在籍しているふたりでもあり、彼らの弟妹を通じて騎士科の生徒の視線をエリに向けることも目的としている。

 それをきっかけに、エリの体力作りには騎士科の生徒が数人ほど加わるようになった。そうして騎士科の生徒や正騎士と積極的な交流をはじめたエリは、自らの立ち位置について考えることが増えた。
 邪悪のもたらす恐怖が蔓延れば、人心は乱れる。それに対応することになる騎士たちにとって、光の神子の祈りがどれほどの希望となるか……彼らの真っ直ぐな言葉は、エリの心に深く染みた。
 同様に、邪悪を祓うための遠征に備えるエリのたゆまぬ努力は、見るものの心を打つ。エリと関わる我々以外の生徒が、少しずつ増えてきた。

 誘拐未遂事件以降、エリの顔つきが少しだけ変わった。
 状況にただ流されるのではなく、「強くなる」という目標を得たエリの瞳は、凛とした力強さを秘めている。そんな彼女に惹かれだした男たちもちらほらと見受けられ、エリは淑女としても順調に花開いていく。

 結局、私はエリを見くびっていたのだ。彼女の心はとても強い。エリが光の神子たる理由は……きっとこういう部分なのだろう。
 多少の導きは必要だったろうが、強く囲って保護する必要はなかったのだ。何も見抜けていなかった私は、自分がまだまだ未熟者なのだと思い知った。

 シャルベリーンや教師たちによる教育によって、エリの背筋はいつでもピンと伸びるようになり、歩く姿は優雅に堂々たるもの。
 心境の変化ゆえか、いままで苦戦していた魔法の授業も一気に進みはじめ、光の魔法の取り扱いもこなれてきている。
 
 そんな中、シャルベリーンの提案により、彼女の気分転換になればとダンスの練習が導入されるようになった。作法や魔法などに比べて緊急度が低いダンスは、いままで所属する家政科の授業で楽しみながら触れるだけだったらしい。
 ちなみに、これもシャルベリーンの提案なのだが……エリの練習相手が必要だと、私や私の友人たちが代る代るエリの相手を努めさせられた。

 なおエリ自身は、自分で踊るよりも、手本として踊る私とシャルベリーンの姿をうっとりと眺めるほうが楽しそうである。
 何故かというと、彼女はよく「オふたりノオ手本ガ、見タイデスー」とわざとらしいお願いをしてくるのだ。私とシャルベリーンが、エリのわざとらしさに苦笑いで了承し、結果なんだかんだふたりで楽しんでしまうのも……要因のひとつかもしれないが。
 仕方がない。付き合いの長いシャルベリーンとは、お互いの癖を把握しているので踊りやすいのだ。私だって楽しく身体を動かすことは嫌いじゃない。別に密着度の問題ではない。

「殿下、エリ様はいかがでしたか?」
「そうだな……。君が課したトレーニングの成果か、体力と姿勢には問題がなさそうだ。踊ること自体も嫌いなようには見えない。いまは気分転換扱いだが、回数をこなせばもっと様になるだろうから、次の学内パーティーでは積極的に――」
「い、いえ、そうではなく……いえ、そうですね……私もそう思いますわ」

 シャルベリーンから投げられた質問に、私が特に深く考えることもなく所見を述べれば、何かを言いたげな顔で彼女が口ごもる。珍しい表情だ。
 エリが私の友人と踊る姿を共に眺めながら……という状況なので、今現在の評価についての質問だと思ったのだが。

「……すまない。質問の意味を履き違えたかな」
「いいえ、申し訳ございません。いまのはわたくしに問題があっただけですから……大変失礼いたしました。殿下はどうぞ、お気になさりませんよう」
「……そうなのか?」
「そうなのです!」

 会話を打ち切ったシャルベリーンは、すっと私から目線を逸らした。私が何かミスをしてしまったか……と考えても、よくわからない。

 しかし、少々幼い振る舞いのシャルベリーンに懐かしさを感じたせいか、過去の幻影が脳裏をかすめる。それは、我々がまだ婚約者となる前に行われた顔見せの茶会――ようするに見合いだ――での出来事だ。

 シャルベリーンの母は、隣国の王女だ。王家ではなく公爵家に嫁がされたと不満に思い、格下へ嫁がされたと我が国を今でも毛嫌いしている。
 こちらからすれば、格下だ何だと文句を言われても、隣国から侵略戦争を仕掛けられたので返り討ちにしたからこうなっているだけだ。
 隣国とは結果的に和平を結ぶことになったので、友好の証として公爵家が王女を貰い受けることになったのだ。人質ともいうが――――――まぁ、それは別の話だ。

 そんな母親を持つシャルベリーンは、当然のごとく母子関係が破綻していた。
 自分と全く会話をしてくれない母親に連れられ、はじめて王城へ足を踏み入れた幼いシャルベリーンは、出会い頭から不機嫌だった。私は、その日のことをなんとなく覚えている。

「いまの君と似た表情を覚えているよ。見合い茶会があっただろ? 私達は、母達に追い出されて薔薇園で散策をすることになったね。不機嫌な君は、母親にお気に入りの髪飾りを褒めてもらいたかったのだと、拗ねて顔を真っ赤にしていたな」
「………………えっ……そんな昔のことを……っ!?」
「私はそれまで同年代の女の子と話をする機会なんてなかったから、君に理由を話してもらえるまでどうすべきか困ったことを覚えているよ」
「それに関しましてはもう……誠に申し訳ありません……」

 正直な感想を述べるのなら、当時は「困った」というよりも「面倒だ」と思っていた。誰からもそんな応対をされたことがなかったからだ。
 もちろん、今なら色々と対応を思いつくが……シャルベリーンとはもう少し腹を割って話したい。面倒でも、向き合いたいのだ。

「だから、今も少し困っている。できれば、あの時のように教えてもらえると嬉しい」
「う…………………………………………あの……その……」

 シャルベリーンは私と目を合わせようとせず、顔をそむけたまま頬を赤く染めている。言うべきか……言わざるべきか……そんな葛藤をしているのだとよくわかる。普段はそつなく感情を隠しているというのに、こういうときはあからさまだ。

 昔のシャルベリーンは癇癪が多く、私もずいぶんと手を焼いた。父は忙しく、母には無視をされ、乳母や使用人とは距離がある。きっと、感情の行き先がなかったのだろう。
 それが落ち着いたのはいつからかと思い返すと……おそらくは、カイヤが付いてからだ。シャルベリーンの傍らにカイヤを見るようになってから、シャルベリーンは徐々に落ち着いていった。彼女らの、母娘にも姉妹のようにも見える温かみのある主従関係は、あれからずっと変わっていない。
 
 お互いの教育が進むにつれ、シャルベリーンとは建設的な会話が出来るようになった。だから、最近のシャルベリーンが曖昧に言い淀むことは滅多にない。ふたりきりの茶会の場では、少々感情的になることもあるのだが……あれはプライベートな場だからだろう。多分。
 
 十秒ほどの間、唇を動かしては閉じる動作を繰り返した彼女はきゅっと唇を引き締めてから、ぽつりとこぼした。

「…………エリ様はとても可愛らしく健気なお方ですので………………共に踊って好意を持たれたりなどは……したのかと思って……………………」
「……………………つまり?」
「つまりも何も、それだけです。他意はございません!」

 熱を持ったのであろう頬に手をあてたシャルベリーンは、相変わらず私を見ない。
 さて、出てきた理由を要約すれば……彼女は嫉妬をした……ということか。たしかに、エリは一般に魅力的な女性だと分類されるだろう。それは否定しない。

 しかし、少し踊っただけで心を移すと思われるのは心外である。……別に、悪い気分にはならないが。

 そう、私は気分が良い。
 だから、踊っていたはずのエリが、騒ぐ私達を見てにやにやと笑っていることについては……不問としようじゃないか。

 慌ただしくも楽しく日々が過ぎ、エリの魔法は上達し、だいぶ体力がついたなと思っていたら、彼女はいつのまにか護身術を身につけていた。
 受け身にはじまり、身体的拘束から逃れる技術、相手の勢いを利用して投げ飛ばす技など……確かに護衛対象が身につけていると助かる技術だろう。万が一でも相手の隙を作れる。
 もちろん、光の神子であるエリがそれを必要とする状況にならないことが一番であるが、念には念を……という心持ちは間違いではない。間違いではないが、思うところはある。

 そうして、エリの準備が色々と――本当に、色々と――整ってきた頃。ついに邪悪の正体が判明した。

 邪悪の居場所は、隣国――――シャルベリーンの母の故国。
 敗戦の責任を取って幽閉されていた前国王が、突如幽閉先の離宮を魔に染めたのだという。


 
 ――――――お前が邪悪になるんじゃない!



 本音を言わせてもらうのなら、私は何よりも先にそんなことを思った。
 王族たるもの、去るときは潔くあるべし……だ。
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