大切な人

竹田勇人

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第2話 思い出したい、思い出せない

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しとしとと雨の降る6月。教室の窓から灰色の空を眺めながら僕は大きく溜息をついた。理由は他でもない。最近、夏目との間に距離を感じているからである。もちろん、全く会話がないわけでもないし朝も一緒に登校したりもしている。それでも、どこかでなんとなく壁を作られているような気がするのだ。僕の思い違いな可能性もある。でも、何年間も一緒にいた僕が感じている違和感を、ただの勘違いとはどうしても思えない。そして、そう思うほどに授業の声は遠く、空の雨雲が大きく見えてしまうのである。
「どうした?最近元気ないな。」
休み時間になって僕の席の前に座ったのは室岡だった。
「いや…まぁ、どうってほどの話でもないんだけど、最近、夏目の距離が遠い気がするんだよな…」
「そりゃ、今までと違って日暮の方の奴も入ってきたし、友達も増えたんじゃねぇの?」
「まぁ、そうなんだけど、そうじゃないっていうか…」
僕はどうしてもはっきりとそれを飲み込めずにいた。昔からこういうのが得意じゃない。だから、こうして室岡が相談に乗ってくれたりもするけど、今回ばかりはそういう問題ではない気がしてならない。
「そんなに気になるなら直接聞いてみればいいんじゃねぇの?それとも、聞かなくてもなんか思い当たる節でもあんのか?」
「き、聞くのはちょっと…でも、思い当たる節も…」
「お前ならそういうと思ったよ。そんなんじゃあいつだってマジでどっか行っちまうぞ?確かに俺らは古い馴染みだけど、そんなもんはあいつを縛り付ける理由にはならねぇよ。あいつは自分が一緒にいたい奴と連む。それはお前が1番よく知ってんだろ?」
「う、うん。だって、夏目はすごく正直で、純粋だから。」
そう。それは僕だってよく分かってる。夏目は本当に馬鹿なくらい正直で、自分に素直で、なんでも言える。僕なんかじゃ、きっといつか離れられてしまう。そんなことは分かってる。だけど、だからと言ってそんな簡単に割り切れる話じゃない。正直で素直な夏目と同じように、臆病で優柔不断な僕がいるのも事実だ。それは、そんなに簡単に変えられることじゃない。
「お前も、俺も、昔っからあいつといて、いっつもなんでも話してきた。だけど、お互いがお互いのことをすべて知っているわけじゃねぇ。例えば、俺はお前がなんでそんなにあいつに聞くのが怖いのかは分かんねぇし、お前だって俺が普段家で何してんのか全部知ってるわけじゃねぇ。つまり、正直で純粋で、いっつも俺らと一緒にいる天真爛漫なあいつだけが本当にあいつの全てなのか。それは俺にも、お前にも分かんねぇ。あいつだけが知ってることだ。」
「おい、待てよ!それじゃあまるで、夏目が僕らに隠し事をしてるって言ってるみたいじゃん!」
「そこまでは言ってねぇよ。人の心の奥底なんて、誰にだって分かんねぇってだけの話だ。」
「そんなこと…」
室岡の言い放った言葉は鋭く僕の心を突き刺した。そしてその傷口をえぐるように室岡の温度のない視線が僕に降り注ぐ。僕はショックを受けていた。室岡から言われたことに衝撃を受けたからじゃない。室岡の言うことを僕は心のどこかで理解していて、だけど、それを認めたくなくて無理やり蓋をしてなかったことにしていた自分に気がついたからだ。僕は自分に都合のいいことだけを拾い上げて、都合の悪いことは全部しまいこんでいた。それが、室岡の言葉で一気に心を突き破る勢いで噴き出して、僕の心を大きな闇で包んでしまっていた。
    僕の心が少し平穏を取り戻した時、既に授業は終わっていた。僕は大きく深呼吸をして顔を上げた。するとそこには少し頬を赤く染めた夏目が立っていた。
「ねぇ、一緒に帰ろう?そ、そのさ…そう!か、傘を…忘れちゃったから。入れて?」
「う、うん。分かった。」
その態度が明らかに怪しいことには僕も気がついていた。だけど、僕はもう、逃げたくない。ちゃんと夏目と、向き合いたかった。帰り道も、身体は時々肩が触れるほど近いのに、心は相変わらず遠いままだ。
「ね、ねぇ…」
「な、何?」
「昔、夏目のこと、かずちゃんって、呼んでたよね。」
「止めて!その呼び方は止めて!」
そう言った瞬間、夏目は耳を塞いで首を左右に振りながら叫んだ。
「ご…ごめん…」
僕にもわけがわからないままとにかく謝った。昔、僕は何かしてしまったのだろうか?どうしても思い出せなかった。
「ご、ごめんね。もう、ここまででいいよ。また明日…」
夏目は傘を飛び出して自分の家の方へ雨の中を走って行ってしまった。
    次の日、僕が学校に行くとそこに夏目の姿はなかった。その日1日、僕は何をしていたかよく覚えていなかった。僕は初めて知った。夏目のいない学校がこんなにも空虚で、夏目のいない1日がこんなにも憂鬱だったと。
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