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第五章 姫達の郷帰りと今代の勇者達
#15 ゆっくりした後の出発前に
しおりを挟むなんだかんだでゆったりのんびりしてて、出発することになったのは4日後だった。
リズ、ファル、ウェナは日中仕事で居なかったけど、他の皆は好きなようにして過ごしてたと思う。
セヴァル達は俺達が過ごしやすいよう、いろいろ気遣ってくれてた。
エマ達のことハウスキーパーとか言ったんだけど、俺がソファーでのんびり座ってたりすると、サッとお茶出してくれたりと、ホントにメイドみたいにやってくれて、悪いなぁとは思いつつ嬉しくなってしまった。
セヴァルは家の維持管理や残ってる皆のことを一手に引き受けてくれてて、この家を報酬として貰った時一緒に受け取った支援金─相当な金額、確か魔銀貨が一枚混ざってたから、多分日本円で1億は超えてる額だと思う─それで遣り繰りしてもらってる。
人数増えたけど大丈夫か?って聞いたら「ご心配には及びません、万事お任せを」って相変わらず男前な返事が。
何でこんなに優秀なイケメン執事が俺に仕えてくれるのか、これも謎なんだけど…。
ホントもうセヴァルやエマ達には感謝することしか出来ないっていう。
そんな中で俺はティシャ、ひぃと遊んで過ごそうかなーなんて考えてたんだけど、ティシャはシータにべったり張り付いて料理を教わってた…シータが居る内にってことなんだろうな、と。
うん、まぁいいことなんだけど、ちょっと寂しかった…母親に娘を取られたみたいで。
ひぃはというと、こっちはこっちで楽器に興味を持ったらしく、マニファニの皆が練習してる時はそっちにべったりだった…音楽にはやっぱり勝てなかったわ。
何やらアーネ達もマニファニの皆に巻き込まれてたみたいだけど。
カッツはマニファニがこの街で活動するための根回しに走り回ってて、日中は殆ど家に居なかった。
皇都ほど大きくはないけど、ガルムドゲルンにもステージはあるらしく、そこで演奏出来ないか交渉してたみたい。
だけど、この街での実績を作らないと使用許可が簡単には下りないから、最初はまた路上ライブからやることになりそうだって、少し落ち込んだ感じになってた…マネージャーとして不甲斐無いとか思ってたんだろうか。
そんなカッツを見て魅音達は「演れるならもうどこだっていいよーっ」って嬉しそうに言ってたから、この街でマニファニの名が知れ渡るのもそう遠くはなさそうだ。
で、ひぃとティシャを取られて若干落ち込み気味になってた俺に一番構ってくれたのは、キャムとチェルだった。
といっても、二人が俺で遊んでる感じだったんだけど。
ある日の朝食後、庭で軽く鍛錬してからリビングに戻り、エマが入れてくれたお茶を飲んで一息ついてて、飲みきったお茶のおかわりをお願いしようかと周りを見たら…右サイドテールのメイドが俺に背を向けて近くに居た。
「チェル」
「………」
「チェル…?」
「………」
…ん?反応が無い。
聞こえてないわけじゃないよな、そんなに離れた所にいるわけじゃないし。
「チェルっ」
もしかしたら聞こえてないのかもと思って少し声を張り上げて呼んでみたら…
「お呼びでしょうか、ナオト様」
「うわっ!?えっ?あれっ?」
…俺が呼びかけてたチェルは相変わらず無反応で、代わりに俺が座ってたソファーの後ろから声が降ってきた。
見ると、そのメイドも右サイドテールだった。
もしかして…。
「ええと…キャム…?」
「……はい…お呼、お呼び…で……ぷぷぷっ」
俺が今までチェルと思って呼んでいたメイドが俺に振り返り、笑いを堪えながら返事しようとして失敗してる。
…わざとか。
髪型変えられたらホント分からないんだってっ。
右で覚えてたのに…。
「…何で今日は二人とも右なんだよ」
「気分です」
「それにずっと同じですと頭が痛くなってきますので」
「…ごもっとも」
ずっと縛ってると頭皮が引っ張られて痛くなってくるんだよな…後ろで束ねてるだけでもそれなりだし、テールなんてもっとだろうな。
いや、そんなことよりこの二人を髪型以外で区別つけられるようにならないとダメじゃん。
え、いやホント分かんないってっ。
「それでナオト様、ご用があったのでは?」
「あぁ、うん。お茶のおかわり頼めるかなって…」
「かしこまりました、ただいまお持ちします」
「どちらが持ってきたかちゃんと答えてくださいね」
「………」
そう言い残してお茶を用意しに行った二人。
なんて無茶振りを…それならもっと二人をじっくり観察させて欲しかった。
家にいる内に何とか二人を見分けられるようにならないと…。
─結局、家に居る間ずっとこんな感じでからかわれ続けて、出発するまで見分けることは出来ませんでしたが。
帰ってきたらリベンジしてやる…。
夜の方は…言うまでもなく、毎日全員でお風呂に入って、寝る時は必ず誰かが来てくれましたよ。
初日の夜は留守番組の5人が、次の日は黒惹華のメンバーで、その次の日は魅音と何故かマニファニの皆が、そして昨日は…これまた何故かメイドの皆が、と毎日入れ代わり立ち代わりで。
来てくれたからには拒む事も出来ず…嘘です、家だから拒むつもりは毛頭無く、初日以外は多少寝付くのに苦労した…ひぃとティシャの癒し効果ときたら抜群の安息感でした、それはもう俺が一番最初に寝付いた程に。
…出発する時、ファルが少し気持ち悪そうにしてたのは気のせいじゃないと思う。
食い過ぎだな、あれは…そりゃ毎晩呼んだらそうなるって分かってるだろうに。
もしかして、皆に頼まれてたんだろうか…。
いや、でも毎晩手出してたわけじゃないぞっ?
初日の夜はマニファニの依頼を受けに行く前の晩と同じ組み合わせで、リズが襲ってきた時点でもう我慢とか無理だった。
次の晩はもう完全に俺が無理でした、あのもふもふの誘惑に抗えるはずもなく…一人だけもふもふじゃなくてもにゅもにゅでしたが。
何で俺、現実で手出してないのかが不思議なくらい…って、いやだからひぃやティシャの前だからだって。
他の夜は流石に手は出さなかったけど、何故か皆俺を甘やかしにきて…多分それだけでファルのお腹は膨れ上がってたんだろうな。
ファミのツンデレ具合がハンパなくて飛び掛かりそうになったのを耐えるのが一番キツかった…容姿がどストライクな上に、現実でいるわけが無いと思ってたから余計。
でもそう考えると、これファルの為にも現実でしないとダメか?もしかして…。
ファル頼みにこんな弊害が…俺がこんなんだから皆もファル頼みになってるってこと?
ヤバい、ちょっと真面目に考えてみよう、ファルに負担掛け過ぎだ…。
そんな感じで過ごし、さっき家に残ってる皆に見送られて家を出た。
ファルは仕事休みで見送り組に居たからちゃんと謝ったら、少し苦しそうな顔で無理して笑ってくれた…ホントごめんなさい、戻って来たら何とかするので。
ひぃとティシャにはいってらっしゃいのチューを貰えた…嬉しすぎてギュッて強く抱き締め過ぎたらしく、タップされちゃったけど。
で、リズが居る冒険者ギルドまでやって来たら…
「どうよ尚斗っ、追い付いてやったぜっ!」
「アタシ達もみんな上がったわよっ」
「モ、モリーちゃんのおお、おかげで、す」
「ああ、かなり楽になったからな。この調子でいきたいものだ」
…着いて早々、何故か弘史達とかち合って、顔を合わせた途端ギルドカードを俺に見せびらかしてきた。
それは、俺の持ってるギルドカードと同じ色をしている…つまり、俺と同じランクになったってことだ。
「会って早々何かと思えば…。まさかそれを俺に自慢するためだけに待ち構えてたとかじゃないよな?」
「あー、待ってたのは否定しねぇけど、ワケは別だな」
どうやら俺達を待ってたのは間違い無いけど、別にランクアップを自慢するためじゃ無かったらしい。
いや、弘史のことだからそれも含めて別の理由もあるってとこだろうな。
「ん?ウチらのこと待ってたん?」
「そ、そうなんです、よ」
「アタイらになんか用でもあんのか?」
「まぁ、用と言えば用なんだが……」
「アンタ達、これからアタシの国に行くんでしょっ?」
「ちょっとモリー、なんであなたが知ってるのよっ、それっ」
「ふんっ!アタシの情報網を甘く見ないでよねっ」
情報網て…やっぱりモリーってラナのストーカーなんじゃないのかと。
ホントラナのこと好き過ぎだろう?
「ワタシがポロッと漏らしただけでしょー?モリーちゃん」
「あ、ちょっ…リズ姉さんそれ言わないでよっ!」
「「「「「リズ姉さん(~)?」」」」」
受付カウンターから俺達の所へやって来たリズが唐突に会話の輪へ入ってきて、リオを除く俺達黒惹華の面々が驚いた…モリーがリズを姉さん呼びしたことに。
「モリーちゃん~、なんでぇ~リズちゃんがぁ姉さんなぁのぉ~?」
「あぅ、いや、それは…」
「マールちゃんもみんなもそこはツッコまないであげてっ。ま、実際ワタシの方が歳上なんだし、おかしなことじゃないでしょー?」
「そらまぁ、確かにそうやけど…」
「けどあのモリーだぜ?ウッキーウッキー言いながら誰にでも突っ掛かる」
「そうよね…激しく違和感があるんだけど……」
「ちょっとアーネ!何よその言い方っ!うっきー!」
「ほれ、言ってんじゃねーか」
「まーまー、細かいことは気にしないのっ。それよりもう出発するの?」
「ん。あぁ、もう出るよ。皆には行ってくるって言ったから、あとはリズとウェナだけだ」
モリーのことはさらっと流して聞いてくるリズ。
まぁ気にはなるけどリズがそうしたいんなら別にいいか、その内分かるだろうし、多分。
仕事組のファルは休みで家にいたからファルを含め皆には行ってきますを言えた。
だからこうして今リズの居るギルドに寄って、ウェナの所へはこの後また食料調達しに行こうと思ってる。
実を言うともう収納の中にシータの作った弁当が入ってたりするんだけど、ウェナのサンドイッチは皆にも好評だから持っていきたいってことになって、ノルチェへ寄るのはウェナへの挨拶だけじゃないってわけだ。
「そっか、わざわざありがとねっ。心配はしてないけど、一応気を付けて行ってきてねー。着いたら一旦戻ってくるんでしょ?」
「そのつもりだよ。リズも留守番よろしくな。何かあったらアコに頼むよ」
「うん、了解っ」
「それとあんまり抜くなよ?優里香さんもいるんだし、クリスさんとか他の人に迷惑掛けないようにな」
「大丈夫よー、そんなヘマはしないってっ」
ヘマしないようにして抜く気満々ってことじゃないのか、それ…全くしょうがないな、リズは。
「よし、クリスさんに釘刺しとくか」
「ちょっとっ!大丈夫だって言ってるでしょー!」
「何が大丈夫なのかしら?リズ」
と、俺が冗談混じりに言ってたら、向こうからやって来た…クリス女史本人が。
隣には優里香さんも居る。
「えっ!チーフっ!なっ、何でもないですよっ、何でもーっ」
「ふふっ、相変わらず楽しそうですね、皆さん」
「どうも、優里香さん。もう慣れましたか?受付嬢の仕事は」
「はい、何とか。皆さんに助けてもらいながらですが」
にっこり笑って応えてくれる優里香さん。
その感じだと本当に大丈夫そうだ、受付業務も慣れてきたんだろう。
「ユリカさん、リズはちゃんとやってます?」
「ええ、頼れる先輩ですよ」
「私から見ても良くやってくれてるわよ、リズは」
「…チーフがそう言うなら信じますけど……」
「ほらーっ、ワタシだってやる事はちゃんとやってるんだからねっ」
「普段のリズ見てるとそうは思えへんのやけどなぁ…」
シータの言う通り、俺達と一緒に居る時のリズからは想像出来ないからなぁ。
仕事とプライベートの切り替えはちゃんと出来てるってことにしておこうか、クリス女史がこう言ってるんだし。
「まぁ、ちゃんとやってるんならそれでいいけどな。クリスさん、俺達しばらくここを離れるので、何かあったらリズにお願いします。すぐ連絡取れますので」
「リズから聞いてるわ、獣連邦に行くんですってね」
「はい、姫達の郷帰りってことで」
「あら、そこはご挨拶のためじゃないの?」
「うっ…そ、それも当然含まれます……」
「ふふっ、頑張ってね。こっちはこっちでやっておくわ。領主様にも私の方から伝えておいてあげる。どうせ言ってないんでしょう?」
あ、ヤバい、そういやゲシュト様やブリュナ様に伝えてなかった…あんな家まで都合してもらってたのに、一番伝えなきゃいけない人に言ってないとか抜けてるにも程がある…。
「ゲシュトのおっさんは好きにしていいって言ったんだ、別にわざわざ言わなくってもいいだろ。んな細かいことイチイチ気にするようなやつじゃねぇって、あのおっさんは」
「確かにそうかもだけど、それでも礼儀としてだな…」
「かぁーっ、相っ変わらず固ぇなぁーっ尚斗はよっ。アーネちゃんの言う通りだってのにっ。あー、クリスさんよぉ、次いでに俺達も行くって言っといてくんね?」
「「「「「はぁ(~)っ!?」」」」」
弘史が突然自分達も行くとか言い出した。
もしかしなくても最初からそのつもりで待ち構えてたのかっ!?
「おい弘史っ、なんでお前まで行くんだよっ!」
「あ?んなの決まってんだろ、こっちも郷帰りだっつーのっ。俺だって挨拶しに行かなきゃなんねーんだしよ」
「あっ…モリーのことかいなっ」
「あぁ、つまりはそういうことだ。まぁ私の国にもだがな」
「わ、わたし達はじゅ獣人達のくく、国と、エ、エルフの国にい、行くんです、よ」
「そっか、そっちもアタイらと同じだもんな。ん?ってことはナオト、こっちもリオんとこに挨拶しにいかねーとダメじゃね?」
「いや、うん、それは分かってるんだけど…今回は勇者達に会うってのが一番の目的かなって…リオの為にも」
リオが多分一番気にしてるとこだろうから、優先的にそっちかなって俺の中では決めてたんだけど。
挨拶忘れてたわけじゃないから、ホント。
「あー、エクリィが言ってたやつか。ま、目的地は同じなんだ、また一緒っつーことでよろしくなっ!」
「端っから一緒に行くつもりだったのか…。それでわざわざ待ち構えてたとか、だったらその前に言っといてくれればいいだろ、家隣なんだし」
「ちょっとしたサプライズだってのっ。うっし!んじゃ準備して早速行こーぜっ!」
一緒に行くって決めた途端仕切りだしやがった…あれか、ランクアップして調子乗ってるのか?
けどまぁ別に俺としては嫌ってわけでもないし、皆がいいって言うなら一緒でもいいか。
「なんでお前が仕切るんだよ、まったく…。なんかこうなっちゃったけど、いい?みんな」
「あぁ、なんも問題ねーぜっ」
「「「うん(~)」」」
「リオも大丈夫?」
「……(コクっ……。……また……一緒、で……嬉、しい………」
大丈夫だろうとは思ってたけど、やっぱりそうだった。
リオも問題無さそうだ。
「了解。じゃあまた一緒にってことで。クリスさん、すみませんがよろしくお願いします。優里香さんも頑張ってください」
「ええ、道中気を付けて行ってらっしゃい」
「私も頑張ります。リズさんもいますし」
「だってよ。リズ、ちゃんとやれよな?」
「当たり前でしょ?こっちの心配はいいから、パパっと行ってらっしゃいっ。あっ、そうだ忘れ物っ!」
「っと…んっ!?」
リズが忘れ物って言って俺に飛び込んできて、抱き止めた俺にキスしてきた…頬じゃなくて唇に。
ここ、ギルド内なんですけど…。
「にひっ。いってらっしゃい、ア・ナ・タっ」
「……あぁ、行ってくるよ、リズ」
ギルド内と分かっていても、こうしていってらっしゃいのキスを貰えて嬉しくないわけも無く、俺もそれに応えて二人だけの空間を思わず作ってしまった。
「おいリズっ、そーゆーのは家でやれっ!」
「そうやっ!人前はダメなんちゃうのっ!」
「何やってるのよリズはっ!」
「リズちゃんはぁ~平気なんだぁねぇ…」
「…リズ、あなたちょっとこっちいらっしゃい。ここが何処だか分かっていないようね」
「あ、ちょっ…チーフーっ!」
襟首引っ掴まれて俺から無理矢理引き剥がされ、ズルズルと引っ張られていったリズ。
そんなリズを見て苦笑いをしながら俺達に一礼して、一緒に付いて戻っていった優里香さん。
なんか締まらない出発になっちゃったけど、リズだからしょうがないか、と思いつつ、キスを貰えてニヤニヤしそうなのを堪えながら、俺達はギルドを後にした。
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