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File6/Page3 悲しき歴史
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「お待たせしました。簡単なものですけど召し上がってください」
台所へ行ってから15分ばかり、鹿野がお盆に冷やし中華を載せて居間に戻ってきた。
「すっげー!たった15分しか経ってないのに、こんな豪華なお昼御飯が出来上がるなんて、鹿野さんは料理上手だね」
「本当よ、テキパキと食材刻んだり、麺の湯で時間も完璧、一番感心したのは盛り付けかな。私の出る幕殆どなかったし」
そう言いながら、麦茶を運んできた小郡も居間へと戻ってきた。
麦茶には大きな氷が一つ浮かんでいて、いかにも涼しげだ。
「そんなにたいそうなものじゃないですよ?」
「いや、でもこれはすごい。じゃあ早速いただきます」
「ちょっと、駿ちゃんがっつきすぎだよ⁈」
「駿之介、お前は子供か。ちょっとは我慢を知れ」
「うまい!鹿野さん、この冷やし中華本当に美味しいよ」
「ふふふ、それはよかったです。さぁさぁ、私たちもぬるくならないうちに食べませんか?」
「そうだね、いただきます」
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
「おかわり!」
「お前はもうちょっとゆっくり食べろ、駿之介!」
楽しいお昼休みはあっという間に過ぎていった。
―――――――――――――
お昼休憩を終え、俺たちは会議を再開させた。
「私たちが考えなければいけないことは2つです。まず、なぜ、Xは学校を辞めなければならなかったのか。次に、Xは一体なにをしたのか。これは3つの部活がXに感謝の情を抱いている理由とも直結すると思います」
「あと、永久保存用の資料がなぜ、特定の3年分無いのかも気になる」
「博人の言う通りだね。きっと全部は一本の線で繋がってると思うよ」
「でも、どれから手を付ければいいんだろうね…」
「確かにな」
みんなの言う通り、今回の謎は点と点が一本の線で繋がっている、つまり全ての謎が他の謎とつながっている可能性が高い。これは、どの方面からアプローチしても、一つ謎が解ければ2つ目3つ目へのアプローチが非常にたやすいものであることを示唆している。
しかし、最初に解決する謎を間違えれば、他の謎の問いにたどり着くまでに遠回りを余儀なくされることもあるだろうし、最初の謎を間違って解いてしまえば、他の謎の問いは絶対に解けなくなってしまう。つまり、最初に解く謎をどれにするか、これも非常に重要なポイントであると言えるだろう。
「そういえば、戸田さん」
「ん?なんだ」
「この間電車で話した、亡くなった叔父の遺品の塑網の事覚えてますか?」
「あぁ、遺品整理してて見つかったって言うあれだろ」
「はい、みなさんも、叔父の遺品である塑網を持ってきたので是非見てください」
そう言いながら、鹿野は机の上に一冊のノートを置いた。表紙には塑網No.2とあり、中は確かに俺たちのよく知っている塑網の様だが、他の塑網と比べ、これが違うところに皆気が付ていた。
「ねぇ、なんでこの塑網だけノートに書いてあるの?」
「真由美の言う通りだね、部室にあった塑網No.2はちゃんと印刷したものを冊子にしているのに、これだけはノートに手書きだよ」
「確かに、不思議ですね」
「お前ら、ちゃんと最後のページまで読んだか」
「最後のページですか?」
「あぁ、あとがきの下だ」
俺はノートをめくりながら、手書きの後書きの下を指さした。
「校了印だ」
「これって、学校が部誌の内容に不適切なものがない事を確認したうえで、販売していいですよって事で押すあれだよね」
「えぇ、真由美ちゃんの言う通りですよ。でも、という事は、このノートは校了原稿なんですかね」
「校了原稿?」
「部誌の内容を学校に提出して校了印をもらった原稿の事だ。でも、普通原稿用紙に書くと思うんだが、なぜノートなんだろうな」
「原稿用紙がなかったから、ノートに書いちゃいました、的なノリじゃない?」
「なんだそれ」
「駿ちゃん、それはないと思うよ」
「ふふ、でも面白いですね」
博人は急に変なことを言いだす。これがこいつの面白いところでもあるし、ちょっと危なっかしいところでもある。
…。原稿用紙がなかった…。
「ちょっと、2時間ぐらい出てきてもいいか?」
「どうしたのよ戸田。どこに行くつもり?」
「もしかして博人、何かわかったね」
「本当ですか、戸田さん!」
「まぁちょっとな。すぐ戻る」
――――――――――――――――-
「次は、終点長田浜、長田浜です。お忘れ物無きよう、ご注意ください」
あれから俺は電車に乗り、高校まで戻ってきた。夏休みなので、部活がある生徒がちらほらと登校してる程度で、いつものにぎやかな雰囲気が嘘の様である。
俺は、部室へと向かう訳ではなく、事務室へと向かった。
「こんにちは」
「はいはい、どうしたかな」
部屋の奥に座っていた事務員さんが俺の挨拶を聞きつけて、奥の方から返事をする。
「あぁ、君は確かミステリー部の」
「戸田です」
「どうしたのかな?私に何か用事かい?」
「もう一度備品倉庫を見せていただきたいんです」
「また塑網を探すのかい?」
「いえ、今日は別の物を」
事務員さんに連れられ、俺は備品倉庫へと足を踏み入れる。
この暑さだ。密閉された備品倉庫からは熱気がひしひしと伝わってくる。足を踏み入れただけで額に汗が浮かぶほどだ。
「私も手伝おう。何を探すんだい?」
「1981年の各部の校了原稿です」
「…、どうしてそれを探すんだい?」
「とりあえず、見つけてから話しますよ。どこですか、校了原稿が保管してあるところは」
「こっちだ、ついておいで」
事務員さんに案内され、棚の前に着くと、そこは部誌のバックナンバーが並べてあった棚の向かい側であった。たくさんの原稿用紙が茶封筒に入って、年度別に保管されている。
俺は迷うことなく、1981年の校了原稿を棚から取り出した。
「事務員さん、これを見てください」
「校了原稿だね。それは文芸部のかな」
「えぇ。確かに文芸部の校了原稿ですが、少し不自然なんですよ」
「と言うと?」
「見比べた方が早いかもですね」
俺は昨年度の校了原稿が入った茶封筒を棚から取り出し、中の束を引っ張り出した。
中からは、文字がびっしりと書かれた、先輩たちの努力の証であろう原稿用紙が顔を覗かせる。
「これを見て分かりますよね。普通、校了原稿はきちんとした原稿用紙に書いて提出する物なのに、この年の物だけ、1981年の物だけは、裏紙なんですよ」
「…」
「そして、その表面には」
俺は校了原稿を裏返す。そこには『1981年 生徒会会計報告』『1981年 文化部員名簿』など、本来永久保存用資料であろう物が書かれていた。
「事務員さん、いえ、南陽勲さん。貴方ですよね、学校と戦って、後輩たちのために紙を手に入れたのは」
「…。そうか、君はそこまで分かっているか」
「話してください、一体あの時何があったのか」
「そうだねぇ、あれは今日みたいに暑い日だったよ」
―――――――――――――――
「どういうことですか。たったこれだけじゃ、部誌が作れません」
「学校もこれだけしか用意できないんだ。どうにかしてくれ」
1981年、その前2年間を含めだけれども、何があったか知っているかい?戸田君と言ったかな、君はオイルショックという言葉を聞いたことあるかな?この時、石油の値段だけじゃなく、トイレットペーパーの値段なんかも上がって、日本中は大騒ぎだったんだよ。
その騒ぎの余波が、学校にも押し寄せてね。紙を十分に買う事ができなくなってしまったんだ。学校としては、紙の供給に優先順位を付けて、紙を分配したんだけれど、文化部が部誌発行に使う紙の供給量はたったの160枚。当時部誌を作っていたのは4部活だったから、1部活当たり40枚しか供給されなかったんだ。
校了原稿のために20枚使うとすれば、残りはたった20枚。この20枚に部誌を印刷して販売しなくちゃならなかったんだ。そんなの、無理だよね。4部活は共闘を組んで、学校と交渉することにしたんだ。その共闘会の会長が当時ミステリー部の部長だった、僕だったんだ。
「たったあれだけの供給では、部誌の発行は不可能です。お願いです、もう少し紙を僕たちに回してください」
「南陽、何度も言っているが、学校も一杯一杯なんだ。あれがお前たちに回せる限界量なんだ」
「先生!」
「何度言っても、無理なものは無理だ」
教師は、全く取り合ってくれなかった。共闘会は、教師たちとの話し合いの土俵にも立てなかったんだ。
「なんで、なんで教師は分かってくれないんだ」
「なぁ、南陽。今年は発行無理なんじゃないのか」
「何言ってるのよ文芸部!そんなの嫌よ」
「そんなこと言っても、紙が無いんじゃあ、部誌の発行なんてできないだろ」
「でも、教師は全く話し合いに応じてくれないぞ」
「…」
悔しかったよ。私たちの高校生活の中心であった部活動が否定されたみたいで。その時、私は考えたんだ。
「教師が、俺たちとの話し合いの土俵に立たないのであれば、俺たちも好き勝手やろう」
「なんだ、紙の強奪でもするか」
「いや、さすがにそれは無理だ。でも、もう一度使われた紙を使えば」
それが、今戸田君の持っている、裏紙を利用した校了原稿の誕生だったんだよ。
私たちは1979年からの永久保存用資料、当時は過去3年分の資料は見本のために誰でも自由に見る事ができたから、それを奪って、裏紙に原稿を書いたんだ。
「お前たち、なんだこの原稿は!」
校了印をもらわなければいけないという事は、教師にその原稿を提出しなければいけない事でもある。そりゃあ怒られたよ。とんでもないくらいね。でも、私は引かなかった。若者の意地ってやつかな
「先生方は、私たちとの話し合いに全く応じてくださらなかった。なのに、私たちが事を行えばそう怒鳴りつける。いったいあなたたちは何様なんだ」
「…、こいつ、誰に向かって口をきいているんだ」
「貴方たちと話し合う事は何もない、さっさと校了印を押せ!」
結果、部誌は発行できたんだけれど、勝手に永久保存用資料を使ったこと、教師への暴言が問題となり、共闘会の会長だった私は、まぁ、見せしめとして退学にされたんだ。
――――――――――――――――――
「なんで、あなたは、塑網に『私を忘れないで』なんて込めたんですか。あなたが退学になる1年前じゃないですか」
「そうだねぇ、1980年から、紙の供給量が少なくなってきてはいたんだ。でも、それは発行できないほどのものではなかった。でも、来年はどうなるか分からない、もしかしたら、この部誌も今年限りかもしれない。そう思ったら、部誌に何かメッセージを、分かる人には、強く、いつまでも、この部誌の存在を覚えていてもらえるものを無性に作りたくなったんだ」
=================
塑網がNo.2で発行停止になったのは、南陽さんの退学と合わせ、南陽さんが部長をしていた、ミステリー部へのペナルティや共闘会に参加していた他部活への牽制という意味もあったのかもしれない。
いずれにせよ、一人の生徒の高校生活と引き換えに、今も長田浜高校では部誌が文化祭で販売されている。それは、あまりに残酷な歴史であり、一人の生徒の熱い思いの写し鏡でもあるもかもしれない。
台所へ行ってから15分ばかり、鹿野がお盆に冷やし中華を載せて居間に戻ってきた。
「すっげー!たった15分しか経ってないのに、こんな豪華なお昼御飯が出来上がるなんて、鹿野さんは料理上手だね」
「本当よ、テキパキと食材刻んだり、麺の湯で時間も完璧、一番感心したのは盛り付けかな。私の出る幕殆どなかったし」
そう言いながら、麦茶を運んできた小郡も居間へと戻ってきた。
麦茶には大きな氷が一つ浮かんでいて、いかにも涼しげだ。
「そんなにたいそうなものじゃないですよ?」
「いや、でもこれはすごい。じゃあ早速いただきます」
「ちょっと、駿ちゃんがっつきすぎだよ⁈」
「駿之介、お前は子供か。ちょっとは我慢を知れ」
「うまい!鹿野さん、この冷やし中華本当に美味しいよ」
「ふふふ、それはよかったです。さぁさぁ、私たちもぬるくならないうちに食べませんか?」
「そうだね、いただきます」
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
「おかわり!」
「お前はもうちょっとゆっくり食べろ、駿之介!」
楽しいお昼休みはあっという間に過ぎていった。
―――――――――――――
お昼休憩を終え、俺たちは会議を再開させた。
「私たちが考えなければいけないことは2つです。まず、なぜ、Xは学校を辞めなければならなかったのか。次に、Xは一体なにをしたのか。これは3つの部活がXに感謝の情を抱いている理由とも直結すると思います」
「あと、永久保存用の資料がなぜ、特定の3年分無いのかも気になる」
「博人の言う通りだね。きっと全部は一本の線で繋がってると思うよ」
「でも、どれから手を付ければいいんだろうね…」
「確かにな」
みんなの言う通り、今回の謎は点と点が一本の線で繋がっている、つまり全ての謎が他の謎とつながっている可能性が高い。これは、どの方面からアプローチしても、一つ謎が解ければ2つ目3つ目へのアプローチが非常にたやすいものであることを示唆している。
しかし、最初に解決する謎を間違えれば、他の謎の問いにたどり着くまでに遠回りを余儀なくされることもあるだろうし、最初の謎を間違って解いてしまえば、他の謎の問いは絶対に解けなくなってしまう。つまり、最初に解く謎をどれにするか、これも非常に重要なポイントであると言えるだろう。
「そういえば、戸田さん」
「ん?なんだ」
「この間電車で話した、亡くなった叔父の遺品の塑網の事覚えてますか?」
「あぁ、遺品整理してて見つかったって言うあれだろ」
「はい、みなさんも、叔父の遺品である塑網を持ってきたので是非見てください」
そう言いながら、鹿野は机の上に一冊のノートを置いた。表紙には塑網No.2とあり、中は確かに俺たちのよく知っている塑網の様だが、他の塑網と比べ、これが違うところに皆気が付ていた。
「ねぇ、なんでこの塑網だけノートに書いてあるの?」
「真由美の言う通りだね、部室にあった塑網No.2はちゃんと印刷したものを冊子にしているのに、これだけはノートに手書きだよ」
「確かに、不思議ですね」
「お前ら、ちゃんと最後のページまで読んだか」
「最後のページですか?」
「あぁ、あとがきの下だ」
俺はノートをめくりながら、手書きの後書きの下を指さした。
「校了印だ」
「これって、学校が部誌の内容に不適切なものがない事を確認したうえで、販売していいですよって事で押すあれだよね」
「えぇ、真由美ちゃんの言う通りですよ。でも、という事は、このノートは校了原稿なんですかね」
「校了原稿?」
「部誌の内容を学校に提出して校了印をもらった原稿の事だ。でも、普通原稿用紙に書くと思うんだが、なぜノートなんだろうな」
「原稿用紙がなかったから、ノートに書いちゃいました、的なノリじゃない?」
「なんだそれ」
「駿ちゃん、それはないと思うよ」
「ふふ、でも面白いですね」
博人は急に変なことを言いだす。これがこいつの面白いところでもあるし、ちょっと危なっかしいところでもある。
…。原稿用紙がなかった…。
「ちょっと、2時間ぐらい出てきてもいいか?」
「どうしたのよ戸田。どこに行くつもり?」
「もしかして博人、何かわかったね」
「本当ですか、戸田さん!」
「まぁちょっとな。すぐ戻る」
――――――――――――――――-
「次は、終点長田浜、長田浜です。お忘れ物無きよう、ご注意ください」
あれから俺は電車に乗り、高校まで戻ってきた。夏休みなので、部活がある生徒がちらほらと登校してる程度で、いつものにぎやかな雰囲気が嘘の様である。
俺は、部室へと向かう訳ではなく、事務室へと向かった。
「こんにちは」
「はいはい、どうしたかな」
部屋の奥に座っていた事務員さんが俺の挨拶を聞きつけて、奥の方から返事をする。
「あぁ、君は確かミステリー部の」
「戸田です」
「どうしたのかな?私に何か用事かい?」
「もう一度備品倉庫を見せていただきたいんです」
「また塑網を探すのかい?」
「いえ、今日は別の物を」
事務員さんに連れられ、俺は備品倉庫へと足を踏み入れる。
この暑さだ。密閉された備品倉庫からは熱気がひしひしと伝わってくる。足を踏み入れただけで額に汗が浮かぶほどだ。
「私も手伝おう。何を探すんだい?」
「1981年の各部の校了原稿です」
「…、どうしてそれを探すんだい?」
「とりあえず、見つけてから話しますよ。どこですか、校了原稿が保管してあるところは」
「こっちだ、ついておいで」
事務員さんに案内され、棚の前に着くと、そこは部誌のバックナンバーが並べてあった棚の向かい側であった。たくさんの原稿用紙が茶封筒に入って、年度別に保管されている。
俺は迷うことなく、1981年の校了原稿を棚から取り出した。
「事務員さん、これを見てください」
「校了原稿だね。それは文芸部のかな」
「えぇ。確かに文芸部の校了原稿ですが、少し不自然なんですよ」
「と言うと?」
「見比べた方が早いかもですね」
俺は昨年度の校了原稿が入った茶封筒を棚から取り出し、中の束を引っ張り出した。
中からは、文字がびっしりと書かれた、先輩たちの努力の証であろう原稿用紙が顔を覗かせる。
「これを見て分かりますよね。普通、校了原稿はきちんとした原稿用紙に書いて提出する物なのに、この年の物だけ、1981年の物だけは、裏紙なんですよ」
「…」
「そして、その表面には」
俺は校了原稿を裏返す。そこには『1981年 生徒会会計報告』『1981年 文化部員名簿』など、本来永久保存用資料であろう物が書かれていた。
「事務員さん、いえ、南陽勲さん。貴方ですよね、学校と戦って、後輩たちのために紙を手に入れたのは」
「…。そうか、君はそこまで分かっているか」
「話してください、一体あの時何があったのか」
「そうだねぇ、あれは今日みたいに暑い日だったよ」
―――――――――――――――
「どういうことですか。たったこれだけじゃ、部誌が作れません」
「学校もこれだけしか用意できないんだ。どうにかしてくれ」
1981年、その前2年間を含めだけれども、何があったか知っているかい?戸田君と言ったかな、君はオイルショックという言葉を聞いたことあるかな?この時、石油の値段だけじゃなく、トイレットペーパーの値段なんかも上がって、日本中は大騒ぎだったんだよ。
その騒ぎの余波が、学校にも押し寄せてね。紙を十分に買う事ができなくなってしまったんだ。学校としては、紙の供給に優先順位を付けて、紙を分配したんだけれど、文化部が部誌発行に使う紙の供給量はたったの160枚。当時部誌を作っていたのは4部活だったから、1部活当たり40枚しか供給されなかったんだ。
校了原稿のために20枚使うとすれば、残りはたった20枚。この20枚に部誌を印刷して販売しなくちゃならなかったんだ。そんなの、無理だよね。4部活は共闘を組んで、学校と交渉することにしたんだ。その共闘会の会長が当時ミステリー部の部長だった、僕だったんだ。
「たったあれだけの供給では、部誌の発行は不可能です。お願いです、もう少し紙を僕たちに回してください」
「南陽、何度も言っているが、学校も一杯一杯なんだ。あれがお前たちに回せる限界量なんだ」
「先生!」
「何度言っても、無理なものは無理だ」
教師は、全く取り合ってくれなかった。共闘会は、教師たちとの話し合いの土俵にも立てなかったんだ。
「なんで、なんで教師は分かってくれないんだ」
「なぁ、南陽。今年は発行無理なんじゃないのか」
「何言ってるのよ文芸部!そんなの嫌よ」
「そんなこと言っても、紙が無いんじゃあ、部誌の発行なんてできないだろ」
「でも、教師は全く話し合いに応じてくれないぞ」
「…」
悔しかったよ。私たちの高校生活の中心であった部活動が否定されたみたいで。その時、私は考えたんだ。
「教師が、俺たちとの話し合いの土俵に立たないのであれば、俺たちも好き勝手やろう」
「なんだ、紙の強奪でもするか」
「いや、さすがにそれは無理だ。でも、もう一度使われた紙を使えば」
それが、今戸田君の持っている、裏紙を利用した校了原稿の誕生だったんだよ。
私たちは1979年からの永久保存用資料、当時は過去3年分の資料は見本のために誰でも自由に見る事ができたから、それを奪って、裏紙に原稿を書いたんだ。
「お前たち、なんだこの原稿は!」
校了印をもらわなければいけないという事は、教師にその原稿を提出しなければいけない事でもある。そりゃあ怒られたよ。とんでもないくらいね。でも、私は引かなかった。若者の意地ってやつかな
「先生方は、私たちとの話し合いに全く応じてくださらなかった。なのに、私たちが事を行えばそう怒鳴りつける。いったいあなたたちは何様なんだ」
「…、こいつ、誰に向かって口をきいているんだ」
「貴方たちと話し合う事は何もない、さっさと校了印を押せ!」
結果、部誌は発行できたんだけれど、勝手に永久保存用資料を使ったこと、教師への暴言が問題となり、共闘会の会長だった私は、まぁ、見せしめとして退学にされたんだ。
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「なんで、あなたは、塑網に『私を忘れないで』なんて込めたんですか。あなたが退学になる1年前じゃないですか」
「そうだねぇ、1980年から、紙の供給量が少なくなってきてはいたんだ。でも、それは発行できないほどのものではなかった。でも、来年はどうなるか分からない、もしかしたら、この部誌も今年限りかもしれない。そう思ったら、部誌に何かメッセージを、分かる人には、強く、いつまでも、この部誌の存在を覚えていてもらえるものを無性に作りたくなったんだ」
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塑網がNo.2で発行停止になったのは、南陽さんの退学と合わせ、南陽さんが部長をしていた、ミステリー部へのペナルティや共闘会に参加していた他部活への牽制という意味もあったのかもしれない。
いずれにせよ、一人の生徒の高校生活と引き換えに、今も長田浜高校では部誌が文化祭で販売されている。それは、あまりに残酷な歴史であり、一人の生徒の熱い思いの写し鏡でもあるもかもしれない。
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