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第2章
弟子と本音※
「俺に師匠の分身をください」
「……」
朝食の盆を月澄へ渡した瞬間、香寧は唐突にそんなことを言われた。
分身とは霊力を練って作る、もう一人の自分のことだ。離れていても五感を共有でき、簡単な会話や歩行程度ならこなせる。
「あげません。変なことに使う気だろう」
「使いません。一緒に寝るだけです」
「寝るっ……」
香寧は思わず周囲を見回した。幸い、食堂は朝食時で騒がしく、近くに人も居ない。誰にも聞かれていないようで、胸を撫で下ろす。
「添い寝という意味ですが……。俺、変なことを言いましたか?」
「うるさい。早くご飯を食べて稽古へ行きなさい」
些細な言葉に過剰に反応している自覚があり、香寧は少し顔を赤くした。それを見た月澄は、しばらく香寧を見つめた後、大人しく卓へ向かう。
平常心を装いながら椀へ汁を注いでいると、不意に丹新山へ入ってくる人の気配を感じた。白宵の付き人の一人、洛悠だ。
「どうもお久しぶりですぅ~。白宵真人の代打で来ました~。お忙しいところすみませ~ん。もう帰るのでお気になさらず~」
「は、はぁ……」
客間へ通すと、洛悠はいつにも増して笑みを深め、えらくそわそわしていた。お茶の代わりに朝食の汁を出してやると、「沁みる~」と妙に感動しながら飲み始める。
「これ、白宵真人からのお土産です。質に売るなとのお達しです」
(売ります)
香寧は心の中で即答した。
「あとこちらは……」
洛悠が黒い小箱を取り出し、香寧へ差し出す。そして、口元へ手を添えて小声で囁いた。
「端的に申し上げますと、媚薬です」
「!!」
香寧は思い出した。
以前、洛悠が持ってきた双修用の霊薬のせいで、とんでもない目に遭ったことを。残りの霊薬は既に処分済みだが、思い出すだけで頭が痛い。香寧は思わず身を乗り出した。
「前回の霊薬、使ってくださったんですね~聞きましたよ~」
「あの、洛悠さん!」
「えっいやいや、今回は違います。こちらは白宵真人からですので、私の意思ではありませんよ。信じてください」
「だからって……」
「それに前回の時、私はきちんと説明申し上げましたので何も悪いことはしておりません」
「いや、でも」
「結果的に怪我は治ったと聞きましたし良かったではありませんか。いや~、さすが渡雲香君であります。偉大なるお体に高潔な霊気が収められており、誠に尊敬いたします」
「ちょ、ちょっと!」
洛悠は息継ぎもせず喋り続ける。香寧が反論できずにいると、客間の扉が叩かれた。
「お話中のところ申し訳ありません。師匠、裴師から、結界が乱れているので来て欲しいと」
月澄だった。
「分かった、ありがとう」
「あ、では私は帰りますね~」
「……洛悠さん。これは受け取れません」
香寧は慌てて黒い箱を差し出す。洛悠は素直に受け取った後、なんと月澄の方へ歩いていった。
「では、お弟子さんへ差し上げます」
「はぁ」
「月澄、受け取ってはダメだ!」
思わず声が裏返る。月澄は困惑しながらも箱を受け取った。洛悠は無駄に厳粛な面持ちで続けた。
「林宮主。お弟子さんにも、いつか必要な時が来るかもしれません」
「私の弟子にそんな時きません! 」
「あの、これは一体何でしょうか」
洛悠は妙に仰々しく一礼すると、真面目な顔で説明した。
「高い霊力が込められた薬になります。有難いものですので、是非お受け取りを」
「月澄、嘘だよ! 嘘ではないけど! 」
「分かりました。ありがとうございます」
二人は香寧が見えていないかのように会話を進め、そのまま洛悠は颯爽と帰っていった。香寧は即座に月澄へ手を差し出す。
「それは危ないものだから渡しなさい」
しかし月澄は箱を開け、中の薬を取り出して匂いを嗅ぎ始めた。
「こら! 本当に危ないものだから……」
「はい。大事な時に使いますね」
香寧が慌てて奪おうとするが、月澄は高く手を掲げて避ける。身長差のせいで、爪先立ちになっても届かない。月澄が香寧を見下ろして薄く笑う。
「それより、早く結界の強化へ向かわれた方がよろしいかと」
「……」
珍しく正論を言われ、香寧は頭痛を堪えるように額を押さえた。しかし、確かに裴 凛雪を待たせるわけにはいかない。袖を払うと、香寧は不服そうに月澄を睨んだ。
「絶対、変なことに使うなよ……」
「善処します」
「善処じゃなくて約束しなさい!」
なおも抗議する香寧を、月澄は軽く手を振って見送った。そして月澄は薬箱を眺め、もう一度匂いを嗅いで小さく首を傾げた。
結界を強化した後、香寧は耳飾りを通じて白宵へ連絡を取った。先ほどの件の文句を言うためである。
「中央修仙司の風紀はどうなっているんだ! 」
『別にいいだろ。貰っとけよ』
白宵の態度は飄々としており、そこに更に怒りが増す。
「そもそも洛悠さんが双修用の霊薬を持ってきた時点でおかしかったんだよ。白宵から注意できないのか? 」
『あー、まあ大目に見てやってくれよ。アイツ、原作じゃ序盤に死ぬんだから』
その言葉に香寧は固まる。
「そうだっけ……」
『お前、本当に読んだのか? ……まあいい。アイツは白宵を止めようとして殺されて、しかも死体まで利用された可哀想な奴なんだよ』
白宵――もとい、この世界の作者である伊手オロギーは、菓子を齧りながら続けた。
『あんまり深く考えずに作った奴だったんだけどさ……結構面白いことするだろ? だから、好きに生きさせてやってくれ』
「……まあ。それなら」
結果的に傷が治ったのは事実だった。そして、注意事項を守らなかった香寧自身にも責任はある。結局、これ以上追及するのはやめることにした。
『あー、それと万妖女帝のポイントは今のところ大丈夫だ。和紙は多分、異界に持っていかれたな。行方は追えん。だから引き続き注意しろよ』
「分かった。対応してくれてありがとう」
『別に礼はいらん。黒焔魔尊の綱引きだけしっかりしといてくれ』
香寧は客間へ置かれた豪華な土産を眺めながら、ふと疑問を口にした。
「そういえば、なんでここまで良くしてくれるんだ? 土産とか、闇落ちポイントの修正とか……」
『まあ、俺様はそもそも邪王を闇落ちさせないために転生したし』
「それもそうか」
白宵は菓子を飲み込んだ後、小さく咳払いをする。
『……あと半分は罪滅ぼしだよ』
先程までの軽い調子が、少しだけ薄れた。
『この話を書いてた時は、展開が面白くなるからって理由だけで、新しいキャラクターを作っては簡単に死なせてた』
香寧は無意識に胸へ手を当てる。本来なら、自分自身も死ぬはずの存在だ。
『本当に闇落ちさせたくないなら、三邪王をどこかへ監禁しておけばいい。実際、俺様は強いからそれも出来る』
白宵はそこで一度言葉を切った。
『でも、洛悠を始めとして、皆それぞれ個性があって人生がある。勝手に生まれて、勝手に動いて、勝手に苦しんで……気付いたら、ただの駒じゃなくなってた』
耳飾りの向こうで、包み紙の擦れる音が小さく響く。
『……せっかく生まれたんだ。作者として、ちゃんと生きさせてやりたい。だからお前のことも手伝うし、気遣う。これで納得したか? 』
「うん……ありがとう、先生。感謝してる」
『俺様も、少なからず感謝はしてる』
「……」
『……』
お互い、同時に同じことを思う。
「なんかこの会話さ……」
『死亡フラグすぎる……』
白宵の『とりあえず今後もヨロ、ってことで!』という軽い声を最後に、通話は終わった。
香寧は小さく息を吐き、その場へ座り込む。忙しく動き回っている間も、清揺のことはずっと気がかりだった。手紙を出したくても、白宵からは下手に接触するなと言われている。だからこそ、無事だと聞けて少し安心した。
窓の外へ視線を向ける。
丹新山の空は、驚くほど綺麗な快晴だった。結界を強化したばかりの空気は澄み切っていて、遠くの山々までよく見える。
香寧はしばらくその景色を眺めていたが、やがてぽつりと呟いた。
「いや、だからといって……差し入れに媚薬はおかしいだろ」
やはり、どう考えても納得できなかった。
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少し前。
微明は魯 大順の屋敷の書斎にて、隠し文書を手に取っていた。
砕花が毎夜寝台で秘密を探ろうとしていたものの、魯 大順は意外にも口が堅く、なかなか情報を吐かなかったのだ。大成する人間ほど欲深く、同時に警戒心も強いのだろうか。
そして昨晩。酒に酔い、欲に溺れた魯 大順は、とうとう寝台の上で秘密を漏らした。
───名家の妾の子や、出自の悪い子供を金で引き取り、教育を施した後、子供を弄る趣味を持つ名家へ売り渡している。そんな、吐き気のするような商売を。
そして、そのやり取りは全て文書として記録されていた。頃合いを見て、それを弱みとして名家を脅し、更に金を搾り取るためだ。文書は三つに分けられ、それぞれ書斎、魯 大順の私室、そして砕花へ与えられた部屋に隠されていた。
最後の文書を懐へしまい、微明は小さく息を吐く。後は屋敷の裏口で見張りとして変装している夜哭宗の者と合流すれば終わりだ。
月明かりだけが差し込む暗い部屋を後にしようとした、その瞬間。微明の首筋へ冷たい刃が当てられた。咄嗟に後ろへ頭突きを叩き込む。しかし相手もそれを読んでいたようで、寸前で身を引く。後ろへ崩れた重心を無理やり戻し、微明は振り向きざま小刀を突き出した。だが、それもまたするりと避けられる。
次の瞬間、みぞおちへ強烈な拳がめり込んだ。一瞬視界が揺れる。だが微明の体内には弟の二筋がおり、複数の霊脈が流れている。危険を察知した二筋が即座に傷を修復し、不意打ちは致命傷にならない。
再び小刀を突き立てようとした時、刺客は背を向け、そのまま扉へ駆け出した。
「兄様! 文書を盗まれたよ! 」
二筋の叫びに、微明は即座に追いかける。
相手はこの広い屋敷の構造を把握しているかのように、廊下を駆け、屋根を渡り、迷いなく逃げ回った。だが、微明の方が速い。一気に距離を詰め、前を走る刺客の首へ腕を回す。そのまま勢いごと中庭の地面へ叩きつけた。刺客へ馬乗りになり、そのまま喉を掻き切ろうとした――その時。再び背後から殺気が走る。
微明は咄嗟に身を捻り、振り下ろされた刃を避けた。どうやら、この文書を狙っている刺客は一人ではないらしい。
先ほど取り押さえた刺客が逃げようとしたため、呪符を投げつけて動きを封じる。その隙に文書を奪い返し、拘束した刺客を盾にするよう構えながら、後から現れた相手へ視線を向けた。瞬間、微明は目を見開く。
「廉……」
髪で目元が隠れているが、その姿はよく見覚えがある。謝 廉が両手を上げて立っていた。刀は鞘に納められ、もう攻撃の意思は無いらしい。微明は腕の中に居るもう一人の刺客の顔を確認する。忘川観の師、晏 承舒だった。二人へ状況を確認しようとしたその時、屋敷のあちこちから爆発音が響き、突然火の手が上がる。謝 廉が無機質な声で呟いた。
「砕花様の元へ参りましょう」
すぐに裏口へ向かったが、火の手はあっという間に回り、広い屋敷は炎に包まれていた。逃げ遅れた人々の悲鳴が聞こえる。一体どういうことかと疑っていると、裏口付近に見張りへ扮した夜哭宗の者と、砕花が立っていた。背中には腕を折られた黎 宗赫を背負っている。
「あ、やっと来た~。おにぎりくん持つの手伝って」
振り向いた砕花の白い中衣には、血がべっとりと付着していた。返り血だろう。炎に照らされたその姿は、この世の者とは思えなかった。
黎 宗赫は気を失っており、晏 承舒が眉を寄せながら彼を背負う。
共に屋敷を離れながら、前を歩く砕花が微明へ話しかけた。
「微明くん、お疲れ様ぁ。あと、君の実力を試してごめんね? 」
「最初から説明してもらえますか」
「夜哭宗の入門テストだよ。二人の追っ手を躱し、文書を持って生き延びる……合格だよ。いつでも夜哭宗の門を叩いてね」
勝手に試されていたことへ不信感を覚えつつも、微明は別の疑問を口にする。
「なぜ屋敷に火を? 文書を盗むだけでよかったのでは」
「だって、アイツ俺のこと学堂で散々虐めた主犯格だし」
「……魯 大順の初恋の相手って───」
砕花が振り返って口角を上げる。だが、その顔には怒りも悲しみも浮かんでいない。美しく整っているのに、まるで能面のように感情が読めなかった。
復讐なら、魯 大順だけを狙えばよかったはずだ。屋敷に居た者達まで巻き込む必要はない。そう言いかけたが、微明は途中で口を閉ざした。今さら何を言っても無駄だと分かったからだ。
「それに、ほら! 微明くんと約束しただろう。おにぎりくんに詫びるって! ちゃーんと助けたよ! 」
次の瞬間には、砕花はもう楽しそうに笑っていた。
「黎 宗赫をどうするつもりですか」
「魯 大順が目くらましでおにぎりにしちゃったけど、実は彼って皇帝の隠し子なんだよね。ちゃんとあるべき場所へ引き渡すよ」
魯 大順は、そんな権力の深い場所にまで食い込んでいたのか。
林へ辿り着いたところで、砕花達が足を止める。遠くでは、魯 大順の屋敷が炎に照らされ、夜空を赤く染めていた。
「じゃあ俺達は夜哭宗へ帰るから。微明くんも忘川観まで気を付けて帰ってね」
微明はちらりと謝 廉を見る。その視線へ気付いた砕花が、面白そうに声を上げた。
「あ……二人は友達だったっけ? 最後に何か言うことある? 」
微明からは特に無かった。元々、どこか怪しいとは思っていたので答え合わせができただけだ。謝 廉が、僅かに口角を上げる。
「煌瑛に……あまり人を信じすぎるなと伝えてくれますか」
「お前を含めてか?」
謝 廉は答えなかった。代わりに砕花が微明へ一歩近付く。血と花の香りが混ざり合い、微かに吐き気を催した。
「微明くん、また会いたいな。次は弟くんも紹介してね」
それを最後に、砕花達の姿は夜の林へ溶けるように消えていった。
「兄様……眠いよぉ」
二筋の掠れた声を聞き、微明もまた静かに忘川観への道を歩き出した。
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香寧は空き時間を見つけると、裁縫に取り掛かっていた。
布巾へ微明と清揺の顔をそれぞれ縫い付け、二人へ送るためだ。一度始めると妙に凝ってしまう性格で、微明の柄に至っては二筋の顔まで縫い付けていた。
今日も玄関を入ってすぐの客間で、小さな弟子たちの字を見ながら針を動かしている。
ふと窓の外を見ると、少し離れた場所を稽古帰りらしい弟子たちが歩いていた。その最後尾を見て、香寧はぎくりとする。
月澄と景 煌瑛が、上半身裸だった。
陽光に照らされた景 煌瑛の金髪と美貌は、相変わらず眩しく輝いている。だが香寧にとって問題なのは、月澄の方だった。つい揺れる三つ編みを目で追ってしまい、そのまま視線が引き締まった腹筋へ滑った。
思わず咳払いをして視線を逸らし、そのまま針を通そうとして指へぶすりと刺す。
「香寧師匠、大丈夫?」
「血が出てる!」
小さな弟子たちに慌てて囲まれ、香寧は苦笑しながら指先を隠した。
「平気だ。少し刺しただけだから」
月澄はまるで隠そうとしないが、もちろん香寧だって少なからず欲求不満だった。
それでも師としての立場と責任を優先せざるを得ない。しかも、あの台所での短い逢瀬が余計に火をつけてしまい、以前よりずっと月澄を意識してしまう。
香寧は裁縫を続けながら、また横目で窓の外を見た。だが、もう弟子たちの姿は無い。残念なような、安堵したような。そんな落ち着かない感情のまま、香寧はその日を過ごした。
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微明の任務が終わり、忘川観へ戻ってしばらくした頃。
香寧の弟子たちは、お揃いの髪留めを通じて話し合っていた。微明が今回の任務の経緯を伝えると、二人は妙に納得したような反応をした。
月澄がため息交じりに愚痴る。
「なあ、お前らいつ帰ってくんの? 俺、すげー手伝わされて大変なんだけど……」
「この間は『邪魔だから帰って来るな』って言ってたじゃない」
「撤回します。今すぐ帰ってきてください」
微明は閉じかける瞼を抑えながら言う。
「俺はしばらく戻らない」
それぞれ、月澄は雲香宮、清揺は百草堂、微明は忘川観にいた。
月澄が木の上で欠伸を噛み殺しながらぼやく。
「ああ……鬼を食った奴を探してるんだっけ」
「進展はあったの?」
「……」
沈黙が返る。肝心の二筋がまた怖がるようになり、何も教えてくれないのだ。
「私も百草堂でやることがあるから、まだ帰れない……。月澄、師匠をよろしくね」
「当たり前だ」
月澄は、ふと師の部屋の窓を見上げた。明かりがついている。今夜も師匠同士で話し込んでいるのだろう。
「はぁ……微明兄様、忘川観の奴ら全員そっちに連れて帰ってくれよ。また明日も朝から薪割りだの洗濯だの掃除だのして、終いにはガキの子守りだぜ」
「ふん。師匠と二人きりになりたいだけのくせに」
「うわ~、気持ち悪い」
「は?」
「あ、聞いてよ微明。百草堂に月澄みたいな人がいてね、最悪なの」
「どういう意味だよ!」
二人が騒ぎ始めたので、微明は静かに白湯を啜った。
忘川観では、晏 承舒と謝 廉が夜哭宗の者だったことが知れ渡り、盗まれた文書の有無や、他に潜伏している者がいないか連日捜索が続いていた。
微明自身も当事者である以上、何度も事情聴取を受けている。さすがに疲れていた。じわじわと眠気が押し寄せてきて、微明はそのまま床へ横になる。
「……もう寝る」
「そうね。私も寝ようかな」
「……」
返事がない。
「月澄、まさか今の一瞬で寝たの?」
どうやら本当に寝落ちしたらしい。兄弟子は相変わらず自由だ。二人は呆れながらも起こさず、そのまま通話を切る。
翌朝。
『なんで起こさなかったんだ』
木から落ちた月澄より、苦情が届いた。
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別日。
裴 凛雪から、丹新山の霊気が徐々に濃くなっていると太鼓判を押された。
甚大な被害を受けたせいで一時は霊気が薄れていたが、小さな弟子たちの純粋な気を混ぜることで、少しずつ土地を癒しているらしい。
その話に香寧が感動していると、温 如晟が「こいつは人以外には優しいからな」と余計なことを言い、案の定また喧嘩になっていた。
さらに、動物たちを戻す第一歩として、今度は川へ魚を放つ話まで進んでいる。ついでに最近は暑いので、息抜きに皆で川遊びもしようと、広間で三人で話し合っていた時だった。
「師匠!」
庭から月澄の声が響く。どこか焦った声音に、香寧はすぐ立ち上がった。
「すみません、少し行ってきます」
「はい」
「お気をつけて」
小走りで庭へ向かった香寧は、その光景を見て固まる。
月澄が上半身裸で、女の子を背負っていた。
「……え」
一瞬、思考が止まる。何事かと動揺していると、月澄は女の子を縁側へそっと降ろした。
「怪我したみたいです。見てくれませんか?」
「あ、ああ……」
見れば、女の子は涙目だった。
香寧は急いで救急箱を持って来ると、怪我の様子を確認する。どうやら浄化しきれていない小さな悪念が石へ染みついており、それに足を取られて転んだらしい。怪我自体はすりむいただけで、大したことがなくて安心する。
香寧は女の子を膝へ乗せ、悪念を浄化しながら落ち着くまで優しく慰めた。その間も月澄は、少し離れた場所で心配そうに様子を見守っている。
途中から裴 凛雪と温 如晟も来て、後は面倒を見ると言ってくれたため、香寧は安心して女の子を引き渡した。
縁側へ残ると、香寧は月澄へ声をかける。
「悪念がまだ残っていたんだね。すぐ連れてきてくれてありがとう」
「いえ……」
月澄が何か言いたげにこちらを見る。だが香寧は、とても居た堪れなかった。早くこの場から逃げたかった。
なぜなら――月澄へ背負われていた女の子に、一瞬でも嫉妬してしまったからだ。
怪我をした子に申し訳なくて、そんな感情を抱いた自分が恥ずかしくて、純粋に助けようとした月澄に後ろめたくて。香寧は誤魔化すように視線を逸らした。
床を見つめていると、月澄がそっと手の甲を香寧の指先に当てる。それに過剰反応してしまって思わず手を引っ込めると、月澄が少し悲しそうな顔をして稽古へ戻っていった。それにも罪悪感が募り、香寧はその晩一人で反省会をした。
数日後、中央修仙司の修士たち数人が、生きた魚を大量に抱えて丹新山を訪れた。
昼食の後、皆で一番大きな滝が流れる川へ向かい、弟子たちに魚を放流してもらう。これで少しでも自然が戻ればよいのだが。
その後は、修士たちも交えて川遊びが始まった。意外にも温 如晟は水遊びになると妙に子供っぽく、水深の深い場所で他の修士や弟子たちと泳ぎ勝負をして騒いでいる。裴 凛雪は相変わらず冷めた目でそれを監督していた。
滝から飛び込む者たちを横目に、香寧は浅瀬に裸足で座り、小さな弟子たちを見守っていた。最近は暑い日が続いていたため、木陰で冷えた川へ足を浸すだけでも気持ちがいい。しかも子供たちは、綺麗な石を見つけるたび嬉しそうに香寧へ見せに来る。それが可愛らしく、自然と頬が緩んだ。
昔はここで、月澄と微明が魚獲り勝負をしていたな――そんなことを思い出しながら、香寧は無意識に若者たちが集まる方へ視線を向けてしまう。そして、すぐ後悔した。
石の上で景 煌瑛や女弟子たちと話している月澄が見えてしまったからだ。上半身裸のまま、濡れた黒髪を後ろへ掻き上げながら笑っている。日に焼けた肩から腹筋にかけては水滴が滑り、陽光を反射して妙に目立った。
香寧は慌てて視線を逸らす。
(何を見ているんだ、私は……)
自己嫌悪に沈みながら膝を抱えた。帰って瞑想でもしようかと考えていた時、ばしゃり、と頭から冷たい水が降り注ぐ。
「林宮主! かかってしまいましたか」
「香寧師匠、ごめんなさい!」
どうやら近くで小さな弟子たちと修士が、竹筒の水鉄砲で水を掛け合って遊んでいたらしい。なんとも微笑ましい光景だ。
「いえいえ、お気になさらず」
香寧は苦笑しながら、濡れた髪を払った。水へ入るつもりは無かったが、この天気ならすぐ乾くだろう。香寧は髪を結び直し、外衣を脱ぐ。薄い中衣だけになると、涼しい風が濡れた肌を撫でていった。
その時、腰ほどの背丈しかない坊主頭の弟子が、香寧の裾をきゅっと掴む。阿丸だ。
「香寧師匠、深いところまで一緒に来てください」
「いいよ。一緒に行こう」
香寧は帯を高い位置で締め直し、袖を肘まで捲った。下衣も膝上まで折り上げ、阿丸の小さな手を握る。
川の中央へ近づくにつれ、水温が一気に下がった。阿丸は怖くなったのか、香寧へしがみつく。濡れた中衣越しに小さな手の感触が伝わり、香寧は思わず笑ってしまった。
月澄や微明は昔から川遊びが大好きで、深い場所へ平気で飛び込んでいた。こうして怯える子供は逆に新鮮だった。
すると、他の兄弟子たちが水しぶきを上げながら近づいて来る。
「阿丸、何そんな怖がってんだ!」
「林宮主に甘えるなー!」
騒がしく笑われ、阿丸は顔を真っ赤にしながら勇気を出して香寧の手を離した。一歩、また一歩。しかし数歩進んだところで肩まで水へ沈み、途端に泣きそうな顔になる。
「香寧師匠~!」
「はは、大丈夫だよ……」
香寧が助けに向かおうとすると阿丸の身体がひょいと持ち上がる。
月澄だった。濡れた髪を垂らしたまま、軽々と阿丸を抱え上げ、そのまま浅瀬へ連れて行く。
「あ……」
「クソガキ坊主。怖いなら最初から浅い所に居ろ」
阿丸を降ろした後、月澄がちらりと香寧を見る。濡れた前髪の隙間から覗く金の瞳が妙に近く感じて、香寧は胸がざわついた。だが月澄はすぐ視線を逸らし、そのまま川の奥へ戻っていく。
香寧も岸へ戻ろうとした、その瞬間。どしゃり、と大量の水を浴びせられた。
「まさか渡雲香君の貴重な川遊び姿が見られるとは……今日はいい日ですね」
上半身裸の温 如晟が、腹を抱えて笑っている。
「貴様! 無礼なことをするな! 」
「わーっ!」
裴 凛雪が即座に水を投げ返し、それに釣られた弟子たちまで巻き込んで、辺りは一気に水の掛け合いになった。香寧も逃げる暇などなく、あっという間に全身びしょ濡れになる。
薄い中衣が肌へ張り付き、濡れた布越しに体温まで透けそうで、香寧は思わず前合わせを整えた。だが水を吸った布は重く、直したところでほとんど意味がない。他の者たちと同じように、肌の線が薄く透けてしまっていた。
温 如晟が額の水を手で払いながら、面白そうに笑う。
「ぜひ林宮主の泳ぎを見てみたいものですね」
「実は私……泳げないんです」
「おや、意外ですね」
香寧は我ながら「意外か?」と思った。髪が水の重みで垂れてしまったため、濡れた髪をかき集めて結び直していると、温 如晟がまた水を掛けようと腕を振り上げる。
「温師! やめ──」
避けようとして一歩下がった瞬間、濡れた石へ足を取られた。
「あっ!」
身体が大きく傾く。このまま転べば頭を打つかもしれない。咄嗟に目を閉じかけた、その時だった。ぐい、と腕を掴まれる。
強い力で引き寄せられ、香寧の身体は誰かの胸へぶつかった。
「……危ないですよ、師匠」
低い声が耳元で響く。見上げれば、月澄がすぐ近くに居た。濡れた黒髪から水滴が落ち、至近距離の金の瞳がじっと香寧を映している。支えられたまま動けず、香寧の胸がどくりと脈打った。
「あ、ありがとう……」
水分を吸った衣服越しの肌はやけに熱かった。月澄が低い声で言う。
「温師、うちの師匠は泳げないんです」
「これは良いことを知りました」
「林宮主、顔が赤いがどこか打ったのか? 」
裴 凛雪が善意で近づいてくるので香寧は慌てて顔を反らす。
「い、いえいえ! 」
「温! 怪我をさせてどうする」
「何を言う、驚いて勝手に転んだだけですよ」
「貴様のせいだろう! 」
「裴も遊んでいたでしょう」
二人がまた掛け合いを始めたので、香寧は苦笑いをする。
すると、月澄が心配した声音で覗き込んでくる。
「師匠、どこか痛めたんですか? 」
月澄の額から顎を伝って、水滴が一粒落ちる。
香寧は自分を映すその真剣な瞳を見て────全ての建前を取り払われた。
「……うん」
月澄を目だけで見上げる。
「痛いから休みたい、かも……」
顔がかっと熱くなり、すぐに俯く。周りは騒がしく、小さい声だったが月澄には聞こえたようだ。耳元で囁かれる。
「……静かなところで休みましょう」
肩を貸してくれるので香寧はそれに頼る。それを見た温 如晟と裴 凛雪で責任の押し付け合いが始まったが、その喧嘩混じりの声も、弟子たちの水遊びではしゃぐ音も、滝の轟音さえ、もう二人には聞こえなかった。
香寧は背を木に押し付けられ、月澄の熱い身体を正面から受け止めていた。
「んっ……ん、んっ」
思わず彼の肩を握ろうとしたが、濡れていたので上手く掴めない。それに気づいた月澄が香寧の腕を取って自分の首へ回させた。月澄も香寧の腰を抱きかかえ、隙間なく密着する。お互いに相手の口を夢中で吸いながら、月澄が熱を孕んだ声で囁く。
「師匠、もうこんなに……」
「っあ」
月澄の膝が香寧の足の間へ入り込み、膨らんだ中心を強く刺激する。肌へ張り付いた濡れた服はほとんど意味を成しておらず、互いの熱がすぐに伝わった。月澄の舌先が唇を割るようになぞるたび、その痺れるような刺激に香寧は浮いた足先をきゅっと丸める。
「ま、待って! 」
「待てません……」
「ちが、もう、出る……」
キスの合間に荒い息で強請れば、月澄は香寧へ額を押し付けたまま帯へ指を掛けた。する、と結び目が解けて地面へ落ちる。そのまま月澄の手が入り込んできた瞬間、香寧の腰に力が入った。口を閉じて声を我慢する。
「ふっ……うぅ、うっ」
「出してください」
「うっ、ううっ」
静かな林の中で、くちゅくちゅと濡れた水音が響く。それを聞いた香寧の耳は真っ赤に染まり、熱を持った耳朶を月澄に甘く食まれる。
「うぅ……あっ、あっ! 」
ぞくりと背筋が震え、喉を反らしたまま香寧は月澄の手の中で達した。吐き出している最中も囲った指を絞るように動かされるので、全身をがくがくと震わせながら余韻に浸る。力が抜けて後ろの木に寄りかかっていると、月澄が体液を乗せた手のひらを目の前にかざす。
「いっぱい出せましたね」
「……見せなくていいから、あっ、ばか! 」
そのまま躊躇いもなく舐めだすので香寧は慌てる。金の瞳と目が合うと、黒の瞳孔が収縮して、その鋭さに香寧は思わず息を呑む。濡れた髪の毛と嬉しそうな顔までがよく分かり、たちまち羞恥に襲われる。
木陰とはいえ、真昼の外だ。ここは明るすぎる。
月澄が口端に付いた白い液を舐め取る。そのゆっくりとした舌の動きまで見えてしまい、香寧の喉がひくりと震えた。
「師匠、痛めたんですよね……どこが痛いんですか? 」
月澄の両手が逃さないと言った強さで腰を掴む。濡れた服のせいでそれは体の奥にまで侵食してくるようだ。思わず身を捩ると低い声で諫められる。
「師匠」
「っ……」
それだけで息が上がって、追い詰められた獲物のように震える声で応えた。
「どこも痛くない……嘘だ……」
「へえ」
必死に目を逸らすが見なくても分かる。獲物を追い詰めた獣のように楽しそうに笑っている。
「以前はバレたくないとおっしゃっていたのに、今日はわざわざ嘘までついて弟子を連れ出したんですか?」
「はぁっ……」
無意識に息を止めてしまっていたようで、香寧は胸を上下して息を取り込む。涙が滲む顔で見上げれば、月澄の目が不機嫌そうに細められる。
「無防備すぎます、どうしてそんな格好をしているんですか」
「……皆同じ格好だ」
「違います。師匠は特別にいやらしいです」
「あ……」
手が上がってきて服越しに胸を抑える。そのまま透けた尖りを無遠慮に押し込まれた。荒々しい手つきなのに、水分を吸った衣服が柔らかくて敏感になった場所を余計に擦った。月澄が掬い上げるように唇を合わせるので、香寧は彼の身長に合わせて上を向いて必死に応えた。後ろ手に掴んだ木の幹が剥げてしまうが、いっぱいいっぱいで何も考えられなかった。長い舌が容赦なく入り込み、呼吸まで奪っていく。また強まる力と、苦しいぐらいの愛撫に月澄の余裕のなさが伝わる。
「はっ……あ……」
「師匠、もう誰とも川には行かないでください……その恰好を他の奴に見せないでください……皆、師匠の体を見ていましたよ……」
「み、見ていない……」
「……気づいていないだけです。だって、俺はずっと見ていました」
その言葉に香寧の顔がかっと熱くなる。
――自分だって、ずっと月澄を見ていた。濡れた髪も、日に焼けた肌も、水滴の滑る腹筋も。視線を逸らした後でさえ、脳裏へ焼き付いて離れなかった。だからこそ、月澄の言葉が痛いほど理解できてしまう。
彼の蒸れた肌にそっと手を置きながら、香寧も吐露する。
「それを言うなら……お前こそ」
「……」
「普段から脱いで、肌を晒しすぎだろう……あんなに目立って……」
月澄が香寧の顎を小さく持ち上げて、視線を合わせるようにする。
「……じゃあ、師匠も俺のこと、見ていたんですか? 」
問いかける声音は少しだけ幼かった。日差しは全てを照らし、揺れる月に滲む不安さえ隠させてはくれない。静かな林の中には、互いの呼吸しか響いていなかった。
ここには二人しかいない。だから香寧は、彼だけに伝えた。
「……見ていた……私は、ずっと……」
襖から覗いた時の満月のような瞳も、草笛を吹いていた横顔も、初めて風呂に入った時も、同じ字を喜んでいた時も、香寧はずっと彼から目が離せなかった。
積み重なった感情に、ようやく名前がついた。
「月澄が、好きだから……」
そう告げると、顎を掴む彼の手がビクっと震え、驚いたような表情をする。香寧の言葉の意味が少し遅れて分かったのか、顔がみるみると赤くなる。長い睫毛を伏せて、小さな声で呟いた。
「……嬉しい、です」
さっきまで散々好き勝手してきたくせに、今は照れて顔を背ける月澄に香寧は思う。
……可愛い。
手を伸ばして優しく頭を撫でると、更に肩を震わせた月澄が香寧を見る。
「あの、師匠、もういっか……」
もう一回、と言おうとして急に止め、また口を閉ざす。香寧は途端に今までの自分の行いを後悔した。これまで月澄が何度も言葉を欲しがったのに、言い切れなかった香寧に対して遠慮しているのだろう。だから、今はきちんと伝える。頬に手を沿えて目を合わせる。
「……月澄、す、きだ」
しかし、やはり声が震える。真正面に捕らえた彼に見つめられ、恥ずかしさに全身が火照り、逃げ出したくなる。きっと月澄からも香寧の必死な顔が丸わかりの筈だ。喉が渇いて仕方がないが、無理やり絞り出す。
「好き、好きだ……私は、お前が……」
最後の方は喉が引き攣れてしまい、情けなさに涙が零れた。それが頬を伝って地面に落ちる前に、月澄が舐めとる。
「んっ」
腰を抱かれて、唇を深く合わせる。熱に飲まれているように火照りが収まらない。熱くて熱くて仕方が無いのに、互いに離れがたく、抱く腕へ更に力を込めた。
背伸びをする香寧の足が震えだしたので、月澄がそっと地面に押し倒す。見下ろす瞳は潤んでいた。
「師匠、嘘ついて俺のこと誘ってくれて、嬉しかったです」
「うん」
「それに、俺も、俺、ずっと前から好きです、ずっと……師匠だけが好きです……」
「うん……」
「好きです、この先も、何があっても、ずっと……」
「……はあっ! 」
月澄が腰を香寧に押し付ける。それがとんでもなく重く、香寧は咄嗟に息を詰まらせた。
「あの、師匠、俺」
香寧と自分の下衣を脱がせながら、月澄が熱い息を吐く。
「師匠と、身体を繋げたいです……師匠の腹の中に、俺のことを収めてください……」
剥き出しになった熱同士が擦り合わされる。思わず下を見ると、到底収まりきるとは思えない熱が屹立していた。なぜか先ほど弟子たちが遊んでいた竹筒の水鉄砲が脳裏を過ぎる。月澄のことはもちろん受け入れてやりたい。やりたいが。
香寧は怯えてしまい首を振る。
「お、大きい……」
「はい、もっと見ていいですよ」
手首を掴まれて、握るように誘導される。根元まで逞しいそれに愕然として、迫って来る月澄の唇に必死に訴える。
「月澄、大き……あっ、硬い、太いぃ……」
「褒めてくれて嬉しいです……」
褒めている訳がない――そう思うのに、月澄がようやく嬉しそうに笑ったので、香寧は少しだけ絆されてしまう。
月澄は香寧へ重ねた手をゆっくり動かしながら、熱を孕んだ息を漏らした。
「師匠、今のもっと言ってください」
「え……」
「俺のこれ、どう思いますか」
「……お、大きい……」
「はい……他には? 」
素直に頷かれてしまい、香寧はますます困惑する。しかも月澄は嬉しそうに目を細め、その熱まで脈打つように反応した。
「大きすぎる……」
「はい」
「入らない、こんな」
「はいっ……」
「か、硬いし……あっ、途中、もっと太い……」
「っ……はいっ……」
「無理、むりっ……絶対入らないっ……」
言う度に月澄が興奮しているのが分かり、香寧は怖くなった。
水音が更に大きくなる。突然、月澄が香寧を痛いほど強く抱き締めた。熱い呼吸が首筋へ落ち、甘噛みされる。痛いと訴えても離してはくれない。手の中の熱が何度も震え、その度に月澄の吐息が乱れた。香寧は、絶対に入らない、と思った。だが、これほどの熱を自分の内へ受け入れるのかと思うと、恐怖と同時にぞくりと腰が震えるほどの興奮が込み上げてくる。
やがて月澄が身体を起こして座る。額から汗が垂れていた。
「師匠、俺、師匠の泣いた顔も好きなんです……」
うっとりとした瞳でそんなことを告げられ、香寧は青ざめた。力の入らない両脚を閉じたまま持ち上げられ、月澄がその隙間へまだ芯を持つ熱を押し当てる。まさか、と思い慌てて拒否する。
「ああっ、待って、無理むり! 」
「はい。今はここで慰めてください」
「はっ」
言い終わらないうちに月澄の熱が太ももの間に滑り込んでくる。先ほど出したばかりなのに既に硬い。香寧はその持久力に驚く一方で、まだ自分の内へは来ないのだと分かり小さく安堵する。
「月澄、それ、いいの……? 」
「はい、気持ちいいです」
「……」
湿った肌と肌がぶつかる。月澄のが入り込むたびに香寧のも擦れ、じわじわと熱を取り戻す。目を閉じて堪能していると、月澄が覆いかぶさる。ゆっくりと唇が重なった。
「んぅ……」
熱の柔らかさに、腰が震えた。中も舐めて欲しくて無意識に口を開くと、月澄が笑う。
「師匠って、キスするのお好きですよね」
「ん、好き……」
素直に告げると、月澄《げっちょう》の喉が鳴る。
「……では、繋がった時はずっとキスしていましょう」
「んんっ」
甘い約束に全身が痺れた。
首へ腕を回してもっと欲しがると、月澄は惜しみなく応えてくれる。腰を打ち付ける力が強くなり、香寧の身体は大きく翻弄された。嵐のような激しさを感じながら、もっと早く応えてあげればよかったと小さく後悔する。
高められる快感に、揺れる足が思わず逃げるように動いた。だが、月澄に絡め取られ、どこにも行き場がない。捕まえられたまま熱を浴びせられ、それを追うように香寧も力を失っていった。
息を整えた後、身体を起こされる。月澄の足の間へ座り、小さい子の着替えを手伝うかのように下衣を履かされるのが気恥ずかしかった。
月澄が名残惜しそうに呟く。
「もう戻らないとですね」
「うん……」
そういえば、嘘をついて抜け出してきたのだった――そう思い出し、香寧は顔を赤くする。それを見た月澄がくすりと笑った。
「雲香宮の部屋へ直接行きましょう。送ります。その後で俺が川へ戻って、適当に誤魔化し……」
「月澄ー!」
「!」
遠くから誰かの声が響き、香寧の身体がびくりと震えた。月澄が咄嗟に香寧を胸へ抱き寄せ、庇うように腕の中へ隠す。
「あ、月澄! お前何してんだ、渡雲香君は?」
「足を痛めて部屋に帰った!」
声のする方は見えないが、恐らく景 煌瑛だろう。
月澄が平然と返事をするので、香寧は気が気ではない。心臓が痛いほど脈打つ。
「俺もすぐ戻る! そっちで待っててくれ!」
「分かった! 温師と裴師、もう戻られたみた……」
声が徐々に遠ざかっていく。
月澄は一度振り返り、人影がないことを確認してから、安心させるように香寧の背を撫でた。
「師匠、もう大丈夫ですよ」
「……」
「師匠っ……」
固まったままの香寧を見て、月澄が堪えきれずに笑い出す。恥ずかしくなった香寧は、恐る恐る月澄の肩越しに向こうを確認した。
既に人影はない。
ほっと力が抜けた身体を、月澄が再び抱き締める。笑いを噛み殺すように肩が震えていた。
「ふっ……」
「笑うな」
「違います。嬉しいんです」
月澄が香寧の頭へ頬を寄せる。
「俺、ずっと師匠を皆から隠したかったんです」
そんな風に幸せそうに笑うので、香寧はもう怒る気になれなかった。
「……」
朝食の盆を月澄へ渡した瞬間、香寧は唐突にそんなことを言われた。
分身とは霊力を練って作る、もう一人の自分のことだ。離れていても五感を共有でき、簡単な会話や歩行程度ならこなせる。
「あげません。変なことに使う気だろう」
「使いません。一緒に寝るだけです」
「寝るっ……」
香寧は思わず周囲を見回した。幸い、食堂は朝食時で騒がしく、近くに人も居ない。誰にも聞かれていないようで、胸を撫で下ろす。
「添い寝という意味ですが……。俺、変なことを言いましたか?」
「うるさい。早くご飯を食べて稽古へ行きなさい」
些細な言葉に過剰に反応している自覚があり、香寧は少し顔を赤くした。それを見た月澄は、しばらく香寧を見つめた後、大人しく卓へ向かう。
平常心を装いながら椀へ汁を注いでいると、不意に丹新山へ入ってくる人の気配を感じた。白宵の付き人の一人、洛悠だ。
「どうもお久しぶりですぅ~。白宵真人の代打で来ました~。お忙しいところすみませ~ん。もう帰るのでお気になさらず~」
「は、はぁ……」
客間へ通すと、洛悠はいつにも増して笑みを深め、えらくそわそわしていた。お茶の代わりに朝食の汁を出してやると、「沁みる~」と妙に感動しながら飲み始める。
「これ、白宵真人からのお土産です。質に売るなとのお達しです」
(売ります)
香寧は心の中で即答した。
「あとこちらは……」
洛悠が黒い小箱を取り出し、香寧へ差し出す。そして、口元へ手を添えて小声で囁いた。
「端的に申し上げますと、媚薬です」
「!!」
香寧は思い出した。
以前、洛悠が持ってきた双修用の霊薬のせいで、とんでもない目に遭ったことを。残りの霊薬は既に処分済みだが、思い出すだけで頭が痛い。香寧は思わず身を乗り出した。
「前回の霊薬、使ってくださったんですね~聞きましたよ~」
「あの、洛悠さん!」
「えっいやいや、今回は違います。こちらは白宵真人からですので、私の意思ではありませんよ。信じてください」
「だからって……」
「それに前回の時、私はきちんと説明申し上げましたので何も悪いことはしておりません」
「いや、でも」
「結果的に怪我は治ったと聞きましたし良かったではありませんか。いや~、さすが渡雲香君であります。偉大なるお体に高潔な霊気が収められており、誠に尊敬いたします」
「ちょ、ちょっと!」
洛悠は息継ぎもせず喋り続ける。香寧が反論できずにいると、客間の扉が叩かれた。
「お話中のところ申し訳ありません。師匠、裴師から、結界が乱れているので来て欲しいと」
月澄だった。
「分かった、ありがとう」
「あ、では私は帰りますね~」
「……洛悠さん。これは受け取れません」
香寧は慌てて黒い箱を差し出す。洛悠は素直に受け取った後、なんと月澄の方へ歩いていった。
「では、お弟子さんへ差し上げます」
「はぁ」
「月澄、受け取ってはダメだ!」
思わず声が裏返る。月澄は困惑しながらも箱を受け取った。洛悠は無駄に厳粛な面持ちで続けた。
「林宮主。お弟子さんにも、いつか必要な時が来るかもしれません」
「私の弟子にそんな時きません! 」
「あの、これは一体何でしょうか」
洛悠は妙に仰々しく一礼すると、真面目な顔で説明した。
「高い霊力が込められた薬になります。有難いものですので、是非お受け取りを」
「月澄、嘘だよ! 嘘ではないけど! 」
「分かりました。ありがとうございます」
二人は香寧が見えていないかのように会話を進め、そのまま洛悠は颯爽と帰っていった。香寧は即座に月澄へ手を差し出す。
「それは危ないものだから渡しなさい」
しかし月澄は箱を開け、中の薬を取り出して匂いを嗅ぎ始めた。
「こら! 本当に危ないものだから……」
「はい。大事な時に使いますね」
香寧が慌てて奪おうとするが、月澄は高く手を掲げて避ける。身長差のせいで、爪先立ちになっても届かない。月澄が香寧を見下ろして薄く笑う。
「それより、早く結界の強化へ向かわれた方がよろしいかと」
「……」
珍しく正論を言われ、香寧は頭痛を堪えるように額を押さえた。しかし、確かに裴 凛雪を待たせるわけにはいかない。袖を払うと、香寧は不服そうに月澄を睨んだ。
「絶対、変なことに使うなよ……」
「善処します」
「善処じゃなくて約束しなさい!」
なおも抗議する香寧を、月澄は軽く手を振って見送った。そして月澄は薬箱を眺め、もう一度匂いを嗅いで小さく首を傾げた。
結界を強化した後、香寧は耳飾りを通じて白宵へ連絡を取った。先ほどの件の文句を言うためである。
「中央修仙司の風紀はどうなっているんだ! 」
『別にいいだろ。貰っとけよ』
白宵の態度は飄々としており、そこに更に怒りが増す。
「そもそも洛悠さんが双修用の霊薬を持ってきた時点でおかしかったんだよ。白宵から注意できないのか? 」
『あー、まあ大目に見てやってくれよ。アイツ、原作じゃ序盤に死ぬんだから』
その言葉に香寧は固まる。
「そうだっけ……」
『お前、本当に読んだのか? ……まあいい。アイツは白宵を止めようとして殺されて、しかも死体まで利用された可哀想な奴なんだよ』
白宵――もとい、この世界の作者である伊手オロギーは、菓子を齧りながら続けた。
『あんまり深く考えずに作った奴だったんだけどさ……結構面白いことするだろ? だから、好きに生きさせてやってくれ』
「……まあ。それなら」
結果的に傷が治ったのは事実だった。そして、注意事項を守らなかった香寧自身にも責任はある。結局、これ以上追及するのはやめることにした。
『あー、それと万妖女帝のポイントは今のところ大丈夫だ。和紙は多分、異界に持っていかれたな。行方は追えん。だから引き続き注意しろよ』
「分かった。対応してくれてありがとう」
『別に礼はいらん。黒焔魔尊の綱引きだけしっかりしといてくれ』
香寧は客間へ置かれた豪華な土産を眺めながら、ふと疑問を口にした。
「そういえば、なんでここまで良くしてくれるんだ? 土産とか、闇落ちポイントの修正とか……」
『まあ、俺様はそもそも邪王を闇落ちさせないために転生したし』
「それもそうか」
白宵は菓子を飲み込んだ後、小さく咳払いをする。
『……あと半分は罪滅ぼしだよ』
先程までの軽い調子が、少しだけ薄れた。
『この話を書いてた時は、展開が面白くなるからって理由だけで、新しいキャラクターを作っては簡単に死なせてた』
香寧は無意識に胸へ手を当てる。本来なら、自分自身も死ぬはずの存在だ。
『本当に闇落ちさせたくないなら、三邪王をどこかへ監禁しておけばいい。実際、俺様は強いからそれも出来る』
白宵はそこで一度言葉を切った。
『でも、洛悠を始めとして、皆それぞれ個性があって人生がある。勝手に生まれて、勝手に動いて、勝手に苦しんで……気付いたら、ただの駒じゃなくなってた』
耳飾りの向こうで、包み紙の擦れる音が小さく響く。
『……せっかく生まれたんだ。作者として、ちゃんと生きさせてやりたい。だからお前のことも手伝うし、気遣う。これで納得したか? 』
「うん……ありがとう、先生。感謝してる」
『俺様も、少なからず感謝はしてる』
「……」
『……』
お互い、同時に同じことを思う。
「なんかこの会話さ……」
『死亡フラグすぎる……』
白宵の『とりあえず今後もヨロ、ってことで!』という軽い声を最後に、通話は終わった。
香寧は小さく息を吐き、その場へ座り込む。忙しく動き回っている間も、清揺のことはずっと気がかりだった。手紙を出したくても、白宵からは下手に接触するなと言われている。だからこそ、無事だと聞けて少し安心した。
窓の外へ視線を向ける。
丹新山の空は、驚くほど綺麗な快晴だった。結界を強化したばかりの空気は澄み切っていて、遠くの山々までよく見える。
香寧はしばらくその景色を眺めていたが、やがてぽつりと呟いた。
「いや、だからといって……差し入れに媚薬はおかしいだろ」
やはり、どう考えても納得できなかった。
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
少し前。
微明は魯 大順の屋敷の書斎にて、隠し文書を手に取っていた。
砕花が毎夜寝台で秘密を探ろうとしていたものの、魯 大順は意外にも口が堅く、なかなか情報を吐かなかったのだ。大成する人間ほど欲深く、同時に警戒心も強いのだろうか。
そして昨晩。酒に酔い、欲に溺れた魯 大順は、とうとう寝台の上で秘密を漏らした。
───名家の妾の子や、出自の悪い子供を金で引き取り、教育を施した後、子供を弄る趣味を持つ名家へ売り渡している。そんな、吐き気のするような商売を。
そして、そのやり取りは全て文書として記録されていた。頃合いを見て、それを弱みとして名家を脅し、更に金を搾り取るためだ。文書は三つに分けられ、それぞれ書斎、魯 大順の私室、そして砕花へ与えられた部屋に隠されていた。
最後の文書を懐へしまい、微明は小さく息を吐く。後は屋敷の裏口で見張りとして変装している夜哭宗の者と合流すれば終わりだ。
月明かりだけが差し込む暗い部屋を後にしようとした、その瞬間。微明の首筋へ冷たい刃が当てられた。咄嗟に後ろへ頭突きを叩き込む。しかし相手もそれを読んでいたようで、寸前で身を引く。後ろへ崩れた重心を無理やり戻し、微明は振り向きざま小刀を突き出した。だが、それもまたするりと避けられる。
次の瞬間、みぞおちへ強烈な拳がめり込んだ。一瞬視界が揺れる。だが微明の体内には弟の二筋がおり、複数の霊脈が流れている。危険を察知した二筋が即座に傷を修復し、不意打ちは致命傷にならない。
再び小刀を突き立てようとした時、刺客は背を向け、そのまま扉へ駆け出した。
「兄様! 文書を盗まれたよ! 」
二筋の叫びに、微明は即座に追いかける。
相手はこの広い屋敷の構造を把握しているかのように、廊下を駆け、屋根を渡り、迷いなく逃げ回った。だが、微明の方が速い。一気に距離を詰め、前を走る刺客の首へ腕を回す。そのまま勢いごと中庭の地面へ叩きつけた。刺客へ馬乗りになり、そのまま喉を掻き切ろうとした――その時。再び背後から殺気が走る。
微明は咄嗟に身を捻り、振り下ろされた刃を避けた。どうやら、この文書を狙っている刺客は一人ではないらしい。
先ほど取り押さえた刺客が逃げようとしたため、呪符を投げつけて動きを封じる。その隙に文書を奪い返し、拘束した刺客を盾にするよう構えながら、後から現れた相手へ視線を向けた。瞬間、微明は目を見開く。
「廉……」
髪で目元が隠れているが、その姿はよく見覚えがある。謝 廉が両手を上げて立っていた。刀は鞘に納められ、もう攻撃の意思は無いらしい。微明は腕の中に居るもう一人の刺客の顔を確認する。忘川観の師、晏 承舒だった。二人へ状況を確認しようとしたその時、屋敷のあちこちから爆発音が響き、突然火の手が上がる。謝 廉が無機質な声で呟いた。
「砕花様の元へ参りましょう」
すぐに裏口へ向かったが、火の手はあっという間に回り、広い屋敷は炎に包まれていた。逃げ遅れた人々の悲鳴が聞こえる。一体どういうことかと疑っていると、裏口付近に見張りへ扮した夜哭宗の者と、砕花が立っていた。背中には腕を折られた黎 宗赫を背負っている。
「あ、やっと来た~。おにぎりくん持つの手伝って」
振り向いた砕花の白い中衣には、血がべっとりと付着していた。返り血だろう。炎に照らされたその姿は、この世の者とは思えなかった。
黎 宗赫は気を失っており、晏 承舒が眉を寄せながら彼を背負う。
共に屋敷を離れながら、前を歩く砕花が微明へ話しかけた。
「微明くん、お疲れ様ぁ。あと、君の実力を試してごめんね? 」
「最初から説明してもらえますか」
「夜哭宗の入門テストだよ。二人の追っ手を躱し、文書を持って生き延びる……合格だよ。いつでも夜哭宗の門を叩いてね」
勝手に試されていたことへ不信感を覚えつつも、微明は別の疑問を口にする。
「なぜ屋敷に火を? 文書を盗むだけでよかったのでは」
「だって、アイツ俺のこと学堂で散々虐めた主犯格だし」
「……魯 大順の初恋の相手って───」
砕花が振り返って口角を上げる。だが、その顔には怒りも悲しみも浮かんでいない。美しく整っているのに、まるで能面のように感情が読めなかった。
復讐なら、魯 大順だけを狙えばよかったはずだ。屋敷に居た者達まで巻き込む必要はない。そう言いかけたが、微明は途中で口を閉ざした。今さら何を言っても無駄だと分かったからだ。
「それに、ほら! 微明くんと約束しただろう。おにぎりくんに詫びるって! ちゃーんと助けたよ! 」
次の瞬間には、砕花はもう楽しそうに笑っていた。
「黎 宗赫をどうするつもりですか」
「魯 大順が目くらましでおにぎりにしちゃったけど、実は彼って皇帝の隠し子なんだよね。ちゃんとあるべき場所へ引き渡すよ」
魯 大順は、そんな権力の深い場所にまで食い込んでいたのか。
林へ辿り着いたところで、砕花達が足を止める。遠くでは、魯 大順の屋敷が炎に照らされ、夜空を赤く染めていた。
「じゃあ俺達は夜哭宗へ帰るから。微明くんも忘川観まで気を付けて帰ってね」
微明はちらりと謝 廉を見る。その視線へ気付いた砕花が、面白そうに声を上げた。
「あ……二人は友達だったっけ? 最後に何か言うことある? 」
微明からは特に無かった。元々、どこか怪しいとは思っていたので答え合わせができただけだ。謝 廉が、僅かに口角を上げる。
「煌瑛に……あまり人を信じすぎるなと伝えてくれますか」
「お前を含めてか?」
謝 廉は答えなかった。代わりに砕花が微明へ一歩近付く。血と花の香りが混ざり合い、微かに吐き気を催した。
「微明くん、また会いたいな。次は弟くんも紹介してね」
それを最後に、砕花達の姿は夜の林へ溶けるように消えていった。
「兄様……眠いよぉ」
二筋の掠れた声を聞き、微明もまた静かに忘川観への道を歩き出した。
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
香寧は空き時間を見つけると、裁縫に取り掛かっていた。
布巾へ微明と清揺の顔をそれぞれ縫い付け、二人へ送るためだ。一度始めると妙に凝ってしまう性格で、微明の柄に至っては二筋の顔まで縫い付けていた。
今日も玄関を入ってすぐの客間で、小さな弟子たちの字を見ながら針を動かしている。
ふと窓の外を見ると、少し離れた場所を稽古帰りらしい弟子たちが歩いていた。その最後尾を見て、香寧はぎくりとする。
月澄と景 煌瑛が、上半身裸だった。
陽光に照らされた景 煌瑛の金髪と美貌は、相変わらず眩しく輝いている。だが香寧にとって問題なのは、月澄の方だった。つい揺れる三つ編みを目で追ってしまい、そのまま視線が引き締まった腹筋へ滑った。
思わず咳払いをして視線を逸らし、そのまま針を通そうとして指へぶすりと刺す。
「香寧師匠、大丈夫?」
「血が出てる!」
小さな弟子たちに慌てて囲まれ、香寧は苦笑しながら指先を隠した。
「平気だ。少し刺しただけだから」
月澄はまるで隠そうとしないが、もちろん香寧だって少なからず欲求不満だった。
それでも師としての立場と責任を優先せざるを得ない。しかも、あの台所での短い逢瀬が余計に火をつけてしまい、以前よりずっと月澄を意識してしまう。
香寧は裁縫を続けながら、また横目で窓の外を見た。だが、もう弟子たちの姿は無い。残念なような、安堵したような。そんな落ち着かない感情のまま、香寧はその日を過ごした。
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微明の任務が終わり、忘川観へ戻ってしばらくした頃。
香寧の弟子たちは、お揃いの髪留めを通じて話し合っていた。微明が今回の任務の経緯を伝えると、二人は妙に納得したような反応をした。
月澄がため息交じりに愚痴る。
「なあ、お前らいつ帰ってくんの? 俺、すげー手伝わされて大変なんだけど……」
「この間は『邪魔だから帰って来るな』って言ってたじゃない」
「撤回します。今すぐ帰ってきてください」
微明は閉じかける瞼を抑えながら言う。
「俺はしばらく戻らない」
それぞれ、月澄は雲香宮、清揺は百草堂、微明は忘川観にいた。
月澄が木の上で欠伸を噛み殺しながらぼやく。
「ああ……鬼を食った奴を探してるんだっけ」
「進展はあったの?」
「……」
沈黙が返る。肝心の二筋がまた怖がるようになり、何も教えてくれないのだ。
「私も百草堂でやることがあるから、まだ帰れない……。月澄、師匠をよろしくね」
「当たり前だ」
月澄は、ふと師の部屋の窓を見上げた。明かりがついている。今夜も師匠同士で話し込んでいるのだろう。
「はぁ……微明兄様、忘川観の奴ら全員そっちに連れて帰ってくれよ。また明日も朝から薪割りだの洗濯だの掃除だのして、終いにはガキの子守りだぜ」
「ふん。師匠と二人きりになりたいだけのくせに」
「うわ~、気持ち悪い」
「は?」
「あ、聞いてよ微明。百草堂に月澄みたいな人がいてね、最悪なの」
「どういう意味だよ!」
二人が騒ぎ始めたので、微明は静かに白湯を啜った。
忘川観では、晏 承舒と謝 廉が夜哭宗の者だったことが知れ渡り、盗まれた文書の有無や、他に潜伏している者がいないか連日捜索が続いていた。
微明自身も当事者である以上、何度も事情聴取を受けている。さすがに疲れていた。じわじわと眠気が押し寄せてきて、微明はそのまま床へ横になる。
「……もう寝る」
「そうね。私も寝ようかな」
「……」
返事がない。
「月澄、まさか今の一瞬で寝たの?」
どうやら本当に寝落ちしたらしい。兄弟子は相変わらず自由だ。二人は呆れながらも起こさず、そのまま通話を切る。
翌朝。
『なんで起こさなかったんだ』
木から落ちた月澄より、苦情が届いた。
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
別日。
裴 凛雪から、丹新山の霊気が徐々に濃くなっていると太鼓判を押された。
甚大な被害を受けたせいで一時は霊気が薄れていたが、小さな弟子たちの純粋な気を混ぜることで、少しずつ土地を癒しているらしい。
その話に香寧が感動していると、温 如晟が「こいつは人以外には優しいからな」と余計なことを言い、案の定また喧嘩になっていた。
さらに、動物たちを戻す第一歩として、今度は川へ魚を放つ話まで進んでいる。ついでに最近は暑いので、息抜きに皆で川遊びもしようと、広間で三人で話し合っていた時だった。
「師匠!」
庭から月澄の声が響く。どこか焦った声音に、香寧はすぐ立ち上がった。
「すみません、少し行ってきます」
「はい」
「お気をつけて」
小走りで庭へ向かった香寧は、その光景を見て固まる。
月澄が上半身裸で、女の子を背負っていた。
「……え」
一瞬、思考が止まる。何事かと動揺していると、月澄は女の子を縁側へそっと降ろした。
「怪我したみたいです。見てくれませんか?」
「あ、ああ……」
見れば、女の子は涙目だった。
香寧は急いで救急箱を持って来ると、怪我の様子を確認する。どうやら浄化しきれていない小さな悪念が石へ染みついており、それに足を取られて転んだらしい。怪我自体はすりむいただけで、大したことがなくて安心する。
香寧は女の子を膝へ乗せ、悪念を浄化しながら落ち着くまで優しく慰めた。その間も月澄は、少し離れた場所で心配そうに様子を見守っている。
途中から裴 凛雪と温 如晟も来て、後は面倒を見ると言ってくれたため、香寧は安心して女の子を引き渡した。
縁側へ残ると、香寧は月澄へ声をかける。
「悪念がまだ残っていたんだね。すぐ連れてきてくれてありがとう」
「いえ……」
月澄が何か言いたげにこちらを見る。だが香寧は、とても居た堪れなかった。早くこの場から逃げたかった。
なぜなら――月澄へ背負われていた女の子に、一瞬でも嫉妬してしまったからだ。
怪我をした子に申し訳なくて、そんな感情を抱いた自分が恥ずかしくて、純粋に助けようとした月澄に後ろめたくて。香寧は誤魔化すように視線を逸らした。
床を見つめていると、月澄がそっと手の甲を香寧の指先に当てる。それに過剰反応してしまって思わず手を引っ込めると、月澄が少し悲しそうな顔をして稽古へ戻っていった。それにも罪悪感が募り、香寧はその晩一人で反省会をした。
数日後、中央修仙司の修士たち数人が、生きた魚を大量に抱えて丹新山を訪れた。
昼食の後、皆で一番大きな滝が流れる川へ向かい、弟子たちに魚を放流してもらう。これで少しでも自然が戻ればよいのだが。
その後は、修士たちも交えて川遊びが始まった。意外にも温 如晟は水遊びになると妙に子供っぽく、水深の深い場所で他の修士や弟子たちと泳ぎ勝負をして騒いでいる。裴 凛雪は相変わらず冷めた目でそれを監督していた。
滝から飛び込む者たちを横目に、香寧は浅瀬に裸足で座り、小さな弟子たちを見守っていた。最近は暑い日が続いていたため、木陰で冷えた川へ足を浸すだけでも気持ちがいい。しかも子供たちは、綺麗な石を見つけるたび嬉しそうに香寧へ見せに来る。それが可愛らしく、自然と頬が緩んだ。
昔はここで、月澄と微明が魚獲り勝負をしていたな――そんなことを思い出しながら、香寧は無意識に若者たちが集まる方へ視線を向けてしまう。そして、すぐ後悔した。
石の上で景 煌瑛や女弟子たちと話している月澄が見えてしまったからだ。上半身裸のまま、濡れた黒髪を後ろへ掻き上げながら笑っている。日に焼けた肩から腹筋にかけては水滴が滑り、陽光を反射して妙に目立った。
香寧は慌てて視線を逸らす。
(何を見ているんだ、私は……)
自己嫌悪に沈みながら膝を抱えた。帰って瞑想でもしようかと考えていた時、ばしゃり、と頭から冷たい水が降り注ぐ。
「林宮主! かかってしまいましたか」
「香寧師匠、ごめんなさい!」
どうやら近くで小さな弟子たちと修士が、竹筒の水鉄砲で水を掛け合って遊んでいたらしい。なんとも微笑ましい光景だ。
「いえいえ、お気になさらず」
香寧は苦笑しながら、濡れた髪を払った。水へ入るつもりは無かったが、この天気ならすぐ乾くだろう。香寧は髪を結び直し、外衣を脱ぐ。薄い中衣だけになると、涼しい風が濡れた肌を撫でていった。
その時、腰ほどの背丈しかない坊主頭の弟子が、香寧の裾をきゅっと掴む。阿丸だ。
「香寧師匠、深いところまで一緒に来てください」
「いいよ。一緒に行こう」
香寧は帯を高い位置で締め直し、袖を肘まで捲った。下衣も膝上まで折り上げ、阿丸の小さな手を握る。
川の中央へ近づくにつれ、水温が一気に下がった。阿丸は怖くなったのか、香寧へしがみつく。濡れた中衣越しに小さな手の感触が伝わり、香寧は思わず笑ってしまった。
月澄や微明は昔から川遊びが大好きで、深い場所へ平気で飛び込んでいた。こうして怯える子供は逆に新鮮だった。
すると、他の兄弟子たちが水しぶきを上げながら近づいて来る。
「阿丸、何そんな怖がってんだ!」
「林宮主に甘えるなー!」
騒がしく笑われ、阿丸は顔を真っ赤にしながら勇気を出して香寧の手を離した。一歩、また一歩。しかし数歩進んだところで肩まで水へ沈み、途端に泣きそうな顔になる。
「香寧師匠~!」
「はは、大丈夫だよ……」
香寧が助けに向かおうとすると阿丸の身体がひょいと持ち上がる。
月澄だった。濡れた髪を垂らしたまま、軽々と阿丸を抱え上げ、そのまま浅瀬へ連れて行く。
「あ……」
「クソガキ坊主。怖いなら最初から浅い所に居ろ」
阿丸を降ろした後、月澄がちらりと香寧を見る。濡れた前髪の隙間から覗く金の瞳が妙に近く感じて、香寧は胸がざわついた。だが月澄はすぐ視線を逸らし、そのまま川の奥へ戻っていく。
香寧も岸へ戻ろうとした、その瞬間。どしゃり、と大量の水を浴びせられた。
「まさか渡雲香君の貴重な川遊び姿が見られるとは……今日はいい日ですね」
上半身裸の温 如晟が、腹を抱えて笑っている。
「貴様! 無礼なことをするな! 」
「わーっ!」
裴 凛雪が即座に水を投げ返し、それに釣られた弟子たちまで巻き込んで、辺りは一気に水の掛け合いになった。香寧も逃げる暇などなく、あっという間に全身びしょ濡れになる。
薄い中衣が肌へ張り付き、濡れた布越しに体温まで透けそうで、香寧は思わず前合わせを整えた。だが水を吸った布は重く、直したところでほとんど意味がない。他の者たちと同じように、肌の線が薄く透けてしまっていた。
温 如晟が額の水を手で払いながら、面白そうに笑う。
「ぜひ林宮主の泳ぎを見てみたいものですね」
「実は私……泳げないんです」
「おや、意外ですね」
香寧は我ながら「意外か?」と思った。髪が水の重みで垂れてしまったため、濡れた髪をかき集めて結び直していると、温 如晟がまた水を掛けようと腕を振り上げる。
「温師! やめ──」
避けようとして一歩下がった瞬間、濡れた石へ足を取られた。
「あっ!」
身体が大きく傾く。このまま転べば頭を打つかもしれない。咄嗟に目を閉じかけた、その時だった。ぐい、と腕を掴まれる。
強い力で引き寄せられ、香寧の身体は誰かの胸へぶつかった。
「……危ないですよ、師匠」
低い声が耳元で響く。見上げれば、月澄がすぐ近くに居た。濡れた黒髪から水滴が落ち、至近距離の金の瞳がじっと香寧を映している。支えられたまま動けず、香寧の胸がどくりと脈打った。
「あ、ありがとう……」
水分を吸った衣服越しの肌はやけに熱かった。月澄が低い声で言う。
「温師、うちの師匠は泳げないんです」
「これは良いことを知りました」
「林宮主、顔が赤いがどこか打ったのか? 」
裴 凛雪が善意で近づいてくるので香寧は慌てて顔を反らす。
「い、いえいえ! 」
「温! 怪我をさせてどうする」
「何を言う、驚いて勝手に転んだだけですよ」
「貴様のせいだろう! 」
「裴も遊んでいたでしょう」
二人がまた掛け合いを始めたので、香寧は苦笑いをする。
すると、月澄が心配した声音で覗き込んでくる。
「師匠、どこか痛めたんですか? 」
月澄の額から顎を伝って、水滴が一粒落ちる。
香寧は自分を映すその真剣な瞳を見て────全ての建前を取り払われた。
「……うん」
月澄を目だけで見上げる。
「痛いから休みたい、かも……」
顔がかっと熱くなり、すぐに俯く。周りは騒がしく、小さい声だったが月澄には聞こえたようだ。耳元で囁かれる。
「……静かなところで休みましょう」
肩を貸してくれるので香寧はそれに頼る。それを見た温 如晟と裴 凛雪で責任の押し付け合いが始まったが、その喧嘩混じりの声も、弟子たちの水遊びではしゃぐ音も、滝の轟音さえ、もう二人には聞こえなかった。
香寧は背を木に押し付けられ、月澄の熱い身体を正面から受け止めていた。
「んっ……ん、んっ」
思わず彼の肩を握ろうとしたが、濡れていたので上手く掴めない。それに気づいた月澄が香寧の腕を取って自分の首へ回させた。月澄も香寧の腰を抱きかかえ、隙間なく密着する。お互いに相手の口を夢中で吸いながら、月澄が熱を孕んだ声で囁く。
「師匠、もうこんなに……」
「っあ」
月澄の膝が香寧の足の間へ入り込み、膨らんだ中心を強く刺激する。肌へ張り付いた濡れた服はほとんど意味を成しておらず、互いの熱がすぐに伝わった。月澄の舌先が唇を割るようになぞるたび、その痺れるような刺激に香寧は浮いた足先をきゅっと丸める。
「ま、待って! 」
「待てません……」
「ちが、もう、出る……」
キスの合間に荒い息で強請れば、月澄は香寧へ額を押し付けたまま帯へ指を掛けた。する、と結び目が解けて地面へ落ちる。そのまま月澄の手が入り込んできた瞬間、香寧の腰に力が入った。口を閉じて声を我慢する。
「ふっ……うぅ、うっ」
「出してください」
「うっ、ううっ」
静かな林の中で、くちゅくちゅと濡れた水音が響く。それを聞いた香寧の耳は真っ赤に染まり、熱を持った耳朶を月澄に甘く食まれる。
「うぅ……あっ、あっ! 」
ぞくりと背筋が震え、喉を反らしたまま香寧は月澄の手の中で達した。吐き出している最中も囲った指を絞るように動かされるので、全身をがくがくと震わせながら余韻に浸る。力が抜けて後ろの木に寄りかかっていると、月澄が体液を乗せた手のひらを目の前にかざす。
「いっぱい出せましたね」
「……見せなくていいから、あっ、ばか! 」
そのまま躊躇いもなく舐めだすので香寧は慌てる。金の瞳と目が合うと、黒の瞳孔が収縮して、その鋭さに香寧は思わず息を呑む。濡れた髪の毛と嬉しそうな顔までがよく分かり、たちまち羞恥に襲われる。
木陰とはいえ、真昼の外だ。ここは明るすぎる。
月澄が口端に付いた白い液を舐め取る。そのゆっくりとした舌の動きまで見えてしまい、香寧の喉がひくりと震えた。
「師匠、痛めたんですよね……どこが痛いんですか? 」
月澄の両手が逃さないと言った強さで腰を掴む。濡れた服のせいでそれは体の奥にまで侵食してくるようだ。思わず身を捩ると低い声で諫められる。
「師匠」
「っ……」
それだけで息が上がって、追い詰められた獲物のように震える声で応えた。
「どこも痛くない……嘘だ……」
「へえ」
必死に目を逸らすが見なくても分かる。獲物を追い詰めた獣のように楽しそうに笑っている。
「以前はバレたくないとおっしゃっていたのに、今日はわざわざ嘘までついて弟子を連れ出したんですか?」
「はぁっ……」
無意識に息を止めてしまっていたようで、香寧は胸を上下して息を取り込む。涙が滲む顔で見上げれば、月澄の目が不機嫌そうに細められる。
「無防備すぎます、どうしてそんな格好をしているんですか」
「……皆同じ格好だ」
「違います。師匠は特別にいやらしいです」
「あ……」
手が上がってきて服越しに胸を抑える。そのまま透けた尖りを無遠慮に押し込まれた。荒々しい手つきなのに、水分を吸った衣服が柔らかくて敏感になった場所を余計に擦った。月澄が掬い上げるように唇を合わせるので、香寧は彼の身長に合わせて上を向いて必死に応えた。後ろ手に掴んだ木の幹が剥げてしまうが、いっぱいいっぱいで何も考えられなかった。長い舌が容赦なく入り込み、呼吸まで奪っていく。また強まる力と、苦しいぐらいの愛撫に月澄の余裕のなさが伝わる。
「はっ……あ……」
「師匠、もう誰とも川には行かないでください……その恰好を他の奴に見せないでください……皆、師匠の体を見ていましたよ……」
「み、見ていない……」
「……気づいていないだけです。だって、俺はずっと見ていました」
その言葉に香寧の顔がかっと熱くなる。
――自分だって、ずっと月澄を見ていた。濡れた髪も、日に焼けた肌も、水滴の滑る腹筋も。視線を逸らした後でさえ、脳裏へ焼き付いて離れなかった。だからこそ、月澄の言葉が痛いほど理解できてしまう。
彼の蒸れた肌にそっと手を置きながら、香寧も吐露する。
「それを言うなら……お前こそ」
「……」
「普段から脱いで、肌を晒しすぎだろう……あんなに目立って……」
月澄が香寧の顎を小さく持ち上げて、視線を合わせるようにする。
「……じゃあ、師匠も俺のこと、見ていたんですか? 」
問いかける声音は少しだけ幼かった。日差しは全てを照らし、揺れる月に滲む不安さえ隠させてはくれない。静かな林の中には、互いの呼吸しか響いていなかった。
ここには二人しかいない。だから香寧は、彼だけに伝えた。
「……見ていた……私は、ずっと……」
襖から覗いた時の満月のような瞳も、草笛を吹いていた横顔も、初めて風呂に入った時も、同じ字を喜んでいた時も、香寧はずっと彼から目が離せなかった。
積み重なった感情に、ようやく名前がついた。
「月澄が、好きだから……」
そう告げると、顎を掴む彼の手がビクっと震え、驚いたような表情をする。香寧の言葉の意味が少し遅れて分かったのか、顔がみるみると赤くなる。長い睫毛を伏せて、小さな声で呟いた。
「……嬉しい、です」
さっきまで散々好き勝手してきたくせに、今は照れて顔を背ける月澄に香寧は思う。
……可愛い。
手を伸ばして優しく頭を撫でると、更に肩を震わせた月澄が香寧を見る。
「あの、師匠、もういっか……」
もう一回、と言おうとして急に止め、また口を閉ざす。香寧は途端に今までの自分の行いを後悔した。これまで月澄が何度も言葉を欲しがったのに、言い切れなかった香寧に対して遠慮しているのだろう。だから、今はきちんと伝える。頬に手を沿えて目を合わせる。
「……月澄、す、きだ」
しかし、やはり声が震える。真正面に捕らえた彼に見つめられ、恥ずかしさに全身が火照り、逃げ出したくなる。きっと月澄からも香寧の必死な顔が丸わかりの筈だ。喉が渇いて仕方がないが、無理やり絞り出す。
「好き、好きだ……私は、お前が……」
最後の方は喉が引き攣れてしまい、情けなさに涙が零れた。それが頬を伝って地面に落ちる前に、月澄が舐めとる。
「んっ」
腰を抱かれて、唇を深く合わせる。熱に飲まれているように火照りが収まらない。熱くて熱くて仕方が無いのに、互いに離れがたく、抱く腕へ更に力を込めた。
背伸びをする香寧の足が震えだしたので、月澄がそっと地面に押し倒す。見下ろす瞳は潤んでいた。
「師匠、嘘ついて俺のこと誘ってくれて、嬉しかったです」
「うん」
「それに、俺も、俺、ずっと前から好きです、ずっと……師匠だけが好きです……」
「うん……」
「好きです、この先も、何があっても、ずっと……」
「……はあっ! 」
月澄が腰を香寧に押し付ける。それがとんでもなく重く、香寧は咄嗟に息を詰まらせた。
「あの、師匠、俺」
香寧と自分の下衣を脱がせながら、月澄が熱い息を吐く。
「師匠と、身体を繋げたいです……師匠の腹の中に、俺のことを収めてください……」
剥き出しになった熱同士が擦り合わされる。思わず下を見ると、到底収まりきるとは思えない熱が屹立していた。なぜか先ほど弟子たちが遊んでいた竹筒の水鉄砲が脳裏を過ぎる。月澄のことはもちろん受け入れてやりたい。やりたいが。
香寧は怯えてしまい首を振る。
「お、大きい……」
「はい、もっと見ていいですよ」
手首を掴まれて、握るように誘導される。根元まで逞しいそれに愕然として、迫って来る月澄の唇に必死に訴える。
「月澄、大き……あっ、硬い、太いぃ……」
「褒めてくれて嬉しいです……」
褒めている訳がない――そう思うのに、月澄がようやく嬉しそうに笑ったので、香寧は少しだけ絆されてしまう。
月澄は香寧へ重ねた手をゆっくり動かしながら、熱を孕んだ息を漏らした。
「師匠、今のもっと言ってください」
「え……」
「俺のこれ、どう思いますか」
「……お、大きい……」
「はい……他には? 」
素直に頷かれてしまい、香寧はますます困惑する。しかも月澄は嬉しそうに目を細め、その熱まで脈打つように反応した。
「大きすぎる……」
「はい」
「入らない、こんな」
「はいっ……」
「か、硬いし……あっ、途中、もっと太い……」
「っ……はいっ……」
「無理、むりっ……絶対入らないっ……」
言う度に月澄が興奮しているのが分かり、香寧は怖くなった。
水音が更に大きくなる。突然、月澄が香寧を痛いほど強く抱き締めた。熱い呼吸が首筋へ落ち、甘噛みされる。痛いと訴えても離してはくれない。手の中の熱が何度も震え、その度に月澄の吐息が乱れた。香寧は、絶対に入らない、と思った。だが、これほどの熱を自分の内へ受け入れるのかと思うと、恐怖と同時にぞくりと腰が震えるほどの興奮が込み上げてくる。
やがて月澄が身体を起こして座る。額から汗が垂れていた。
「師匠、俺、師匠の泣いた顔も好きなんです……」
うっとりとした瞳でそんなことを告げられ、香寧は青ざめた。力の入らない両脚を閉じたまま持ち上げられ、月澄がその隙間へまだ芯を持つ熱を押し当てる。まさか、と思い慌てて拒否する。
「ああっ、待って、無理むり! 」
「はい。今はここで慰めてください」
「はっ」
言い終わらないうちに月澄の熱が太ももの間に滑り込んでくる。先ほど出したばかりなのに既に硬い。香寧はその持久力に驚く一方で、まだ自分の内へは来ないのだと分かり小さく安堵する。
「月澄、それ、いいの……? 」
「はい、気持ちいいです」
「……」
湿った肌と肌がぶつかる。月澄のが入り込むたびに香寧のも擦れ、じわじわと熱を取り戻す。目を閉じて堪能していると、月澄が覆いかぶさる。ゆっくりと唇が重なった。
「んぅ……」
熱の柔らかさに、腰が震えた。中も舐めて欲しくて無意識に口を開くと、月澄が笑う。
「師匠って、キスするのお好きですよね」
「ん、好き……」
素直に告げると、月澄《げっちょう》の喉が鳴る。
「……では、繋がった時はずっとキスしていましょう」
「んんっ」
甘い約束に全身が痺れた。
首へ腕を回してもっと欲しがると、月澄は惜しみなく応えてくれる。腰を打ち付ける力が強くなり、香寧の身体は大きく翻弄された。嵐のような激しさを感じながら、もっと早く応えてあげればよかったと小さく後悔する。
高められる快感に、揺れる足が思わず逃げるように動いた。だが、月澄に絡め取られ、どこにも行き場がない。捕まえられたまま熱を浴びせられ、それを追うように香寧も力を失っていった。
息を整えた後、身体を起こされる。月澄の足の間へ座り、小さい子の着替えを手伝うかのように下衣を履かされるのが気恥ずかしかった。
月澄が名残惜しそうに呟く。
「もう戻らないとですね」
「うん……」
そういえば、嘘をついて抜け出してきたのだった――そう思い出し、香寧は顔を赤くする。それを見た月澄がくすりと笑った。
「雲香宮の部屋へ直接行きましょう。送ります。その後で俺が川へ戻って、適当に誤魔化し……」
「月澄ー!」
「!」
遠くから誰かの声が響き、香寧の身体がびくりと震えた。月澄が咄嗟に香寧を胸へ抱き寄せ、庇うように腕の中へ隠す。
「あ、月澄! お前何してんだ、渡雲香君は?」
「足を痛めて部屋に帰った!」
声のする方は見えないが、恐らく景 煌瑛だろう。
月澄が平然と返事をするので、香寧は気が気ではない。心臓が痛いほど脈打つ。
「俺もすぐ戻る! そっちで待っててくれ!」
「分かった! 温師と裴師、もう戻られたみた……」
声が徐々に遠ざかっていく。
月澄は一度振り返り、人影がないことを確認してから、安心させるように香寧の背を撫でた。
「師匠、もう大丈夫ですよ」
「……」
「師匠っ……」
固まったままの香寧を見て、月澄が堪えきれずに笑い出す。恥ずかしくなった香寧は、恐る恐る月澄の肩越しに向こうを確認した。
既に人影はない。
ほっと力が抜けた身体を、月澄が再び抱き締める。笑いを噛み殺すように肩が震えていた。
「ふっ……」
「笑うな」
「違います。嬉しいんです」
月澄が香寧の頭へ頬を寄せる。
「俺、ずっと師匠を皆から隠したかったんです」
そんな風に幸せそうに笑うので、香寧はもう怒る気になれなかった。
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~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
※第35話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
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