世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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6章 あふれの渦中

6-6. 帰還

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 明日はついに地上だ。太陽の光が恋しい。

 救援隊の人たちと話して、僕たちはユラカヒの街には寄らずに、単独で王都へ向かうことになった。
 僕たちは今まであふれの対応で、渦中の街まで物資を運んだことはない。それは僕の心が惨状に耐え切れないからだ。
 今回僕たちは図らずもダンジョンに、まさに発生地にいた。このまま街に向かえば、今後は最前線に出ても大丈夫だと判断されてしまうことを恐れたアルが、街に行くことを反対した。多分被害の跡を僕に見せないためもあるのだろう。いつだってアルに心を守られている。

 このダンジョンのドロップ品は、マジックバッグに入れて、ダンジョン特別部隊に参加している教会の治癒術師さんに渡した。
 モンスターが落ち着いて、地上へ向けて移動する間に倒したモンスターのドロップ品も、実は集めたのだ。だってもったいないし。
 この街の孤児院の子どもたちのために役立ててほしい。


 あふれが発生してから15日目、久しぶりの地上は、眩しかった。
 カークトゥルスに2か月以上潜っていたこともあるから、最長ってわけではないけど、今回は開放感が違った。

 これ夢じゃないよな、俺たちほんとに生きて帰れたんだな、と言いながら、リンバーグの子たちが泣いている。
 明るく振舞っていたけど、きっと本当は怖かったし、覚悟もしていたんだろう。

 入り口から歩いて出ると、ダンジョンを監視している領軍から、歓声が湧いた。
 僕たちが生きていたこともだけど、地元の高ランクパーティーが多く帰ってきたことに対して、あちこちで喜びの声が上がっている。

「帰ったぞー!」

 クルーロさんが雄たけびをあげ、それに呼応して、冒険者も、領軍も勝鬨の声をあげた。

「ありがとう。無事に帰ってこれたのは、ふたりと従魔のおかげだ」
「街の立て直し、頑張れよ。離脱して悪いな」
「いや、それは俺たちがやることだ」
「エリクサー代は、少しずつギルドカードに振り込む。本当に助かった」

 今このダンジョンには、本来にいないはずのない階層に下層のモンスターがいるので、それらを一掃するまで冒険者は立ち入り禁止だ。街のほうが落ちつけば、ダンジョン特別部隊と地元の冒険者でまず攻略する予定らしい。
 貸し出していたマジックバッグは、今朝セーフティーエリアを出発する前に返してもらっている。持ち逃げしたパーティーの分も、先行していた部隊から返してもらった。怪我を負っているらしいそのパーティーがどうなったのかは知らないが、おそらく犯罪奴隷になるのだろう。せっかく生き残ったのに、残念だ。

 街のほうへ向かう彼らと別れて、僕たちはブランに乗って王都の方角へと走り出した。


 裏切られたことは、僕の心に澱を残した。
 やっぱりこの世界の人は信用できない、とカイドのころの気持ちがよみがえってしまう。けれど僕の心を守ってくれているのも、この世界の人間であるアルだ。
 非常事態だったとはいえ、あんな風にマジックバッグや食料、それにエリクサーを出さなければ、彼らも誘惑に負けることもなかった。だれの心にも住んでいるだろう悪魔に囁かせてしまったのは、僕のスキルの使い方なのかもしれない。
 物語の主人公は、強い力を貰って英雄になれるのに、どうして僕は上手くできないんだろう。英雄になりたいわけじゃなく、ただ普通に生活していきたいだけなのに。
 考え込んでしまう僕をアルとブランが心配しているのは気付いているけれど、沈んだ気分を立て直せない。

『ユウは考えすぎだ。それでいいようになったことはないだろう』
「ブラン……」
『お前は好きなように生きろ。それで何か言ってくる人間は吹き飛ばしてやるから』

 ブランはいつだって僕に甘い。今回だって、僕の彼らを助けたいという思いに応えて、自分の主義を曲げて助けてくれた。
 ブランに抱き着いて、そのもふもふの毛に顔を埋めて、少しだけ泣いた。


 僕たちはユラカヒを出てからずっと、森の中を進んでいる。それはブランの魔物を狩る楽しみのためでもあり、沈んでいる僕のためでもある。
 お風呂には入りたいけど、いま街の中に入ると浴びるであろう視線が煩わしい。疲れを癒してほしいアルが街でなくていいというので、静かな森の中で過ごしている。

 僕たちをテントに残して、狩りに行って帰ってきたブランが、何かくわえている。白い、ウサギ?

「そのウサギさん、食べるの……?」
『こんな小さいのを食べても腹の足しにもならん。もふもふとやらが触りたいのだろう』

 ウサギの赤ちゃんを僕に渡して、そう言った。
 魔物に襲われていたウサギを助けたというか、魔物を倒したら結果的にウサギを助けたことになったので、魔物を収納するために僕たちを連れてそこに戻るまでの間、親に断って子ウサギを借りて来たらしい。人の匂いがついてダメとかないのかなと思ったけど、この世界にはクリーンの魔法があるし、ブランが言うなら大丈夫なんだろう。

「ふわふわ、かわいいね」
「小さいな。力を入れたら潰れそうだ」

 僕の両手で包めそうな小さなウサギは、好奇心旺盛なようで、耳をあちこちに向けたり、ひくひく鼻を動かしながら、僕やアルを観察している。今まで人に傷つけられたことがないから人が怖くないのだろうけど、今後がちょっと心配になるよ。人に狩られないでね。
 ふわふわの感触を楽しんでいたら、魔物のところに着いた。ブランは僕が血が苦手なのが分かっているので、なるべく血が流れないように倒してくれるが、今回は丸々氷漬けになっていた。
 氷漬けの魔物の向こうに、ウサギの親子が見える。あの子どもの1匹を借りてきてくれたのだろう。
 クリーンをかけて地面に降ろすと、ふわふわ子ウサギは、親のほうに駆けていくかと思いきや、ブランに寄って行った。ブランが親のほうに行くようあしらっているが、子ウサギはブランの足にまとわりついている。それを見て、他の子ウサギも寄ってきた。子どもたちにもブランが神獣だと分かっているのかは不明だけど、好ましいと感じる何かがあるんだろうな。
 親ウサギは僕たちを警戒して近寄ってこない。ブランが諦めてしばらくされるがままになっていると、やがて飽きた子ウサギたちは親ウサギのほうへ帰って行ったので、僕たちは魔物を収納してテントに戻った。
 ブランが僕のためにふわふわのウサギを借りて来てくれた、その優しさに、心が温かくなった。


 王都近くまで森を進んで、街道に出たが、王都周辺の街道はいつも混んでいるので、周りに商人や旅人がいる。
 僕たちがあふれに巻き込まれたことはすでに伝わっていたようで、生きてたのか、よかった、と話している声が聞こえている。僕はフードを深く被ってはいるけれど、アルは顔を隠していないし、ブランに乗っている時点で正体はバレているのだ。僕はいまだに注目されることに慣れないので、フードで視線を遮っている。

 門では、フードを取ってくださいと言われて、顔を見せたが、衛兵がホッとしたのが分かった。僕が怪我をしたりしていないか心配してくれたようで、小声でご無事でよかったですと伝えられた。いつものように、従魔が問題を起こすとテイマーの責任になりますという注意を受けて、門をくぐった。
 各地のダンジョンを攻略して回ることを決めて、拠点にしていた王都から旅に出たのは6年前だが。それ以降も、時々寄っているので、王都はなじみ深い街だ。

 100人近い人に提供したために、アイテムボックス内の食料やポーションはかなり少なくなったので、王都では買いだめしたい。
 あふれの最中に提供した食料やマジックバッグ貸し出しの代金は、エリクサーを除いて受け取らなかった。ポーションは誰がどれだけ使ったのか把握していない。ハチミツはかなり高級品なので、ハチミツレモンを振舞っておきながら料金を回収するとなると、Dランクのリンバーグの子たちは払えない。そういうのが良くないのかもしれないけど、今回は緊急時ということで見逃してほしい。

「ブラン、最初にどのお店行きたい?」
『(栗鼠の獣人のところだ)』

 王都にはいくつもブランお気に入りのお店があるが、奥さんが栗鼠の獣人の食堂は、その中でもお気に入りだ。冒険者ギルドから魔物の肉を仕入れて出される定食は、街の人にも冒険者にも人気だ。もちろん僕たちもよくお昼ご飯を食べに来ていた。ランチタイムが終わるところだから、売り切れているかもしれない。

「兄さん、無事だったのか。あふれに巻き込まれたって聞いたよ」
「ああ、無事に帰って来た」
「悪いが今日の定食は終わったんだ。ブランちゃん、ごめんよ、お肉ないんだ」

 小柄で威勢のいい肝っ玉母さんといった感じのここのおかみさんには、神獣もブランちゃんと呼ばれていて形無しだ。食いしん坊のちょっと大きい犬として扱われているが、ブランも美味しいものを出してくれる人には寛容だ。

『(仕方ない。あのダンジョンの肉を料理してもらってくれ)』
「これ、ダンジョンのドロップ品のお肉なんですが、ブランのために料理してもらえますか?」
「あんたこれバイソンじゃないか。高級品だよ。うちなんかでいいのかい?」
「ブランがここがいいと言っているので」
「嬉しいこと言ってくれるね。明日の昼までには腕によりをかけて調理しておくよ」

 引き取りついでに明日のランチはここに決定だ。
 屋台に行くぞ、と先を歩くブランを、フードを被りなおして追いかけると、アルがフードで見にくいだろうと手を引いてくれた。
 僕が子どものころ、兄さんによく手を引かれて歩いていたと知って以来、アルは人混みを歩くときはこうして手を引いてくれるが、気持ちが沈みがちな今は、繋いだ手の温もりが心を温めてくれる。ブランも、勝手知ったる王都なら屋台の前まで先に行って店主に調理を促すのに、今は僕がついてくるのを確認しながら進んでくれる。

 ブランに驚いた人たちが道を開けてくれるので、人混みを簡単に抜けて、屋台が並ぶ広場に着いた。
 そこからはブランの鼻が選別したものを、片っ端から注文だ。王都に寄るたびに大量に購入してアイテムボックスに入れている常連のお店では、もはや何も言わなくても通じる。

「無事帰ったんだな。お得意さんを失わなくてよかったよ。20本なら今から焼けるぞ」
「頼む」
「まとめ買いなら3日後には用意できるが?」
「それも頼む」

 こんな感じである。
 ブランがヨダレを垂らすんじゃないかというくらい期待を込めた目で焼きあがるお肉を見ている。
 最初は僕がご飯をあげてないみたいに見えるんじゃないかと心配していたが、今やブランの食いしん坊っぷりは有名なので、ブランが買うお店は外れがないと一部では噂になるらしい。
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