世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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8章 付与の商会の準備

8-1. チーズ料理

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 僕はある日、この剣と魔法のファンタジーな世界に迷い込んだ。契約してくれた神獣のブランと、恋人のアルと一緒に、冒険者として生計を立てている。
 先日、潜っている最中のダンジョンがあふれるという経験をして、そこから無事脱出するためにブランに助けてもらった。そのブランが食べたいと言ったチーズを買うためと、アルの友人であるカリラスさんに会うために、アルの故郷であるドガイへ行ってきた。
 帰ってきてからはカザナラの別荘でのんびりしていたけれど、そろそろブランがダンジョンに行きたそうにしている。ドガイでは薬箱ダンジョンの攻略をしたが、ずっと他人の目があったためにブランは実力を隠していたから、そろそろ暴れたいのだろう。

「アル、ブランが周りを気にしなくていいダンジョンに行きたい」
「そうだな。コハツの不人気のダンジョンはどうだ?あそこなら人目もないし、ブランも楽しめるんじゃないか」
『ブロキオンがいいが、あそこでもいいだろう』

 ブランは本当にブロキオンがお気に入りだ。ブロキオンはゾヤラにある剣をドロップする上級ダンジョンで、最下層のボスが首なし騎士で、僕たちが行くと魔剣がドロップする。僕はあそこの首なし騎士は存在自体が許せないので行きたくないけれど、ブランのためにも近いうちに行くことになるんだろうなあ。魔剣はもういらないのに。

 けれどその前に、まずはチーズパーティーだ。
 ドガイで大量の各種チーズと、そのチーズの料理法を貰ってきたが、それをお屋敷の料理人に見せたところ問題なく料理できると言われたので、いろいろ料理を作ってもらっている。
 今更知ったのだが、このお屋敷の料理長も王宮で働いていた人だった。ブランが屋台の食べ物を好んでいるからと、屋台の料理まで研究してくれている研究熱心な人らしい。執事のサジェルといい、王宮から冒険者のお屋敷の使用人なんて、僕からすれば都落ち感がすごい気がするけど、納得しているのか心配になってしまう。いくら僕がアイテムボックス持ちとはいえ、ただの冒険者には変わりないのに。

「ユウ様のご希望で、チーズをつけて食べる料理を3種類のお味でご用意いたしましたので、お好きな物をお召し上がりください」

 出てきたのはそう、チーズフォンデュだ。僕の適当な説明を聞いて、本当にチーズフォンデュが出てきた。すごい。
 チーズを加熱する小っちゃいお鍋は魔道具だ。ガーデンパーティーの時などに、こういう形式でスープを用意することがあるそうで、その小型版だ。
 具材をフォークに刺して、チーズをくぐらせて食べてみる。うん、日本でも数回しか食べたことがないけど、これはチーズフォンデュだ。プレーン、スパイスが効いたもの、甘めの物とそれぞれ味が違うが、美味しい。

「アル、大丈夫?」
「ああ。面白い食べ方だが旨いな」
「アルはどれが好き?」
「このスパイスが効いたものだな。酒に合いそうだ」

 いつもはあまり飲まないアルが、サジェルにワインを用意させているから、かなり気に入ってくれたみたいだ。
 ブランはどうかなと見ると、すでに食べ終わっていた。

『(ユウ、もっとくれ)』
「どれがいい?」
『(全部だ)』

 さすが食いしん坊、どの味も気に入ったようだ。ブラン用には大きめに切った具材の上にたっぷりチーズがかけられている。特にグリルしたお肉にプレーンのチーズソースをかけたものが一番のお気に入りらしい。
 僕は甘めのチーズにパンをつけて食べるのが気に入ったが、ずっと同じ味を食べていると飽きるので、いろんな味があるのはいいな。お芋にスパイスも美味しい。

 ドガイのチーズは、タペラのあふれを生き延びるために手を貸してくれたブランへのお礼だ。
 僕がチーズを使った料理として思いついたのは、チーズフォンデュとチーズケーキとパスタだけだった。日本でいろいろ美味しいものを食べていたはずだけど、いざとなると出てこない。チーズフォンデュはこの国では食べられていないようなので作ってもらえるように説明してお願いしたが、後はもともとこの国にもあるようなので、お任せで料理してもらっている。
 チーズフォンデュはブラン用にたくさん作ってもらってアイテムボックスに入れておこう。時間が止まるアイテムボックスなら、冷えてチーズが固まることもないので便利だ。
 もちろんダンジョン攻略中の食事にと、ハムチーズサンドとチーズバーガーも大量に作ってもらって、収納済みだ。


 ドガイの旅の疲れを十分に癒して、チーズも堪能したところで、カザナラの近くの街、コハツのダンジョン攻略に来ている。
 この街には上級ダンジョンがあるが、ドロップ品がしょぼいので不人気だ。不人気ダンジョンはあふれの予防のために軍が訓練で潜ることもあるが、コハツのギルドに尋ねたところ、今は軍も潜っていないので是非最下層まで攻略してほしいと言われた。攻略したほうがあふれの可能性が低くなると言われているからだろう。

「ダンジョン内でもやっぱり料理してほしいよね。僕が料理習うのが一番早いかなあ」
「ユウ、料理中にダンジョンがあふれたらどうするんだ」
「アイテムボックスにしまっちゃえばいいよね。火がついたままアイテムボックスに入れたら、中の物燃えちゃうかな」
「時間が止まってるなら燃えないだろう。温かい料理と冷たい料理を一緒に入れていても、ぬるくなったりしないだろう」
「たしかに」

 なんでこんな話をしているかというと、このダンジョンのドロップ品が野菜だからだ。
 モンスターを倒したらお芋に変わるとか意味が分からないけど、ドガイでケネス司祭様が言っていた「ダンジョンは神の遊び場」というのも間違いじゃないのかもしれない。さしずめここは野菜の神様の遊び場かな。
 野菜のドロップ品はかさばるし、葉物はしなびるし、買い取り価格は高くない。それがこのダンジョンが不人気の理由だ。飢饉になればかなり重宝されるんだろうが、今は食料に困っていないので、人も集まらない。上層階には食材の確保に来る冒険者もいるが、中層からは人がいなくなる。

 人がいない階層まで一気に潜ってからは、ブランが走り回ってモンスターを倒して回っているので、僕はアルとドロップ品の回収作業中だ。いや、回収ではなく、葉物や根菜など入り混じった収穫作業だ。

「ユウ、腰は大丈夫か?」
「痛い。疲れた」
「休憩するか」

 カークトゥルスで魔石を拾う用に作ってもらったマジックハンドも、傷がついてしまうので野菜には使えない。拾うだけなので、掘ったり摘み取ったりする本当の収穫作業よりは楽だが、それでも腰が痛くなるし、疲れる。
 最下層まで10日以上、毎日この生活だと思うと気が滅入るが、それでもブランが楽しそうだから頑張って付き合おう。
 ここのドロップ品は上層から下層までラインナップはほとんどが変わらないが、下層に行くほど美味しくなるそうだ。アルと話して、下層の美味しい野菜は頑張って拾う代わりに、中層の野菜は力を抜いて気が向いたら拾うことにした。


『ユウ、眠れないのか』
「なんだか目が冴えちゃって」

 人のいないダンジョンのセーフティーエリアでは、天幕テントと呼んでいる、とても広いテントでくつろいでいる。前はアルと僕のベッドは分けていたけれど、今は大きなベッド1つにして、アルとブランと一緒に寝るようになった。
 タペラのあふれから生還した後も、ダンジョンには潜っている。けれどあの頃はまだタペラで起きたことを落ち着いて振り返るような気分ではなかったというか、まだあの非常事態の興奮状態をちょっと引きずっていた。けれど、ドガイへ行って、気持ちもリセットされた今、ダンジョンのセーフティーエリアにいることが、少し怖いと思うようになった。このダンジョンも、あの時のようにあふれるかもしれないのだ。

「ダンジョンが怖いのか?」
「どうだろう。ダンジョンが怖いのか、その後に起きることが怖いのか、よく分からない」

 僕はあのあふれで命の危険を感じることはなかった。身体が辛かったのは、ブランに乗ってノンストップで移動したときだけで、あの時だって支え無しでブランに乗り続けていることが体力的に辛かっただけで、それで自分の命が脅かされるかもしれないとは思いもしなかった。何があってもブランが守ってくれると信じていた。
 やはり、あふれが落ち着いてからの冒険者の裏切りが、自分で思う以上に堪えているのかもしれない。もし同じ状況になったときどうすればいいのか、答えが出ない。

「アルは怖くないの?」
「ダンジョンのあふれは怖くないが、ユウに嫌われるのは怖いな」
「嫌いになんてならないよ?」
「ユウが俺を嫌いにならない限りブランが守ってくれるだろう?だからあふれは怖くない。ただユウが傷付かないか心配になる。戻るか?」
「戻らない。でも、どうするのが正解だったのかな」

 あの時、どうすればよかったんだろう。僕がショックを受けていたから、誰も僕にあの時の話を振らない。冒険者ギルドにはアルだけが詳しく説明しに行ったし、おそらく僕には聞くなとアルがギルドに言ってくれているのだろう。

「ユウは間違ったことはしてない。あれはあいつらの問題だ」
「でも僕がマジックバッグを出さなければあんなことにはならなかった」
『だとしても、ユウ、お前に落ち度はない』
「また同じことがあったら」
『ユウ、もしまた潜っている最中にダンジョンが溢れたら、次は一気に地上まで戻る。例えユウに頼まれようと、冒険者を助けたりはしない。アルもいいな?』
「分かった。戻ったらギルドにも伝えておく」

 ブランに守ってもらわなければ、多分僕は10分も生きていられなかった。助けられる人を見捨てるのは罪悪感が募るが、そもそも助けられるのはブランがいるからで、そのブランが助けないと言ったら僕には出来ることが何もない。きっとそれが分かっているから、ブランは助けないと宣言してくれたんだ。いつも、アルとブランに心まで守られている。

 同じ状況になることはもうない。だから安心して眠れ。そう言ってブランが尻尾であやしてくれる。ブランにベッドに乗り切れるギリギリまで大きくなってもらい、アルとふたりでお腹に抱き込んでもらって、尻尾を掛布団にして、浅い眠りについた。
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