世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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9章 魔石と魔剣

9-8. 言の葉に思いをのせて

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 目が覚めると、ブランのひんやりとした毛に抱き込まれていた。
 ブラン、と呼びかけようとしたら、声が出なかった。喉がかれたみたいだ。ブランが大丈夫かと聞いてくれるから、首を振る。

『寝ていろ。アルが果物を買いに行っているから、帰ってきたら凍らせてやる』

 ふわふわ氷枕のブランが優しい。あんなにわがまま言ったのに、何事もなかったかのようにそばにいてくれる。
 唐突に、僕は愛されてるなと思った。アルにもブランにも、いつも、どんな時も大切にされている。なんだかちょっと泣きたい気分になって、ブランのふわふわの毛に顔をうずめた。

「ユウ、起きたのか。身体は大丈夫か?」
『声が出ないようだ』
「叫びすぎか。悪かったな。ポーションを飲むか?」

 こんなことで飲むのは違う気がするけど、喉がガラガラだとせっかくの果物が楽しめない。なんだかなあと思いながら、初級ポーションを飲んで治した。でも体のだるさはまだ抜けない。
 アルが悪かったなって言ってくれるけど、別にアルが悪いわけじゃないし、僕も望んだことだし。
 でも今日一日は僕の言うことを聞いてほしいと、わがままを言った。

 アルが器用に果物を切って、ブランが凍らせてくれたものを、器に入れて渡してくれるけど、そうじゃない。

「ダメ、横に座って食べさせて」
「分かった分かった。ほら、口を開けて」

 あーんをしてもらった。僕の背もたれになっているブランが呆れているけど、なんだか無性に甘えたい気分なのだ。でも実はちょっと恥ずかしい。アルがくすくす笑っているから余計に。
 美味しいだけじゃなくシャリシャリとした食感が楽しくて、器が空になるまで雛鳥よろしくアルに食べさせてもらった。
 もっと食べたいとお願いしたけど、一度にたくさん食べたらお腹を壊すからと、果物はまだあるのに切ってくれない。

 アルが兄さんみたいだ。兄さんも、僕よりも僕の体調に敏感だった。
 そうつぶやいた僕の顎をもって上に向かせてから、アルが僕の唇にチュッとキスをした。

「お兄さんともこういうことをするのか?」
「しないよ。分かってるくせに。アルだけだよ」
「ならいい」

 そう言ってもう一度唇にチュッとしてから、顎から手を離した。
 後ろでブランがため息をついてる。ブランを背もたれにしたままイチャイチャしててごめん。

「いつも守ってくれてありがとう。大好き。ふたりに会えてよかった。これからもよろしくね」
『ふん』

 ブランが何を言ってるんだか、という感じで鼻息で返事をしながらも、尻尾で優しく撫でてくれた。ツンデレさんだな。


 温泉をのんびり堪能してアルといちゃいちゃしているうちに、獣道と氷花から冒険者ギルドにマジックバッグが寄付され、そのマジックバッグを教会が集める魔石の運搬のために使う、とギルドが発表した。寄付のセレモニーには大司教様も出席して、教会はその魔石を使って孤児院の子どもたちが働く場所を作る準備をしていることも一緒に発表された。
 そして寄付の功績をもって、冬の1か月間カークトゥルスの最下層2つ目の独占権を与えること、その条件と他のパーティーにもチャンスがあることも公表された。これでカークトゥルスに長期で挑戦するパーティーが増えるかもしれない。マジックバッグの買取が増えるなら大歓迎だ。

 セレモニーが終わった獣道はゾヤラに移動を始めるだろうから、僕たちも出発しないといけない。行きたくないけど。
 ゾヤラのブロキオンは、ボス部屋に入った人の強さによってボスの強さもドロップ品の貴重さも変動するらしく、魔剣がドロップするためには神獣であるブランが必要なのだ。

 ゾヤラに着いて、獣道と合流し、シリウスの3人も誘って、ブロキオンを攻略した。
 最初の挑戦で無事に魔剣が1本手に入ったけど、やっぱりオラジェさんとは相性が悪かった。
 相性がいいものが出るまで3周することになり、やっと3周目で相性の合うものが出たけれど、全部自分たちで手に入れたってことにするために、さらにもう1周したいと言われてしまい、最終的に4周付き合わされた。ブランが楽しそうだったからいいけどね。
 ちなみに、4周付き合った報酬は、向こう4年間のカークトゥルス合同合宿のドロップ品全部だ。
 シリウスの3人は、大っ嫌いな首無し騎士に会いたくない僕のために、4周とも付き合ってくれた。自分たちの訓練になるからいいよ、と言ってくれた3人には感謝しかない。
 でも4周したせいで、結局3本魔剣が余ってるんだけど、これどうすればいいの。もう当分ブロキオンには潜らないぞ。


 今夜はカザナラのお屋敷でチーズパーティーだ。
 カークトゥルスでチーズ料理を出したところ好評で、地上でお酒と一緒に楽しみたいと言っていたことから企画されたんだけど、あの時はまさかその前にブロキオンを4周もすることになるとは思わなかった。今はブロキオンから解放されたお祝いとして楽しみたい。
 参加者は獣道の4人とシリウスの3人、キリシュくんの恋人のソマロさん。
 ブロキオン4周の間、ずっとキリシュくんを借りちゃったから、お礼とお詫びを兼ねて、ソマロさんを初めてカザナラのお屋敷に招待した。キリシュくんには今までのお部屋じゃなくて、ソマロさんとふたりで泊まれる部屋を新たに用意した。

 サジェルが料理との相性なども説明しながら、どのワインにするかをみんなに聞いている。シリウスは分からないからとお任せで、他の人は自分の好みのものを選んだ。僕はいつものように、オラジェさんに言わせるとただのジュースである果実酒だ。
 みんなにお酒が行き渡ったところで、パーティーの始まりだ。

「ドガイで結婚式を挙げたって聞いたぞ。ふたりの未来に乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」

 ダンジョン攻略の乾杯かと思ったら、僕たちのお祝いだった。嬉しいな。
 口々にお祝いを言われて、ドガイの中央教会での結婚式を思い出し、また泣きそうになってしまった僕を見て、アルが笑っている。
 あの時は聖堂に入るなり泣き始めた僕に、早すぎだろうと参列者全員が笑いをこらえるのに大変だったと今更教えられた。だって、感動したんだもん。聖堂の荘厳さとか、ブランとおそろいの衣装とか、アルのカッコよさとか。
 アルからその時の様子を詳しく聞いて、みんなが笑顔だ。

「キリシュは結婚式するのか?」
「ソマロしたい?」
「キリシュが望むなら」
「俺はいらない」

 狼獣人は結婚式をしない人が多いらしい。付き合うのと結婚にあまり違いがないからってことだけど、確かに周りも恋人をすっとばして家族という扱いをしている。だからわざわざ準備をして人を集めてという手間をかける意味を見出せないんだとか。それに着飾った姿を人目にさらしたくないという独占欲もあるっぽい。

「ユウくん、これお祝い。お祝いになるか分からないけど」
「鍵?」
「俺たちゾヤラにパーティーで家を借りたんだ。小さくて部屋は4つしかないし、お風呂はないけど、1部屋は空いてるからいつでも使って。アルさんと喧嘩したときとか」

 シリウスの3人は、ゾヤラを中心に活動している。気候の良い春と秋は護衛依頼を受けていることが多いが、護衛依頼がない時はゾヤラのダンジョンに潜っている。
 キリシュくんに、ゾヤラのフェリア商会で働くソマロさんという恋人ができたのを機に、家を借りることにしたそうだ。ゾヤラにいるときは、キリシュくんはソマロさんの家だ。コーチェロくんとスリナザルくんは今のまま宿でもよかったけど、どうせなら家を借りようかってことになったらしい。
 その家の余っている1部屋を、使っていいと言ってくれたのだ。

「ユウくん、大丈夫?」
「ありがとう。なんか……うれしくて」

 この世界で初めてできた友達が、仲良くしてくれることが嬉しくて、涙があふれた。
 全く違う世界で、違う常識の中で育ったのに、友達になることができ、そしてこんなに優しくしてくれる。
 鍵を握りしめたまま泣いている僕に、アルがよかったなって涙を拭いてくれるけど、次から次から溢れて止まらない。

 それから豪快に食べて、飲んで、話して、盛り上がった。ブランが俺の肉がなくなる、と言うくらい、獣人の食べる量ってすごかった。獣道は戦うから余計なのかもしれない。キリシュくんも負けてないけど、ソマロさんはそうでもない。やっぱり筋肉に必要なんだな。僕も頑張って食べよう。


 アルとブランという家族ができて、獣道という親戚が見守っていてくれて、シリウスという友人がいる。
 潜っているダンジョンがあふれたり、ドガイに行ったり、商会を立ち上げようと思ったら教会の一大プロジェクトになったり、ブロキオンを4周したりと、ここ最近は身の回りが騒がしいけれど、それでも優しい人たちに囲まれて楽しく日々を過ごせている。
 出だしは最悪だった僕の異世界生活も、今はそんなに悪くない。
 日本の家族にも、この言葉が届くといいな。
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