世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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最終章 手を携えて未来へ

10-4. 襲撃

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 その瞬間は、時間の流れが遅くなったようだった。
 崩れるようにダンジョンの土の上に倒れたアルは、肩から胸にかけて血に濡れている。

 ミンギ王国の国境に近いウルバの街のダンジョンに潜り始めた時だった。
 ウルバは、キリシュくんが恋人と会った街で、隣国ミンギの影響を多く受けていて面白いと聞いたので、上級ダンジョンはないけれど足を延ばした。
 街の近くの中級ダンジョンの上層で周りにそれなりに人がいる中、向かってきたモンスターをアルが倒すのを少し離れたところでブランと見ていた。いつもの光景、いつものダンジョンのはずだった。

 突然、冒険者の集団が僕たちに斬りかかってきた。
 僕に向かってきた冒険者たちは、ブランがすぐに制圧したけれど、アルは大丈夫かと目を向けると、僕に向かってきた以上に多くの冒険者に取り囲まれたアルが、袈裟懸けに斬られ倒れるところだった。

「いやーーーーーっ!!」

 すぐにアルを取り囲む冒険者は全員ブランの氷の矢で貫かれて倒れた。アルのそばに行きたいけど、足が動かない。
 僕の悲鳴に、周りから冒険者が集まってくる。

『(ユウ、上級ポーションを出せ。ユウ!)』

 ブランが倒れたアルに近寄って確認した後、僕に向かって何か言っているけど、僕はただ震えるだけで動けない。
 僕の横に戻ってきたブランに、しっかりしろ!上級ポーションだ、と手を軽く噛まれて、やっとアイテムボックスから上級ポーションを出したけど、手が震えて持っていられない。見かねたブランが僕の手から上級ポーションを咥えてアルのところに戻り、そばにいた冒険者に渡した。その冒険者は戸惑いながらも、かけるぞ?とブランに確認して、アルの傷口に上級ポーションをかけてくれて、傷口あたりがほのかに光った。

「とりあえず傷は塞がった」
「……す、まない。ユウ、大丈夫、か?」

 上級ポーションをかけてくれた冒険者がアルの傷を確認して大丈夫だと言っているのを聞いて、僕はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。その冒険者の手を借りて体を起こしたアルは意識もしっかりしている。命には別状がなかったようで、安心したら涙があふれた。

 とりあえずセーフティーエリアに移動しようと言われて、震える足を何とか動かす。
 上級ポーションをかけてくれた冒険者ゼルンさんが中心になって、襲った冒険者たちもセーフティーエリアに運んでいる。襲われた僕たちが氷花だと気付いた冒険者たちが、犯人を突き止めなければこの街の責任になるかもしれないと言い出したためだ。すでに息絶えている彼らをダンジョンのフロアに置いておくと、時間がたてばダンジョンに吸収されてしまう。そうなると、証拠がなくなってしまう。

「あの、これ、貴方たちのものでは……」

 1人の冒険者が渡してくれたのは、僕とお揃いで作った、アルのペンダントだ。チェーンが切れて落ちたようで、僕の緑の宝石とお揃いの黒の宝石が割れていた。
 ゾヤラのダンジョンでアルがとってきた身代わりに砕けるブレスレットも、すべての石がひび割れていた。

 ペンダントを握りしめて泣いてしまった僕を抱きしめながら、泣くな、悪かった、とアルが謝ってくれるけど、アルは悪くない。
 ただアルに抱き着いて、アルの手を握っていた。ダンジョン内で動きを制限するようなことはしないほうがいいと頭では分かっているけれど、手を離したらアルがどこかへ行ってしまいそうで怖くて離せない。
 ブランが励ますように、僕の足に頬をすりすりしてくれる。僕はあの時動けなかった。ブランがいなかったら、アルの命はなかったかもしれないんだ。

「ブラン、ありがとう」
『(いや、油断した。悪かった)』

 やろうと思えば全員一瞬で倒せたのに、僕の命が狙われると思っていなかったから油断した、とブランが謝ってくれるけど、ブランの所為じゃない。ブランもアルも僕に血生臭いところを見せないように手加減した、その隙を突かれてしまっただけで、ブランもアルも悪くない。

 僕たちが落ち着いたところで、ゼルンさんが状況を説明してくれた。
 僕たちを襲った冒険者は、ゼルンさんをはじめここで長く活動している冒険者たちにも見覚えがない顔だそうだ。今このセーフティーエリアにいる冒険者はゼルンさんが知っている人ばかりなので、おそらく仲間はいないが油断はしないでくれ、と言われた。
 地上にはすでに冒険者が連絡に走っているが、ギルドから救助が来るまで動かないほうがいいと、ゼルンさんも、話を聞いたアルも考えているようだ。

「ユウ、ギルドから誰か来るまで、ここにいても大丈夫か?」
「僕は平気。アルの怪我は?」
「俺は大丈夫だ」

 それからアルは斬られた服を着替えて、体力を回復させるために簡単に食事をして眠った。
 僕は食欲がなくて食べられなかったし、アルに少し一緒に寝ようと言われて横になったけど、眠れなかった。ブランにも、体力がもたなくなるから寝ておけと言われたけど、眠れない。目を閉じると斬られて倒れるアルが浮かんで、眠るのが怖い。
 結局その日は眠れないまま、朝を迎えた。


 翌日、セーフティーエリアに、地元のAランクのパーティー『カマイタチ』が来た。潜り始めたところで、ギルドへの伝言に走った冒険者と会い、急いでここまで来てくれたそうだ。ピリピリとした空気が漂っていたセーフティーエリアも、長く地元で活動していて信頼できる高ランクパーティーの登場に、少し空気が緩んだ。
 一晩寝て顔色も戻ったアルは、襲ってきた冒険者を見ながら、カマイタチとしばらく何かを話した後、戻ってきた。
 おそらく明日ギルドの職員が到着するので、彼らの到着次第一緒に地上に戻ることになるそうだ。

 それまでに少しでも眠ったほうがいいと、アルに誘われてテントで横になるけど眠れない。横になっているだけでも違うからと言われ、そのままアルの腕の中でじっとしていた。怪我をしたのはアルなのに、アルに気を遣わせて、本当に情けない。
 やることもないので、一日アルとブランに包まれて横になっていたが、結局その日もほとんど眠れなかった。

 まんじりともせず迎えた次の日の朝、ギルドの職員と領軍の兵士が到着し、セーフティーエリアがにわかに慌ただしくなった。ギルマスが来ている、と周りの冒険者がざわざわしている。

「氷花のふたり、無事か」
「心配をかけてすみません。私はだいぶ回復しました。ユウは怪我はないのですが、ショックを受けています」
「問題なければ地上に戻ろうと思うが、行けるか?」
「はい」

 ここの街の冒険者ギルドマスターと、領軍の兵士のトップと、僕たちを最初に助けてくれたゼルンさんとアルで、たぶん襲われた時の話をしているが、僕は聞きたくないのでブランとテントに引きこもっている。ブランのお腹の毛に顔を埋めて、アルが戻ってくるのを待っているけど、アルがそばにいないと不安になる。すぐそこにいると分かっていても、離れていることが不安だ。
 不安に耐え切れず、やっぱりそばに行こうとテントから出てアルのほうに歩いて行くと、気付いたアルが近寄ってきてくれたので、抱き着いた。アルの心音を聞いて体温を感じて、それでやっと安心できる。

「ユウ、大丈夫か?」
「こうしていたい。話の邪魔をしてごめんなさい」
「もう話は終わったから構わない。これから出発するからテントを収納してもらえるか」

 よかった。一刻も早くこのダンジョンから出たい。
 兵士とは別行動で先に帰るそうだ。領軍の兵士が担架のようなものを持ってきているのは、襲ってきた冒険者を運び出すためだろう。

 ギルドマスターを先頭に進む集団に囲まれ、僕はブランに乗って進んでいるが、後ろからアルがマントで包んで、周りが見えないようにしてくれている。眠れるなら眠れと言われ、アルの体温とブランの揺れで、少しうとうとした。
 僕たちが地上に戻るまで、ダンジョンに入るのを禁止してるそうで、途中に寄ったセーフティーエリアにはほとんど人がいなかった。休憩もそこそこに上層を駆け抜け、出発した次の日、無事地上に戻った。


 ダンジョンを出たところでは、ここの領主様と教会の司教様が待っていた。
 領主様は、宿では警備が心配だから領主のお屋敷に泊まるようにと言ってくれて、ギルドマスターの勧めもあって僕たちは領主のお屋敷に行くことになった。教会の司教様は治療のために、領主のお屋敷に一緒に滞在してくれるそうだ。

 領主のお屋敷で用意して貰った部屋にはお風呂がついていて、すでに入れるように準備されていた。ボーっとしている僕を、アルがお風呂に入れてくれる。
 アルの斬られたところを見ても、もう怪我は見当たらないし、さっき司教様が念のためと治癒魔法をかけてくれた。けれど、いつもかけていたペンダントがなくて、あれは夢じゃなかったんだと思ったら、また涙が出てきた。

「ペンダント、壊れちゃった」
「ユウがくれたのにすまない。新しいのを揃えて作ろう」
「アルが、倒れて、血がたくさん出てて、死んじゃうかもって、」
「ユウ、大丈夫だ、ほら、生きているだろう?ユウが助けてくれただろう?」
「ぼくは動けなくて、手も足も動かなくて、ごめんなさい、ごめんなさい」
「ユウが謝ることじゃない」
「ぼくのせいだから、ぼくがアイテムボックス持ってるから、ごめんなさい」
「ユウ、違う。大丈夫だ。ユウのせいじゃない」

 泣いてしまった僕の背中にお湯をかけながら優しく撫でてくれて、安心とお風呂の温かさでうとうとし始めたところで、アルが僕をつれてお風呂から上がった。
 用意してあった真新しい服に袖を通し、ベッドに入ってブランとアルに抱き込まれたところで、僕は意識を失うように眠った。
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