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最終章 手を携えて未来へ

10-5. ブランの怒り

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 僕はまた眠れなくなってしまった。
 アルが斬られる場面を夢に見て飛び起き、隣で寝ているアルが息をしているのか分からなくて起こしてしまう。
 怪我をしたのはアルなのに、僕がアルに看病されていて、自分の情けなさにまた涙が出る。

 そんな僕のために、ドガイからケネス司祭様とサリュー司祭様が来てくれた。僕たちがドガイの教会と懇意にしているからと、モクリークの教会がわざわざ知らせてくれたそうだ。
 この街はミンギに近く、またドガイにも近い。モクリークの王都ニザナよりも、ドガイのタゴヤのほうが距離的には近いのだ。
 僕の精神状態があまりよくないため僕のいる部屋に入る人は限られていて、モクリークの司教様と、ドガイのケネス司祭様とサリュー司祭様だけだ。そのため、サリュー司祭様が使用人のようなことをしてくれている。

 日中は、司教様たちとアルが会話をしているのを、ブランを撫でながらぼーっと聞いている。
 アルの横に座ってぴったりとくっついて体温を感じていないと落ち着かない。ブランはアルと反対側に座って、僕の膝に顔を乗せてくれているので、首の周りのふかふかの毛を撫でまわしている。いつもならしつこくすると嫌がるブランも、怒らないで付き合ってくれる。

 司教様たちとアルは、教会で進めている付与の店の進捗状況と付与魔法スキル持ちの育成について話した後、ブランがもたらしたダンジョンの攻略がダンジョンのあふれを減らすという「神のお告げ」の各国の反応、最近起きたあふれについて話している。
 そんな風に話しながらも、僕が落ち着けるよう襲撃に関する話には一切触れないでくれている。

 「神のお告げ」の公表を知った多くの国は優秀な冒険者を囲い込み、自国にあるダンジョンを攻略させようと対策を練っている。
 ドガイの中央教会は、発表と同時に、各国のギルドからダンジョン攻略回数とあふれの回数を取り寄せて調査したのだが、その結果やはりダンジョン攻略回数が少ないところのほうがあふれる可能性が高いという結果が出た。この調査は今後も続けていくそうだ。
 モクリークほどではないけれど他の国でもあふれが起きていて、どこの国もついに200年周期が始まったと認識している。

 ダンジョンと言えばやはり、マジックバッグの出るカークトゥルスが各国でも話題だという。
 カークトゥルスは他国の軍が冒険者に扮して攻略するのを警戒して、入場を許可制にしている。少なくとも3年モクリークで活動しているSランクのパーティーでないと許可は下りない。そのため、マジックバッグ欲しさに、モクリークに拠点を移した冒険者もいる。
 各国としてはあふれの対策のためにも優秀な冒険者を囲い込みたい。けれどSランクはマジックバッグ欲しさにモクリークへの移動を希望する。モクリーク以外の国は、モクリークに冒険者が行ってしまわないようにいろいろと案を練っているそうだ。


 そんな話をしながら過ごして3日たったところに、ギルドから今回の襲撃について今時点で分かったことを知らせると連絡があり、司教様と一緒に報告の場に来ている。ケネス司祭様たちはドガイの教会関係者なので参加しておらず、僕も出席しなくていいと言われたけど、今アルと離れるのは嫌なので、ただアルのそばにいるために出席している。それにどうして狙われたのかはやはり知りたい。
 領主様とウルバのギルドマスターさんと、他にもたくさん人がいる。近くのダンジョンで訓練していた国軍も調査に協力していたそうで、その部隊の人も出席している。
 途中から国が主導で調査を進めたからと、国の役人さんが調査結果を説明してくれた。

 僕たちを襲ったのは、ウルバの隣領コバマの兵士と、カザナラの隣領ナンホの冒険者だった。
 ダンジョンに入るときにはギルドカードが必要だが、全員持っていなかったので、おそらくダンジョンに入った後に捨てて、ダンジョンに吸収されたのだろう。
 コバマの領主は素直に取り調べに応じていて、僕を手に入れて隣国ミンギへの参入を目論んでいたと供述しているそうだ。けれど、この話はナンホから持ち掛けられた話だと主張している。ただ、証拠が何もない。
 ナンホの領主は、たまたまナンホで活動していた冒険者が起こしただけだと関与を否定している。
 ナンホは、僕に武器の強化をさせるべきだと主張していた将軍の出身地で、今回のことにも将軍ががかかわっていると国は睨んではいるが、そちらも証拠は見つかっていない。ナンホとしては僕を他国へ逃がす気はないだろうし、ナンホは最初からコバマを捨て駒として話を持ち掛けた可能性もある。失敗したら切り捨て、上手くいけば手柄を横取りするつもりだったのかもしれない。

 もともと、軍の一部は僕を管理下に置きたがっていた。けれど、アルががっちりとガードしていて付け入るスキがないので、邪魔なアルを僕から引き離すために実力行使に出るという情報があったそうだ。その情報はギルドからアルにも伝えられていた。
 ギルドがカイドでのことを公表したのは、軍への牽制のためだったんだろう。
 今回の襲撃も、コバマの領主を隠れ蓑にして、将軍を筆頭に軍の一部が僕を手に入れるために仕組んだことだというのが、国もギルドも共通の認識だ。

 今分かっていることはそれだけで、調査は続けられる。
 アルの体調も落ち着いているし、隣国ミンギとの国境に近いこの街では不安なので王都への移動を勧められた。騒動に乗じてミンギが僕を奪いに来るのを警戒してだ。

「手に入れるためなら、なぜユウも剣を向けられたのですか?脅しではなく本気でした」
「持ち物からエリクサーが見つかりましたので、無力化してからエリクサーで助けるつもりだったのかもしれません」

 それを聞いてブランが牙を見せて唸った。僕も初めて聞く、ブランの本気の唸り声だ。ブランの怒気に兵士が身構えている。

「ギルドからはしばらくあふれの対応の依頼は行わないので、ゆっくりしてくれ」
「スキルはもう使わない。そのせいで、アルが殺されそうになったんだから、もう使わない」
「それは……」
「僕のせいで、僕がこんなスキルを持ってるから、そのせいでアルがっ」
「ユウ、大丈夫だ」

 分かった、使わなくていい。大丈夫だ。俺は生きている。大丈夫、大丈夫。
 抱きしめて、優しく耳元で繰り返してくれるアルの言葉に、高ぶった気持ちが静まってゆき、僕はそのまま気を失うように眠ってしまった。


 しばらくあまり眠れていなかった僕はそのまま翌朝まで眠り、目が覚めたら、僕たちの部屋にまで伝わるくらいお屋敷の中が大騒動になっていた。
 今までにない状況に、何が起きているのかアルに確認すると、昨夜隣のコバマの領主のお屋敷が一瞬にして吹き飛んだらしい。
 いつもなら朝から部屋に来てくれる司教様たちも忙しいようだ。

 なんとなく慌ただしい雰囲気の中、かといってすることもなく部屋でぼーっとしていたら、お昼になってやっと司教様たちが部屋を訪ねてきた。

「王都の将軍の屋敷、ナンホの領主館、コバマの領主館が、昨夜何者かに襲撃されたようで、朝から大騒ぎでした」
「いやあ、恐ろしいですねえ。ですが退避命令が出たので人的被害は少ないようです」

 吹き飛んだのは隣の領主のお屋敷だけじゃなかったらしい。たまたま僕たちの襲撃に関わった人のいるところが吹き飛ぶって。
 それに司教様たちの笑顔が嘘くさい。それで確信した。退避命令を出したのは貴方たちですね。

「ブラン、派手にやったね」
『何のことだ』

 わざとらしくしらを切るので、頬っぺたの皮を掴んで横に引っ張る。けっこう伸びるな。びよ~んびよ~ん。
 面白くなって、ブランの顔で遊んでいたら、司教様にその辺りでと止められてしまった。司教様の目の前で、信仰対象で遊んでたらダメだよね。すみません。
 ふんっ、と鼻息をついて、ブランが僕の膝の上に上半身を乗せてきた。ブラッシングをご所望らしい。

「どういう理由になっているんですか?」
「さあ。大いなる意思は我々には計り知れませんので」

 どうやら表向きは神託を伝えただけ、ということらしい。どう考えてもそのご神託を下したのはこの白いのでしょうに。
 でも、ブランのおかげで、少し気分が上向いた。ブラン、ありがとう。もふもふ。


 僕のアイテムボックス不使用宣言は、領主館吹き飛ばし事件で、文字通り吹き飛んだ。
 王様から、ゆっくり休んでくれ、という伝言をもらったので、とりあえず棚上げされたんだと思う。

 国のお役人さんには改めて王都に移動するように勧められたけど、将軍がかかわっているならその仲間も多そうな王都には行きたくない。カザナラは関わったかもしれないナンホが隣の領だし、じゃあどこに行くかとなったときに、モクリークの司教様が、ドガイの中央教会への移動を勧めてくれた。
 もちろん国のお役人さんも領主様も大反対だったけど、教会とギルドが後押ししてくれた。もともと、将軍が僕を管理下に置きたいと画策していたのを知りながら、それを抑えきれなかったのは国の責任だと言われ、国も渋々引き下がった。

 ギルドが信頼できる高ランクのパーティーを集めてくれたので、彼らに警護されながら、ケネス司祭様達と一緒にドガイまで移動する。

「ユウさん、モクリークの教会は、いかなる時も貴方の味方です。そのことを忘れないでくださいね」
「冒険者ギルドは冒険者のための組織です。ドガイのギルドには連絡しておきますね」

 ギルドマスターと司教様に見送られ、僕たちはドガイに向けて出発した。
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