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1章 アルとの転機
1-3. ストーカー騒動
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僕たちは、モクリーク王国に移動して、まず最初の街であるテシコユダハに半年間いた。
そこでギルドが主催している初心者講習を受け、初めてダンジョンに挑戦した。
ダンジョンに少し慣れたところで、中級ダンジョンしかなくソント王国との国境に近いテシコユダハを離れ、今いる王都ニザナに移動した。
冒険者ランクは最低がFランクで、Fランクはなり立て、Eランクもまだ見習いで、一般的に冒険者と言われるのはDランクからだ。ダンジョンに入れるのもDランクから。つまりDランクはそれなりに戦闘できるという目安である。
Dランク以上は昇格にギルドで戦闘能力試験があり、Cランクからが一人前と見なされる。
僕たちがダンジョンに入るためには、僕がDランク以上にならないといけなかったので、テシコユダハのギルドにランクアップのお願いをしたところ、いきなりSランクになってしまった。
アルによると、ブランがテシコユダハまでの道中で狩っていた魔物だけでもAランク確定らしいのだが、僕がアイテムボックススキルを持っていること自体がSランクだからと、試験もなく昇格になった。
アルはBランクの戦闘奴隷として登録後、ニザナでAランク試験を受けて合格し、戦闘奴隷から開放されてすぐにダンジョンを攻略してSランクになった。
戦闘奴隷になってから、ブラン監督のもとかなりの強敵と一人で戦っていたので、戦闘能力が飛躍的に伸びた、らしい。能力もセンスもない僕には、ある程度のところを超えたら違いが分からないので、最初から強かったとしか言えない。
アルが戦闘奴隷から解放されて、変わったことが一つある。冒険者仲間と食事に行くようになったのだ。
今までは、他人と食事を共にすることはなかった。僕はアルとブランと一緒に食事をしているけれど、奴隷が主人と同じ席に着くのはあまりないことだ。まして従魔が人と同じ食事をとることもない。そんな理由から、外で食事をすると他人の目が気になるので、もっぱら宿の部屋で食事をしていた。
けれど、アルの奴隷契約が終了し、僕たちがパーティーを組んで以降、たまにダンジョンで会って挨拶を交わしていた高ランクパーティーから、食事のお誘いを受けることが増えた。
最初は断っていたけど、ある日アルに「嫌でなければ行ってみないか?」と言われ、参加した。僕はほとんどしゃべらないでみんなの話を聞いていただけだったけど、嫌な思いをすることもなく、ダンジョンのためになる話などもあって楽しかった。
「これからはたまには他の冒険者と食事に行ってみないか?」
「アルが行きたいならいいよ。アルが一人で行ってもいいし」
「ユウが行かないなら、俺も行かない」
他の冒険者との交流のために、アルが行きたいのかと思っていたけど、違うようだ。
「アル、もしかして、僕の知り合いを増やそうとしてる?」
「まあな。無理することはないが、繋がりが助けになることがあるからな。今日は嫌だったか?」
「特には。僕は聞いてるだけだったし、ブランはお腹いっぱい食べて満足みたいだし」
高ランクの冒険者ほど、触れてほしくないことなどの機微に聡い。あの人たちとなら、また行ってもいいかも。
そうして、誘われたら食事に行くことも増えて、ダンジョンのセーフティーエリアで会ったら情報交換も兼ねて、アルが雑談をするのをすぐそばで聞くようになったころ、僕のストーカーが現れた。
「ユウさん、一目惚れしました! 私と付き合ってください!!」
他国の貴族の四男で冒険者をしている男が、僕の行く先々に偶然を装って現れるようになった。
ギルドは制止しようとしてくれたものの、僕が最近他の冒険者と交流するようになっていたことが仇となってしまい、さらに他国の貴族ということもあって抑えられないでいた。
「恋は誰にも止められないものです、私はただユウさんに私の愛をささげたいだけで、それを邪魔するなど、愛の神への冒涜です」
そう言って、ギルドの前、ダンジョンの前で僕を口説こうとする。断っても断っても、まずは僕を知ってください、と引き下がってくれない。ブランが唸っても、「これは愛の試練ですね!」と言って逃げないために、ブランが危害を加えて問題になる前に僕が止めざるを得ない。
本当に一目惚れなのか、スキルを利用したいのかは分からないが、僕のスキルには一切触れないし、宿にも絶対に来ないなど、ギルドが口出しできないギリギリを見極めているような行動だ。
ギルドからは、今回のことを許すと今後同じ手口で僕が付きまとわれるから対策をしようとしているが、もう少し時間がかかると言われている。
ギルドにはアルだけが向かい、僕が外出するときはブランの目くらましの結界で周りに分からないようにこっそり移動する、そんな状況にストレスが溜まっていく。
他の街に移動するか。けれど僕たちが街を移動してもついてくる可能性がある。ならば、あの男が街を離れるまで宿にこもるしかない。けれどそれではあの男に負けたようで悔しい。
「迷惑だから二度と目の前に現れるな、それでも現れたら攻撃する。って言って本当に攻撃したら、罪になる?」
「いや、今回の場合はさすがに度を越しているのをギルドも見ているから、貴族が何を言ってきても守ってくれるだろうが……」
『ふん、あんな奴、噛み殺してくれるわ』
「さすがにこんなくだらないことでブランの力は借りられないよ。僕だって、多分切りつけるくらいはできるはず」
珍しく攻撃的なことを言う僕にアルが驚いている。
なんであんな奴にやっと手に入れた平穏な生活を脅かされないといけないのか、我慢しなきゃいけないのか、分からない。ここはストーカー規制法のある日本じゃないし、銃刀法もないし、自衛は認められてる世界なんだから、僕が遠慮しなきゃいけない意味が分からない。撃退してやる!
そう決意した勢いで、ギルドにやってきた。ギルドを選んだのは、目撃者は多いほうがいいと考えたからだ。
「久しぶりだな」「大丈夫か?」とギルドにいた冒険者に心配されているうちに、あの男が現れた。
「ユウさん、偶然だね! やっぱり私たちは運命で繋がれているんだよ」
「僕はあなたには会いたくないし、顔も見たくありません。付きまとわれて迷惑です。しつこくしつこく誘われて、断ったら危害を加えられるんじゃないかと恐怖を感じます。やめてください」
「そんな、私は君に危害なんて加えないよ。君を愛しているんだ」
「あなたがどう思おうとあなたの勝手です。そして僕がどう感じるかは僕の決めることです。迷惑です。二度と僕の目の前に現れないでください。この街から出ていってください。次に会ったら、そのときは僕に危害が加えられると判断して、問答無用で攻撃します」
今までほとんどしゃべらなかった僕の反撃に、周りの冒険者も「お貴族さんよ、これだけ嫌がられてるんだ、もうやめておけ」「やりすぎだ」「もう諦めろよ」と口々に僕を擁護してくれる。
けれどストーカーは、邪魔をするのは愛の女神の教義に反すると聞き入れてくれない。
「愛の女神も、相手を傷つけることは許していないだろう。ユウはお前のせいで外出もままならないでいる。教義を自分の都合のいいように利用して付きまとうな。いい加減にしろ」
「ただのパーティーメンバーのお前には関係ないだろう、口を出すな! お前こそ私とユウさんの間を邪魔しているんだ。元奴隷の分際ででしゃばるな!」
それを聞いたときに、冷静に、言質を取られないように、そう気持ちを引き締めていた綱が切れた。
「黙れ! お前こそアルにそんなこと言う資格ないだろう! アルはただのパーティーメンバーじゃない、大切な家族だ。邪魔をするな。ブラン! あいつを凍らせて!」
それは、この世界に迷い込んでからの理不尽に対する怒りが、まとめて爆発した瞬間だった。
隙あらば利用しようとする人ばっかりのこんな世界、来たくて来たんじゃない。こんなトラブルしか呼ばないスキル、望んでなんかいない。アルが今までどれだけ僕を支えてくれたか知らないくせに。
氷像を蹴ろうとしたら、僕の足ではブランの氷に負けて怪我をするからと、アルに止められた。じゃあと槍を取り出したら、槍が壊れると止められ、アイテムボックスを探してダンジョンから出た性能の高そうな武器を手にしたところでアルに抱きしめられた。
「俺のために怒ってくれてありがとう。平気だから、泣かないでくれ」
その言葉を聞いたら、怒りが一気にしぼんだ。
違う。ただ悔しくて、情けなくて、行き場のない怒りをぶつけただけだ。
「これはまた見事な氷像ですね。ですが話ができないと困りますので、顔の部分は溶かしてもらえますか? ありがとうございます。表面を氷で覆っているだけですか。繊細な操作ですねえ」
騒ぎを聞きつけてやってきたギルドマスターが、涙が止まらなくてアルの胸から顔が上げられない僕にではなく、ブランに直接話しかけて、普通にやりとりをしている。
「さて、貴方はギルド員への度を超えた勧誘によりモクリーク国内のギルドから追放と決定しました。モクリーク国内での冒険者としての活動は認めませんので、速やかにモクリークから退去してください。ユウさん、対応が遅くなりまして申し訳ございません」
「そんなことをして、私の国が黙っていると思うのか!」
「貴方の国にはモクリーク国王の名において、貴族である貴方が、現在モクリークに滞在するアイテムボックススキル保持者を本人の意思に反して国外へ連れ去ろうとしたということで、抗議がなされます」
「連れ去ろうとなどしていない! ありもしない罪を着せるのか!」
「おや、では冒険者だというのにダンジョンに潜らず、ダンジョンの入り口やギルドでユウさんを待ち伏せしていたのはなぜですか? モクリークのギルドへの貢献は一切なかったので、モクリークで活動する気はないと判断しましたが。まあ、貴方の真意など些末なことです。モクリークのダンジョンドロップ品の輸出と、貴族とはいえ冒険者である貴方、国はどちらをとるでしょうねえ」
「くそっ……」
「ご理解いただけたようですね、今日中にこの街を離れると約束してくださるのでしたら、この氷を溶かしてもらえるように交渉しますが、いかがなさいますか? 私の見立てでは、自然に溶けるまでに一週間はかかると思いますよ」
ギルドから対策を取るとは聞いていたけど、まさか国まで巻き込んでいるとは思わなかった。
分が悪いと判断した男は、モクリークを出ていくと約束したので、ギルドマスターが氷を溶かすようブランに交渉している。ギルドマスターには、ブランがシルバーウルフじゃないことがバレている気がする。
「いま屋台で人気のスパイスのきいた串焼き二十本でどうでしょう? 足りませんか。では丸焼きと、美味しいと噂のブラウンシチューもつけましょう」
お肉を対価として、ギルドマスターの交渉が成立したようだ。食いしん坊なウルフで申し訳ない。
ブランが氷を溶かすとすぐに男はギルドを出ていった。はあ、よかった。
「騒動は終わりです、みなさん仕事に戻ってください」
ギルドマスターの言葉に、騒動に浮かれていたギルド内が日常に戻っていく。
僕たちもギルドマスターのあらためての謝罪を受けてから、宿に戻った。あいつに近寄るなと言うのがギルド訪問の目的だったから、今日はもう宿に帰ってゆっくりしたい。
ブランへの献上品であるお肉は、夕方宿に届けられた。ギルドマスターのポケットマネーで購入したらしい。ブランはさっそく舌鼓を打っている。まんまとお肉に釣られて、「あやつはいいやつだな」と言っているブランを笑いながら見ていたら、アルがそっと僕の肩を抱いた。
「ユウ、大切な家族と言ってくれて嬉しかった」
「アルはこの世界での僕の家族だよ」
「今は保護者としてしか見られていないのは分かってる。でも、俺はユウの恋人になりたい。恋人としてずっと支えていきたい」
「あの、ごめん、恋人は、ちょっと、その、今は、えっと」
ちょっと今日はキャパオーバーなので、そういうのは考えられない。
「分かっている。でも言っておかないとユウは意識してくれないだろう? 候補として覚えておいてくれればいいから」
「……うん。ブラン、助けて」
『知らん、自分で考えろ』
あ、ブランが器用に扉を開けて寝室に入ってしまった。なんで、助けてよ。
異世界に転移して、奴隷を買って、契約が終わったら、恋人候補になりました。
そこでギルドが主催している初心者講習を受け、初めてダンジョンに挑戦した。
ダンジョンに少し慣れたところで、中級ダンジョンしかなくソント王国との国境に近いテシコユダハを離れ、今いる王都ニザナに移動した。
冒険者ランクは最低がFランクで、Fランクはなり立て、Eランクもまだ見習いで、一般的に冒険者と言われるのはDランクからだ。ダンジョンに入れるのもDランクから。つまりDランクはそれなりに戦闘できるという目安である。
Dランク以上は昇格にギルドで戦闘能力試験があり、Cランクからが一人前と見なされる。
僕たちがダンジョンに入るためには、僕がDランク以上にならないといけなかったので、テシコユダハのギルドにランクアップのお願いをしたところ、いきなりSランクになってしまった。
アルによると、ブランがテシコユダハまでの道中で狩っていた魔物だけでもAランク確定らしいのだが、僕がアイテムボックススキルを持っていること自体がSランクだからと、試験もなく昇格になった。
アルはBランクの戦闘奴隷として登録後、ニザナでAランク試験を受けて合格し、戦闘奴隷から開放されてすぐにダンジョンを攻略してSランクになった。
戦闘奴隷になってから、ブラン監督のもとかなりの強敵と一人で戦っていたので、戦闘能力が飛躍的に伸びた、らしい。能力もセンスもない僕には、ある程度のところを超えたら違いが分からないので、最初から強かったとしか言えない。
アルが戦闘奴隷から解放されて、変わったことが一つある。冒険者仲間と食事に行くようになったのだ。
今までは、他人と食事を共にすることはなかった。僕はアルとブランと一緒に食事をしているけれど、奴隷が主人と同じ席に着くのはあまりないことだ。まして従魔が人と同じ食事をとることもない。そんな理由から、外で食事をすると他人の目が気になるので、もっぱら宿の部屋で食事をしていた。
けれど、アルの奴隷契約が終了し、僕たちがパーティーを組んで以降、たまにダンジョンで会って挨拶を交わしていた高ランクパーティーから、食事のお誘いを受けることが増えた。
最初は断っていたけど、ある日アルに「嫌でなければ行ってみないか?」と言われ、参加した。僕はほとんどしゃべらないでみんなの話を聞いていただけだったけど、嫌な思いをすることもなく、ダンジョンのためになる話などもあって楽しかった。
「これからはたまには他の冒険者と食事に行ってみないか?」
「アルが行きたいならいいよ。アルが一人で行ってもいいし」
「ユウが行かないなら、俺も行かない」
他の冒険者との交流のために、アルが行きたいのかと思っていたけど、違うようだ。
「アル、もしかして、僕の知り合いを増やそうとしてる?」
「まあな。無理することはないが、繋がりが助けになることがあるからな。今日は嫌だったか?」
「特には。僕は聞いてるだけだったし、ブランはお腹いっぱい食べて満足みたいだし」
高ランクの冒険者ほど、触れてほしくないことなどの機微に聡い。あの人たちとなら、また行ってもいいかも。
そうして、誘われたら食事に行くことも増えて、ダンジョンのセーフティーエリアで会ったら情報交換も兼ねて、アルが雑談をするのをすぐそばで聞くようになったころ、僕のストーカーが現れた。
「ユウさん、一目惚れしました! 私と付き合ってください!!」
他国の貴族の四男で冒険者をしている男が、僕の行く先々に偶然を装って現れるようになった。
ギルドは制止しようとしてくれたものの、僕が最近他の冒険者と交流するようになっていたことが仇となってしまい、さらに他国の貴族ということもあって抑えられないでいた。
「恋は誰にも止められないものです、私はただユウさんに私の愛をささげたいだけで、それを邪魔するなど、愛の神への冒涜です」
そう言って、ギルドの前、ダンジョンの前で僕を口説こうとする。断っても断っても、まずは僕を知ってください、と引き下がってくれない。ブランが唸っても、「これは愛の試練ですね!」と言って逃げないために、ブランが危害を加えて問題になる前に僕が止めざるを得ない。
本当に一目惚れなのか、スキルを利用したいのかは分からないが、僕のスキルには一切触れないし、宿にも絶対に来ないなど、ギルドが口出しできないギリギリを見極めているような行動だ。
ギルドからは、今回のことを許すと今後同じ手口で僕が付きまとわれるから対策をしようとしているが、もう少し時間がかかると言われている。
ギルドにはアルだけが向かい、僕が外出するときはブランの目くらましの結界で周りに分からないようにこっそり移動する、そんな状況にストレスが溜まっていく。
他の街に移動するか。けれど僕たちが街を移動してもついてくる可能性がある。ならば、あの男が街を離れるまで宿にこもるしかない。けれどそれではあの男に負けたようで悔しい。
「迷惑だから二度と目の前に現れるな、それでも現れたら攻撃する。って言って本当に攻撃したら、罪になる?」
「いや、今回の場合はさすがに度を越しているのをギルドも見ているから、貴族が何を言ってきても守ってくれるだろうが……」
『ふん、あんな奴、噛み殺してくれるわ』
「さすがにこんなくだらないことでブランの力は借りられないよ。僕だって、多分切りつけるくらいはできるはず」
珍しく攻撃的なことを言う僕にアルが驚いている。
なんであんな奴にやっと手に入れた平穏な生活を脅かされないといけないのか、我慢しなきゃいけないのか、分からない。ここはストーカー規制法のある日本じゃないし、銃刀法もないし、自衛は認められてる世界なんだから、僕が遠慮しなきゃいけない意味が分からない。撃退してやる!
そう決意した勢いで、ギルドにやってきた。ギルドを選んだのは、目撃者は多いほうがいいと考えたからだ。
「久しぶりだな」「大丈夫か?」とギルドにいた冒険者に心配されているうちに、あの男が現れた。
「ユウさん、偶然だね! やっぱり私たちは運命で繋がれているんだよ」
「僕はあなたには会いたくないし、顔も見たくありません。付きまとわれて迷惑です。しつこくしつこく誘われて、断ったら危害を加えられるんじゃないかと恐怖を感じます。やめてください」
「そんな、私は君に危害なんて加えないよ。君を愛しているんだ」
「あなたがどう思おうとあなたの勝手です。そして僕がどう感じるかは僕の決めることです。迷惑です。二度と僕の目の前に現れないでください。この街から出ていってください。次に会ったら、そのときは僕に危害が加えられると判断して、問答無用で攻撃します」
今までほとんどしゃべらなかった僕の反撃に、周りの冒険者も「お貴族さんよ、これだけ嫌がられてるんだ、もうやめておけ」「やりすぎだ」「もう諦めろよ」と口々に僕を擁護してくれる。
けれどストーカーは、邪魔をするのは愛の女神の教義に反すると聞き入れてくれない。
「愛の女神も、相手を傷つけることは許していないだろう。ユウはお前のせいで外出もままならないでいる。教義を自分の都合のいいように利用して付きまとうな。いい加減にしろ」
「ただのパーティーメンバーのお前には関係ないだろう、口を出すな! お前こそ私とユウさんの間を邪魔しているんだ。元奴隷の分際ででしゃばるな!」
それを聞いたときに、冷静に、言質を取られないように、そう気持ちを引き締めていた綱が切れた。
「黙れ! お前こそアルにそんなこと言う資格ないだろう! アルはただのパーティーメンバーじゃない、大切な家族だ。邪魔をするな。ブラン! あいつを凍らせて!」
それは、この世界に迷い込んでからの理不尽に対する怒りが、まとめて爆発した瞬間だった。
隙あらば利用しようとする人ばっかりのこんな世界、来たくて来たんじゃない。こんなトラブルしか呼ばないスキル、望んでなんかいない。アルが今までどれだけ僕を支えてくれたか知らないくせに。
氷像を蹴ろうとしたら、僕の足ではブランの氷に負けて怪我をするからと、アルに止められた。じゃあと槍を取り出したら、槍が壊れると止められ、アイテムボックスを探してダンジョンから出た性能の高そうな武器を手にしたところでアルに抱きしめられた。
「俺のために怒ってくれてありがとう。平気だから、泣かないでくれ」
その言葉を聞いたら、怒りが一気にしぼんだ。
違う。ただ悔しくて、情けなくて、行き場のない怒りをぶつけただけだ。
「これはまた見事な氷像ですね。ですが話ができないと困りますので、顔の部分は溶かしてもらえますか? ありがとうございます。表面を氷で覆っているだけですか。繊細な操作ですねえ」
騒ぎを聞きつけてやってきたギルドマスターが、涙が止まらなくてアルの胸から顔が上げられない僕にではなく、ブランに直接話しかけて、普通にやりとりをしている。
「さて、貴方はギルド員への度を超えた勧誘によりモクリーク国内のギルドから追放と決定しました。モクリーク国内での冒険者としての活動は認めませんので、速やかにモクリークから退去してください。ユウさん、対応が遅くなりまして申し訳ございません」
「そんなことをして、私の国が黙っていると思うのか!」
「貴方の国にはモクリーク国王の名において、貴族である貴方が、現在モクリークに滞在するアイテムボックススキル保持者を本人の意思に反して国外へ連れ去ろうとしたということで、抗議がなされます」
「連れ去ろうとなどしていない! ありもしない罪を着せるのか!」
「おや、では冒険者だというのにダンジョンに潜らず、ダンジョンの入り口やギルドでユウさんを待ち伏せしていたのはなぜですか? モクリークのギルドへの貢献は一切なかったので、モクリークで活動する気はないと判断しましたが。まあ、貴方の真意など些末なことです。モクリークのダンジョンドロップ品の輸出と、貴族とはいえ冒険者である貴方、国はどちらをとるでしょうねえ」
「くそっ……」
「ご理解いただけたようですね、今日中にこの街を離れると約束してくださるのでしたら、この氷を溶かしてもらえるように交渉しますが、いかがなさいますか? 私の見立てでは、自然に溶けるまでに一週間はかかると思いますよ」
ギルドから対策を取るとは聞いていたけど、まさか国まで巻き込んでいるとは思わなかった。
分が悪いと判断した男は、モクリークを出ていくと約束したので、ギルドマスターが氷を溶かすようブランに交渉している。ギルドマスターには、ブランがシルバーウルフじゃないことがバレている気がする。
「いま屋台で人気のスパイスのきいた串焼き二十本でどうでしょう? 足りませんか。では丸焼きと、美味しいと噂のブラウンシチューもつけましょう」
お肉を対価として、ギルドマスターの交渉が成立したようだ。食いしん坊なウルフで申し訳ない。
ブランが氷を溶かすとすぐに男はギルドを出ていった。はあ、よかった。
「騒動は終わりです、みなさん仕事に戻ってください」
ギルドマスターの言葉に、騒動に浮かれていたギルド内が日常に戻っていく。
僕たちもギルドマスターのあらためての謝罪を受けてから、宿に戻った。あいつに近寄るなと言うのがギルド訪問の目的だったから、今日はもう宿に帰ってゆっくりしたい。
ブランへの献上品であるお肉は、夕方宿に届けられた。ギルドマスターのポケットマネーで購入したらしい。ブランはさっそく舌鼓を打っている。まんまとお肉に釣られて、「あやつはいいやつだな」と言っているブランを笑いながら見ていたら、アルがそっと僕の肩を抱いた。
「ユウ、大切な家族と言ってくれて嬉しかった」
「アルはこの世界での僕の家族だよ」
「今は保護者としてしか見られていないのは分かってる。でも、俺はユウの恋人になりたい。恋人としてずっと支えていきたい」
「あの、ごめん、恋人は、ちょっと、その、今は、えっと」
ちょっと今日はキャパオーバーなので、そういうのは考えられない。
「分かっている。でも言っておかないとユウは意識してくれないだろう? 候補として覚えておいてくれればいいから」
「……うん。ブラン、助けて」
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