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1章 アルとの転機

1-4. あふれ

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 アルが恋人候補になっても、日常は大きく変わることなく過ぎていく。
 違いは、アルとの距離が少し近くなったことだ。今まではなんとも思わなかった距離を意識してしまうようになった。アルの作戦勝ちかも。

 アルのことは大切だ。出会ってから三年間、ずっと支えてもらい、この世界での家族だと思っている。けれど恋愛対象になるかと言われると、よく分からない。
 初恋は幼稚園のみきちゃんだったし、恋人はいなかったけどクラスメイトと可愛いなと話す対象は女の子だった。この世界に来てからは生きていくのに精いっぱいで、恋愛は頭からすっぽり抜けていた。
 僕から見ればいろんなことがごちゃまぜのこの世界、僕の知る範囲では貴族を除いて戸籍がないので、結婚も恋愛も緩い感じで、種族も性別も気にしない。人族とまとめられる中にも種族がいろいろあって、その違いの前には男女の差など些細なことなのかもしれない。
 アルの過去の恋愛については聞いたことがないけれど、戦闘奴隷だったころに娼館に行っていたことは知っている。というか僕が勧めた。冒険者は依頼が終わったらそういうところに行くという話を聞いて、アルは大人だし、僕の許可なく別行動はできないので、行っていいよと伝えた。

 もう一つ変わったことがある。冒険者たちが僕に気軽に話しかけてくるようになった。といっても「調子はどうだ?」とか「あれから絡まれてないか?」などだいたい一言だけど。
 僕は冒険者仲間と食事に行ってもほとんど話さないので、冒険者から距離を置きたいのだと思われていたようだ。けれど、先日ギルドでストーカーにブチ切れたことで、僕の印象が変わったらしい。
 僕が話さないのは、うっかり非常識なことを言いそうなのが怖いからだ。けれど少しずつ、話をするようにしていったほうがいいのかもしれない。一言だけでも冒険者たちと話すようになって、なんとなく僕を仲間と認めてくれたように感じる。

 戦闘訓練をして、ブランの食べたいお肉を買って、ダンジョンに潜る。
 そんな日々を過ごす中、モクリーク国内の、王都ニザナからは離れたフスキの街にあるダンジョンがあふれた。

 ダンジョンはあふれることがある。
 通常、ダンジョン内のモンスターはダンジョン外へ出てこないのだが、突如大群となって出てくることがある。それを「ダンジョンのあふれ」と呼んでいる。
 あふれたモンスターたちは見境なく周りの生き物を襲う。人であっても動物であっても魔物であってもだ。そのモンスターたちを殲滅しなければ、街が消える。そこに住む人とともに。

 モクリークが冒険者を歓迎し、僕がこのモクリークで優遇されているのは、このあふれの対応のためだ。
 あふれたモンスターを倒し住民を守るには、領軍だけでは足りない。国軍も派遣されるが、場所によっては到着までに時間がかかる。そこを冒険者が補う。近くにいる冒険者はあふれの対応に強制参加だ。その代わりに日頃、税の一部免除という好遇を受けている。

 そして兵士や冒険者が集まれば、食糧、武器、ポーションなど大量の物資が必要になり、その運搬にまた人が必要になる。
 そこに容量無制限のアイテムボックスがあれば、どれほどの物資が必要になろうと、たった一人で身軽に兵站を担うことができる。それこそが、アイテムボックス持ちが国に保護される理由である。相手がモンスターであれ敵国であれ、戦線の維持が容易になるからだ。


 ダンジョンの浅層で、セーフティーエリアに冒険者が駆け込んできたとき、僕は早めの夕食を終えて、テントの中でのんびりしていた。

「ギルドから伝令だ! アイテムボックス持ちのユウはいるか!」
「どうした?」
「フスキでダンジョンがあふれた。アイテムボックス持ちにギルドに戻るように伝言だ。ギルドの書状も預かっている」
「そこの奥のテントにいるぞ」

 ブランのもふもふの毛に埋もれてうとうとしていた僕は、話を聞いたアルに起こされ、急いでギルドに戻ることになった。
 ギルドへ戻る道中、アルとブランにあふれの対応をしたことがあるか聞いたが、二人ともなかった。僕が戦闘できないことはギルドも知っているので、頼まれるのは物資の輸送だけで、アルは僕の護衛になるだろう、というのがアルの予想だ。

 ギルドに着き、ギルドマスターの部屋に通されると、そこには軍の関係者も待っていた。

「遅くなってすみません」
「いえ、ダンジョンの入り口から連絡があったので、軍の方にも来ていただきました。早速ですが、フスキでダンジョンがあふれましたので、ユウさんとアレックスさんに対応をお願いします。ユウさんにはギルドと国の準備した物資の輸送を、アレックスさんにはユウさんの護衛をお願いします」
「分かりました」
「私は国軍の物資担当です。運んでいただきたいものは、王城内の倉庫にあるのですが、明日そこまで来ていただくことは可能ですか?」
「はい。構いません」

 以前に王城での謁見は遠慮したいと言ったことからこの質問なのだろうけど、緊急事態に流石にそんなわがままは言わないよ。
 明日、まずはギルドの倉庫で物資を収納して、その後に軍の倉庫へ行って物資を収納し、そのまま軍の馬車で現地に向かうらしい。馬車は速度重視で揺れるので、今日は早めに寝るほうが良いとアドバイスをもらった。

 翌日の朝食は少なめにした。
 可能なら僕たちはブランに乗って並走させてもらえないか交渉してみることになったけど、馬車に乗ることになったらと思うと食欲はわかなかった。馬車に酔ったらどうしよう。

 ギルドの倉庫に出向き、箱に詰められた武器やポーションを収納していく。

 僕は対象に触らないとアイテムボックスに収納できない。
 例えばポーション百本を収納しようと思うと百本全てに触らないといけないが、百本入りの箱であれば箱に一回触ればよい。袋でも、箱のふたが開いていても、一塊と認識できるものであれば、一回で収納できる。ただしその箱の中の一部だけを指定してを取り出すことはできない。ギルドにも軍にもそれを話して、大きな塊にしてくれると時間が短縮できると伝えておいたので、ほとんどのものが箱に詰められている。

 片っ端から触って収納していくと、そんなに時間がかからずにギルドの倉庫はがらんとなった。全部向こうのギルドの倉庫に出せばいいということで、それぞれの箱の中身は確認せずに収納したので、とても早かった。
 軍の倉庫でも同じように、領主の館用、領軍の後方支援用、国軍用と塊を分けていてくれたので、サクサクと収納することができた。
 それを見た軍の人たちがおおっと声をあげて上官に注意されていたが、ギルドではもう驚かれることも無くなっていたので、最初のころに珍獣扱いされていたのを懐かしく思い出した。慣れってすごいな。

 出発準備が整ったところで、僕たちはブランに乗って移動したいと交渉したところ、移動のスピードが変わらないならと了承をもらった。ならば、さらに速度を上げるために、本来馬車で運ぶはずだった兵士の荷物もアイテムボックスに預かって、身軽に馬とブランで移動することになった。
 馬がブランを畏れて動かなくなるのではと心配したけど、さすがに軍馬として調教されているだけあって問題なさそうだ。どちらかというと、ブランに褒めてもらいたくて張り切ってる気がする。
 一緒に行く部隊の人たちは、ほとんどが物資担当の人だけど、隊長さん含め数人が、僕の護衛らしい。確かに僕一人で運ぶということは、僕が着かないと全ての物資が届かないということだ。

 あふれの対応という緊急事態なので、本来は許されないトップスピードで街道を駆け抜け、軍の施設や領主の館、場合によっては野営をしながらフスキへと進んでいく。
 僕が移動で疲れてしまわないように気を遣ってくれて、休憩が多めに取られている。ブランはいつもより少し大きくなって僕とアルを乗せ、揺れが少なくなるように魔法を使って安定させてくれている。後ろからアルが支えてくれているので、僕はただアルに寄りかかっているだけだ。それでも一日中移動し続けているので、少しずつ疲れがたまっていく。
 食欲も無くなってきて、そろそろ体調を崩すかもしれないと思い始めたころに、やっとフスキ領と一つ手前のキカロ領の境界近くの街に着いた。
 街の代官の館に泊めてもらうことになり、部屋に通してもらったところで、僕はベットに倒れ込んだ。アルが固まった筋肉をほぐすようにマッサージしてくれているのに、意識を保っていられず、そのまま眠ってしまった。

 翌日起きると、すでに陽が高く昇っていた。
 寝坊したと飛び起きて焦る僕に、アルが出発の準備をするようにと言い置いて、僕が起きたことを隊長さんに伝えるために出ていった。
 昨日は意識を失うように眠ってしまったので、今日は起こさないでいてくれたようだ。ゆっくり眠ったおかげで体調はだいぶ回復している。僕のせいで予定が大きく狂ってしまわないように、急いで用意していると、アルが隊長さんと一緒に戻ってきた。

「体調は大丈夫ですか?」
「すみません、僕のせいで出発が遅れて」
「当初の予定よりもかなり早いので問題ありません。この街にもフスキから避難してきている者がいるので、我々も情報収集ができました」

 隊長さんは気遣ってくれるけど、本当に申し訳ない。そう思っていたら、表情をあらためて、隊長さんが重々しく告げた。

「ユウさんは、あふれの対応は今回が初めてですよね? ここから先は、覚悟をしてください。今回は規模が大きく初動に失敗したので、ダンジョンに近い街が一つ潰れました。この先凄惨な現場を見る可能性もあります」
「え……」
「決して無理はなさらないでください。今回、貴方がいることで、かなり素早く対応することができています。貴方の前に国軍の先発隊が出発していますが、すでに現地で活動しています。本来であれば物資が届くまでの自分たちの食料を運ぶだけでも荷物は増え、速度は落ちるのです。貴方には今後もあふれの対応に協力していただきたい。だからこそ、無理なくできる範囲を見極めてください。無理は長くは続きませんから」

 食事をして、少し休んで出発しましょう、そう言って隊長さんが部屋から出ていっても、僕は動けなかった。

「ユウ、無理そうなら俺が止める。大丈夫だ」
「でも」
「国はユウを使い潰す気はないと言ったんだ、大丈夫だ。できることだけでいい。ユウの国では、こんなことは起きないんだろう? 慣れていなくて当然なんだ」

 僕は災害現場をテレビでしか見たことがない。日本ではショックを与える可能性のある映像は放送されない。僕の知る災害現場には、生きている人しかいないのだ。
 今更、今いるところが日本ではないのだと思い知らされた。法律や規制もなく、自分の心は自分で守るしかない。誰も守ってはくれないのだ。
 怖い、そう思うと震えが止まらなくなった。

 結局、食事はほとんど取れないまま出発になった。起きたときよりも顔色の悪い僕を見て、隊長さんが心配してくれている。

「物資の輸送は、一つ手前の街までにしてください。ユウは戦場を見たことがありません。ダンジョンの光となって消えるモンスターには慣れていますが、人型のモンスターは攻撃できません」
「承知しました。物資の輸送はサワマの街までにしましょう。そこまで運んでいただければ、十日間も短縮になります。ありがとうございます」

 アルが、前線までは行かないと決めてしまった。それに隊長さんも同意している。でも依頼を受けたからには、ちゃんと全うしたい。

「行くよ」
「ダメだ。それで悪夢にうなされて眠れなくなったらどうする。そんなときにまた他の街であふれがあったら参加できなくなる。そのほうが困るんだ」
「だけど、待ってる人がいるのに」
「これでも十分早いんだ。あふれの対応は今回だけじゃないし、ユウが一人で背負うことじゃない。とにかくダメだ」
『(それ以上は進まないぞ)』

 ブランが行かないと言ったら僕は行くことができない。それにホッとしている自分もいる。
 隊長さんは感謝を述べてくれるけど、僕は情けなさに顔を上げることができなかった。
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