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3章 アルの里帰り

3-5. 中央教会と子犬の神様

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 街の中央にある、王城の横、タゴヤの中央教会だ。とても大きく荘厳で、中央とつくだけある威風堂々とした佇まいだ。
 馬車を止め、いつものようにまずは礼拝堂に行くが、とても大きい。何人入れるのだろう。
 中は、観光としてきたんだろうなという楽しげな軽い空気と、祈りをささげる敬虔な信者が醸し出す引きしまった空気とで、なんとも不思議な空間だ。
 お祈りをして、入り口横の総合案内のようなところに、取次ぎをお願いする。

「ミダの孤児院出身のアレックスですが、ケネス司祭様、シュレム司祭様にお会いしにきました。タガミハのサリュー助祭様が連絡してくださっていると思います」

 あまり待たずに、教会内の応接室のようなところに案内された。3人掛けのソファが向かい合わせに置いてある。
 案内されたソファに腰かけ、司祭様を待っていると、しばらくして司祭様が入ってこられた。

 アルが、まず心配をかけたことを謝り、次に僕とブランを紹介し、タサマラで読み書きを教えてくれたシュレム司祭様だと僕たちに紹介してくれた。
 シュレム司祭様が、バッグから顔を出しているブランを見て固まっている。あ、バレたな。

 そこに遅れて入ってきた司祭様も、部屋に入るなりブランを見て固まっている。あれ、これダメな感じ?
 ブランをバッグから取り出して、胸の前で後ろから抱きかかえる。
 アルが空気を変えるように、僕たちを紹介し、心配をかけたことを謝った。タゴヤで見習い先のパーティーを紹介してくれたケネス司祭様だと僕たちにも紹介してくれた。

 司祭様方が子犬ブランの衝撃から立ち直ったところで、シュレム司祭様とケネス司祭様それぞれからお小言をいただいた。

「グザビエ司教様が本当に心配していたのですよ。無事でよかったです」
「まったく、あんな無茶をして。どうして先に相談しなかったんですか。なんとか教会に引き取れないか、手を回そうとしたらすでに国外に出ていて。でも、元気そうで安心しました」
「ただ友人を助けたい一心で、後先考えずに無謀なことをしたと反省しています、申し訳ありませんでした」

 アルの謝罪と近況報告がひと段落したところで、「すこし面倒な事態になっていますが、この後のご予定はお決まりですか?」とケネス司祭様が切り出した。どういうこと?

 ケネス司祭様が現状を説明してくれた。
 僕たちがモクリークからドガイへ山越えしてしまったので、モクリークと仲違いして国を出てしまったのではないか、という憶測が広がっている。
 それを知って他の国が僕たちを取り込もうと活発に暗躍中で、もちろんこのドガイも自国にいるならこのまま取り込みたいと活動中だ。
 タサマラでギルドカードを見せたので、僕たちがこの国にいることはバレている。
 教会関係者としてこの街の門を通ったけど、アルと教会の関係は知られているので、いずれ中央教会に来たことを突き止められて押しかけられるのも時間の問題らしい。

 島国育ちなので、陸続きだと国境を意識していなかったけど、密入国だよね、どう考えても。
 どうしようか。アルのしたいようにしてくれればいいんだけど。

「できれば、元パーティーメンバーや知り合いに会い、街中を見て食料などを買い、ダンジョンに潜り、モクリークに戻りたいのですが」
「王に謁見して一時滞在しますと言えばできるでしょうが、それは望みませんよね」
「謁見は避けたいです」
「そうですねえ、大司教に会っていただけるのであれば、ギルドと連携して王家を抑えましょう」
「教会に取り込まれる気はありません」
「それは今更だと思いますよ。今回は、言ってみれば里帰りでしょう?」
「……」
「それにまあ、無理強いをすると、教会どころかこの国が無くなりそうですからね」

 ケネス司祭様がそう言ってブランをちらっと見た。
 やっぱり分かるものですか?と思い切って聞いてみたけど、どちらの司祭様も無言で微笑まれた。

『神官は神威に触れるものだ。俺の気配が分かるのだろう。さっきから扉の外でうろうろしている者たちがいるぞ』

 ブランの声を聞いて、2人の司祭様が床に跪いた。

「大いなる御方のご降臨に、大司教が拝謁を願い出ております」
『許す』

 ブランの許しを得て、司祭様が入り口の扉を開ける。
 王室の結婚式のテレビ中継で見た!って感じのとても豪華な服を着たどう見ても偉い人たちが入ってきたので立ち上がりかけた瞬間、その偉い人がブランの前、つまり僕の前に跪いた。
 え、まって、これ僕も跪くべき?!
 子犬サイズのブランを後ろから抱えて、中腰でワタワタしている僕に、「ユウ、落ち着け」とアルが声をかけてくれたけれど、一般市民はこの状況で落ち着けるスキルを持ってないよ!

『立て。ユウが気にする』

 ブランが神様に見える。いや、もともと神様だけど。

 立ち上がっての挨拶は、自動翻訳機能ちゃんと仕事して、と思うくらい難しい言葉の羅列だった。要約すると「会えてうれしいです」だと思う。たぶん。
 翻訳機能って元の言語能力というか知識に左右されるんだなと初めて感じた。貴人に拝謁する、なんて状況、小説で読んだことあるくらいの知識しかないのだ。
 真ん中が大司教様、両側が補佐の司教様だと自己紹介されたので、ミダの孤児院出身で冒険者をしていますアレックスです。パーティーメンバーのユウと、ブランです、とこちらもアルが代表して自己紹介する。ブランの時に、前足を持って「はーい!」って感じに挙げてみたけど、誰も反応してくれない。初対面ですべった。恥ずかしい。

 一早く立ち直ったケネス司祭様が、「座りましょう」と場を取り持ってくれて、座る座らないの押し問答の末、ブランの『座れ』の一声で座ることになった。
 ケネス司祭様とシュレム司祭様は椅子が足りないので立っている。そのままケネス司祭様が話を進めてくれた。

 僕たちがこの街で過ごして、ダンジョンに潜って、モクリークに戻るのには、やはり王家や貴族の横やりを防ぐ必要がある。無理は言ってこないだろうが、繋がりを作るためにも謁見は求めてくるだろう。
 現在進行形で、Sランク冒険者がそっちに行っていないか、と質問が来ているらしい。王城、ほぼお隣だものね。
 冒険者ギルドは静観しているが、国への対応にギルドを巻き込んでしまおうと、ケネス司祭様がすでに使いを出していた。
 この国に住むわけでもないのに、この人たちがこんなにも親切にしてくれるのは、ブランのおかげだな。ブランありがとね。もふもふ。

 ギルドマスターを待っている間に、お偉方とお話しているが、話してみると気のいいおじさまって感じだ。もちろんそれだけじゃないんだろうけど。
 その中でブランをどうやってテイムしたのか聞かれたけど、実は僕も分かっていない。

『ユウがテイムしたわけではない。俺から契約を持ちかけたが、この契約はユウから解除することはできないし、ユウが命令することもできない。結果としてユウにテイムのスキルがついただけだ』
「そうなの?それ僕も初めて知ったんだけど」
『知らなくても困らんだろう』

 確かにね。知ったところで僕には何もできないし、ブランと契約を解除するつもりもない。
 司教様はメモを取りながら、ふむふむと話を聞いている。

「噂ではシルバーウルフのお姿をとられていると聞いたのですが」
「魔物の出ないタサマラの街だと目立つだろうからと子犬になってもらって、この国ではそのまま通しているんですが、ペット扱いしたのでご機嫌斜めなんです」
『ふん。ダンジョンに連れて行ったら機嫌を直してやる』
「ダメだよ。アルの知り合いに会うのが先だよ。美味しいもの買ってあげるから許してよ。屋台広場があるらしいよ」
「ユウ、ここの屋台広場でいつものようにやると、1日かかるぞ」
『よし行くぞ』

 屋台がたくさんあると聞いて、ブランが乗り気になってしまった。

「どのようなものがお好みですが?見習いに買いに行かせましょう」
「お肉なんですけど、いつも屋台を端から見て行って、ブランが食べたいって言ったものを迷惑にならない範囲で大量購入しているんです」

 まだお話し中だからダメだと必死にブランを宥めているところに、冒険者のギルドマスターが到着した。僕たちがこの街でしばらく活動するために、協力して王家の介入を防ぐためにどうするかを話し合っている。

 そんな中、補佐の司教様は、そちらの話し合いに参加せず、引き続きブランに話しかけている。今のインタビュー内容は、契約する前はどんな生活をしていたかで、僕も知らないので興味津々で参加する。
 この司教様、すごく話を聞き出すのが上手で、言っちゃいけないこともつるっと話してしまいそう。
 ブランが契約前もダンジョンにこっそり入ってモンスターと戦っていたという話をした時に、僕が漏らした一言で、部屋の空気が変わった。全員が僕たちの話に集中している。

「ダンジョンを放置しておくと、あふれる可能性があるからって前言ってたよね。ブランのお仕事なの?」
『仕事ではないな』
「ダンジョンのあふれ、ですか?」
「ダンジョンがあふれる可能性ってどういうことだ?それに、そのしゃべる子犬はなんだ?従魔はシルバーウルフじゃなかったのか?」
「ギルドマスター、無用な詮索はお控えください」

 大司教様、すごい。乱入してきた、いかにも冒険者やってましたって感じの体格の良いギルドマスターを、小柄な大司教様が一言で黙らせた。「お控えください」の後に「命が惜しければ」って聞こえてきそうな圧をかけている。満面の笑顔で。

「す、すまない。お前たちがモクリークのダンジョンを攻略して回ってるのはそのためか」
「それもあります」

 アルが答えてくれたけど、半分はブランの趣味だと思ってる。
 魔物は、ブランとの力の差が分かるから、戦う前に逃げてしまう。でもダンジョンのモンスターは生き物ではないので、相手が何であっても向かってくる。それが楽しいみたい。

 この情報は広めてもいいのか、教会からもギルドからも確認される。以前ブランから聞いた時に、僕たちも広めたほうがいいと思ったのだ。ブランに確認したら、隠しているわけではないので構わないと言われ、広めようと考えた。だけど、どうやって知ったんだと聞かれたら答えられない。正しく伝わらないと、最悪集団パニックを引き起こす可能性もある情報なので、諦めた。

「では、神のお告げということで、教会から広めましょう」

 間違ってはいない。子犬の神様のお告げだ。
 ちなみに、お告げの裏付けとして、魔素の循環がどうのこうのと、あふれる理由もブランが説明してくれたんだけど、僕には理解できなかった。悔しくなんかないもん。


「お前たちに、タゴヤのギルドから指名依頼を出したい。タゴヤの上級ダンジョン『カルデバラ』を攻略してほしい。今の情報で、タゴヤの危機だ、邪魔するなと王家を黙らせる。準備中に知り合いに会って、攻略後はモクリークの予定が差し迫ってるとでも言って帰ればいい。まあできれば他のダンジョンも攻略してほしいが、無理は言わんよ」
「最近見つかったダンジョンですか?、初めて聞きます」
「2年前に見つかったんだが、1階層がかなり広くて、騎乗できる従魔がいるパーティーでないと無理な上に、セーフティーエリアが見つかっていないし、浅い階層のドロップがしょぼい。そのため攻略も進んでなくて何階層まであるかも分かってないが、階層の広さで上級に認定されている。依頼料はSランクの規定にそって出す」

 あー、ブランが乗り気だ。これは依頼がどうであれ、行くしかない。

「依頼料はいりません。その代わりに、今後ドガイ国内でのダンジョン攻略報告の義務をなくしてください。モクリークではすべて報告書で提出していますので、それを出します」
「分かった」

「カリラスに会ったか?あいつ、お前を買い戻すために、あちこちに頭下げてたぞ」
「タサマラで、殴られました」
「そうか、仲直りしたんならいい」

 え、それで通じるの。やっぱり冒険者はコブシで語り合うのが普通なのか。
 アルの肩をぽんぽんと叩いて、ギルドマスターは帰っていった。
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