世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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続 1章 神なる存在

11-1. ブランの不在

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 ブランがユウのそばを離れた。その事実は、中央教会にかなりの衝撃を与えた。


 俺はアレックス。恋人のユウにはアルと呼ばれている。
 現在活動しているモクリーク王国の隣国ドガイの孤児院で育った。
 成人してすぐに冒険者に登録し、友人のカリラスと共にBランクのパーティーで活動していたが、魔物に襲われ瀕死になったカリラスたちを助けるために戦闘奴隷になった。
 ソント王国の奴隷商人のもとに売られ、そこで戦闘の指導と身の回りの世話をする奴隷を探していたユウに買われた。ユウには何か事情があることは奴隷商人も気づいていたが、契約を済ませて聞いてみれば、どの国も欲しがるアイテムボックススキル持ちだった。さらにこの世界の人間ではないという俄かには信じがたいことも打ち明けられたが、それ以上に何よりも衝撃だったのは、従魔のフリをしているウルフが実は神獣だったことだ。ユウはその重大さに気付いていなかったが、神獣と冒険者との契約など伝説の中の出来事だ。神獣と契約して国を興したという建国伝説を持つ国もあるくらい、世界中に衝撃を与える事実だ。

 ユウは神獣マーナガルム様をブランと呼んで魔法の使える犬くらいの感覚で接している。
 最初のころブランからは首筋がヒリヒリするような威圧を感じていた。ユウに気付かれないように俺だけ威嚇されたときの、手も足も出ない格の違いを否応なくたたきつけられるような神気。ユウの安全が脅かされた瞬間に、その国は地上から消えるだろうなと確信した。
 神獣に保護されているのにもかかわらず、ユウは気弱で、少し後ろ向きで、家族のもとへ帰りたいとよく泣いていた。ブランならユウの世界へ返せるのではないかと何度か尋ねたことがあるが、何も答えてもらえなかったということは無理なのだろう。

 上級ダンジョンのたくさんあるモクリーク王国に移ってきたのは、この国ならばアイテムボックス持ちのユウを拘束せず、協力すればある程度の自由を保証してくれると考えたからだ。逆に言うとこの国以外に自由を保証してくれそうな国を思いつけなかった。
 予想通りこの国はユウの自由を保証してくれた。国が軍と貴族を、ギルドが冒険者を抑えてくれたお陰で、俺たちは普通の冒険者パーティーとしてダンジョンに潜ることが出来た。
 神獣であるブランにとって、上級ダンジョンであってもモンスターなど取るに足らない相手だ。神獣が倒せないようなモンスターがいれば、そのダンジョンは人間には攻略できない。そしてユウのアイテムボックスがあれば、ドロップ品の何を拾うか、持って帰るかなど、一切悩む必要がない。ユウは毎度ブランや俺が倒したモンスターのドロップ品を律儀にすべて拾い、ギルドが買い取ってくれるドロップ品だけを売りに出し、かなり高額の収入を得た。
 戦闘奴隷である俺の収入は、契約時に決められている。ドロップ品のギルドでの買取価格の何%というのが一般的だが、戦闘以外の常識も教えてほしいという要望があったので、俺の取り分はもともと高めに設定されていた。そして何よりそもそもの収入が桁違いなので、すぐに自分を買い戻せる額が貯まった。
 またブランによる自分の実力よりも少し上のモンスターと戦わせるというスパルタな指導のお陰で実力も伸び、Aランクになった。

 ユウは俺に奴隷契約を解除されることを恐れていた。
 そのころはまだ詳しいことは聞いていなかったが、成人してすぐにカイドのギルドでだまされてSランクのパーティーに入れられ、ほぼ無償でアイテムボックスを使わされていたらしい。そのパーティーから逃げ出した森の中でブランと出会い、隣の領で知り合ったSランクのパーティーの助けを借りて、カイドの不正を告発した。それまでの一年、誰の助けもなくひどい扱いを受けていたようで、何度も夜中にうなされて飛び起きていた。
 裏切らない、という条件をわざわざ契約に盛り込むほど人間不信だったユウは、契約の解除で決して裏切れない関係が切れることが怖かったのだろう。俺が自分を買い戻せる額を貯めてから、ユウはまた悪夢にうなされるようになった。俺と離れたくないと思ってくれているのは、内心とても嬉しかった。
 けれど、俺は分不相応にもユウに惚れてしまった。奴隷と主人としてではなく、恋人としてユウを支えていきたいと夢を見た。

 俺はユウに契約終了を申し出て、契約解除に項垂れているユウを置いて、ダンジョン攻略に急いだ。元戦闘奴隷だからと言って、Aランクに過ぎない俺がユウのパーティーメンバーになれば、パーティーメンバーになりたいものが殺到するだろう。ユウにはそれをさばけるような社交性はない。ならば俺がSランクになるしかない。
 事前にブランに相談し、王都ニザナのギルドマスターからも一人で攻略すればSランクに昇格できると確約を貰った上級ダンジョンへ挑戦した。正直、無理かもしれないと思うときもあったが、家族が恋しいと泣くユウの家族になるためだと、必死で喰らいついた。
 その結果辛くも攻略を成し遂げSランクへの道が開けたが、ギルドへ報告に行くと、俺がダンジョン攻略をしている間ユウが宿から全く出ておらずかなり落ち込んでいるのですぐに会いに行くようにギルドマスターに言われてしまった。

 久しぶりに会ったユウは、生気がなく少しやつれていた。
 ブランがそばにいたのに眠れなかったのか。そう思うと、ユウには俺が必要なのだという暗い喜びが胸に湧く。決して抱いてはいけない感情だと思い押さえ込んでいたが、本当はその唇を奪い、俺がそばにいるのだから家族のことは忘れろと言いたかった。
 それから時間をかけて、ユウの心を手に入れた。寂しさから俺に流されたがやはり恋人にはなれないと言われたときは絶望した。けれど家族は恋しいけれど俺とこの世界で生きることを選ぶと伝えられたときは、本当に嬉しかった。俺はユウに出会うために生まれてきたのだと思えた。

 ユウがカイドで負った心の傷もだいぶ回復し、これからずっとブランとユウと一緒にダンジョンを攻略して回りながら生きていくのだろうと思っていた。
 けれど、モクリークの軍がユウを管理下に置くことを望み、俺の暗殺を企てているという情報を冒険者ギルドから知らされた。これだけモクリークに貢献しているのにも関わらず、いまさら管理下に置くというあまりにも理不尽な企みに怒りが湧き上がった。
 ブランがいる限りどう考えてもその企ては実現しないからと、油断していたと言われても仕方がない。ダンジョンで囲まれたときも、如何にユウの前で流血を少なくするかを考えていた。どこかでブランが何とかしてくれると甘えがあったのだろう。まさかユウ自身に刃物が向けられるなど、ブランも俺も予想していなかった。その動揺した隙を突かれ、ユウの目の前で斬られてしまった。一生の不覚だ。

 俺がダンジョンで襲撃され、ユウはまた眠れなくなった。モクリークを離れて俺の故郷であるドガイの教会に身を寄せ、何とか眠れるようになったころに、ユウは俺から離れたいと言った。俺が襲われたことに責任を感じて、一緒にいられないと泣いた。
 どうしていいのか分からなかった。夜中に泣きながら俺を起こして息をしているか確かめ、それから謝り続けるユウに、それでも一緒に居たいと言っていいのか。
 けれど今手を離したら二度とユウは帰ってこない気がして、ケネス司祭様に一度離れてみるように勧められてもどうしても頷けなかった。
 最終的にはブランの、どうせユウはお前から離れられはしないのだから一度ダンジョンに行ってこい、という言葉に離れることを決めた。決してその言葉に納得したわけではないが、これ以上粘るとブランに追い出される気がしたからだ。ブランが大切なのはユウだ。ユウが俺と離れることを望んでいる以上、ブランが俺を排除すると決めたら、俺は二度とユウに近づくこともできなくなる。

 結局、離れてみた結果やっぱり俺と一緒に居たいとユウが言ってくれたので、追い出されずに済んでいる。
 今はモクリークに戻って、王都の中央教会にユウと一緒に世話になっている。
 俺は獣道と王都周辺のダンジョンに潜り、合間に教会に戻ってユウと過ごす日々だ。本当はずっと一緒に居たいが、俺が何もせず教会にいることをユウは望まない。かといって育った孤児院での農作業と冒険者以外の仕事をしたことがない俺に、教会で何か仕事が出来るわけもない。


 いつものように獣道とダンジョンを攻略して教会に戻ったその夜、ブランが寝ているユウのそばを離れた。少し出てくると言って出ていったのに、朝になっても帰ってこない。
 今までもユウが寝ている間に離れることはあったが、起きる前には戻ってきていたのでユウは気づいていなかった。
 だが今回はユウが起きても帰ってくる様子がない。

 あまりにもユウが動揺しているので、チルダム司教様だけでなく、大司教様まで部屋に来てくれた。

「ブラン様はなんとおっしゃっていたのですか?」
「戻るまで教会から出るな、とだけです。どこに行くとは言っていませんでした。ユウも何も聞いていないそうです」
「昨夜はどのようなお話をされたのですか?」
「私は特に何も。ユウはブランと何を話した?」
「何も。アルと話していたので」

 思い返しても特別な何かがあったとは思えない。
 俺がダンジョン攻略から帰ってきたので、ユウとお互い離れていた間にあったことを報告し合った。ブランはユウのそばで寝転がって、俺たちの話を聞いていた。
 そしてユウが眠った後、ふらっと出ていった。

 神獣として何か仕事があるのかもしれない。戻るまで教会から出るなということは戻ってくるのだから、それまで待つしかない。どんなに気を揉んでも俺たちに出来ることは何もない。

 ブランの言いつけを守るとユウは教会から出られないので、街のはずれにある孤児院でのお手伝いは、ブランが戻ってくるまで休むことになった。
 ユウは部屋でぼーっとしている。何気なく何かを探すように手を動かし、ブランがいないことに思い当たって、落ち込んでいる。
 俺と出会うよりも前からすぐそばにいるのが当たり前だったから、いないということが上手く飲み込めないのだろう。

「愛想つかされちゃったのかな」
「ブランが戻ってくると言ったんだ。ブランは約束を破らないだろう? 大丈夫だ」

 不安そうな顔でつぶやくユウを何とか宥めているが、これが長期間になるとユウの心が持ちそうにない。けれどブランがユウのそんな状態を放っておくとも思えない。きっと近いうちに帰ってくる。
 俺まで不安になるとユウが影響を受けてしまうので、しっかりしなければ。

 その日ブランは帰ってこなかった。



――――――――――――

 続編の連載を開始します。この章はアルの視点です。
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