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続 1章 神なる存在

11-6. 付き合い方

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『うげっ、帰ってこいって』
「心配してるんでしょう。帰りましょう」

 誰がとは言わなかったが、帰ってこいと言ったのはブランで、ユウが心配しているからだろう。神獣同士は何かしら連絡を取る手段があるようだ。獣道もリネの言葉は聞こえていただろうが、触れては来なかった。

 俺たちの帰るという言葉が聞こえたのか、貴族たちがぜひ自分のところの馬車にと誘ってくる。ああもう、こんなときこそ髪の毛を焼き払ってくれればいいんだが。
 と思っていたら、もっとひどいことが起きた。周りに集まっていた馬車が突然燃え上がり、あちこちから悲鳴が上がる。
 ダンジョン前での突然の火事とあって、ダンジョン入り口のギルド職員が冒険者に消火の指示を飛ばす。

「水魔法の使える冒険者は水をかけろ!」
『無駄だよ。オレが燃やしたから、人じゃ消せないよ』
「し、神獣様、燃やしたとは」
『だってオレの邪魔をするんだから当然でしょ。人は殺すなって言われたから馬車だけにしてあげたよ』

 そう言ってから怯えている馬のところへ飛んでいった。「怪我してない?」と馬に聞いて回っている。リネが馬車を燃やした火のせいでヤケドした馬には、気軽にごめん治すね、と言って治癒をかけているが、馬たちはむしろリネに会えて嬉しそうだ。神獣だからブランと同じで動物全般には好かれるんだろう。

 無慈悲な神。
 ブランを間近に見て勘違いをしていたが、リネこそが俺たちの思う神の姿だ。人のことなど興味がなければ気にもかけない。
 おそらくブランがユウのために「人は殺すな」と言ったのだろうが、それがなければ馬車だけでなくそこにいる人も巻き込んで燃えたはずだ。

 騒然とした場に、ギルド職員が「どうぞ教会へお戻りください」と強く勧めるので、その場を離れることにした。これ以上騒動を起こされてはたまらないと思ったのか、かなり必死だ。
 リネが燃やした馬車があったところとは別の奥まったところに教会の馬車が止まっている。あれが俺たちの迎えだろう。その馬車のほうへ向かおうとしたところで、リネが俺の前で突然大きくなった。

『乗って。早く帰らないと怖いから』

 神獣同士の力関係がよく分からないが、リネはブランに頭が上がらないようだ。単純な戦力なのか、階位的なものなのかはよく分からないが、人が知っていいことか分からないので聞いていない。
 獣道たちは自分たちで帰るというので、先にリネと帰らせてもらった。


 上空から中央教会の奥まったところにある俺たちが借りている部屋の近くに降りると、当然ながら教会は大騒動になった。
 慌ててチルダム司教様が飛んできてくれた。

「上から突然で申し訳ありません」
『なあ、今日のご飯何?』
「お帰りなさいませ。料理長が腕によりをかけて料理していますので、お楽しみになさってください」

 リネはそれを聞いてどこかへ飛んでいった。料理場に突撃したのかもしれない。司教様のように受け流すスキルが欲しい。
 俺たちの食事はカザナラの別荘の料理長が教会の料理場を借りて作ってくれているが、リネの食事もそのまま料理長の担当になっている。王宮の元料理長は、神獣様の食事が作れるとは王宮をやめた甲斐がありました、と豪快に笑っていたので、きっと張り切って作ってくれているだろう。

 ダンジョン出口であったことを伝えて、騒動になってしまったことを謝る。それから教会の迎えを無駄にしてしまったことも。

「それはアレックス様がお気になさることではございません。後のことは教会にお任せください。ユウさんがお待ちですよ」
「ご迷惑をおかけします」

 いろいろと伝えなければならないことがある気がするが、今は後回しにして、早くユウの顔が見たい。ユウに癒されたい。

 部屋に戻ると、ユウがちょうど夕食前に風呂に入る準備をしていたので、久しぶりに一緒にゆっくり風呂に入ろうと思ったところに、リネが飛んできた。

『オレも風呂入ってみたい!』
「遠慮してください」

 構っていられるか。やっとユウと過ごせるのに邪魔をしないでほしい。捕まえて外に放り投げて扉を閉める。
 これで入っては来られないだろう、と安心していたら、ユウが何かを言いたげにこちらを見ていた。リネが来てから触れ合う時間もなかったので、それが不満だったのだろうか。

「どうした? 一緒に入るのは嫌か?」
「ううん。あの、その、リネ、大丈夫なのかなって……」

 ユウ、お前がそれを言うのか? ブランをさんざん便利な犬扱いしているお前が。
 だがユウとブランの間には愛情という絆がある。カッとなってやってしまったが、冷静になってみるとまずかった気がする。リネが機嫌を損ねれば、俺など一瞬で消されてしまう。間に合うか分からないが、後で謝ろう。
 でも今は、ユウとゆっくりして気持ちを静めたい。

 ユウとふたり湯船につかってダンジョンでの出来事を話し始めると、ユウは心配そうな顔で聞いてくれるので、ポロリポロリと言葉がこぼれる。俺が襲撃されて以降、ユウが離れている間に辛いことはなかったか、嫌なことはなかったかと聞いてくれるので、少しずつ悪いこともを話せるようになった。これが甘えるということなのだとユウが教えてくれたので、ユウに甘えている。
 今回は、リネが何をやった、リネが何をしてくれなかった、そんなのばかりで、ほとんどが愚痴だ。
 けれど本来、神とは人が何かを望んでもしてくれる存在ではない。逆に何かしてほしくないことがあっても聞いてくれるはずもない。俺の認識が間違っていただけだ。ユウとブランを見て勘違いをしていた。

「ガリドラが、神は無慈悲で理不尽だと言っていたが、まさにその通りだな。ブランは本当にユウのことが大切なんだと、よく分かったよ」
「僕のせいでごめんね」
「ユウもブランも悪くない。確かにリネがいれば俺が死ぬことはない。それでユウが安心して過ごせるなら、俺は嬉しい」

 これから上手く付き合っていけるように頑張るから、とユウの額にキスをすると、やっと笑ってくれた。
 そういう意味では、ブランもまた神なのだと認識を新たにさせられる。俺が苦労しようが、周りが大変になろうが、ユウが幸せならどうでもいいのだろう。

 風呂から上がって、リネに謝ろうと思ったら、すでに食事に気を取られて忘れていた。それでもちゃんと謝ったが、リネは何のことを言われているのかわかっていないようだった。
 拍子抜けだが、リネが物事を後に引きずらないのは、俺にとってはいいことなのかもしれない。
 リネと良い関係を築くには時間と忍耐が必要なようだ。
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