世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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続 2章 新たな日々

12-6. 人のなすべきこと

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 リネとアルが合流したところから一番近くにあった野営地は、これからキバタへと向かう馬車、キバタから王都へ向かう馬車で混雑していた。
 そこに僕たちが到着したので注目の的だ。軍の兵士、助祭様、白い狼がそろっているから、僕たちが何者かすぐに分かるのだろう。視線に僕がひるんだことに気づいたアルが、そっとフードをかけてくれた。

『甘いのは?』
「待ってね。はい、どうぞ」

 注目されていた中でのリネと僕のやり取りを見て、神獣様だ、という声があちこちで上がる。
 軍の兵士が僕たちの周りを囲って人が近づけないようにしてくれているけど、みんな興味津々で、容赦なく視線が刺さる。
 けれどリネはそんなことはお構いなく、僕の持ったお皿から、チーズケーキをついばんでいる。
 アルもそんな視線にはもう慣れたようで、僕だけが落ち着かない思いをしていた。

 周りの視線が煩わしいし、リネがチーズケーキを食べ終えたらすぐに出発する予定で、僕たちは少し水を飲むくらいで待機している。そんな中、何も気にせずケーキを美味しそうに食べているリネを見ていると、一人の女性が近寄ってきた。武器も持っていない、戦うこともできなさそうな見るからに一般人なので、兵士も手を挙げることもできずに自分の身体で進路をふさぐことしかできない。

「神獣様、お願いします! キバタのモンスターをやっつけてください!」
「やめなさい! 神獣様には関わりのないことです」
「お願いします! あそこには私の家族がいるのです」

 自分の故郷なのだと、親が住んでいるから助けてほしいと訴えている女性を、ツェルト助祭様がたしなめていると、リネが反応した。

『モンスターがいるところを焼き払えばいいの? いいよ』
「ヴィゾーヴニル様、申し訳ございません。どうぞこのまま王都へお戻りください。お願いいたします」

 女性はリネの「いいよ」という返事に顔を輝かせているが、ツェルト助祭様が必死で止めている。

『行くよ。楽しそう』
「リネ、人の都合で悪いが、やめてくれ。そこには人の営みがある」
『えー、街ごと焼き払うなんて滅多にできないからやりたい。行こうよ!』
『(やめろ。人を傷つけるなと言ったはずだ)』
『人間が希望してるのに?』

 リネはキバタの街ごとその一帯のモンスターを焼き払うつもりだ。
 リネの言葉に、これでキバタは安泰だと喜んでいた人たちの顔が真っ青になる。

「リネ、頼む。このまま教会へ戻ってくれ」
『……分かったよ』
「皆さん、人の生活を守るのは人が行うべきことです。決して神獣様に頼ってはなりません。よろしいですね?」

 ブランとアルの説得になんとか思いとどまってくれたリネに、僕たちのそばにいた軍の人たちから安堵のため息が漏れたのが聞こえた。
 アルと助祭様も安心しているけど、多分それにはここでリネとブランの喧嘩が始まらなかったことも含まれているだろう。

 リネがチーズケーキを食べ終わったところで、微妙な空気が漂っている野営地を急いで後にした。
 僕はアルに支えてもらってブランに乗っているけど、アルがリネを捕まえた手で僕を支えてくれているので、リネは僕のお腹の前にいる。リネが勝手に飛んで行ってしまわないように警戒しているのだ。

『やっつけてくれって言ったり、ダメって言ったり、人間ってよく分からない』
「リネ、人の都合で振り回してごめんね」
『ユウが撫でてくれるなら、許すよ』

 えっと、リネを撫でるとブランが機嫌が悪くなるんだけど、僕はどうすればいいんだろう。
 でもここでリネがへそを曲げて、キバタの街を焼き払いに行っても困る。

「ブラン……」
『(仕方ない。今だけだぞ)』

 渋々ながらもブランのお許しが出たので、リネを撫でると、お腹を上にして羽を広げたような格好になった。その体勢は見てるほうが不安になるから、やめたほうがいいんじゃないかなあ。でもリネのお腹の羽はフワフワで気持ちがいい。リネが撫でてほしいというところを中心に優しくなでていくと、リネが気持ちよさそうに目を細めた。

 ところで、リネって風の神獣様なのに、「火のほうが得意なの?」と聞いたら、火をつけて風で煽れば全部燃えるから、広範囲に攻撃したいときは楽ちんなのだ、という答えが返ってきた。神獣の使う火の威力なんてどう考えても恐ろしいし、深く考えると眠れなくなりそうなのでこれ以上聞くのはやめておこう。


 それ以降は休憩中も一般人が近寄ってこないように軍の人たちが頑張ってくれて、何事もなく進んだ。
 少し早いけれど、そろそろ街に入って一泊しようと話していたら、リネが大きくなった。

『ユウ、部屋まで飛んでいくよ。乗って』
「ブランも一緒でいいの?」
『仕方ないからいいよ』

 リネが小さい声で、自分で帰れるくせに、と言っている。まあそうなんだけど、ブランは僕の従魔という設定なのだ。

「ユウさん、どうぞ先に戻ってください。私は後から追いかけますので」
「すみません、ありがとうございます」

 リネに乗ったアルに手を引っ張られて、リネの背中に乗る。
 ふわふわかと思いきや、思った以上に硬くてしっかりしている。でも羽の手触りは最高だ。
 僕の背もたれになるようにブランが乗ってくれたところで、リネがふわっと飛び立った。

「すごい! 飛んでる!」
『(あまりスピードは出すな)』
『分かってるよ』

 ツェルト助祭様に手を振ると、振り返してくれた。軍の兵士も手を振っている。

 今僕は空を飛んでる。飛行機には乗ったことがあるけど、あれは何というか自分が飛んでるんじゃなくて飛行機が飛んでいるから、今とは全然違う。すごい! それ以外の言葉が出てこない。
 あっという間にツェルト助祭様が見えなくなって、もう泊まろうとしていた街も遥か彼方だ。
 かなりの速さで飛んでいるのに、息がしやすいようにとブランが魔法を使ってくれているようで、顔に当たる風はとても穏やかだ。

「アルはいつもこんなふうに移動してるんだね」
「いつもはもっと飛ばすし荒い。ユウが乗っているから今はゆっくり飛んでくれているんだ」

 リネはスピード狂らしい。たしかに、合流したときは、遠くにリネが見えたと思ったらあっという間に目の前だった。今はそれほどでもないような気がする。
 それでも、すぐに王都が見えてきて、気付くと中央教会に着いていた。
 今回は、リネが広いところに着陸してくれて、僕が下りるまでは大きいままでいてくれたので、空中に放り出されるなんてことはなかった。僕はあの状態から着地なんてできないので、ちゃんと着陸してくれたときは心から安堵した。まあそうなったらブランが助けてくれるんだろうけど。

「お帰りなさいませ」
『ごはん何?』
「料理長に聞いてみますね。ダンジョンはいかがでしたか?」
『あふれのモンスターを焼き払っていいって言われたのに、ダメってひどくない?』
「申し訳ございませんでした」

 急いで出迎えにきてくれた司教様とリネの会話が、かみ合っていないようでかみ合っている。治癒魔法が使えると、コミュニケーション能力も高くなるんだろうか。
 アルが野営地で起きたことと、ツェルト助祭様だけ後から帰ってくることを説明している間に、リネが宝石を見てくる、と言って飛んでいった。

 リネのお気に入りの宝石は、大聖堂にグァリネコレクションとして飾られている。運が良ければ宝石を眺めたり突っついたりするリネが見られるとあって、大人気らしい。
 しかも最近では献上する宝石が近くに置かれるようになり、気に入ったものがあったら、リネが入れ替えることもある、らしい。僕はそこに行ったことがないので、全部伝聞だ。
 だけど、アルと契約するときの条件となった魔剣はリネにとって別格らしくて、そこではなくて僕たちの部屋に飾られている。僕の感覚では宝石のほうが綺麗なのに、よく分からない。魔法的な何かなのかと思ってブランに聞いてみたけど、特にないらしいし。
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