悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました

犬派だんぜん

文字の大きさ
25 / 47

25. 殺し文句 (ヴェルナー視点)

しおりを挟む
 研究は魔道具技師のアントーニ達と分担して進めているようで、リヒターはかなり熱中している。

 夕食中に、今新しい魔法陣を開発しようとしていて、と説明を始めたところで、魔法陣に意識がいってしまい、喋るのも食べるのも止めて考え始めた。
 人に話すと頭の中が整理されるというから黙って見守っているし、たまにその中でひらめきも生まれるようだからそのまま考えさせてやりたいが、スプーンにすくったスープがこぼれそうだ。

「リヒター、スプーンを置いて」
「はい。やっぱり、右上に入れる文字がダメだと思うんですが、ヴェルナーもそう思いますか?」
「右手に持っているスプーンを置いて」

 自分の右手を見て、ああと納得して、一度を置いてから、食事中だったのを思い出したようだ。
 すでに謹慎があけて王都へと帰られた公爵も、リヒターのこの様子を見て驚いていらっしゃったのを思い出した。


 公爵がこの領にいらっしゃった間は夕食を一緒にとっていた。
 最初は緊張していたリヒターも、少しずつ公爵がいることに慣れたようで、その日の研究の成果などを楽しそうに報告していた。

「いつもこんな感じなのか」
「こういうことはたまにですが」

 貴族のマナーとしてはよくないが、お互い忙しくなかなか顔を合わせる時間がない中では、この時間が一番落ち着いて話せる時間だった。
 王都では、今のように澄ました顔をして完ぺきなマナーで食べていたのだろう。けれどおそらく今頭の中は先ほどの魔法陣のことでいっぱいのはずだ。きっと話しかけても聞こえないだろう。

 少しずつ公爵とリヒターの距離が近くのを見守っていたが、謹慎中の公爵へ陛下からの書状が届いた。王都へ召還だ。
 公爵が王都へ戻らない限り、神殿は浄化の魔道具の内容を公表しない。領地の浄化を望む貴族からの嘆願に、呼び戻すことをお決めになったのだろう。
 これで、リヒターの処遇は今のままでいいということが確定したのだと、ほっとした。

 夕食で公爵が王都に帰ることを告げられたリヒターは、目に見えて動揺していた。
 毎日一緒に食事をとり、他愛もない話をする。それはリヒターの求めていた風景だったのだろう。そしてそれが続いて行くことを願っていた。

「お父上とゆっくり話しておいで」
「ヴェルナー、一緒にいてください」
「大丈夫、部屋で待っているから。ひとりで行っておいで」

 夕食後、公爵と話すように言うと、心細げに共にいることを望まれた。応えてあげたいとは思うが、ふたりで話をしたほうがいい。私がいると、きっとリヒターは私に頼って自分からは何も話さない。
 出来ることなら、過去のわだかまりを解消してほしい。ここで和解できなければ、この先機会はないだろう。
 大丈夫、と肩を押して公爵の部屋へと送り出した。


 遅い時間に部屋に帰って来たリヒターは、すっきりとした顔をしていた。公爵といい話が出来たのだろう。

「ヴェルナー、ありがとうございます」
「どうしたの?」
「ヴェルナーがいてくれてよかったなって」

 そっと抱きしめると、抵抗しないどころか自分から擦り寄って来た。

「公爵が帰られるのが寂しいの?」
「……会えると、すぐに会えると思っていたんです。子どものころ、この領地に来たころは、父上が会いに来てくださると思っていました。でも結局王都に帰るまで会えませんでした。だから、今度もまたずっと会えないかもしれないと思って」
「公爵がなぜリヒターを領地に住まわせるのか聞いた?」
「聞きました。頭では分かっているんです」

 分かっていても、割り切れない思いをずっと抱えてきたのだ。幼いリヒターはここで、ずっと公爵を待っていたのだ。

「公爵にそれを伝えた?迎えに来てほしかったって」
「言ったところで何も変えられないのだから、ただ父上が辛い思いをされるだけです。それに、今はヴェルナーがいてくれるから」
「どこにだって迎えに行くよ」
「はい。今、迎えに来てほしいのは、父上じゃなくてヴェルナーだから、もういいんです」

 なんて殺し文句を無自覚に言うのだろう。

 いつでも、どこにだって迎えに行く。もうひとりにはさせないから、安心していい。
 その思いをこめて優しく頭を撫でると、肩口に頬を摺り寄せてきた。

 やっと懐いてくれたと思ったら、変わり過ぎだ。
 思ったよりもずいぶんと甘えたな猫だったようだ。迎えに行くのが少しでも遅れたら、シャーシャー猛抗議されて、10日ほどは近寄ってくれないだろうな。
 いつもご機嫌でいられるように、これからは存分に甘やかしてあげよう。


 公爵が王都に帰られてしばらくして、リヒターが神官と魔道具技師と薬師ギルド長を屋敷の調薬小屋に招いて実験していると、護衛から報告を受けた。

「神官様が聖魔法をかけられると水を入れた容器が破裂して飛び散ったのですが、もう一度やってみましょう、とリヒター様が仰いまして」
「神官様にお怪我はなかったのか?」
「はい。一応衝立をおいて、目を庇いながらと配慮はされていましたが」
「分かった。注意しておく」
「明日、再度集まられることが決まっています」
「そうか。ではその時行こう」

 夕食の時に、今日何をやっていたのか聞いたが、実験をしていたとしか言わなかった。
 詳しい内容も言わないし、なんとなくこちらを伺っているから、おそらく怒られるかもしれないということは分かっているのだろう。回避できる危険は回避してほしいが、きっと今言っても無駄だな。

 翌日、調薬小屋に顔を見せると、神官長までいらっしゃっているのには驚いた。リヒターがしまったという顔をしているが、分かっているなら怒られるようなことはしないで欲しい。

「昨日は、リヒターが神官様に危険な実験を強要したと報告を受けたからね」
「安全は、確保できていたはずです、多分。神官様と薬師が揃っているのですから、大抵の怪我は治せます」
「怪我をするのがダメなんだよ。それに、神官様が怪我をしたら、神官様は治癒できないだろう」

 なんとか言い逃れしようと足掻いている。研究以外なら聞き分けが良いのにな。

「リヒター、危険な実験はしない。ましてや他の人を巻き込むなんて論外だ。約束できないなら、調薬小屋への立ち入りを禁止するよ?」
「……分かりました」
「みなさんも、遠慮なく止めてください」

 リヒターはぷくっと頬を膨らませているし、魔道具技師たちは目の前で始まった説教に引いているが、こうでもしないと聞かないので申し訳ない。

 それから実験結果を確認しているが、水をきれいにした後、リヒターの開発した魔法陣で魔素水を作成し、そこに聖魔法をかけると、かなり効果の強い聖水ができるようだ。
 そこに至る過程でしたことはともかく、結果はかなり期待が持てる内容だ。だからこそ神官長もいらっしゃったのだろう。

「この水になってしまった元聖水に、再度魔素の付与をして、聖水にしたらどうなるでしょう」
「リヒター、それは危険はないのか?」
「分かりません」

 危険な実験はしないと言った舌の根も乾かないうちから、また危険かもしれないことをしようとしている。その探求心と好奇心には舌を巻くが、安全を最優先にしてほしい。
 と思っていたのだが、私が止めるよりも先に神官長が乗り気になられて、試してみることになった。
 とりあえず飛び出して行かないように、リヒターは捕まえておこう。

「ヴェルナー、何を」
「ダメ。飛び出して行きそうだから、リヒターはここ」

 そんなことしないのに、と文句を言っているが、さっき危険なことはしないと言ったのをすぐに破ろうとしたのは誰だ。神官長にも笑われている。

 神官が聖魔法をかけると水はキラキラと光り、案の定それを見て身を乗り出そうとするリヒターを止めた。護衛を見ると、聖水に変化がないことを確認してから頷いたのでリヒターを放すと、駆け寄って鑑定魔法を使い始めた。獲物を見つけた猫のようだ。
 リヒターの知らない魔法陣を描いた紙を目の前でひらひらさせたら、猫のようにじゃれついてくるかもしれない。

 神殿は魔素水から聖水を作って森の浄化で試してみるということで、リヒターの魔法陣を渡した。
 これで森の浄化がさらに進めば、神殿はリヒターを今まで以上に大切にしてくれるだろう。リヒターを守る手札はたくさん用意しておきたい。
 そのためにも自由に研究してほしいが、安全の確保が課題だな。きっと怪我をしても、本人はケロッとして実験を続けそうなのが困る。
 見守る護衛の気苦労がうかがい知れる。

「迷惑をかける」
「いえ、研究以外ではこちらの言うこともきちんと聞いてくださるので」
「これからも頼む。いざという時は私の名前を出して止めてくれ」
「はい」


 今後は、かなりの成果が見込めそうなこの研究を、リヒター個人ではなく、領として進めることにしたい。
 領の研究であれば、研究成果を見せに王都へ召喚されることになっても、公爵を通さなければならないので、そう簡単には呼び出されないだろう。
 アントーニ達がその処遇についてどう思うか、事前にリヒターに相談したが、帰って来た答えは、鎖を付けられずに研究費を貰えるなら出所はどこでも気にしない、というものだった。

「これからは、領主導で実験を進めます」
「何が違うんだ?」
「今まではリヒター様の私財から研究にかかる費用が払われていましたが、これからは領から出ます。その代わりに成果はリヒター様個人のものでなく、領のものとなります」
「ご子息様はそれでいいんですか?」
「領が潤えば、私の私財も増えますので」
「なるほど。ご子息様がいいならいい」

 担当者が細かい内容を説明しているが、リヒターが納得しているなら構わないと、流してしまった。
 きっと相手が領であろうがリヒターであろうが、自分のやりたいことが出来るなら気にしないのだろう。彼もリヒターと同じ人種のようだ。
 リヒターも信用しているし、彼を自陣に迎えられたのは領にとってかなり良いことだろう。
しおりを挟む
感想 115

あなたにおすすめの小説

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...