押しかけ淫魔とサラリーマン

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第1章

第3話

 共同生活をするならば、お互いのことをもう少し知っておくべきではないだろうか。
 そんな亮介の提案により、二人は自己紹介と情報交換を行うことになったのだが。

「好みのタイプは?」
「特にないな」
「髪の毛短いほうがいいか?」
「どっちでもいい」
「オレのこと好き?」
「いや、別に。……ってなんの時間だ、これは」

 恋バナ中の女子高生よろしく頬杖をついたゼノからは、まったく無意味な質問ばかりが飛んでくるのであった。

「質問タイムだろ? ほら、亮介も色々気になること訊いてくれていいんだぜ! 何フェチとか、好きな体位とか♡」

 ゼノが来い来いとジェスチャーで亮介を煽る。

「ならさっそく質問なんだが……。お前たち淫魔にとっての搾精っていうのは、人間でいうところの食事みたいなものって認識で合ってるのか?」

 以前見たアニメではそのように描写されていたが、実際のところはどうなのだろうか。
 半ば好奇心から亮介がたずねると、ゼノは心底つまらなそうな顔で「まあそんな感じだなー」と答えた。

「あとは気分の高揚とか、そういう精気もオレたちにとっては糧になるぜ」
「ほう。精液だけじゃないのか……」

 知らない種族について、当事者から話を聞くことの興味深さに思わず感嘆の息を吐く。
 ゼノの強引さにばかり気をとられていたが、実はかなり貴重な経験なのではないだろうか。

「それじゃあ、人間みたいな食事はとらないのか?」
「いや? 全然食うぞ。中華うまいよなー」
「へえ、意外だな」
「あ、和食派かと思った?」
「バカ、そっちじゃない。俺たちと同じように食事することが意外だと思ったんだ」

 てっきり淫魔とは人間の精気や精液のみを糧とする種族なのだとばかり思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。

「けど、昔は亮介が言ってるような感じだったぜ」

 ゼノいわく、淫魔の性質も時代に合わせて徐々に変化しているとのことだった。
 悪魔などの超自然的存在への信仰が希薄になった現代では搾精も昔のように上手くいかず、その打開策として食物エネルギーを魔力に変換できるよう適応していったというわけである。
 ゼノの説明がかなり感覚的なためいくらか想像で補っている部分があるものの、概ねそういった経緯だと考えて問題ないだろう。

「普通に勉強になるな……。今の話を踏まえて、もう一つ気になることがあるんだが」
「おう、なんだ?」
「仮に搾精ができない状態が続いたとして、お前たち淫魔はどうなるんだ?」

 経口摂取でなくても腹は減るものなのだろうか。
 そんなことを考えながら問いかけた亮介だったが、ゼノから返ってきた答えは思いもよらないものだった。

「なんつーか、存在が不安定になっちまうんだ」
「存在が?」

 抽象的な表現に首を傾げる。

「近くにいてもいねえみてえに感じたり、そいつのことだけ思い出せなかったり……」
「周りから認識されにくくなるってことか?」
「そういう感じ。んで、最終的には消えちまう」

 ぱ、と手を広げるジェスチャーを交えてゼノが解説する。

「思ったより深刻だな……」
「まあさっき言ったとおり魔力はメシで補えるし、精液はほとんど嗜好品に近いんだけどな!」

 つい考え込んでしまった亮介のことを気にしてか、ゼノは明るい声でそう付け加えた。

「けど、それを防ぐ方法もあるにはあるぜ」
「搾精と食事以外で、か?」

 亮介の言葉にゼノがこくりと頷く。

「一生を共にする相手と契約を結べば、その淫魔の存在が揺らぐことはなくなる。番契約っていって、お互いを結ぶ見えない魔力のパスが繋がるんだ」

 要するにそのパスを通じて精気が送り込まれるため、供給が途絶えることがなくなるというわけだ。

「人間でいうところの結婚みてえなもんだな! そんな簡単に解除できる契約じゃねえけど……」
「へえ。俺のところへ来たってことは、お前はまだ誰とも契約してないのか?」
「おう。でも亮介となら大歓迎だぜ! どうだ? オレと番契約♡」
「遠慮しておく」
「ちぇー。ぜってえ諦めねえからな!」

 早くもお決まりの流れになりつつあるゼノからのアプローチを軽く受け流す。

「あ、ちなみに契約済みかどうかはここを見れば分かるぜ。契約した淫魔の腹には、タトゥーみたいな模様が浮かび上がるんだ」

 言いながらゼノが印のない自らの下腹部を示してみせると、へそを飾るピアスが揺れてきらりと光を反射した。

「契りを交わした証ってことか。ロマンチックな話だな」
「まあ契約自体を嫌がる奴らも多いけどなー」
「そうなのか? 聞いたところかなり便利というか、相手さえ見つかればむしろしない理由がないように思えるが……」

 亮介が疑問を口にすると、ゼノが「そこだよ、そこ!」と指をさす。

「みんな一緒に生きていく相手を決めたがらねえんだ。さっきも言ったとおり簡単には解除できねえし、淫魔は自由でいたい奴が大半だからな」
「なるほど……」
「まあオレは亮介と番契約を結ぶって決めたけど!」
「勝手に決めるな」

 だがたしかに、淫魔が契約に縛られたがらないというのはゼノの自由な振る舞いを見ていると分かるような気がする。
 性に関することだけでなく、生き方自体が奔放な種族なのだろう。
 そう考えると、淫魔の習性とはむしろ相性の悪い機能だ。敬遠する淫魔が多いというのも頷ける。

「ところで、人間についてもっと知りたいことはないのか? 色々教えてもらったし、俺に分かることなら答えるぞ」
「ん~、じゃあ亮介の好きな食い物!」
「そんなこと聞いてどうするんだ」
「これから毎日オレがメシ作るんだし、知っておかないと困るだろ?」

 毎日という言葉で、これから始まるゼノとの共同生活が真実味を帯びていく。
 まだ試用期間とはいえ、自分はとんでもない選択をしてしまったのではないだろうか。

「それもそうだな。まあ基本なんでも食うが、その……」
「うん? なんだ?」

 言い淀む亮介の顔をゼノが不思議そうに覗き込む。

「笑うなよ?」
「なんだよ~、メシの好みくらいで笑ったりしねえから早く教えろって!」
「……ハンバーグと、オムライスが好きだ」

 きまりの悪さに言葉尻が小さくなってしまう。
 沈黙に耐えかねた亮介がちらりと視線だけで見上げると、ピーコックグリーンの瞳を輝かせたゼノが亮介の頭をかき混ぜるようにわしゃわしゃと撫でた。

「かっわいいなあ、お前~! そんなのいくらでも作ってやるよ!」
「っおい、やめろ。悪かったな、子供舌で……」

 照れ隠しに小さくため息をつきながらゼノの手を払い除ける。これだから言いたくなかったのだ。

「はー、やべえ。ムラムラしてきた……」
「はあ⁉ どこにスイッチ付いてるんだお前!」

 呼吸を荒くしながらゼノがこちらへにじり寄ってくる。

「いやあ、亮介が可愛くてつい……♡ なあ、抱いてくれよ♡」

 迫りくるゼノから逃げる暇もなく、体格差を利用してひょいと抱き上げられてしまった。

「今抱かれてるのは俺のほうなんだが……うおっ⁉」

 問答無用で寝室に連行され、ぽいっと投げるようにベッドへ降ろされる。
 馬乗りになってこちらを見下ろすゼノが、蠱惑的な表情を浮かべながら耳元で甘く囁いた。

「一回でいいからさ、お願い♡」

 ゼノの長い髪がぱさりと垂れて、カーテンのように亮介の視界を遮る。
 このまますべて委ねてしまいたくなる危険なフェロモンにあてられて、酸欠のように頭がくらくらした。
 ゼノの声や匂い、仕草までもが急速に理性を溶かしていく。

「全部オレのせいにしていいぜ♡ 悪い淫魔に誑かされて、仕方なく……な?♡」
「……いいや。そういうのはやめよう」
「え……」 
 理性を総動員してゼノの胸板をぐい、と押しのける。
 本人はそれで構わないのかもしれないが、ゼノが淫魔であることを言い訳にはしたくない。
 最初こそ催淫魔法で強制的に行為へ及んでしまったが、いつまでも流されたままではいたくなかった。
 そう伝えるとみるみるうちにゼノの機嫌が悪くなり、じたばたと駄々をこね始める。

「嫌だ嫌だ嫌だ~!」
「こら、暴れるな! 幼児かお前は。……というか、しないとは言ってないだろ」

 亮介がそう言った途端、暴れるのをやめたゼノががばりと起き上がる。

「本当か⁉」
「ただし、するなら自分の意思だ。俺は今からお前を抱くが、それはお前に誑かされたからじゃない。……いいな?」
「う、うん……♡」

 てっきり喜んで飛びついてくると思いきや、ゼノは小さな声でそう答えたきりもじもじと大人しくなってしまった。

「どうした? 急に大人しいな」
「だって、亮介がいきなりかっけーこと言うから♡」

 ゼノの頬や尖った耳先が、普段より濃い紫色に染まっている。

「かっこいい……?」

 怪訝な顔で繰り返す亮介に、ゼノはむうと恨めしげな表情を浮かべた。

「無自覚かよ。タチ悪ぃぞ、お前」
「なっ、お前に言われるとは心外だな……」
「まあいいや! 気が変わんねえうちにしようぜ♡」

 ベッドに身を沈めていたゼノが起き上がり、ぺろりと唇を舐める。

「照れるのはもう終わりか? けっこう可愛かったぞ」

 先ほど子供舌をからわれた仕返しに亮介が揶揄すると、呆気にとられた様子でぴたりと動きを止めたゼノが「そういうとこ!」と顔をいっそう火照らせて怒った。
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